凍てつく心6
マードックは心の中で舌打ちした。
この精霊は見た目こそ少女の様な姿にそぐわぬ耐久度だが、その敏捷さや欠損部分を瞬時に再生させる回復速度などは常識をはるかに超える存在であった。
長期戦になれば確実に自分に部が悪いと判断してながらもどう攻めれば良いか明確なビジョンが見えなかった。
「もうおしまい?じゃあそろそろ終わらせるね」
精霊の宣言に体を引き締めたがその瞬間轟音と共に氷の壁が崩れ去った。
「カイル様!貴方のルミナスが助太刀に……ちっハズレか!」
満身創痍な見た目に関わらず爽やかな笑顔で現れたのはルミナスであったがマードック達を見るなり凄まじいまでの嫌悪感を表した。
そのまま椅子にどかりと座り込む……何処からか恍惚とした声が聞こえた。
その足元を見ればボロボロのドレスを纏ったルミナリスが四つ這いになりルミナスを支えていた。
「ねえ…貴方……勝…平さんだったかしら?済まないけどこの子の回復を頼めるかしら」
「……えーと…鉄平です……けど」
その視線の先にはネルフェリアスが倒れていた…
ルミナスは「じゃあよろしく」と興味を失った様に会話が終わった…
鉄平はそれでもネルの回復を行うために向かった。
「…何なのこの人?」
「……?そういうお前はガラクタの様だな…邪魔だ失せろ」
「むぐぐぐぐ」
氷の精霊に何の興味も見せないルミナスに精霊は苛立ちを覚えた。
「何よ!生意気ね!潰れちゃえ!!」
精霊はルミナスの頭上に飛び上がりその両腕が大きな氷塊となってルミナスに振り下ろされた……が
彼女はそれを片手で受け止めた。
「……全く下等な虫は身の程を知らなくて困るわね…お前も身の丈に合った姿になると良いわ」
そう言って指で弾くとその両腕は砕け散った……その体にも亀裂が入りその姿を維持出来なくなっていた。
やがてルミナスの手のひらに小さな氷の塊がぽとりと落ちた…その中身は虹色に揺らめいている……
「…まあこんなのでも魔力の足しにはなるでしょう」
そう言って口に放り込むとガリガリと噛み砕いてしまった。
学園で会ったルミナスは貴族らしく気品と風格を兼ね備えていた。
ところが今の姿は横暴・傲慢・自由と魔族の代名詞そのものであった。
そんなルミナスの様子にマードック達は言葉を失っていた。
「…なあ…なんかあの人さっきと人格違っていないか?」
「駄目だ…キース…そこは絶対に触れない方が良い所だ」
キースとマードックは小声で語り合う…マードックの勘は全力で危険だと告げていた。
その証拠はあの足元にいるルミナリスを見れば誰でも分かるだろう……仮にも邪悪な魔女の尖兵であるルミナリスが地面に平伏し恍惚の表情を浮かべているのだ……一体何をどうしたらああなるのか…考えるのも恐ろしい……絶対にまともな事では無い。
「……はあ…さっきの壁を壊すのに魔力を大分使ったからもう一枚割るのには少し魔力が足りないわね」
「…ルミナス…様?申し訳ありません」
鉄平の回復によりネルフェリアスがよろよろとルミナスの側にやってきたが…やはりマードック同様にやや困惑の色が見受けられた。
「あら、ネルもう大丈夫なの?」
「はい…お守りできず申し訳ありません」
「良いのよ、貴女はよくやってくれたわ、悪いのはこの躾のなっていない犬のせいだから」
そう言ってルミナスは自分の下にいるルミナリスの尻をバシンと打った……
したからは歓喜に満ちた声がもたらされた。
「……あの…お嬢様…一体何が」
「ああコレ?私色々考えてみたの…やっぱりカイル様にこんな面倒な事を押し付けるなんて……お母様もお母様よね?これは私たち一族の問題なのだから私達で解決する問題なのよ!なのでさっさとあの魔女をぶっ殺してこの陰気臭い塔もぶち壊してみんなで帰りましょう!カイル様にはこんなに面倒に巻き込んでしまったんだもの私の全てを捧げて謝罪しなければ……この犬もよく見れば私に似てまあまあ遊んで頂けそうだから少しだけ躾してやったのよ、そしたら随分大人しくなってこんなに可愛くなったのよ?これならカイル様に存分に遊んでいただけるでしょ?でも私とこの犬だけでは失礼ではないかしら……そうだわ!ネルも一緒にどうかしら?貴方もカイル様好みの容姿だし…貴方ならきっと満足してもらえると思うの!そうねいっその事アネモネとアイリスもお母様も一緒に可愛がって頂きましょう!ああなんて素晴らしい考えなのでしょう!こうしては居られないわ!早くあの壁をぶち抜いてカイル様の所に行かなくては!!」
「………」
ネルフェリアスは戦慄した……ルミナスの目に光が宿って居なかった………魔族とはいえ此処まで倒錯した境地に至れるものなのかと感心してしまった。
「……お嬢様…素晴らしい考えですが……今は不味いかと…」
「……何?何か私の考えがおかしいって言うの?」
ルミナスお嬢様から向けられた視線で死ぬかと思った…
奥様…もうお嬢様は手遅れです…想像以上です…奥様も此処までとは思って居なかったでしょう…
「いえ…最高のお考えです……しかしあの魔女をぶっ殺すのは…良くないかと…一応アイリス様なので…」
「んーじゃあアイリス抜きで皆んなでご奉仕しましょう!これならどうかしら?」
あかん もうこいつなんとかしないと……
「できればアイリス様もご一緒の方がカイル様もお喜びになるのでは…姉妹丼よりも三姉妹丼の方がインパクトありますし…」
「!!三姉妹丼!その発想は無かったわ!!最高ね貴方!流石だわ!じゃああの魔女は殺すのは辞めておきましょう!」
やった!マトリーシェの生存が認められた!
「それに…できればお嬢様はカイル様を見守る方が良いのでは……」
「あ゛っ?」
「っ…あ…あの…きっとカイル様は自身が皆様を助けた方が格好良いとお考えなのでは…」
「……ふむ…それもそうね…私が全てを片付けるよりもカイル様が成された方が良いわね…いいわ今回は私は大人しく見守る事にします」
「流石はお嬢様…ご英断です…余談ですがこの人間界では「見守る系女子」成る物は男性から人気があると聞き及んでいます…」
「見守る系女子……なんだか胸にキュンとくるフレーズね…わかりました…私は見事に見守る系女子を全うしてやりますわ」
ネルを含むアイリス一族の女性陣の純潔が最低限度守られる事が確定した…
あとは魔力チャージをするお嬢様の肩を揉んだり褒め称えたり機嫌を損ねる事なくことの成り行きを見守る事にした……計り知れないストレスは足元のルミナリスを足で小突いたり踏んだりして発散した…
「……女って怖いな」
「…ああ…」
キースとマードック…そして鉄平の3人は少し離れた場所からその様子を見ている事しか出来なかった…