第6回
注文したコーヒーを持って振り向くと、もうディアナは窓際の席に座っていた。
「やっぱり食事機能のオプションをつけておいた方がよかったかな」
ぼくはコーヒーカップが一つだけ載ったトレーをテーブルに置きながらつぶやいた。
「なぜ?」
ぼくはだまって、コーヒーを一口すすった。
「うーん…同じ場所にいるときはなるべく同じことをしたい…かな?」
我ながらよくわからない理由だと思ったが、それはアンドロイドでもそうらしかった。
「よくわからないけど…でも、食事機能って非実用的なオプションなのにとっても高いでしょ?」
「まあね。メンテナンスも大変らしい」
「私はなるべく実用的なオプションがほしいな。アランの役に立てるもの」
ぼくは手をのばしてディアナの手をとった。
「ぼくは君がそばにいるだけでいいんだ。いつも言ってるけど」
ディアナが悲しそうな顔で首を振った。
「そうね。でも、私は役に立ちたいの。その方が、なんていうのかしら…」
ディアナの表情が一瞬だけ停止した。この「表情の静止」は、アンドロイドの性能が高いほど短く、ディアナのモデルならばほんの一瞬だが、それでもアンドロイドと人間を見分けるいちばん大きな外見上の差異だった。人間がこの「瞬間的静止」に気づく能力の存在は、心理学の世界でも未だに未解決の問題らしい。
「…私の…『人間性プログラム』がより最適化されるの。それはアランに対して私の魅力波及効果が増加するはずなのよ」
ディアナは話の内容には不釣り合いなほどあどけない笑顔でそう言うと、ぼくの手を握り返した。ぼくはその手を離すことができず、飲みかけのコーヒーを覗きこむだけで満足した。
「だから、今日、パシックセンターに行きたい、なんて言ったのかい?」
ディアナは首を傾げた。
「たぶん…そうかな。でも、ほんとはわからないの。ほんの…『思いつき』?っていうのかな」
ぼくは彼女の手を離し、コーヒーカップを手に取った。
「思いつき…」
ぼくは「アンドロイドが」、という言葉が頭をよぎったが、口には出さなかった。しかし、ディアナにはお見通しだった。
「アンドロイドに『思いつき』なんてあるのか、私にもわからないけど」
彼女の瞳がきらりと輝いた。これは、思考回路のクロックアップとメモリ割り当ての再配置が行われたことを知らせるシグナルだ。
「つまり…私のもっているあなたに関するデータから得られた結論が『パシックセンター』だったんだけど、そこまでの導出経路が一般的な論理回路ではなくて、感情プログラムも含めた特殊なものだったの。この経路は結論の出力後、すぐにログが破棄されるようになってるみたいね。これはアンドロイドがより『人間』らしく振舞うために開発された新しい技術よ。たぶん、私のモデルで初めて実用化されたんじゃないかな」
ぼくはテーブルの上の店員呼び出しボタンを押した。すぐに店員が現れて、ぼくのカップにおかわりのコーヒーを注ぎ、一礼して立ち去った。
「それは簡単に言うと、あれだね。人間の『自分でもよくわからないけど、なぜかそう思った』っていうのを再現しようとしてるってことかな」
「そうね。だから、最新モデルでも実務用のアンドロイドには採用されていないわ。私みたいなセクソロイドにだけに開発された技術なの」
ぼくはコーヒーを飲みながら、周りを見回した。それから声を低めて、
「あのさ、外では『セクソロイド』とか、言わないでくれないかな」
「どうして?」
ディアナは不思議そうに首をかしげた。
「RCSA法に反対してる人もまだたくさんいるからね。変なヤツに聞かれてからまれでもしたらめんどうだよ」
ディアナは肩をすくめた。ぼくは話題を変えるために、窓の外を指さした。
「せっかくパシックセンターの代わりでショッピングモールに来たんだからさ。何か買っていこうよ。君の服じゃなくてもいいよ。何か足りなくなったものはあったっけ?洗剤とかさ」
また、ディアナの顔に「表情の停止」が現れた。ぼくの持ち物は、ディアナによって、歯ブラシ1本まですべてIDが割り当てられていて、数量や保管場所まで管理されているた。
「今日補充しないといけないようなものはないけど、そうね」
ディアナがあどけない笑顔を見せて、言った。
「アランのマスターベーション用のローション。残り2本しかないわ。買っておいた方がいいでしょ?」




