凍てつく心11
イリューシャが足元に倒れ込んだ。
伊織は一瞬どうするべきか悩んだが……突然頭の中にイリューシャの声が聞こえてきた。
『よし繋がったな…あ、声は出すなよ…頭で念じるだけで繋がるからな…それと少し疲れたから休みたいから守っててくれ』
彼女からの『脳内通信』である。
とりあえず言われたように彼女を守るためスキルを発動する。
『なんだこれ…なんで会話ができるんだ?』
『知らないのか?『脳内通信』だ…お前から魔力を感じたから…火の魔力経由で繋げてるから……それよりあのクソ魔女を追い込むから準備ができるまであの鏡を減らしておいて欲しいんだけど』
『ああ…それは良いんだが…どうする気だよ』
『そうだな……あの一番奥にある鏡…あそこに追い込もうかと思うんだが…』
彼女の作戦はこうだ。
今の魔女は近接戦闘に弱い……なので伊織の方で対応が手一杯
イリューシャは魔力切れに見せかけて背後の魔境を破壊する時限式魔法を仕掛ける。
伊織の攻撃で周囲の魔鏡を破壊し奥の魔鏡に追い込み結界で閉じ込める。
『……簡単に言うけど無理だろそれ』
『いや、いけると思うな…もし失敗したら駅前のパティシエルのケーキバイキング奢ってやるよ』
『よし!乗った!言ったからな!忘れんなよ!』
『成功したら逆にお前になんかしてもらうからな』
『いいぜ!武士に二言はねえ!』
脳内通信だけなのだが今二人の脳内にはお互いの拳をぶつけ合うビジョンが明確に見えた。
「はい約束通り今度なんかお願い聞いて貰うわ」
「クソっマジか……」
結界の中にモネリスを閉じ込めた二人は和気藹々と会話を続ける……
この女二言はねえとか言ってたから……カイルに差し出したらどうなちゃうかな……とイリューシャは内心黒い笑みを浮かべてたりした。
『くそっ!2人がかりで卑怯だぞ!』
「……は?何言ってるのかわかんないんですけど…散々あんな集団リンチみたいな真似しといてどの口が言ってるんだよ」
モネリスは内心焦っていた……自身の魂の一部を憑依させていたのだがこの状況はまずいので解除しようとしたが先程からできないのだ……非常にまずい。
「……憑依解除出来ないからまずいな〜とか思ってる?」
『!』
イリューシャの言葉に一瞬動きが止まってしまった……それだけで彼女には十分だった。
「やっぱりね……紫音やアイリスは本人っぽいから『精神催眠』辺りかなーとは思ってたんだが……モネリスはもう別人だもんね…『人格変更』か『憑依』のどちらかかなと思ってたんだけどね…どうかな?『三重神霊結界牢獄』の居心地は?」
『!!馬鹿な!!』
モネリスは戦慄した…この結界は…自分では破れない……
個体を表す「物理」魔力的な力場を表す「神霊」魂や思念などの形を持たない「精神」この3種類の存在を閉じ込める結界なのだ。
生前のマトリーシェですら扱えたかどうかわからない程の高度な代物だ。
そうしている間にも2人が近づいて来る。
「で、どうすんだよこれ」
「ふふふふ…ここで君の出番だよ!伊織君さあ!派手にぶった斬ってやってくれたまえ!」
「……え……いや切ったらまずいだろ?」
「あのさ…なんかこれ以上こんなのがうじゃうじゃ出てきたりしたらみんな混乱するだろ?手頃なやつから間引いておいた方が良いとは思わんかね?」
『反対!反対!そういうのよくないと思う!!』
「……うーん…気持ちはわかるけど…切るのはちょっとな…」
伊織の言葉にモネリスが安堵のため息をこぼす……
その様子を見てイリューシャは確信する。
「では、こうしよう……こいつに取り憑いてる『悪い』魂をぶった斬っちまおう」
『!!!』
「……まあ…それならなんとか……」
「わ…私…切られちゃうのかな……」
目の前でモネリスが力無く座り込んだ……その目からは大粒の涙が零れ落ちてゆく……
この娘は傲慢な態度を取るが三人の中では一番の寂しがりやの甘えん坊だ……
「…大丈夫だ…切られるならこの私だ…お前は私の後ろに居なさい」
「でも…それじゃあマリーが……」
『そうだ…お前が盾となって私を守れ』
「良いんだ…お前達姉妹はよく頑張ってくれた…」
「マリー」
『そうだ…2人とも私の盾となって…』
誰かの言葉が頭に響いて……視界がグラグラと揺れる……私はモネリスを守って……
モネリス?誰だ?…ここは…?
「お前…魔力も切断出来るだろ?この中の魔力を感じ取れ……2人分の魔力がある筈だ……そのうちの『嫌な方』を切れ」
「…すごいアバウトな指示だけど…大丈夫なのかよ」
怪訝な顔で伊織は結界に向き合う……再び心眼によって結界の中の魔力を探ってゆく……
「……?…なあ…魔力って2人分なのか?」
「ああ…モネリスとそれに取り憑くマトリーシェ……2人だ」
「……3人分……あるんだけど」
「は?…」
伊織の言葉にイリューシャも意識を結界に向ける。
「……だ…だれ?」
モネリスの怯えた声が向けられた……私に向かって言っているのか?
「モネリス?私は……?私は?」
私は…魔女マトリーシェ……魔界の住人全てに……いえ私はネアトリーシェの娘…マトリーシェあの森の家で…誰かを待っていた。
『殺せ!殺せ!』
「マリー!どうしちゃったの!!」
「わ…私は……」
『焼き尽くせ!暗き森の魔女の名に置いて!』
「違う!私は…彼を待っていただけ!!」
「マリー!!!」
モネリスが私を思い切り引き寄せた……体制を崩した時ちょうど私の背後が見えた……
そこには長い黒髪の女が此方を睨みつけていた。
「……だ…誰……」
『…殺せ…燃やせ…何も……かも……』
女がゆっくりと此方に手を伸ばす……私は咄嗟にモネリスを庇った。
『あの『嫌な気配』を切れ!今だ!』
急に声が響いたかと思うと世界が半分に割れた。
ガラスが弾けるように世界が崩壊する。
最後に見たのは美しい剣閃が女を真っ二つに切り裂く所だった。
『あの『嫌な気配』を切れ!今だ!』
いやほんと何好き勝手に言ってくれてんの……
そんな急にやれと言われて出来る訳………
急に世界が真っ白に染まった。
感覚が研ぎ澄まされて行く……目の前には自宅の庭にあった「獅子脅し」がいつの間にが有った。
その竹の中に水が満たされて………
コーン…………
音が静寂を連れてきた……精神が引き伸ばされて、時間が停止して居るかの様な錯覚を覚える……
視界が明確に三つの魂を捉える……
2人の魂は淡い金色に輝いており、地面に座り込みその奥の黒い魂の女を見上げている…その黒い魂は……ああ……これはダメだ…これは良くない……
伊織はその間に入り込み腰の刀を居合で抜き取りその魂を斬り伏せた。
『奥義・明鏡止水』
時間と空間・全てが停止した世界で自身の精神体によって「もの成らざるもの」を切る奥義だ。
『ぎゃウイイあああううああううあういいうあああ』
黒い何かが悲鳴をあげて地面をのたうち回っていた。
気がつけば結界も無く私はモネリスを抱きしめていた。
私の隣にはあの女剣士がいた。
「モネリス」
「わあああああんイリュう〜」
駆け寄ってきた赤い髪の女にモネリスがしがみついた……どうやら私達を害するつもりは無いらしい。
「いや〜すげえなお前」
「………出来た」
剣士は何処か嬉しそうな表情を噛み殺しながらそう応えた。
その視線の先にはあの黒い女の残滓が黒い炎と共に燃え尽きる瞬間だった。
「…ありがとう…助かったわ」
「ん…ああ」
私は赤い髪の女に向き直り礼を述べた。
此処が何処かは分からないけれど……とりあえず森に戻ってから考えよう。
「……こいつ一体なんだったの?」
「…魔女だよ…黒い森のマトリーシェさ」
二人の会話に違和感を感じた……
「貴女達…何を言っているの?」
「?そう言えば…あんたは?」
「ごめんなさい…私ったら名乗りもせずに…」
私は立ち上がりスカートの裾を軽く持ち上げた。
「私はネアトリーシェの娘 マトリーシェ……なので先程のあの黒い女は私では無いわ」
「……は?」
二人からなんとも言えない声が上がった。