凍てつく心5
イリューシャの作り出した炎の魔剣による薙ぎ払いを、モネリスはいとも簡単に回避した。
刹那、伊織の放った弾丸がその胸を撃ち抜くかに見えたが次の瞬間にはモネリスはその場に居なかった。
「ちょこまかと動きやがって当たらねえ!」
伊織が忌々しげに吐き捨てた。
そしてその次の瞬間にはイリューシャがモネリスへと仕掛けるがそれは防がれるか躱されるばかりでお互いが膠着状態であった。
しかしそう感じているのは伊織だけで実際はこの瞬間にもモネリスの攻撃がイリューシャだけでなく伊織にも行われており、その全てをイリューシャが防いでいる為、彼女は全力で攻撃に転じる事が出来ないでいた。
「中身が違うだけでこうも厄介とはな…」
モネリスの驚異的なスピードに伊織は対処できない為、攻撃も出来ず援護もままならない状態である今、自分が確実に荷物になっている自覚がある為に伊織は焦る一方であった。
「ペチャ子…落ち着け!目で追っても追えるものじゃない…目で見るな魔力の流れを感じるんだ」
「魔力…おい!ペチャ子ってなんだよ!俺はまだ成長段階なんだよ!」
戦闘の合間に一時的にイリューシャは伊織の元でこうアドバイスをする。
見ればモネリスは余裕を浮かべながら身体を伸ばしてこちらを伺っていた。
「くそ!余裕かましやがって……いいか今からお前をここで結界に閉じ込める…この中にいる間は大丈夫だがお前からも攻撃ができない…その間に魔力の流れを感じ取るんだ」
「え?ちょって待てお前いきなり…」
「いいか目で見るな 感じるんだ わかったらさっさと集中しろ『鋼鉄処女』」
イリューシャの詠唱に合わせて現れた鋼鉄装甲に伊織は押し込められその鍵は閉じられた。
『あら…見かけによらず優しいのね』
「はっ!邪魔なだけなんだよお前は私一人で十分だ!」
そのやり取りを合図にイリューシャは再び剣に炎を纏わせ、モネリスはその剣に冷気を纏わせた。
「……くそ…やはり俺では開ける事は出来ないか…」
伊織は中から散々その壁を殴りつけたがビクともしなかった。
やがて諦めてその場に座り込んだ。
中は淡い光の中なんの音も聞こえない完全な密室だった。
「魔力の流れって…どうやんだよ……もしかしてアレか?『心の目でー』って奴か?」
昔…まだ実家の道場で弟と剣道をやっていた頃に祖父と一緒にやっていた座禅を思い出して正座した。
やたらと剣の型だの呼吸法だの周囲の者は騒いでいたがこのシンプルで奥行きのある修行法はなんとなく伊織の中にストンと落ちてきた。
以降時間さえあれば祖父と座禅組んでは祖父の言葉を子守唄がわりの様にして没頭していた時期があった。
意識を集中して目をとじる……何も聞こえない……しかし何か空気の動きの様な物をうっすらと感じた。
今の生活となって随分久しぶりに座禅組んだが身体は良く覚えているらしくすんなりとコツの様なモノが掴めた。
伊織はそこで昔のように更に意識を集中した。
音も光もそして自分さえも何も感じない無の境地へと至る。
その中で蠢く闇の様な流れを感じた。
この流れを感じる…
イリューシャの言わんとしていることを理解しさらなる無の境地へと至るのであった。
その伊織の動きを確認するとイリューシャは目の前のモネリスなマトリーシェ…モネリーシェへと向き直った。
唯の粋がっている小生意気な小娘かと思えば…なかなかの格闘センスに似た鋭い感覚を持っていた様だ。
伊織が結界の中で集中している限りはその集中力によりこの結界は強固なものへと維持される様に術式が組み込んでありその対象人物が処女であれば最高の強度を誇る…まだ伊織がアーガイルに食べられていなくて良かったと安堵する反面、どれだけの強固な結界を持ちいれば彼女を守れるのか未知数な部分もあり賭けである可能性が否めないのだったが……
いやいや、これほどの結界を生み出せる集中力はなかなかの域に達していると感じられた。
これならば モネリーシェでも全力を込めた一撃でなければ結界を破る事は難しいであろう…と思いたい
勿論そんな事はさせないが。
「さて…ようやくお前の相手が出来そうだな」
「ふふ…いかに貴女が強力な炎魔族でもこの娘の主たる属性は水と風…少々貴女に取っては不利な相手ではなくて?」
「はっ!言ってろ!後で泣かしてやるからな!」
再び二人の魔法が激突を始めるのだった。
「なかなか厄介な娘だな」
アーガイルは紫音をそう評した。
戦闘においては素人なのだが魔法の構築速度と連帯は素人とは思えなかった。
以前亜空間での擬似戦闘でもカイルを敗北へと追い込んだのは伊達ではなかった。
『アーガイルわかってはいると思うが…』
「はいはい…傷一つ付けやしねーよ」
今この体を操っているのはアーガイルだ。
カイルはチャットルーム内で事の成り行きを見守っている……いやこの俺が女性を傷つける筈がないだろうが!まあ男は半殺すがな。
長い付き合いなのに今だに信用がないのかよと少し悲しくなった。
「ま、紫音は良いとしてこっちの方が厄介なんだよな」
チラリと横目でアイリスを見る。
今は優雅にお茶を飲んでるが先ほどから此方が優勢になりそうだったり、余裕が生まれそうなタイミングでえげつない魔法を仕掛けてきやがる……その効果範囲に紫音が含まれる物もあったりするので本当に性根が悪い……まさに魔女だな。
「そんな傲慢な女を組み敷いて恥辱に塗れた表情をさせるのも中々魅力的ではあるが……しないけどな」
そろそろ5分になるので今度はこちらか仕掛ける番だな……
「…とか思っているのだろうが…残念ながら継続だ」
マトリーシェがそんな事を口にしたと思ったら紫音が光に包まれた。
「!!汚ねえ!「時間繰返」かよ!」
再び紫音が攻撃に転じる……5分前の状態に戻されたのでこのまま戦いを続けなければならない……
「ほんっとうに最悪な女だな!くそ!これだけは使いたく無かったが……そうも言ってられないな」
『策があるのか?』
「当たり前だ!俺を誰だと思ってやがる!くそ!本当にこれだけは使いたく無かった……」
何処か苦しげな表情のままアーガイルは紫音と対峙するのだった。