#3 はじめての暗殺、また失敗する
深夜。
小春は自分の部屋で天井を見つめながら考えていた。
護衛になったとはいえ、本来の任務は涯非永の暗殺。
新生活に心を躍らせている場合ではないのかもしれない。
「どうしよう……」
小春は寝返りを打った。
今のところは、まだ父親に暗殺失敗はバレていないはずだ。対象に近付くために護衛をしている、という言い訳も通るだろう。
「でも……一旦、殺してみようかな」
小春はふと思い付いた。
小春は、眠水家当主の父親に次ぐ実力を持っている。既に父と共に依頼を行ったこともあるが、人を殺すのは初めてだ。
眠水として育てられてきた小春は、今更人の命を奪うことを恐れたりはしなかった。
ただ、山を降りた今の生活を早々に手放すのは惜しい。
だから、今はまだ殺さないけれど、本気になったら永をいつでも殺せる。それを確かめておこう、と考えた。
「よし……」
小春は静かにベッドから起き上がった。
忍び足で永の部屋に向かう。ドアは半分開いていて、部屋の電気は点いていた。
ゆっくりとドアを押す。きしむ音がしないように、慎重に。
部屋の中には大きなデスクがあり、パソコンが一台と大量の書類が積み重なっている。
そして、すぐ横にベッドがあって、布団に包まれている人影が見える。
小春は懐から短刀を取り出した。父から譲り受けた、眠水家に代々伝わる刀。
(まだ殺さない……つもりだけど……まぁ、殺してもいいかな)
小春は考えながらベッドに近づいた。
一歩、また一歩。
呼吸を整える。心臓の音を抑える。眠水の基本。
そして——。
小春は短刀を振り上げる。
その瞬間、小春の視界が回転した。
気づけば、床に叩きつけられていた。背中を強く打って、息が詰まる。
「痛ぁ……」
上を見上げると、永が小春の手首を掴んで押さえ付けていた。短刀は床に転がっている。
永はパジャマ姿のまま、無表情で小春を見下ろしていた。
寝込みを襲われて慌てた様子も、家に暗殺者を招いてしまった動揺も全くない。
「本当に来たのか」
「きゃー! 放してください!」
小春がパタパタと暴れたが、永に乗られるとそう簡単には逃げ出せなかった。
小春は手首を掴まれたまま、関節を極められて身動きが取れない。
永の枕元のスマホが鳴る。
(そ、そうだ! この部屋にも監視カメラがあるんじゃ……)
小春が気付くと同時に、永のスマホから藤の苦々しい声が聞こえて来た。
『おい、眠水……護衛になったばかりで、暗殺を試みるとは。度胸だけは認めてやる』
「ちがっ、違いますよ! 夜のデートのお誘いです! 星が綺麗だから一緒に夜空を眺めませんかーって」
『嘘をつくな。田舎者が星を有り難がるわけないだろう』
「ひどい……! 差別です! 都会育ちがそんなに偉いんですか!?」
『安心しろ。大好きなお山の土に帰るか、海で魚の餌になるか、選ばせてやる』
「怖ー……このおじさん、極道漫画みたいなことを本気で言ってるんですけど……あ、本職の方でしたか」
「やめておけ。無駄死にするだけだ」
永は小春の背中に乗ったまま、藤にそう答えた。
「お前は、」
永に呼ばれて、小春は顔を上げる。
至近距離で見下ろされているのに、永の暗い瞳からは感情が読み取れなかった。
「殺そうと思えば、会議室でも今ここでも、全員殺して逃げることができる」
「えー……そんなに褒められると照れますねぇ!」
「だからそうやってヘラヘラして、私に制圧されたフリをしている」
小春は、少し真面目に永を見上げる。
そして、彼を僅かに見直した。
小春の初撃を防いだのは、確かに一般人、一般組員としては大したものだ。
ただ、それは小春の本気ではない。
殺すつもりが無かったし、防がれても永を殺す手段はいくつもあった。
今この瞬間も、永はおそらく全力で小春を押さえ付けているが、小春が本気を出せば簡単に抜け出すことができるし、永も藤も組員も全員殺して逃げることも可能だ。
(この人……そこまでわかってて、どうして私を護衛にしたんだろう……?)
『……では、殺さないにしても、追い出しましょう』
「いや、いればそれなりに利用価値があるだろう。本人が逃げないし」
永は藤と通話しながら、小春の上から降りてベッドに戻っていく。
『永さん……こいつは都会暮らしに満足して田舎が恋しくなったら、永さんも組員もみんな殺して逃げ出しますよ。絶対に』
「そうなったら、その時だ」
小春は立ち上がってスマホの向こうの藤に反論した。
「私、依頼もないのに不必要な仕事はしません! そんな仕事中毒じゃないです。令和の若者ですよ! 私が殺すのは永さんだけです!」
藤が小春に何か言い返す前に、永は通話を切る。
そして、何事も無かったかのように永は布団に潜り込んで小春に背を向けた。
何か言われるのかと小春は待っていたが、すぐに寝息が聞こえてくる。
「まさか……寝た?」
殺しに来た小春はまだ部屋にいるし、短刀は持ったままだ。
しかし、永はこれっぽっちも気にしておらず、睡眠を優先させている。
極道ってすごい。小春は改めてそう思った。




