第12回
トミー(78%の確率で本人)はぼくを窓際のソファに座るように、手で指し示した。ソファに座ると、トミーはその前に座り、ゆったりと後ろに背をもたせかけた。そのとき、彼の背後に誰かがいるのに、今になって気づいた。黒いドレスを着た女型アンドロイドだ。光沢のある黒髪に囲まれた顔は、アンドロイド特有の静謐さを湛えた微笑を浮かべている。トミーの愛人兼秘書兼護衛、といった役どころだろう。あの繊細な指先だけで、ぼくを細切れすることができるはずだ。トミーの権力をもってすれば、アンドロイドの対人倫理プログラムをちょいといじるくらいは、PVの背景画像を変えるくらいの労力しかかからないだろう。ディアナは、トミーにそこまでの力はないっていうけど、ぼくもそれをここで実地に確かめる気はなかった。
「アランくん、きみは今日、どうしてここに呼ばれたか、わかってるだろうね」
トミーはそう言いながら、右手を挙げた。背後のアンドロイドが音もなく、部屋を出ていった。コーヒーか何かを取りいったのだろうか。それともスタンガンかな。
「いいえ…と言いたいところですが、今さらとぼけても時間の無駄でしょうね」
「そうだね」
アンドロイドが戻ってきて、ぼくの前にコーヒーの入ったカップを置いた。
「ありがとう」
ぼくはアンドロイドを見上げて、微笑んだ。アンドロイドは5%ほど口角を上げて何も言わずにうなずいた。こういうときに無言でいられるアンドロイドは珍しい。「珍しい」アンドロイドというのは、あまり気持ちのいい存在じゃないな、とぼくは思った。
「きみの『方法』は実にユニークだ」
アンドロイドはトミーには何ももってこなかった。そのまま、彼の後ろに、さっきと同じ位置に立ち、ふたたびぼくを微笑を浮かべたままぼくを見ていた。
「もちろん、こうやって他人にわかってしまえば、なんということはない、ようにみえる。手品のタネと同じだ。単純で誰にでも思いつきそうだが、実際に初めに思いついたのはきみだし、これまで誰も他に思いつかなかった」
ぼくはカップの中のコーヒーを黙って見つめたまま黙っていた。まさか毒が入ってるとは思えなかったけど、今はコーヒーを飲みたい気分じゃなかった。それにトミーの言葉に付け加える言葉も思いつかなかった。
「しかし、最近この『方法』に気づいたものが何人かいるようだ。そう、私たち以外にも、だ」
それはぼくも薄々気づいていた。だから、ここのところ、『仕事』は開店休業状態だった。状況がさらに難しくなる前になんとかするための準備はまだ半分も済んでいなかったが、こうして今、おそらく最悪の状況にぼくはいる。準備なしのアドリブで行動するのは、ぼくがいちばん苦手なことだった。
「警察のサイバーセキュリティ、IEIのエグゼクティブ・セキュリティ部門…わたしが把握していないものもいくつかあるのはまちがいない。だから」
ぼくの選択の余地はあまりない、ということだ。ぼくは、コーヒーから目を離し、ソファに寄りかかった。
(どっちにしろ)
これは『ビジネス』の話だ。ぼくをどうこうしても何の利益にもならない。ぼくの『方法』はトミーの言う通り、それほど高度なものじゃない。それでも、ぼくのように洗練された形にまでするのはそれなりに難しいし、時間もかかる。いちばん手っ取り早いのは言うまでもなく、ぼくを自分たちの懐に入れてしまうことだ。
「結果として、わたしたちがいちばん先にきみと話をすることができた。あとはきみの返答次第ということだね」
トミーの手から餌をもらうようになるのは、財政面だけみれば悪くないはずだ。ずっとフリーで生きてきたぼくとすれば、進んでなりたいポジションじゃないけど、どっちにしろ今はえり好みできる場合じゃない。
「きみも今より安定した生活ができるはずだ。そう、きみたちのために、今より安全で快適な住まいを提供する用意があるんだ…」
トミーは今、「きみ『たち』」と言った。ぼくは、トミーを見た。日はすでに落ちて、部屋は薄暗く、彼の表情はほとんど見えないことに、今さら気づいた。彼の背後で黒いドレスのアンドロイドがかすかに体を揺らせたように見えた。
「きみと、きみのかわいい『ディアナ』のために、すてきな家を買っておいたんだよ。ぼくの屋敷の地所の中にね」




