#2 同居、始まりました?
会議室での騒動の後、小春は組員の一人に連れられて組事務所の最上階、永の部屋に向かう。
永は相変わらず無表情で、何も喋らない。
組員——藤と呼ばれていた男も無口だった。
五十代後半くらいだろうか。眉間に深い皺が刻まれて、白髪混じりの髪。左足を少し引きずっている。
エレベーターが最上階に着いた。
ドアが開くと、そこにはビルのワンフロアを全て使った広々としたマンションの玄関だった。
しかし、生活感がまるでない。家具は最低限、装飾品もなく、ホテルの部屋を借りているような雰囲気だった。
先ほど小春は会議室の天井を壊したが、ここは階が離れていることもありフローリングには傷一つない。
それを確認して、小春は内心安心していた。
「お前の部屋はそこ」
藤が小春の前を進みながら、廊下にある一つの部屋を指差す。
小春が中を覗くと、簡素なベッドと机だけがあった。正面の窓から街の明かりが見える。
「私、ここに住むんですか?」
「護衛だからな。嫌なら今すぐ殺されるか?」
藤が真面目な口調で問い返してきて、小春は慌てて首を横に振った。
「護衛になります! 喜んで!」
それから小春は窓に駆け寄った。
下を見下ろすとビルのすぐ目の前を車のヘッドライトが絶え間なく流れて行き、遠くで電車の音が聞こえる。
「それに、都会に住むのって少し憧れてましたし! 家の目の前を車が通ってて、電車の音が近くて、山も森も緑が一つもない……最高のシチュエーションじゃないですか!」
「その環境を最高って言う奴は珍しいな……」
藤が呆れたように呟いた。
そして、小春の腕を引いて窓から離すと、じっと小春の顔を観察する。
「いいか、よく聞け」
藤の声が低くなった。
「永さんに何かあったら、お前の命はないと思え」
「はーい……」
小春は渋々頷いた。
永は二人のやり取りに全く無関心で、リビングでジャケットを脱いでいた。
そして、テーブルの上の書類を眺めている。
相変わらず無表情。小春のことなど気にしていない様子だ。
「明日から、永さんが行くところには全てついてこい。仕事中も、食事中も、常に一緒だ」
「常に一緒……それって本人が嫌って言ってもですか?」
「ああ、当たり前だろう」
「つまり、永さんが渋谷に行くって言ったら、私もついて行かないといけないんですもんね! よし……まだ都会を楽しめる可能性はある……!」
藤は無視して続けた。
「それから、ここは至る所に監視カメラが付いている」
「……監視カメラ?」
「お前が使う部屋は、俺が使っていた時に外したから大丈夫だ。ただ、トイレと風呂にもある」
「ええっ!? 困りますよ! 私、どこでトイレすればいいんですか!?」
「場所を教えるから、嫌だったらレンズを隠せ」
「嫌に決まってるじゃないですか! 私はピチピチの可愛い女の子ですよ!」
「いちいちうるさい奴だな……」
藤は面倒くさそうに小春を連れて、トイレと脱衣所、風呂場と順番にカメラの位置を示す。
「あそこと、あっちの天井の隅。脱衣所は棚の上。風呂場は換気扇の中だ」
小春は藤の示す場所を覚える。
監視カメラがあるとわかっていれば、眠水の能力なら気配ですぐに気付く程度の隠し方だ。
「あの……私にわざわざ教えてくれるってことは、私じゃなくて永さんを監視するために付いてるってことですか?」
藤は数秒、黙って、それから小さく頷いた。
「ああ、そうだ」
「そしたら、永さんが家にいる間は私が護衛してなくてもいいのでは?」
永が家にいてくれるなら、自分は早速明日から都会で買い物を楽しめるのでは?
そんな考えが顔に出ている小春の浮かれた様子に、藤は呆れたように腕時計を見た。
「そろそろ俺は帰る。永さん、何かあれば連絡ください」
藤に言われて、永は無言で頷いた。
藤はそのまま部屋を出て行き、残されたのは小春と永だけ。
静寂が降りてくる。
小春は居心地悪そうに、その場に立っていた。
永は書類を読み続けている。まるで小春の存在を忘れているようだった。
小春は恐る恐る口を開く。
「あのー……永さん」
小春の言葉に一応反応はしてくれるらしく、永は顔を上げた。
「なんだかよくわからないけど、よろしくお願いします。眠水家は護衛任務も承っていますから、私の得意分野ですよ! 」
眠水の営業も次期当主の役目の一つ。
涯非組から信頼を得る絶好の機会でもある、と小春はやる気に満ちていた。
「暗殺よりもずっと上手なので、安心してください。さっきみたいに殺し損ねたりしませんから! 永さん、大船に乗ったつもりで、行きたいところがあれば何処にでもお供しますから言ってください! まずは……遊園地、とかどうです? 永さんと仲良くなりたいし、私、一度も行ったことないんですよねー……って、あれ?」
気付くと、永の姿がソファから消えている。
どうやら小春が話している間に、永は自分の部屋に入って行ったようだ。
「もー……とにかく、よろしくお願いします!」
小春はドアが半分閉まった永の部屋に向かって声をかけた。




