真・暗き森のマトリーシェ 3
「そうか…そんな事が…」
今、自分は馬車に揺られて王都に向かっている。
同乗者はアダムとイヴ、ミネルヴァと彼女のお爺さんである。
「それで国を纏めて対抗する…か……面白いなそれ」
「……不謹慎よ」
笑うアダムを諫めるイヴ……掴みどころのない二人だが悪い奴ではないので行動を共にしている…
「…まぁ…それは建前でベルとベラがようやくヴァルの坊主を尻に敷いただけなんだがの…ふぉっふぉっふぉっ」
そしてこの好好爺の老竜人…魔竜王ヴリドラ…本人であった。
カミュとしては幼少期の頃から知っている人物である。
いつもあの店の番台に座っているこの老人が魔竜王だとは夢にも思わなかった。
昔の事とはいえ散々マリーが失礼な事をしたり言ったりやらかしたりした記憶しかない……やれあの爺さんの鱗が欲しいだとかあの髭を少しだけ切って貰えないかとか……今すぐに土下座したい気分になった。
「子供のした事じゃよ」
そう簡単に流してくれる懐の広さには感謝しかなかった。
「あいつらは魔女と戦うことを選んだようじゃ……仕方の無い事じゃがの……二人ともそんな顔するでない…既にレイブンと奴に「陛下」と呼ばれた中身の話も既に伝えてある……儂はあの娘が小さな頃からよーく知っておる……ミネルヴァの初めての友人じゃしな…
よくワシの店に寄って来ては菓子を食い散らかしたり、貴重な素材を勝手に持っていたり……ワシの鱗も何枚かちぎっていきおったのぅ…………あれ?なんか心がざわついてきたのぅ……
私は討伐するのはどうかと思ったんじゃが……少しくらい討伐してもいいのじゃないかな?」
「ちょっと待てじじい!最後のほうは完全に私怨だよな?」
「お、おじいちゃん!!」
「ふぉっふぉっふぉっ……冗談じゃよ……」
柔らかい笑みを浮かべるがその目は少しも笑っていない事を悟ったカミュは改めてマリーと土下座に行かなければならないと強く感じた。
「はい、ヴァル君あ〜ん」
右を見れば純白のドレスを纏ったベルゼーヴが口元に果物を差し出したので反射的にパクリと食いついた。
「はい、ヴァル様あ〜ん」
左を見れば黒いドレスを纏ったベラドンナが口元に果物を差し出したのでこれも反射的にパクリと食いついた。
「「やあ〜んかわいい」」
二人の声が重なる。
周囲の部下達がヒソヒソと何かを話し合っている……
「リア充」とか「ハーレム野郎」とか……
後で覚えてやがれ!!
俺だってこんな軟派な真似はしたくはないが……それ以上にこの二人の機嫌を損ねるのは非常に不味い。
今は魔界の国力全てを上げてあの魔女に打ち勝つ為に一つにならなくてはならないのだ!!
「その為にも先ずは私と一つになりましょうね!」
「いえ、姉さん…申し訳ありませんが姉さんは2番目です…先ずは私と一つになるのが先ですので」
「あっ?ふざけんなよベル…調子に乗るのもそこまでだぞ」
「いーえ……ふざけてなど居ません…むしろ姉様の番はしばらく先ですね…ヴァル様が暫くは私を解放してはくれなさそうなので」
むしろ今、俺を解放してくれと叫びそうになるのを我慢した。
「ふ、二人とも…嬉しい提案だが今はそれよりも魔女の方をどうにか…」
「「私と言うものがありながら他の女の話をするとはいい度胸「だな」「ですね」」」
周囲の部下達がガタガタと机ごと距離を取る……わかるぜ…巻き添えはごめんだもんな…
「馬鹿だな……俺が想っているのはいつだってお前達二人だけだよ」
我ながら砂糖を吐いて死んでしまいそうな台詞が口から出てきた……命懸けともなるとなんでも出来るものだな……
「やぁだあ〜ヴァル君……わ、私も…その…ごにょごにょ…」
「…そ、そそそんな事言っても許してあげたりしにゃいんですかりゃね、!」
効果は的面だ!!!
やめろ!カエサル!そんな目で見るな!!
「…ひとまず…軍備は形だけですが…整いました」
「そうか…ご苦労…」
「やれやれ…全く広い城じゃの……あぁ…間に合ったよーじゃな」
「ヴリじい!」
「ふぉっふおっふおっ…ベル…ベラ…二人とも願いが叶って良かったのう…」
扉を開けて入ってきたヴリドラを見るなり二人の姉妹はヴァルヴィナスの元から飛び出して飛びついた……そんな二人を孫と同じ様に優しく頭を撫でた。
「ヴァルもようやく一人前の男の顔になったの」
「じいさんも相変わらずだな…だが元気そうで何よりだ」
同じ様に近づいて来るヴァルヴィナスを見てヴリドラは嬉しそうに目を細めるのだった。
「おお…それとこちらが例のカミュとワシの魔界一かわゆい孫のシルヴィアと………助っ人じゃ」
3人の視線がこちらを向いた瞬間…凄まじいまでの殺気が叩きつけられた。
「なぜここに「魔人」がいる?!」
ヴァルヴィナスは瞬時に二人の前に出ると自ら盾の役目となった。
「おいおい今日はめでたい席なんだろう?ご馳走はどこだよ爺さん…お前達もそんな怖い顔するなよ…この爺さんも助っ人だって言っただろ?何もしやしねーよ」
その言葉を聞いて三人はヴリドラに視線を向ける……
彼が頷くのを見るとため息をついて体から力を抜いた。
途端に室内に張りつめていた空気が嘘のように穏やかになるのだった。
「何を企んでいる?」
「別に何も……祝いの席だから美味い飯が食えると聞いただけだが……?あぁ…お前達には興味は無い…オレ達が用事があるのはこっちの方だ」
そう言って隣のカミュに親指を向けた。
「お前は…確か…そうだ…先の大戦で魔女の騎士として功績を残した…」
「はい、カミュです」
「ふぅ〜ん…貴方が魔女の……良いわね!」
「そうね……魔女とは出会いが違っていたら友達になれそうだわ」
魔王姉妹がヴァルヴィナスの背後から前に出て彼の左右に並び立った。
守られるだけの存在ではないと周囲にアピールすると同時に常に彼と共にあり続けると言う意思表匙である。
「大丈夫です……この人たちは約束を守ります」
「それがどんな存在か知っているのか?」
「はいミネルヴァのお爺さん…魔竜王様から聞きました」
「ならばどれほどの存在なのかわかるだろ」
「なので魂魄契約を行いました……彼女を救い出すために力を貸してくれると」
周囲に衝撃が走った……魂魄契約それは双方の魂レベルでの契約である。
いかなる不正も誤魔化しも効かない契約であり、反故にした場合の代償は命そのものだ。
「1つ訂正しておくと……その魔女の救出を手伝う訳ではない…あくまでも手を貸してやるだけだ」
「「「…………」」」
「……だからそれは手伝うって事じゃない…馬鹿」
周囲の沈黙の意味をイヴが代弁した。
「う、うるせぇな…とにかく救い出すのはこいつだ、その為の御膳立てに協力しよう…もちろんお前達やこの国の住人に危害を加えるようなことはしないと約束しよう…だから美味い飯はどこだよ?」
その言葉と共にカミュが「魂魄契約」の契約書を出現させた。
内容を見る限り…嘘ではなさそうだった。
「わかった…お前達の言葉を信じよう」
「王!!」
「と、言うよりもう疲れた…細かい調整はお前達に任せる!爺さん達も疲れただろう…まずは湯浴みでもして疲れをとってくれ」
やや疲れたような魔剣王ヴァルナヴィスの一声で本日の会議は幕を閉じた。
主の憔悴した顔を見てカエサルは心を痛めたがその後すぐに
「よし!今夜はとことん飲むか!」
と、いい笑顔で出て行った主を見て瞳から光にを失うのだった。