凍てつく心4
「さっきまでの威勢はどうした?」
ルミナリスが不敵に笑った。
その視線の先にはネルが片膝をついた状態で大きく肩で息をしていた。
先程まで紙一重でルミナリスを翻弄していたネルであったが常に背後のルミナスを庇いながらの戦闘に徐々に体力を削られつつあった。
「ふむ…これは困りましたね…」
ネルが立ち上がると、どうしたものかと後ろを振り向いた。
そこには『自己相似結界(フラクタルシールド』の中で未だに落ち込んでいるルミナスの姿があった。
「流石に今回は一筋縄ではいきませんね…」
ネルは正面のルミナリスに向き直る…
「どうした?命乞いをするなら今の内だぞ?」
その自信に満ちた顔はその魔力の根源たるルミナスそのものであった……故にネルは彼女を攻撃できないでいた。
しかしネルが手加減しているとも知らずに、そんな高圧的な態度を見せるルミナリスにネルは正直苛立ちを感じた。
(これは後でカイル様をからかってこのストレス発散のお手伝いをお願いしなければなりませんね……)
ネル自身、たかがルミナスにそっくりなだけのルミナリスに此処まで手こずるとは予想していなかった。
幼い頃より長年支えた為か、その愛らしい顔立ちの存在を叩きのめすなど彼女には到底無理であった。
そこにネルの情愛の深さを感じる所なのだが当人達はそんは事は微塵も感じていなかった。
それでもネルはルミナリスを翻弄しながらも決定打を与えないまま自らが消耗していくのだった。
(……どうにも遊ばれている様ね……)
そんなネルの態度を感じ取っていたルミナリスは思案する……何故かこのメイドは私に攻撃できるチャンスは幾度もあったが仕掛けてくることは無かった。
悔しいが実力ではこのメイドが自分よりも格上であると直感的に感じられた。
僅かばかりの攻撃が彼女の体力を消耗してはいるが致命的にはならないだろう………ならば本人にダメージを与えられないのならそれ以外に攻撃してやれば良いのだ。
ネルを狙い続けていた魔法を放つ指先が突如その矛先を変えた。
明らかに異常なまでの威力を秘めた一撃だった。
その先に何があるのかに気づいたネルは戦慄した。
「お嬢様!」
眩い閃光と劈く轟音は他の結界の中に居る者にも感知できるほどだった。
ルミナリスの魔法が炸裂しルミナスとの間に割って入ったネルは爆風にはじき飛ばされてしまう。
受け身を取ったところで防御障壁も間に合わずまともにダメージを受けてしまう。
(あぁっ……アバラを2、3本やられた……その冷静な判断力と狡猾な残忍さは流石はお嬢様ですね……)
「……口ほどにもない…しかし貴女はよく頑張ったわ…そこであなたの大事なお嬢様が死にゆく様をゆっくりご覧なさい」
思惑通りに罠に掛かったネルを見て、ルミナリスは残忍な笑みを浮かべた。
その両腕に凶悪な魔力を纏って、地面にひれ伏すルミナスに近づいて行くのだった。
「キースさん!」
鉄平の叫びが虚しく響いた……
地面に頭から落下したキースはピクリとも動かなかった。
しかし、その表情は何かをやり遂げた男の顔だった。
「……魔力切れとか……だせぇ……」
流石のマードックもかける言葉が見つからなかった。
高速移動の為に全ての魔力を注ぎ込んだようだ。
「もう終わりなの?」
氷の精霊は無邪気に首を傾げた。
その素朴な仕草はこの戦闘空間には不似合いな異質な存在感を漂わせていた。
そしてゆっくりとした足取りでキースに近づいた。
「じゃぁもういらないから壊してもいいかな?」
その足先に触れた指先から凍てつく波動がキースの体を襲った。
「ちょっと待て!それはもう経験済みだ!」
ホワイトワイバーンに受けた結晶化の一撃を思い出しキースは慌てて逃げようとするが既に足元の感覚は無く、氷と化していた。
「じゃーね!バイバイ」
その瞬間唸りを上げてマードックの巨大な剣が精霊の手足を打ち砕いた……がそれは直ぐに再生された。
「助かったぜ…隊長!ここからは俺のあれっ?」
立ち上がろうとするキースの首筋をつかみあげると後方の鉄平に向けて放り投げた。
「もうお前に出来る事は無い…おとなしく休んでろ、鉄平!治してやれ」
「ちょ…まだ…ああああああ」
情けない叫びを残して後方に転がっていくキースを確認するとマードックは目の前の精霊に向き直った。
自分の邪魔をされた為かその表情はどこか面白くなさそうな感情を漂わせていた。
「…何で邪魔をする?楽しく遊んでいたのに」
見た目はあどけない少女の姿をしているが騙されてはいけない…。その中身は命を何とも思わない凶悪な獣そのものなのだ。
「それならば遠慮する事は無いな」
言い終わると同時にマードックが踏み込んだ……その瞬間氷精霊の左腕が砕け散った
精霊は本能的に後方に飛び退くと瞬時に氷の壁を幾重にも作り出した。
しかしそれを巨大な大剣が次々と破壊してゆく。
氷の精霊の表情が嫌悪を含んだ表情に歪んだ
「お前……嫌いだ!」
「それは奇遇だな…俺もお前が嫌いだ」
精霊が金切り声を上げると周囲から巨大で鋭利な氷柱が無数にマードックめがけて襲いかかった。
しかし彼はそれを顔色も変えずに淡々と処理をしてゆく。
彼の鋭い眼光は氷の精霊を捉えたままだった。
「死んじゃえ!」
精霊の声とともにマードックの周囲の氷が生き物のようにうねり、逆巻いた。
それらは今までの氷が全て遊びだったと言われても納得する程の凶悪さを
放っていた……それが彼を押しつぶさんと殺到した。
轟音が響きルミナスが地面を転がった……もう何度目だろうか……
ルミナリスの策によりネルは既に戦える状態では無かった……しかしそれでもルミナスを守ろうと立ち上がり幾度と無く彼女の身代わりとなって魔法を受け続けて今は地面に伏せている。
「それにしてもあのメイドは大したものね…あんな状態になっても貴女を守ろうとするなんて…」
地面にひれ伏すルミナスの頭を踏みつけるとルミナリスは甘美な優越感に浸っていた。
「でも安心しなさい…あなたを亡き者にし、私があなたの代わりになってあげるわ!
そうね手始めにあのメイドは洗脳して私のオモチャとして壊れるまで遊んであげる!そしてカイルとかいう男を私のペットとして飼ってやるわ!アハハハハハ!?」
瞬間ルミナリスの全身を何とも言えない悪寒が覆った。
気がつけば体が動かない…いや、動けないのだ。
そのルミナリスの足元からゆっくりとルミナスが起き出しゆっくりと立ち上がった。
「…お前、今なんつった?」
「!!!」
ルミナリスは恐怖した…そう恐怖だ…目の前のルミナスは既に満身創痍であと一撃でも喰らえば死んでもおかしく無い状態だ…そんな彼女がルミナリスは怖くて仕方が無いのだ……
それは彼女の眼だ。
彼女の眼は暗く深い闇の様に何の光も宿していなかった。蠢く闇の様に…見るものを深い闇の中に放り込む様に……見つめられた者は重く呼吸さえも許されない……そんな魂に纏わり付く様な重く深い闇を湛えていた。
そして真っ直ぐにルミナリスを見ている様で見ていない…彼女の全てを見透かす様なそんな鋭い視線を向けられていた。
ゆっくりとその右手がルミナリスの襟首を掴み締め上げた。
「彼は……あの方はね…私や貴女の様な浅ましい女一人が独占して良い様なお方では無いのよ?その視界の隅に……ほんの少しだけでも入れていただけるだけで幸せなのよ?解る?いいえ…貴女の様な低脳な女には理解など到底無理でしょうね…たかだか少しくらい顔が整っていてほんの少しくらい強いだけであのお方を独占しようなんておこがましいにもほどがあるわ…本来ここまで一緒に同じ空間に存在出来ただけでも幸運な事なのよ?もう同じ空間の空気を吸っているなんて極上のご褒美なのよ?ああ…しかもあの時あの方は私の魔法を見て『凄い』って褒めてくださったのよ?…私ったら舞い上がっちゃって……こんな塔も最初から吹き飛ばしていればあの方の手を煩わせる事もなかったのに……何故もっと早く気付かなかったのかしら?ああ…もしかして今からでもここで活躍すれば私にもチャンスが巡ってくるのかしら?そうよ!きっとそうよ!貴女もそう思うでしょ?今からこの陳腐な塔をぶち壊してあの魔女も擦り潰してさっさと帰りましょう!そうすればあの方も私を見直して下さる筈だわ!」
「…貴様…何を…言ってるんだ?」
ルミナリスはその体の震えを止める事は出来なかった。
本気なのだ…この女は本気で言っているのだ。
「さて…先ほどから貴女が何か言っていたけど……御免なさい…よく聞いていなかったわ…だってこの結界の向こうにあの方がいるかもしれないのよ?もう身体が疼いてしょうがないじゃないの!!もしもあの方が窮地に立たされていてそこに私が駆け付けたら最高に良い女じゃない?……まあ…あの方に限ってそんな事はありえないんだけどね…イリュとかも強いし……他にも見た事ない女もいたし……ま、そんな事は別に良いんだけどね…だってすべての女はあの方に従属しても良いくらいじゃない?私もこんな堅苦しい立場でなければずっとあの方の足元で慰み者になっていたい位だわ………!!!そうだわ!あなたは私と見た目が同じじゃない?!あの方の「忠実な愛玩奴隷」として差し出せば私のこの気持ちが伝わるはずだわ!貴女も幸運ね!とても羨ましいわ!…そうねそして時には貴女には私の身代わりになって貰って私があの方の愛玩奴隷になる事も……!!良いわ!その考え凄く良いわ!!」
ルミナリスは戦慄した…このイカれた考えがこの女を見ていると本気で言っている事が理解できるのだ。
「貴様!!頭がどうかしてるぞ!」
両手に魔力を集中させ一気にルミナスに向けて押しだすがその両手を掴まれてその魔力はルミナスへと吸い込まれてゆく……
「ば、馬鹿な!?」
「あら?だって貴女は私の魔力から生まれたのでしょう?だからいつでも返してもらうことは簡単でしょ?」
掴まれた両手から魔力が失われてゆく……やがて立つ事も出来ずに地面に膝をついた……
その様を見下ろしてルミナスは満足気に微笑む……その身の毛もよだつ微笑みにルミナリスは自身の運命を悟った。
「さあ、いい子ね……じゃあ今から貴女にはあの方に従順な愛玩動物としての心構えを教えてあげるわ」
ルミナリスの意識はここで失われた。
とんでもなく間が空いてしまいました。オリンピックかよ!なかなか多忙な日々を送っておりましたが、日々数行程度の執筆作業をしておりました。今回やっとKATACHINI出来ましたので投稿しました。
次回もゆっくりと作成中なので気長におまちくださいませ。