失われた記憶~戦線 1~
魔戦士ゴルドラは復讐に燃えていた…自身の紅い髪と同じくらいに心の奥底に闘志を燃やしていた。
幼き日より兄弟のように育ったヒュゴラスが戦死した。
聞けば恐ろしく強い黒騎士に敗れた様だ……戦いこそが人生…そう日頃から言っていたヒュゴラスだ…悔いは無いだろう。
しかし残された者はそうはいかない…奴にも家族が居た……成人しているとは言え、子供たちも居る身なのだ。
あの気丈な妹が泣く姿を見るのは二度目だ……両親が死んだ時と……今回だ。
「…義弟の仇は俺が討つ」
「……兄さん…」
そう言って妹は涙を流した……これで三度目だ……
妹は気付いているのだ……これが今生の別れとなる事に。
魔剣王の軍勢は平野を越え国境の砦付近に迫っていた。
この砦が落されれば我が魔皇帝の軍勢は窮地に立たされるだろう……我が軍全力を持って食い止めねばならないのだ。
「ほ…報告いたします!敵の斥候と思われる軍団が接近……それが……」
「……何?ゴーレムだと?!」
部下の報告を聞き砦の最上階から外に出る……
見れば遥か彼方の渓谷より巨大な岩巨人がゆっくりこちらに向ってきていた。
普通のゴーレムであればその大きさは2.3メートルが一般的だが……このゴーレムはその倍の5.6メートルはあった……製作者は余程の技術の持ち主だ。
「投石機を前面に出せ!魔道部隊は射程に入り次第攻撃を開始しろ!」
慌しく兵士が動き戦闘配備が完了する……ゴーレムは変わらぬ足取りで近付いて来ていた。
やがて投石による攻撃が始まった。
少しずつではあるが岩の直撃でその巨体が崩壊を起していた。
「射程に入った!魔道部隊攻撃開始!」
攻撃隊長の号令に城壁に並んだ魔道師達が一斉に魔法を繰り出す……十人の唱える「石魔砲」が合成魔法となり「岩石鋭砲」となる。
百人の魔道師……合計十本の鋭い岩がゴーレムに襲い掛かった。
その巨体の表面を削り、繰り出した左腕を粉砕した。
「足を狙え!」
その声に選ばれし二十人の高位魔道師が詠唱を始める。
『爆撃魔道弓』
二十本の炎の魔道矢が一斉にゴーレムの足に殺到した。
瞬間巨大な爆発が起こり右足が吹き飛びゴーレムは地面に伏した。
砦の兵士に歓声が沸き起こった。
こんな巨大なゴーレムは予想外だったが、一体では役に立たなかった……万が一を考えて投石機と魔道師を配置したのが功を奏した。
今のこの砦を落すには十体は必要だろう……ましてやそれほどの技術が魔剣王の軍勢には無い事も理解していた。
後ろに控える奴らの本体は今頃作戦の失敗を悟り焦っているであろう…それでも攻め入るならあの石の化け物と同じ運命を辿らせるだけだ。
「……なんだ?」
聞きなれない音が周囲に響いていた……それは眼前に崩れるゴーレムからであった…
やがてその巨体が小刻みに動き、頭部が開き青い魔導石が飛び出したその内部には不規律に動き回る数個の紅い球体があった…その球体から歪な音声が響き渡った。
『状況ヲ確認……左腕及び右足破損…これ以上ノ行動は不可能…魔力残量を計測…優先事項の変更ヲ提唱……受理…行軍モーどの強制終了ヲ実行……安全回路破棄……モード『殺戮』に移行……残り300秒間命令変更は受け付けラれまセン』
瞬間、魔導石が真紅に変わり……ゴーレムが再起動した。
頭部の下…口とも呼べる部分が開き…砦に向かい光を放った……轟音が響き渡り砦の1/3が爆散した。
ゴーレムの動きも二足歩行から四速歩行に変わり、砕けていた筈の腕と足は復元されていた…見れば岩と岩の間を黒い光が繋いでいた…魔導鎖の様だ……これを上回る魔力で攻撃しないと切る事も傷つける事も出来ないだろ……
二足歩行から四速歩行になった事でその動きは素早く以前のゴーレムとは比べ物にならない程の敏捷性を身につけていた。
投石機が発射されても、魔道師の魔法が発動してもその斜線上から難なく退避してしまうのだ……
まるで肉食動物が狩りをする様な動きだ……砦の前で布陣を構える兵士達に悠然と襲い掛かり蹂躙した。
投石機も全て破壊され砦の上に居た魔道師達はその魔導石から放たれる『熱線』により一瞬で灰にされた。
このまま砦を突破され、王都まで破壊の限りを尽くすのかと思い始めた頃…ゴーレムの動きが鈍くなった。
『魔力残量低下…残り活動限界まデ15秒…優先事項『消去』の実行シークエンスを開始……』
ゴーレムは砦の正面に来ると正門に頭を突っ込みそのまま自爆した……周囲は激しい衝撃と熱風が襲決してて少なくない兵士が犠牲になった。
轟音が静まり辺りは再び静寂を取り戻した……しかしそこには以前の砦の姿は無かった。
当然門は破壊され堀もその残骸とも言える岩で埋め尽くされた……最早この砦は砦としての機能を失っていた。
「……て…敵襲!!」
呆然とする兵士達の頭上から唯一残った哨戒塔から悲壮な声が響いた……渓谷から敵兵団が行軍していた……
最早残された兵士に戦意があるとは思えない……
「……動けるものは戦闘配備……伝令兵に生き残りはいるか?ならば早急に伝令を走らせろ…ここは……もう堕ちる」
「ゴルドラ様…お供いたします」
気が付けば生き残りの半数以上が武装を終えて集結していた……
「…お前達も誇り高き鬼族の戦士であったな…行くぞ!!」
巨大な剣を肩に抱えゴルドラは走り出す……まともに戦える兵士は百にも満たないだろう……
それでもゴルドラの戦士としての意地が逃げる事を許さなかった。
(このままではヒュゴラスに会わせる顔もないわ!)
この絶望的な状況でも戦いは半刻続いた……
魔戦士ゴルドラの奮戦もむなしく、砦は陥落した。
全体的に加筆と修正を加えていますので しばらくこちらの作業を優先します。




