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魔眼の使徒  作者: vata
第一章 始まりの詩
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キオク




記憶


過去の事は今ではよく思い出せない………いや思い出したくない。

自己防衛とも思える本能的な考えは、過去の記憶に霞がかったように曖昧にしていた。

 それは自分にとって最も苦しい記憶…最も悲しい記憶…最も辛い記憶………

判っていた。

 それを言い訳にして過去からずっと逃げていることを。

そして逃げられない事も。

しかし今の自分では過去と向き合うことが出来ないでいる。

……そう、私はまだ弱い存在だ。

だから過去を振り返らない……いえ、振り返れない……

そうやって逃げ続けている。




  それでも……今でも夢に見る事がある……


 あの暗い闇夜 私以外誰もいない部屋 人払いの結界

鏡に映る自分… 手に握られた……月光を鈍く反射するカッターナイフ…意思の篭った(眼)

苦痛から逃げ出す為に、強く強く決意した夜。


 カッターを持つ手が震える…いつも授業で使っている黄色いカッターナイフだ。

まさかこんな事に使うなんて夢にも思わなかった。

震える右手に左手を重ね 恐怖を押し込めようと力を込める…深く息を吐くと更に力を込めた。

 その手がゆっくりと顔に近づいてゆく……窓の外から差し込む月明かりが雲に隠れやがて室内を暗闇が支配した。



(怖い…怖い…でも…)


 それ以上に私は自分のこの「眼」が嫌い!!だから…だから…決意したんじゃないかっ!

固く眼を閉じる…この手を後5cm…押し出せば…私は…私は変われるのだろうか?

あの辛く苦しい毎日と決別出来るのだろうか?そしていつも思い描いていた日常を手に入れる事ができるのだろうか?


 不意に雲の切れ間から月明かりが差込み彼女の姿を照らし出した………

長い黒髪に少女と呼ぶにはまだ何処かあどけなさを漂わせたその姿はこの状況では異様と言える。

室内のベッドと彼女の寝間着から此処が医療関係の施設の様だと想像が出来た。


「…………?」


 違和感を感じて そっと頬に触れた。指には濡れた感触………涙…

いつの間にか私は泣いていた…

ただ、静かに…


(何故泣いているのだろう?この眼に愛着が?)


それは無い 私はすぐにその思考を否定した。


「あぁ…そうか…」


 それは産んでくれた両親に対する罪悪感…こんな私をここまで愛してくれた事への感謝…

両親だけは私がこの苦難を乗り越えられると信じていてくれた……この行為はその両親の思いを踏みにじる裏切りとも呼べる行為だ。

そう考えると涙が止まらなくなった。


(今なら……まだ……)


 あれほど悩んだ筈なのに今更…

どれだけ泣いただろうか?不思議と心は穏やかだった。

…再び眼を閉じる……

再び雲が月を覆い隠し室内は再び闇に覆われた……

再び開かれた目には迷いが感じられなかった。

その決意は固かった……再び眼前にカッターを構え眼を閉じた……


 もう 手は震えていなかった……


「駄目だよ」


 瞬間手首を掴まれた。

眼を見開くと隣には、見ず知らずの男の子がいた


「…あなた……誰っ?!」


この部屋には誰も居なかった……いや入れる筈がない!!人払いの結界は強力だ……ましてやドアには三重結界があったはずだが?!


「駄目だよ」


 彼のその言葉に様々な思考が吹き飛んだ。

いま私は他人と対峙している……この(眼)で!!

再び恐怖が沸き上がる。

足が震えている…思考を維持出来ない…!

この「眼」を見られている!私にとって一番の恐怖を感じる瞬間だった。

部屋全体が揺らぐ……不安定な心が結界を不安定にしていた……その様子を見た彼は手をすっと振り上げた…途端に室内は安定する。

~二重結界~結界内に同質の結界を張る 高度な技術だ。

それを確かめた彼は彼女に向き直る。

相変わらず彼女は怯えた表情でこちらを見ていた。

その瞳は…………再び雲の切れ間から現われた月が二人を照らし出した。

彼女と同じ寝間着の少年は彼女と同じ年頃であろうか?

目を引くのは真っ白なその髪と透き通るような蒼い瞳であった。


「綺麗だね」


 私の瞳を見据えたまま彼はそう言った。

彼女は一瞬何を言われたか理解出来なかった。

そう言われたのは……初めてだった。

その言葉は彼女を傷付けるものではなく

忌み嫌うものでもなかった。彼自身の素直な感想そのものだった。


「凄く…綺麗だ」


 もう一度そう言った。自分の存在を初めて認められた気がした。

その感情は胸の奥に渦巻きやがて溢れだす。

押し寄せる感情は彼女の決意を打ち砕き押し止めた感情が涙となって溢れ出た。

私はただ 彼にすがり声を上げて泣いた。

怒り、悲しみ、全てを大粒の涙が押し流した。

恐怖ではない…悲哀でもない…それは歓喜の涙だった。


「それは君だけの瞳」


 落ち着いた私に彼はそう告げた。幼子を諭す様に。

大切な事を優しく、そして強く語りかけた。


「そして君だけの力」


優しく手を重ねた。

その温もりが彼の言葉の意味を私に理解させる。


「でも……」


彼は手をそっと離すと私の目を真っ直ぐに見つめた。

その言葉の先をただ静かに待った。


「その瞳が君を苦しめているなら…助けてあげるよ」

「本当?!」


思いもよらぬその言葉に反応してしまう…そんな彼女の反応に彼は微笑んだ。



「じゃあ…君の……を……に………………」



風景がぼやける…記憶はいつも此処で終わる。

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