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真銀の光輪

 電磁カタパルトから解き放たれた衝撃が、背中から脳髄を突き抜ける。

 急激な加速Gに視界が歪む中、ロイドは慣れ親しんだ機体の微振動を全身で受け止めていた。格納庫の喧騒はすでに背後へ消え、眼前に広がるのは、火線と爆光が星座のように散らばる「死の空」だ。


 上空を一機のアルマティス(人型戦闘兵器)が砲弾の如く、凄まじい速度で飛行する。月光を弾く真銀の装甲を纏った()()()()()は、その背に装備された六基の独立ジェットスラスターから青白い炎を噴き出し、高度を上げる。


「残り時間は三百秒か。これくらいなら余裕かな」

 ロイドはコックピットの傍らに浮かぶホログラム(空間投影)ディスプレイ(映像)に視線を流した。ワープ充填完了までのカウントダウン。それが終われば、この星に残る全ての命を切り捨てて、連合は旅立つ。


「さあ、お掃除の時間だ。――逃げ遅れたゴミは、一つ残らず片付けてあげるよ」

 吐き出されたその言葉は、あまりに滑らかで、どこか作り物めいた響きを帯びていた。


 全周囲モニター(外部映像)には、絶望的な数で友軍を蹂躙する反乱軍の群れ。だが、銀の閃光となってその渦中に飛び込んだロイドが目にしたのは、精強な軍隊などではなく、ただ死の恐怖と「狂った大気」に翻弄される、怯えた群れの姿だった。


 眼下では、人類の地上史に強制的な終止符を打つ、凄絶な「脱出」が始まっていた。

 無人となったエルリドの都市が、断末魔のような地鳴りとともに内側から爆ぜる。


 街の各所を真っ二つに引き裂き、地底から這い出してきたのは、全長数キロメートルに及ぶマーティル・(超大型)ナビス(宇宙船)の一番艦だ。星を捨てる日のために地下深く隠され続けてきた「鉄の揺りかご」が、今、重力を呪うような咆哮とともに浮上を開始したのだ。


 二番艦、三番艦――合計二十機に及ぶ巨船が、泥を払い、その巨躯を天空へと突き立てていく。

 鋼鉄の巨神たちがせり上がるたびに、エルリドの地表は飴細工のように砕け、かつて数百万人が暮らした高層ビル群が、巨船が這い出した後の暗黒の深淵へと崩壊していく。

 その様は、母なる星を食い破って飛び立つ、人類という名の寄生虫の(ごう)を物語っているようだった。


 二十機の巨船が穿った「深淵」から垂直に吹き上がる凄まじい熱風は、抗いようのない天災そのものだ。逃げ惑う反乱軍の機体は、この暴力的な風に揉まれ、空を飛ぶ権利すら奪われて次々と墜ちていく。

 墜ちていく敵を見下ろすロイドの心は、急速に冷え切っていった。


(――この程度の連中を殺すために、僕は自分を殺しているのか?)


 ふつうに言葉を発すれば、きっとその震えが漏れてしまう。

 だからロイドは、震えを誤魔化すように、軍服の胸元を――その奥に隠した耳飾り(・ ・ ・)を、掌が痛むほどにぎゅっと握りしめた。布越しに伝わる(みどり)の石の硬さと冷たさだけが、辛うじて彼を「ロイド・レグフォーツ」という形に繋ぎ止めている。


「……ねえ、バハムート。あんな無様に逃げ惑う標的(ターゲット)を追いかけるのは、もう飽きたよ。もっと壊しがいのある『美しい悲鳴』が、僕らには必要だと思わない?」


 自分でも嫌気がさすほど軽薄な言葉。そうやって残酷な化け物を演じなければ、彼はこの地獄のような空で、自分を保っていられなかった。


 しかし、その虚無感を切り裂くように、全周囲モニターに複数のアラートが躍った。乱気流の壁を強引に突き破り、十数機のアルマティスが三角形の突撃陣形を組んでロイドへ肉薄する。彼らは反乱軍の精鋭たちだった。


 銀の閃光が戦場を跳ねた。

 操縦桿を撫でるような僅かな操作。それだけで、バハムートはマーティル・ナビスが吐き出す熱風さえも利用し、物理法則を無視した急旋回で敵の包囲を無に帰す。


 ロイドは愛機専用の二連式エネルギーライフル「シェイトローレスタ」を構えた。


 それはかつての狩猟銃のシルエットを継承しつつも、エルリドの科学の極致が注ぎ込まれた最新鋭の結晶だ。ボディから銃身に至るまでシルバーグレーの超軽量カーボンで統一され、その表面には、微細な発光ラインが走る幾何学模様が刻まれており、人工的な冷徹さと気品を醸し出している。


 上下に並んで伸びる二本のバレル。その隙間からは、充填が進むにつれて冷却用の「水色の冷気」が、まるで機体が呼吸をしているかのように淡く、静かに漏れ出している。


 通常、数十発の光弾を乱射し数十秒のリチャージを必要とする汎用エネルギー銃とは、設計思想からして根底が異なる。――安定したサイクルで、必殺の二射を。

 一射目が先頭機のコックピットを正確に貫通した。間髪入れず二射目がもう一機のスラスターを射抜き、青白い爆散の華へと変えた。


 シェイトローレスタは極端だった。装填数はわずか二発。二発ごとに三秒のリチャージを強制される。一射でも外せば死に直結するが、その代償は絶対的な貫通力。それは三秒ごとに必殺を叩き込み続ける、狂ったほどに安定した「死のサイクル」だ。


「パシュッ!」

 銃身がスライドし、高圧の蒸気が白く吹き荒れる。それと同時に、白熱したパワーセルが銃身から勢いよく射出された。

 弾き出された熱塊は、赤い尾を引く彗星のように虚空を飛び、マーティル・ナビスが穿った深淵の闇へと吸い込まれて消えた。

 わずか三秒の空白。

 反乱軍の精鋭が一斉に赤色光線を放つ。装甲をかすめる熱波。だが、ロイドは不敵に唇を吊り上げた。


「遅いよ。そんな止まって見える光じゃ、僕の髪の毛一本すら灼けない」

 カチリ、と噛み合う新たなセル。銃身から水色の冷気が溢れ出す。

 再始動の二閃。一射目が機首を粉砕し、続く二射目が胴体中央部を射抜いた。純白の光線は敵機の心臓部を容易く溶かし、巨大な「風穴」を穿つ。


 その隙をつく様にまた一機の反乱軍機が迫る。

 ロイドは冷笑を浮かべ、シェイトローレスタをショットガン形態へと移行させた。バレルが中央から折れ、短縮される。スライド室から熱せられたエネルギーセルが排出され、重厚な実弾スラグバレット(重金属弾)が、鈍い金属音を立てて装填された。


(……ああ、やっぱりこの音は嫌いだ。重くて、鈍くて、生々しすぎる)

 胃の奥を焼くような不快感を吐き出すように、ロイドは傲慢な仮面を深く被り直す。


「近すぎるよ。行儀が悪いね」

 ドォォン! と腹に響く重低音。

 前兆も発光もない。撃鉄が落ちた瞬間、光線防御を物理的にブチ抜く実弾の暴力を叩き込んだ。重金属弾は閃光を放つことなく敵機の装甲を強制的に食い破る。カメラを粉砕され、剥き出しの臓物を晒すようにひしゃげた機体が、巨大な陥没穴へと無様に墜ちていく。

 直後、ロイドはヴィブロブレード(超振動剣)を抜き放った。片手にショットガン、もう片手にブレード。インファイトの構えで、肉薄する敵機を次々と断ち切っていく。


(触れたくない。このまま、誰の体温も知らないまま、「お掃除」だけを終わらせてしまいたいのに――)


 返り血のごとき火花が装甲を叩くたび、ロイドの指先は微かに強張る。だが、その拒絶反応を上書きするように、彼は吸い込まれるような太刀筋で絶対的な死を振り撒き続けた。


「さよなら。次はもっとマシな夢を見てよ」

 爆散する炎を冷徹に見下ろすロイド。だが、その静寂は濁った男の声に切り裂かれる。


『……ハッ、相変わらずいい趣味してやがる。一方的なお掃除(虐殺)か? 虫酸が走るぜ、お坊ちゃん』


 暗号化すらされていないブロードキャスト。泥を啜り、鉄を噛み砕くような濁った男の声。現れたのは、傷だらけの継ぎ接ぎ機――スクラップ・(屑鉄)コレクター(拾い)だ。


「不潔なノイズを撒き散らさないで。僕の耳が穢れる」

 ロイドは即座に「死神のトーン」を上書きした。心臓の鼓動が不快なほど重く、早鐘を打つ。


『穢れるだと? 違ぇなあ。お前が震えてんのは、俺の声が「本当のこと」を言ってるからだろ。バハムートの銀の皮を剥げば、中から出てくるのは泣きじゃくるガキだ。なあ、お前……自分が今日、何人殺したか数えるのもやめたろ?』


「…………」

 ロイドは言い返さなかった。代わりに、コックピット内に* 「カチリ」と無機質な硬質の音が響く。シェイトローレスタが次弾の強制装填を完了した、冷徹なリチャージ音。沈黙。それが、ロイドが返せた精一杯の拒絶だった。


『図星かよ。……お掃除の続きをしようぜ、ロイド。ゴミを片付けるのは、俺の得意分野だ!』

 一直線の肉薄。ロイドの必殺の閃光を、スクラップ・コレクターは強引なスラスター噴射でかわし、十発の誘導グレネードを解き放つ。


『どうした? その綺麗なライフルが泣いてるぜ。「こんな醜い方法で星を捨てる奴らを守りたくない」ってよ! その震える指は、引き金を引くたびに自分の心も撃ち抜いてるじゃねえか!』


 包囲されるバハムート。コンソールには「RECHARGING」が非情に点滅する。


 爆発まであと一秒。ロイドは唇を噛み切り、操縦桿から両手を放した。


「三秒もあれば……君を壊すには、十分すぎるんだよッ!」

 背面の六基のスラスターが異常逆噴射を敢行し、バハムートは物理法則をあざ笑う超高速回転を開始した。

 キィィィィィィィィィン!!

 回転の凄まじい遠心力を乗せたヴィブロブレードが、真銀の光輪と化した。

 収束した十発の弾頭群は、その不可視の断層に触れた瞬間に「切断」され、信管が作動する間もなく連鎖爆発を起こして霧散する。そして回転の終着点、その絶対的な死線の上にいたのは、「スクラップ・コレクター」だった。


『なに……ッ!?』


「バイバイ。お似合いのゴミ箱へ、送ってあげる」

 慣性モーメントを一点に収束させた、真銀の一閃。

 真空を断ち切る音さえ置き去りにした刃が、漆黒の機体を肩口から斜めに真っ二つに切り裂いた。

 ――瞬間、すべての音が途絶えた。

 熱せられた合金が弾け、火花が夜空を焦がすスローモーションの光景。剣を通じて伝わったのは、巨大な鉄の塊が「事も無げに」両断される、圧倒的な破壊の感触だった。

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