凍てつく心13
「……音……起きろ紫音」
「…ん…ここは?」
カイルに揺り起こされて意識を取り戻した……ゆっくりと上体を起こし周囲を確認する。
「……あれ?…何だか…体が……」
「ああ…アイリスの深層心理世界の影響だ」
カイルを見ると……どう見ても子供の姿だった……こいつ子供の姿でもイケメンだな……ちくしょう
自分の姿を確認してもいつもとサイズが小さく感じた。
どうやら2人は先程アイリスの体にしがみついた後、紫音の「結界破り」によってその深層結界を突破した様だ。
その結果、彼女の深層心理の世界に入り込んでいる……彼女の深層意識に取り込まれ無い為にこの世界の基準に合わせた自己の結界としてこの姿になっている様だ…
「…そう見ると…案外お前も可愛いな」
「う…うるさいわね…子供なんだからしょうがないでしょ」
差し出された手を取りながらそんなやり取りを行う……
文句を言いながらもカイルに手を引かれたまま先に進んでゆくのだった。
しばらく進むと先ほどの空間にあったものと同じ大理石のテラスの様な場所が見えて来た……そこには二人の人物がいた。
「離して!」
『逃がさないよ…お前はここで私と…』
「アイリスから離れろ!!」
瞬時に紫音が駆け出してアイリスの背後にいる黒い影に殴りかかった。
『あはは!! この世界で私に物理攻撃は無効……』
「あ」
そういった影の腕が紫音の拳に触れた途端にガラスの様に砕け散った…
『ば…馬鹿な!』
「…これは驚きだな…結界破壊の能力まで……」
どうやらこの深層結界の中ではこの影は異物と見なされている様だ……
紫音の攻勢意識が宿ることで結界破壊の能力が発動した様だ……
影が動揺している間に紫音がアイリスを助け出した。
「…紫音…カイル…」
「もう大丈夫だよ!後は…後は…カイルが何とかするから!」
「結局俺任せかよ……まあそのつもりだが……アイリス…すまない今度こそ助ける」
「…うん…うん」
彼女の両目から止めどなく涙が溢れ出していた…思えば幼少期からたった一人で魔女と戦ってきたのだ…その心は心細かっただろう…その影響でこの深層心理の世界は子供の姿のままなのだ。
『無駄だよ!』
影が揺らめいたかと思ったら再びアイリスの背後に現れた……
その瞬間を予見していたかの様にカイルの拳がその顔面を捉えた。
がその拳は雲を切るようにすり抜けた。
『くははは!お前では私に攻撃をうぼほうううお!!』
そのすぐ後を紫音の拳が影の顔面を捉えていた。
二人は「脳内通信」で繋がっており瞬時に次の指示をカイルが飛ばし紫音が行動に移していた。
再び顔面をガラスの様に散らす影がその場に蹲った。
「アイリスの中にあれの魂の残滓が残っているんだ…だから直ぐにまとわり付いてくる……魔力の補充を行うよ…異物を体内から押し出すんだ」
「…わかった」
「……アイリス…俺のこと信じられるか?」
「…うん…カイルを信じてる…」
二人は目を閉じるとお互いの呼吸を合わせた……カイルの体が仄かに輝き……二人はその唇を合わせた……その光はカイルからアイリスへと移動してゆく……
ああ……これがアイリスの言っていた「手当」なのか……と納得した。
紫音にはしばらく殴り続けとけと指示がくる……ではお言葉に甘えて。
『ぐう…貴様…よく…ぼわっ!ぐが!ちょっとま…ぼへえ!!』
何かよくわからない胸のざわめきを落ち着かせるように影を殴り続けた。
ちょっとスッキリした。
『ぐぎゃあああ!』
暫くすると影が悲鳴を上げ始めた……え…そんなに強く殴っていない筈なんだけど……見るとアイリスの体から黒いモヤが立ち上りそして光となって消えていった…あれがこの影の魂の残滓とやらなのだろうか。
「魂割か…」
「婚活?まあ…こんなんじゃ相手は居ないでしょうね…」
「……紫音多分…意味が違うと思うな……」
影は苦しみ抜いたのちにその体がボロボロと崩壊を始めた……
カイルがいうには魂を何個かに分割しそれを憑依させて使役させていた様だ…
分割したので魂の総量が少なく先程の様に魂の欠片が少量でも失われると崩壊が始まってしまうのだ。
やがて影は完全に消滅した。
「さあ…では現実世界に戻るか…」
カイルの手のひらに小さな光が現れた……
「目覚め」
光は眩い輝きを放ち三人を飲み込んだ。
「……あれ」
気がつくと元の部屋にいた…私はアイリスの腰のあたりにしがみ付いた状態だった…そのアイリスが優しく私を抱きしめていた。
その背後にはカイルが肩に手を置いた状態でその先を見据えていた。
視線の先には暗き森の魔女が頭を押さえる様な姿勢で立ち上がっていた。
「紫音…カイル…ありがとう」
「…アイリス…よかった」
再び彼女にぎゅっと抱きしめられた。
その時背後の壁が轟音とともに崩落した……破壊されたと言った方が良いかも知れない……その証拠にその壁の向こうから現れたのはイリューシャと伊織だった。