翠の残響
「残り時間は百二十秒。――ふふ、もう少しだけ『お掃除』ができそうだね」
ワープ装置の充填完了を告げるカウントダウンを横目で捉え、ロイドは満足げに口元を綻ばせた。だが、その唇の端はわずかに強張っている。
真銀の機体バハムートのコンソールに映る敵機は、もはや獲物ですらない。それなのに、先ほどから引き金にかける指先が、自分の意志とは無関係な「重さ」を帯びていた。
――お前の震える指は、引き金を引くたびに自分の心も撃ち抜いてるじゃねえか。
先刻のスクラップ・コレクターによる呪詛が、耳の奥にこびりついて離れない。
無意識に首の黒いリングへ手が伸びかけ、ロイドは慌ててそれを操縦桿へと戻した。
その時、静寂を切り裂くようにコックピット内に無機質な通信音が鳴り響いた。
「もー……っ、せっかくいい所なのに……っ」
遮られたことへの不快感をあらわにするが、その声はいつもの滑らかな嘲笑には届かず、どこか余裕のない響きを帯びていた。
回線が強制的に接続される。モニターに映し出されたのは、連合の司令官――大佐の顔だった。
「こちらロイド。急にどうしたんですか、大佐? またシワを増やして僕に当たり散らしに来たんですか?」
『ロイド・レグフォーツ、緊急事態だ。EMPボムを搭載した反乱軍機が、防衛網を突破した。現在、マーティル・ナビスの一番艦へ向けて特攻を開始している。阻止しろ!』
「それって。暗に僕へ『死んでこい』って言ってますよね?」
自嘲気味な笑い。だが、ロイドの脳裏をよぎったのは、かつて雨に濡れた自分に「居場所」を提示した、あの教官の冷徹な眼差しだった。
『……くっ。あの乱気流を突破して、電磁の牙を止められるのは、お前しかいないんだ』
「ふっ、いいでしょう。いいですよ……元々、あの日、森の中で死ぬはずだった僕を拾い、この銀の翼をくれたのは連合だ。僕の命は、とうの昔にあなたたちへ捧げているんですから」
言いながら、ロイドは無意識に胸元のポケットを、上からそっとなぞった。
軍服の薄い生地越しに、複数の金属板が重なり合う、ひやりとした感触が伝わる。指先を微かに動かせば、ポケットの中で数枚の錆びついたドッグタグが、カチリと乾いた小さな音を立てた。
あの日からずっと、彼が手放せずにいる「重荷」……かつて背中を預け合い、そして宇宙の塵となった仲間たちの、唯一の生きた証。
だが、指先が探り当てたのは、その硬質な冷たさだけではない。
ドッグタグの層に埋もれるようにして、一対の耳飾りが、その鈍い輪郭を掌に伝えていた。幾多の戦場を潜り抜け、すり傷で曇り果てた翠の石。指先に力を込めれば、ドッグタグの尖った角と、耳飾りの丸みが混ざり合い、歪な痛みが胸を刺す。
(……ああ、そうだね。僕はあの日からずっと、冷たい機械の中でしか脈打てない『部品』なんだ。みんなの死をコレクションして、姉さんの形見に縋り付いて、僕だけがこうして生き残っているなんて。……本当に、笑えない皮肉だ)
ドッグタグの凍えるような氷点と、石の奥にわずかに残る、ありもしないはずの「姉の体温」。その矛盾した質感が、ロイドの指先に「生きていることの罪悪感」を、消えない刻印のように深く刻みつけていた。
『敵の座標を送る。だが、ボムのコアを直接破壊はするな。誘爆すれば、マーティル・ナビスもろともこの宙域が蒸発するぞ。シェイトローレスタのスラグバレットを基部へ叩き込み、衝撃で信管を物理的に「沈黙」させろ』
「え!? あれ、残弾がもう数発しか無いですよ! それに……あんな泥臭い接近戦、僕は好まないって知ってるでしょう? せっかく綺麗な機体が汚れちゃうじゃないですか!」
精密な狙撃という虚飾の「掃除」を愛するロイドの声が、初めて悲鳴のように揺らいだ。
指先が、わずかに震える。
接近戦。それは、技術の未熟さゆえではない。
相手の鼓動が聞こえるほどの間合い。金属がひしゃげ、熱が伝わり、命が「物」へと変わる瞬間の感触。
彼がどれほど銀色の装甲で身を固めても、その距離だけは、ポケットの中の遺品たちが持つ「死の温度」を呼び覚ましてしまうのだ。
『人類存続の命運がかかっている。頼んだぞ、ロイド』
「……了解です」
通信が切れた後の静寂。コンソールには、不吉な赤色で強調されたTargetが躍っている。
ロイドは、自分を「死神」だと思い込ませるための傲慢な仮面を必死に手繰り寄せた。だが、ポケットの中のドッグタグが立てる微かな音さえ、今は自分を責める死者たちの囁きのように聞こえてしまう。
「……人類の言う種を守るための盾が、同じ人類を貫くための矛になる。結局、僕たちはどこまで行っても、お互いを『ゴミ』として処理し合うことしかできないんだね」
乾いた笑いを漏らし、バハムートは銀の翼を翻し、宿命の座標へと加速していった。




