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魔眼の使徒  作者: vata
第二章 暗き森の魔女
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失われた記憶〜愛憎〜

「カミュ!」

「マリー!」


二人は互いの姿を確認すると駆け出し熱い抱擁を交わした。


「淋しかったんだよ!」

「すみません…私も淋しかったです」

「会いたかったんだよ!」

「はい…私も会いたかったです」


カミュの胸を小さくポカポカと殴りつつ深く身を委ねるマトリーシェをカミュは優しく抱きしめた。


「…大好きなんだからね!」

「はい……私もマリーが大好きです」


やがて二人の影が一つに重なった。






「なかなか帰って来ないと思ったら………」


家の中にはミネルヴァとベオウルフが居た。

二人の間には小さな翼竜が居た。


「え…っと…おめでとう?」

「何故疑問系なのだ…それにこの子は俺達の子供では無い……いや限りなく俺達の子供だ」

「どっちなんですか?………もしかして例の卵?」


カミュの問いにマトリーシェが頷いた。


「成功かも知れないけど………目標としては失敗ね……兵士を作るつもりが家族を作るなんて……」


そう言いながらもマトリーシェは笑顔であった。

暫くお互いの近況を報告し合いミネヴァとベオは帰り支度を始めた。


「…今夜も止まれば良いのに…」

「いやいやいや…マリー!私達だって空気ぐらい読めるからね!」

「そうだ…我々とて新婚初夜同然の家に泊まるなど狂気じみた事は遠慮願いたいものだ」


 二人の言葉に急にお互いを意識し顔を紅くする二人……

正直マトリーシェは不安で仕方が無かったのだ……その心中を察してかミネヴァはそっと彼女に耳打ちするのだった。


「……天井の染みでも数えていたらあっという間よ?」





 カミュが休暇を取ってから既に三日が経過していた……

最初はほんの辛抱と考えていたが二日目が終った時点でファルミアは既に憔悴し切っていた。


(きっと女の所だわ……)


 そんな考えが初日から彼女の思考を占拠していた。

結果食事もろくに喉を通らず、夜も安眠とは言えない状況であった。

昔から恋物語に憧れていた部分もあったが……流石にこの負の感情だけは思い描いていた物とは遠くかけ離れていた。


(それにしても…私がこんなにも嫉妬深い女だったとは……)


 自らの胸の内に燻ぶる嫉妬の炎を思わず笑い飛ばしたくなった……


(これでは…まるでただの恋する乙女ではないか!)


それは彼女の葛藤であった……恋する乙女に憧れる自分と貴族の娘であるプライドの狭間で彼女は揺れ動いていた。

その結果張り詰めた彼女の精神は周囲への八つ当たりという形で表現されるのだった。


「おや……お嬢様ともあろう者が…愛おしい男を奪われて泣き寝入りするのですか?」

「?!……レイヴン…貴方…何か知っているのですか?!」


不敵な笑みを浮かべたままレイヴンはファルミアに近付いてきた。

その態度は何かを成し遂げた様に満ち足りていた様に見えた。


「ええ……知っていますよ…何もかも…」

「…貴方…一体何を…」


 その手がファルミアの頬に触れた……


「教えてあげましょう……今、何が起こっているのか…そして貴女が何をすべきなのか」


 彼の眼が真紅に染まった。









「…?!」


 気が付けばファルミラは宙を漂っていた…周囲は暗い見知らぬ森だった。

慌てて起き上がろうにも足は地面から遠く離れていた。


『お嬢様…落ち着いてください』


気が付くとレイヴンがその肩を抱いていた。

ゆっくりと降下し地面に降り立った。


『…レイヴン…どうなっているの?』

『…『幽体離脱アストラルフォール』です……ついでに『完全パーフェクトなる不可視化インビジブル』も発動中です、今の我々は空気と同じ存在です…しかし心を穏やかに静めてください…気付かれますので』


そう言って目前の古びた建物に視線を向けた。

……そうか…此処にカミュが居るのだ……女と一緒に。


レイヴンに続いて建物に向う……霊体なので扉はすり抜けた。

室内は外見には似合わず綺麗に整頓されていた……が、床にタオルが投げ出されていた…その先には衣服の様な物が点々と奥に向って続いていた。

かすかに奥の部屋から声が聞こえた……会話ではない…ただただ抑える事の出来ない声が甘く、甘美な囁きを繰り返していた。


『!!』

「おやおや…』


 何をしているのかは一目瞭然だ。


(見たくない)


それがファルミアの素直な気持だった。

レイヴンの言葉になど耳を貸さずにただ、カミュの帰りを待っていれば良かった……何も知らずに彼の傍に居れば良かった。


『怖いですか?…来なければ良かったと思っているのですか?……何も知らずにまた彼と楽しく過ごせば良い…と?』

『………』

 

 答える事が出来ず、ただ頷いた。


『では戻りましょう…そして貴方は何も知らない振りをして彼が帰るのを待ちましょう…何なら記憶も消しましょう!そして何も知らない初心な娘の振りをしていれば良いのです……彼も此処で飽きるまで彼女を抱きそして貴方の元に帰るでしょう…あの女の変わりに貴方を見つめ優しく振舞ってくれるでしょう あの女を抱いた腕で貴方を守り、あの女と口付けを交わした口で貴方に優しく囁くのです!』

『やめて!!』

『では見届けるのです!あの女を!自分の運命を!』


レイヴンに促され扉を潜った……目の前には小さなベッドが一つ…そこに横たわるのはカミュ……その上には見知らぬ女……しかしファルミラは目を奪われた…その白く雪のような肌に!長く煌く金の髪に!カミュと織り成す快楽の宴は美しくその裸体は芸術作品の様でもあった。


雲の切れ間から月明かりが差し込み彼らを照らし出した。

彼女の白い肌の汗は煌きその金髪は月明かりを浴びて銀色の輝きを放つ。


『!?…わ、私!?』


 ファルミラは混乱した。

彼の上で妖艶に蠢く女……その顔立ち…銀に映えた髪…自分自身であった。

その瞬間理解した……彼が私の先に見ていた人物…それこそが彼女なのだと……

彼にとって私は彼女の代用品だという事を。


不意に景色が歪んだ……自分が泣いている事に気が付いた。

硬く握り締めた手が¥は中々開く事が出来なかった………

なんて愚かな私……ただの独りよがりではないか!

なんて可哀想な私……滑稽な道化ではないか!!

でも……それでも私は……


『カミュが欲しい!!』


たとえあの自分そっくりの女を亡き者にしても。


「!?誰!!」


 急に女がこちらを向いて手を突き出した。

空間が歪み強い衝撃が襲い掛かった。


『!!』


 一瞬のうちに後ろに引き戻され気が付けば自分の部屋で椅子に座っていた……


「……夢?」

「…ふっ…ふふっ…そんな筈あるわけないじゃないですか…」


 背後からレイヴンの声が聞こえた…見ると腕を押さえて蹲っている。


「?!…っどうしたの?…その腕…!」


見れば彼の左肩から二の腕の部分が抉られる様に無くなっていた。

それが異常な状態なのは見て判った……血が一滴も出ていないのだ…元からそこには何も存在していなかったかの様な印象を受ける。


「忌々しい娘だ!……たかが気配を感じた位で『神域ニュート素粒子砲ハドロン』を無詠唱で打ち出すのですよ?幽体とは言え無事では済まないでしょう……」

「……禁呪ではないですか……」


 『神域ニュート素粒子砲ハドロン』………万物の構成を根本から分解し消滅させる恐るべき禁呪……

黎明期の大戦で魔界の大半が消失されたと言われている……そんな魔法の使い手が存在する等……我が『魔』の一族ですら………

そこまで考えて何かに引っかかった……もしやあれは『魔』の一族に組する者なのだろうか?

しかしそんな存在は聞いた事もない……ましてや自分そっくりのあの姿…他人とは思え………!!!


「…ふふふ…流石はお嬢様……気が付きましたか?あの女…この『魔』の一族に匹敵…いや凌駕する様な魔力…貴女そっくりの容姿……」

「…ま…まさか…私の…」 

「そのまさかですよ!死んだはずの貴女の双子の姉!歴史上類を見ない最強の魔女!その力ゆえに闇に葬られた筈の魔女マトリーシェ!」

「……マトリーシェ…私の姉……」


 痛みを堪えながらもレイヴンはマトリーシェにまつわる真実を告げる……

『魔』の一族繁栄の為に我が子を贄に差し出した父……

罪の意識より病に臥した母……

それらは全て敵対する勢力の偽りの策略である事も……

そして何も知らず次期当主に祭り上げられた力なき哀れな娘……ファルミラ


「……そんな……」

「…さて…お嬢様…」

 

 呆然とするファルミラにレイヴンが話しかける……

痛みはまだ残ってはいる様子だが先程よりは顔色が幾分か良くなっていた。


「…どうされますか?」

「……どう…とは?」

「生き別れた姉と再会を…?それとも?」

「………このままではどうなるのだ?」

「……このままお嬢様が当主となった場合ではこの『魔』の一族は衰退するでしょう……そうなれば分家である家が『魔』を継ぐでしょう……それに…カミュはお嬢様の元を去りあの森で魔女と生涯を過ごすでしょう……」


 その言葉に頭の中で先ほどのあの二人の姿が思い出されファアルミラは顔をしかめた。


「……彼女を『正当な後継者』として迎え入れた場合……この家はさらに力を増す事でしょう…彼女はその生まれ持った力でやがては『呪魔女』に取って代わり新たな魔王として君臨するやもしれませぬ……勿論その傍にはカミュが付き従うでしょう」


 最早ファルミラに打つ手は無かった……自身の無力さは自覚していた……人一倍努力もしてきたつもりだ…その結果彼女の力量は『魔』の一族としては十分な程に成長していた……しかしその自信も先程の姉である人物の力を見せ付けられそれも失われつつあった。

カミュも自分を彼女の代わりとしか見ていなかった……

自分は一体何なのだろうか?……すでに自分の存在理由すら危うくなりかけていた。


「お嬢様」


 その心の隙間に功名に…そして狡猾に悪魔が囁きかける。


「あの女が憎いですか?今更現われて…貴女の全てを奪い去る…あの女が憎いですか?」

「……ええ…憎いわ……家も…地位も名誉も全て私から奪ってしまう!!カミュさえも!!」

「……なら…殺しちゃいましょう」

「…!?えっ……そんな」

「殺しちゃえば……カミュを…貴女が慰めるのです…彼女の代わりに……」

「……私が…カミュを?」

「そうです……そして今まで通りにこの家を継いで…貴女が当主だ!カミュを貴女の伴侶に選べ良い…当主である貴女の言う事にだれも逆らう事等出来ないのだから…」

「…私が当主に……カミュを伴侶に……」

「そうです……だからあの女を…マトリーシェを殺しましょう」

「そうね……あの女…マトリーシェを殺しましょう」


 レイヴンの言葉を繰り返すファルミラ……その瞳からは輝きが失われていた……

言霊支配スピリチュアルドミネート』により彼の言葉はファルミラの心に染み込んでゆく……それが当然の様に……

それが自分の導き出した答えだと認識する様に……操られてゆくのだった。


「さあ…お嬢様…私がお手伝いしましょう…」


 その言葉に従いファルミラはレイヴンの手を取るのだった。









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