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銀の楔、深淵の咆哮

 人類起源の星、アース(・ ・ ・)。かつて叡智の頂点を極めたその星は、今や繁栄の代償たる大気汚染と砂漠化に蝕まれ、死に(てい)と化していた。残されたわずかな生存圏を巡る泥沼の殲滅戦争は、滅びゆく文明が辿る必然の帰結だった。


 世界最高峰の技術を誇るエルリド連合国は、この破局を数十年前から予見し、極秘裏に惑星移住計画――超大型宇宙船、()()()()()()()()()二十機による脱出準備を進めていた。

 当然、捨て置かれる側の人々はそれを「裏切り」と断じ、反乱軍を結成。全戦力を連合国の首都へと集結させていた。


「何だと!? 首都がもぬけの殻だと!」

 地上に停泊する反乱軍主力艦の司令室に、怒号が響き渡った。

 いざ心臓部であるはずの市街地へ踏み込んでみれば、そこに待っていたのは激しい抵抗ではなく、不気味なほどの「空虚」だった。


「馬鹿な。数時間前まで、数百万の市民がいたはずだぞ!」

「街の灯りはすべて消え、人影一つないと……」

 怯えるクルーが展開したホログラムには、魂を抜かれたかのように静まり返るエルリドの街並みが映し出されていた。自分たちが必死に奪い合っていたのは、もはやただの「石の箱」に過ぎないのか。

 反乱軍の将兵たちに、得体の知れない寒気が走る。

 直後、大地が断末魔のような悲鳴を上げた。


 大地を直接掴んで振り回すような激動。超高層ビル群が、紙細工のように次々と地中に飲み込まれていく。何キロにもわたって大地が裂け、底知れぬ深淵から「それ」が姿を現した。

 巨大な二等辺三角形を象った、シルバーグレーの鉄の塊。

 一機、また一機。地の底から、自分たちが踏み締めていた大地の裏側から、マーティル・ナビスが獲物を屠る「銀の楔」となって這い出してきた。


「間違い無い、あれが移住計画の真打か……」

 司令官の絶叫を塗り潰すように、戦場は光の洪水と化した。


 ※


 だが、その狂乱は、強固な装甲の向こう側までは届かない。

 外界の爆音を完全に遮断した《マーティル・ナビス》のブリッジは、深海のような静寂に満たされていた。

「火線の集中を確認。ミサイル、および収束レーザーの弾道予測ライン、本艦中央に収束。――着弾まで、十秒」


「情報漏洩か。まあいい、最初から隠し通せるとも思っていない。……リフレクターシールド展開」


 最高司令官レイニス・ハルバートの命が下った瞬間、巨大な船体が薄氷のような虹色の光に包まれた。殺到した赤光は見えない鏡に弾かれるように四散し、皮肉にも地上を紅蓮の炎で焼き尽くす。


「損害、皆無。主砲、レールガン起動」

 オペレーターが冷徹に告げると同時に、それまで滑らかだったマーティル・ナビスの装甲が、巨大な獣が牙を剥くように音もなくスライドした。

 装甲の隙間から姿を現したのは、無機質な殺意を凝縮した電磁加速砲の巨大な砲身。

 2枚の長方形の加速レールが数十メートルにわたって伸長し、その中心軸に超高密度の電磁エネルギーが収束していく。空間を歪ませるほどの高周波が巨大な機体を震わせ、青白い放電が夜の戦場を真昼の太陽のごとく照らし出した。


「放て」

 レイニスの冷徹な号令と共に、不可視の衝撃波が空間を叩いた。超音速で撃ち出された重量弾は、大気を摩擦熱で灼きながら一直線の雷光となり、反乱軍の艦隊を陣形ごと塵へと変えた。それは戦闘というより、一方的な「掃除」だった。


 ――だが、その「掃除」のしわ寄せを喰っている最下層の格納庫は、焦げ付いたオイルの臭いと整備兵たちの怒号が渦巻く熱地獄だった。


「味方のアルマティスは何をやっている! 機体を使い潰してでも敵を追い散らせ!」

 油煙に霞む指令室で、部隊司令官が毒づく。連合側の騎士たちは、数で勝る反乱軍の執念に飲まれ、一機、また一機と無残に削り取られていた。


「僕が出ましょうか?」

 喧騒をナイフで切り裂くような、涼やかな声が響いた。

 あまりに場違いな温度のない声に、司令官が弾かれたように振り返る。

 そこにいたのは、漆黒の軍服を腕も通さず肩で羽織り、悠然と腕を組む一人の少年だった。肩の赤と金のエポレットが、主の不敵な余裕に合わせて傲慢に揺れている。深く被った制帽の(ひさし)が、低い位置にある顔に深い影を落としていた。


「貴様は……例の専用機乗りか。持ち場で待機していろと言ったはずだ!」


 ロイド・レグフォーツは、司令官の叱咤をくすくすと低く笑って受け流した。


「ひどいなぁ。味方がゴミのように掃除されているのを見て、居ても立ってもいられなくなった健気な部下の進言ですよ? まあ、僕にしてみれば、あそこで踊っている彼らも、それを見ているあなたも……等しく滑稽で、退屈ですけど」


 ロイドは細い指先で、深々と被っていた制帽をゆっくりと押し上げた。

 人工照明を浴びて、雪のように真っ白な銀髪が眩い光を放つ。生まれつきだというその色は、戦場の汚れを一切拒絶するかのようであり、同時に周囲の大人たちを戦慄させる異質さを放っていた。


「何だその目は。その忌々しい白髪、やはりロイド・レグフォーツか。貴様のような気味の悪いガキに、我が軍の命運を……」


「おっと、そこまでにしてください。大佐」

 ロイドは人懐っこい、それでいて残酷なほど美しい笑みをその面に張り付かせた。それは、対面する者の神経を逆なでするためだけに設計された、完璧なフェイクだ。


「見た目で人を決めるなんて、時代遅れもいいところです。そんなだから、部下を肉の壁にする以外の戦術を思いつかないんですよ。僕にしてみれば、その『気味の悪いガキ』が出した戦果の百分の一も稼げない大人たちの方が、よっぽど気味が悪いですけどね」


 ロイドは司令官のすぐ傍まで歩み寄ると、上目遣いで、覗き込むようにエメラルドグリーンの瞳を向けた。瞳の奥には熱など一片もなく、ただ底冷えするような静寂が横たわっている。


「貴様っ!」


「連合のために死ねるのであれば、僕は本望ですよ?」

 ロイドはそう言って、胸元に手を当てて優雅に一礼してみせた。白銀の髪がさらりと流れ、伏せられた睫毛が、健気な覚悟を決めた少年兵の影を頬に落とす。その姿は、戦意高揚ポスターから抜け出してきた「悲劇の英雄」そのものだった。


「……なーんてね。今の、最高に『騎士(パイロット)』っぽくなかったですか?」


 顔を上げた瞬間、その(かたち)は一変した。

 潤んでいたはずの瞳からは一瞬で熱が引き、唇の両端を吊り上げた、歪な「作り笑い」が張り付く。ロイドは人差し指で自分の制帽をくいと跳ね上げると、司令官の鼻先でわざとらしく上目遣いになり、くすくすと肩を揺らした。


 司令官は屈辱に顔を赤く染めたが、言葉は喉の奥で凍りついた。

 ロイドの瞳に宿る、底知れぬ静寂。それは数多の命を奪ってきた者にしか纏えぬ、絶対的な「死」の質感だった。

 この傲慢な少年の指先一つで、自分たちの命が塵にも福音にも変わる。その残酷な事実が、歴戦の軍人であるはずの男を、震える子供のように黙り込ませた。


「好きにしろ。ただし、ワープシークエンスに遅れることだけは許さん。二十秒前までに戻らねば、ハッチを閉鎖し、貴様ごとアースの藻屑にしてやる」


「りょーかい。そんなに怒らないでくださいよ。シワが増えると、ただでさえ低いあなたの威厳が台無しだ」

 散歩にでも行くような軽やかさで、ロイドは背を向けた。


 格納庫には、一定の間隔で心臓を抉るような鋭い警報が鳴り響いている。その音が止むたびに電磁カタパルトが唸りを上げ、先行するアルマティスが一機、また一機と、暗黒の空へと吸い込まれていく。それは「捨て駒」たちの死地へのカウントダウンに他ならなかった。


 整備兵たちが火花を散らして駆け回る狂乱の最奥で、周囲の喧騒を拒絶するように鎮座する機体があった。

 鈍く、しかし気高く光を撥ね返す銀の装甲。

 標準機より一回り巨大な体躯に、背部で折り畳まれた六基の巨大な推力翼。

 エルリドの粋を集めた異形の巨神――ロイド専用機()()()()()だ。


 ロイドは迷いのない足取りでタラップを駆け上がり、白銀の巨神の胸部へと躍り出た。

 重厚な外部装甲が、吸い込まれるような音を立てて展開する。彼はその開口部へ流れるような動作で飛び込み、冷え切ったパイロットシートへと滑り込んだ。


 直後、背後のハッチが外界の喧騒を断ち切るように閉ざされ、コックピットは完全な闇に包まれる。

 ロイドは慣れた手つきで、首に巻かれた漆黒のリング――機体との専属契約を証明する認識の輪を、シートのソケットへと深く噛み合わせた。

 カチリ、と、運命を固定するような冷たい音が、静寂を打つ。

 ――瞬間、バハムートが身震いした。

 昏い空間に光の血管が走るようにモニター群が覚醒。重厚な駆動音と共に、バハムートに「魂」が吹き込まれた。


「行くよ、バハムート。――暗闇で震えてる彼らに、本当の絶望を教えてあげよう」

 次なる出撃を告げる警報が、一際高く格納庫に鳴り渡る。

 刹那、六翼のスラスターから超高圧の青白いプラズマが爆ぜた。他機の追随を許さぬ重低音が空気を支配し、真銀の機体は慣性すら置き去りにして滑走を開始する。


 電磁カタパルトの加速Gをあざ笑うかのように、バハムートは自らの推力でレールを駆け抜け、火線と絶望が渦巻く「死の空」へ、真銀の雷光となって突き抜けた。

お読みいただきありがとうございます!

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