真・暗き森のマトリーシェ 5
「魔眼解放」
カミュの宣言と同時にレイブンの剣が空を切った。
と、同時に側面から衝撃を受けて中央の噴水へと激突した。
「がはっ!何が…」
慌てて起き上がるがその場にカミュは居なかった。
再び側面から殺気を感じレイブンは刀を横なぎに振り抜いた。
「殺った!」
確かにレイブンはカミュの輪郭を捉えたがそれは煙のように消え去った。
「!!」
レイブンは信じられないと言った顔を浮かべた。
この鎧の機能はカミュの物よりも数倍の能力を有している筈だ!力も耐久力もスピードすらも!
気配を感じる方向へと剣を振るうがそこに残るのは緑の光の粒子と2つの光の軌跡だけであった
レイブンは距離を取るとその正体を確認した。
カミュである…彼の魔眼が淡い光を放っていた。
彼が動く度にその眼の軌跡が光の帯となって……魔力残滓を光の粉として周囲に振り撒いているのだ。
(それよりもこの異常なまでの速度はなんだ!!)
レイブンもそれなりに速度に自信を持っている方だが、今は彼の速度に反応するので精一杯だ。
「仕方ありませんねっ!」
レイブンは正面からカミュが迫るタイミングで両手を突き出した。
「暗黒重力渦」
突然現れた暗黒の渦に危機感を感じたカミュは足を止めた
次の瞬間恐ろしいまでの引力で中に引き込まれそうになる。
「何事だっ!!」
騒ぎを聞きつけて人が集まり始めた。
それを見たレイブンは舌打ちするとさらに魔力を込め始めた。
「これ以上邪魔が入っても困りますのでね……一気に闇の中に吸い込んであげましょう!!」
先ほどよりも渦の力が増し、カミュの体が少しずつ引き寄せられ始めた……いかにカミュが素早く動き回ろうと動きを止めてしまえば最早恐れるものはない……レイブンは勝利を確信した…………その瞬間、それは現れた。
渦の中から魔力の槍が飛び出してレイブンの肩や脇腹を貫いた。
「ぐっがっ!!」
その衝撃でレイヴンの魔法が後方に吹き飛ばされ、城の上階に直撃し一つの尖塔を崩落させた。
再び視線を向けると先程まで渦のあった場所には1人の人物がうずくまっていた。
「おのれ…!ネアトリーシェ!」
「!!」
その言葉にカミュは驚きを隠せなかった。
旅に出ていたものと思っていた人物とまさかこの様な形で再開するとは夢にも思わなかったのだ。
しかしそんな彼女も最早息も絶え絶えの状態だがそれでも生存していた。
光も水もない暗黒空間で「生命維持」の魔法で仮死状態となり脱出のチャンス待っていたのだった。
「ネアトリーシェ!」
その場に崩れそうになる彼女の元に駆け寄り、その身を抱き止めた。
突然の失踪を考えれば全てレイブンの仕業であったと納得がいった。
「カミュ…か?」
ネアトリーシェはカミュを確認すると糸が切れた様に気を失った。
「クソっ!貴様等!!」
見ればレイブンは満身創痍でありながらも憤怒の表情で立ち上がる…大激怒である。
「一度ならず二度までも…最早楽に死ねるとはおもぶわはらっわっあ!!」
そのセリフを言い終わる前にレイブンは地面に叩き付けられた。
そこには全身にシーツを巻きつけた女性が振り抜いた手をそのままで肩で息をしていた。
ゆっくりとレイブンの襟を掴み上げるとその拳を再び叩き付けた。
「おい…貴様…覚悟はできているんだろうな?今日はどういう日が知っててやったのか?私に対する嫌がらせか?そうだな?そうだろ?せっかくベラに邪暗拳で勝って最初を勝ち取ったんだぞ?わかるか?お前にわかるのか?何年この時を待ってたと思うんだよ?初めての夜は月明かりの下で雰囲気満点の中でヴァルに抱かれるって
ずっと決めてたんだぞ?これからって瞬間に……てめえ部屋になんてものを投げてよこしやがった!お陰で部屋は滅茶苦茶だ!崩れた天井の破片でヴァルが気を失ったんだぞ?」
見上げれば先程の崩壊した場所は魔剣王の寝所の様だった。
流石のベルゼーヴも激怒…いや、激おこ…大激おこである。
彼女の恨みが口から出るたび、その拳がレイブンに叩き付けられた………あいつ……生きてるよな?
「ちょっと!ベル!なんて格好なの!」
慌ててベラドンナが駆け寄りベルゼーヴにガウンをかけた。
「だって……だってこいつが……こいつが……う…ううえ…うえーん」
ベラドンナに抱きしめられたベルゼーヴは静かに…そして激しく涙を流した。
そんな姉を優しく抱き止め『よしよし』と聖母のような優しい眼差しで慰める双子の姉妹を見て
カミュは自分の知る二人の姉妹が寄り添う姿を幻視した。
「ぐ…がは……覚えていろ……貴様達……必ず……」
「!!レイブン!待て!」
レイブンはそのまま逃げようと地面を這いずり、それに気付いたカミュが駆け寄りその剣を振り下ろした……が,寸前で黒い霧となって霧散した。
カミュの剣が虚しく地面を穿った。
「!!逃げられたか!」
カミュが周囲を見回しても既にレイブンの姿は何処にも見当たらなかった。
佇むカミュの隣にシルヴィアが駆け寄った。
「カミュ……」
「…………」
「…ねえ…貴方……その剣を見せてくれる?」
背後からベラドンナが妖艶な笑みを浮かべて近づいてきた…見ればベルゼーヴには侍女達が付いていた。
有無を言わせぬその気迫にも似た眼差しにカミュはその手の剣を差し出した。
「うふふ…いい子ね…貴方お手柄よ」
見ればその剣先に黒い粒子が渦巻いていた…それを見たシルヴィアが『うわ…ばっちい』とカミュの背後に隠れた…
ベラドンナ曰く これがレイブンの魔力の残滓らしい…
「そうそう…そのまま動かさないでね」
彼女に言われるまま剣を隣で前に掲げた。
「絶対に動いちゃダメよ……危ないからね?」
そう言うと目を閉じ何か呪文を唱え始めた。
初めて聞く詠唱だった。
六大魔術とも聖霊魔法とも違う独特の詠唱だった。
そのうち彼女の周りに黒く小さな球体がいくつも浮遊を始め彼女の詠唱に応じて躍動を始めた。
「!蛇・呪印捕縛呪」
彼女の宣言に呼応して黒の球体から夥しい羅列の呪文字が蛇の様に飛び出しレイブンの残滓へと殺到した。
さながらネズミに殺到する蛇の群れの様に。
やがてそれは全ての呪文字が殺到すると一瞬で消失した。
「はい,おしまい」
「…今のは?」
「ん?あ〜ベルをあんなに泣かしたんだもの……罰を受けなきゃね」
とても爽やかな笑顔で返されたが…どんな内容なのか聞くことは二人には出来なかった。