凍てつく心2
激しい揺れと轟音が室内に響いた……緩やかにそれは収まり周囲には氷霧が漂っていた。
ゆっくりと一人の人物が立ち上がり周囲を警戒した。
「どうやらみんなと分断された様だな……」
マードックの言葉にキースと鉄平も立ち上がった。
「伊織さんとははぐれたみたいですね…」
「……男ばっかりとか…反吐が出そうだな」
鉄平の言葉にキースが本気で嫌そうに言い放った。
「…せめてあの赤い髪の生徒か……メイドさんでも良かったんだが…」
「…伊織さんは入ってないんすね?」
「さて…二人とも…残念だがキースの好みにはほど遠いお客さんだ…」
マードックの視線の先には氷が蠢きやがて人型の形状を作ろうとしている物体があった。
「ゴーレムの類か…さっきのと比べるとだいぶヤバそうだが…」
キースの言うように先程までの氷塊が無造作に接続されていたゴーレムと違い、氷の彫像と呼んでも過言ではない程の精密な出来栄えであった。
それはまるで中世の騎士の鎧のようなフルフェイスの全身鎧であった。
「…名前をつけるとしたら…『氷の騎士』といった所か…」
「まだ中身が女とかならやる気が出るんだがな…」
『氷の騎士』は立ち上がるとその腰の剣を抜きこちらに向き直った。
「来るぞ…伊織が居ないが…フォーメーションは『トライデント』だ!」
「OK!鉄平!頼むぜ!」
「行きますよ!『肉体強化』『速度上昇』 『冷気耐性』」
マードックの号令に鉄平の補助魔法が三人の体を覆う。
「相手が氷なら…こいつだな」
キースがポーチより取り出した石を手甲の窪みに嵌め込んだ……魔石が輝き拳が炎に包まれた。
『炎の拳』
敏捷性の増したキースが一瞬で『氷の騎士』に接近すると鋭い剣の一撃が見舞われた。
「遅え!!『紅蓮拳』!」
騎士の剣をかわすと、キースの一撃が騎士の右足に打ち込まれた。
打撃点から炎が立ち上り騎士の足を一瞬で融解させた。
騎士はバランスを失い右腕を地面に着いてバランスを取ろうとした。
「うおおおおおお!!」
その瞬間をマードックが狙い右上腕部に魔剣『断絶する者』打ち込んだ。
騎士の強度はかなりの物だが魔力の流れる魔剣にとってはまるで問題が無かった。
見事に右腕を粉砕し騎士は頭から地面に突っ込んだ。
「いくぜ!『火炎槌打』!!」
騎士の正面に回り込んでいたキースが炎を纏った両手を振り下ろし頭部を粉砕した。
本来『トライデント』のフォーメーションは三位一体の攻撃態勢である。
マードック、キース、伊織の三人による連帯攻撃が三叉の矛先をイメージしサポート役の鉄平が柄の部分で後方支援を行う彼等の常套手段であった。
「中身はどうせむさ苦しいだろうが…一応トドメを刺しておくか」
キースの拳が一段と炎巻き上げた。
懐に飛び込むキースに対してアイスナイトが剣を振り下ろした。
が、マードックのギロチンシュナイダーにより腕ごと砕かれてしまった。
「喰らえ!紅蓮拳!!」
キースの拳から紅蓮の炎が立ち登り、アイスナイトの装甲の部分を融解させ吹き飛ばした。
その巨体が崩れ落ち、後にはキースが立っているだけ立った。
「……決まったな!どうだ…え?おおおえあ?!」
キースが変な奇声を発し後ずさりを始めた。
今までにない彼の行動にマードックは予期せぬ事態が発生した事を悟った。
「どうした?キース!」
キースの元に駆け寄りその様子を伺うとキースは信じられない物でも見た様な表情で言った。
「女だ」
「何だと?」
見れば氷の騎士の装甲が亀裂部分から崩壊し剥がれ落ちていた。
キースの技の威力を物語っていたが彼はその中身を問題視していた。
中からはこれまた美しい表情の女が姿を現した…氷で創られた身体は滑らかであたかも本物の女性では無いかと錯覚させる程であった。
「氷の精霊か……」
「いよっしゃあああああああああ!!!!!ここは俺に任せろ!」
キースが何故か上半身の装備を脱ぎ裸になった。
「…何をしているのだ」
「向こうも裸なんだからこちらも同じ条件で相手をするのが礼儀だろう?」
マードックは頭を抱えた…言っていることはありがちな内容だが問題はキースの性的興奮が最大になっている事である。
キースは元々海軍の精鋭部隊のエリート部隊に所属していた。
技術と能力は素晴らしい物であったが、戦場での性的な刺激に滅法弱く直ぐに発情してしまう体質であった。
(こいつはこれさえなければ一流の戦士なのだが)
「さあ俺が天国見せてやるぜ……」
キースは両手を広げて氷の精霊ににじり寄って行く……
端から見れば変態である……いや、立派な変態であった。
恐らく、マトリーシェに操られ感情すら失っているであろう氷の精霊であるが
心なしか少し嫌そうな顔してる様にも見えた。
「さて、まずはどうしようかな?揉んじゃう?いや、まずはお互いを良く知る為にもハグからだよな?良いよな?ハグしても!」
指をわきわきと動かしてキースが精霊に迫った……それを見守るマードックと鉄平は軽い罪悪感に襲われた。
「…俺、キースの事は尊敬してる部分あるけど…このキースは軽蔑にしか値しないと思います」
「あぁ…その判断は正しいぞ…鉄平」
『お前遊んでくれるのか?』
二人の心配を他所に精霊は無邪気に問いかけた。
「何っ?お前……俺と遊んでくれるのか!?」
精霊の言葉にキースは全身を震わせ歓喜した。
「キースさん…めちゃめちゃ気持ち悪いです」
鉄平の言葉にマードックは激しく同意した。
先ほどまでの緊迫した雰囲気は消え去り『だめだ…はやくこいつなんとかしないと!』的な空気に
切り替わりつつあった。
『何して遊ぶ!何して遊ぶ!』
そんな二人とは対照的に精霊は無邪気にそう問い掛ける。
「よし……おじ…お兄さんと相撲とろうぜ…」
キースは親指を立てて満面の笑みを浮かべた。
それは完全に変質者そのものであった。
「何で言い直したんだ?おじさんだろう?」
「隊長…そこはスルーしてあげてくださいよ…それよりも止めないと!相撲ですよ?もう犯罪じゃないですか?!キースさんの事だ!『あ!うっかりモロ出し~』とか言ってか弱いあの少女に変態行為を働く気ですよ!!」
「…流石にそんな事は言わないだろう…行為自体はするかもしれないが…」
先ほどから二人の声を聞こえない振りをしていたがキースは少しだけ胸の痛みを感じた……
『どうしたの?おじ…おにいさん遊ばないの?……なんで涙目なの?』
「何でもないよ……言い直してくれる辺り君の優しさを感じるよ……じゃあ行くぞ!」
キースが凄まじい速さで氷の精霊に肉薄した先ほどとは比べ物にならない程のスピードだった。
そのか細い体を強靭な肉体で抱きしめようと両腕を広げて抱きついた……筈だった。
彼を上回る速さで氷の精霊はその攻撃を回避した。
結果、キースは盛大に地面を抱きしめ激突するのだった。
『あはは!面白い面白い!』
「…お…お嬢さんなかなかやるじゃないか!燃えてきたぜ!
俺をここまで本気にさせるとは……お前が初めてだぜ!」
そう言ってキースはベルトに手をかけた。
「キースさん!それだけは…それだけは早まっちゃダメだ!!」
「初めて……あいつ…童貞だったのか?」
「えっ!?いやまさか!キースさんそれ以上は駄目です!裁判でも勝てませんよ!」
鉄平の叫びも虚しく完全にそれは少女と変質者のそれであった。
「これでもくらえ!!」
キースの体がぶれたかと思うとその姿が三つに分かれた……本来は魔力で分身を作り出す『三位一体』であるが彼の凄まじい煩悩による分身。
『淫・三位一体』であった。
「「「どうだいお嬢さんこれでもかわせるかな?」」」
三人のキースが一斉に語りかけた……全裸で。
三人が精霊を囲い込むように周囲を高速移動していた…精霊もどれに的を絞ればいいか迷っていたようだ。
その一瞬の隙を突いて三人のキースが頭上から飛び掛った。
「…あああああああああああ………」
鉄平とマードックの見たものは、悩ましい悲鳴を上げながら地面に崩れ落ちるキースの姿だった。