表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

苦いレモネード

作者: 神楽健治

 夜八時過ぎのファミレスは、夕食時の賑わいが引き、落ち着いたBGMだけが流れていた。

窓際のボックス席で、金森美由紀はストローを噛みながら相手を待つ。

メニューの下、バッグの奥には小さな瓶。無色透明の液体。致死量は数滴。

ガラス越しに制服姿の少女が近づいてくる。

桐谷真菜――中学三年の一年間、私を執拗に傷つけ続けた女。

ドアを開けるときの仕草まで堂々としていて、笑顔は明るく人懐っこい。

それは誰からも好かれるために作られた仮面だ。


「お待たせ、美由紀ちゃん。わざわざ呼び出してくれるなんて、ちょっとドキドキしちゃう」

軽やかに腰を下ろし、さっと髪を整える。

この余裕――人を見下す時の癖を、私はよく知っている。


注文を済ませると、真菜は両手をテーブルにつき、にこやかに言った。

「転校してきて、もう半年だよね? クラスにはもう馴染んだ?」

「まあ、なんとか」

「そっか。美由紀ちゃんって可愛いし、頭もいいから、すぐ友達できたでしょ?」

柔らかな口調、完璧な笑み。でも、その瞳の奥に、一瞬だけ冷たい光が走る。


私はバッグの中で瓶のキャップを回す。

金属の冷たさが、心を落ち着かせる。

「そうかしら」

そう返しながら、グラスの縁に液体を垂らす。氷の音に紛れて沈んでいく。


「でもさ、高校って中学とは全然違うよね」

真菜がストローを弄びながら、小首を傾げる。

「……あ、そうだ。中学の頃のこと、覚えてる?」


胸の奥がきゅっと縮まる。

「もちろん」

「私たち、三年の時、同じクラスだったじゃない?」

「ええ、忘れるわけない」

あの一年の屈辱が、今の私を作った。

机に押し込まれたゴミ、廊下ですれ違うたびに聞こえる嘲笑。

そして、それを仕掛けて笑っていたのが、この女だ。


真菜はグラスを手に取った。

「これ、美味しそうだね。飲んでいい?」

「どうぞ」

――飲め。その一口で終わらせる。


だが真菜は、唇をつける直前に止まった。

「……そういえば、美由紀ちゃんって中学の後半、あんまり学校来なかったよね」

「ああ……体調が悪くて」

「ふーん。でも、私のせいだって噂、あったよ」

にこやかな笑顔のまま、軽く言い放つ。その声には、挑発の刃が隠されている。


「そうだったかしら」

笑い返す私に、真菜はさらに目を細めた。

「ねえ、あの頃ってさ……楽しかったよね」

一拍置いて、水を口に運ぶ。レモネードには手を伸ばさない。


……警戒している。あの頃と同じだ。

私は深く息をつき、微笑みを崩さなかった。

「そう。残念ね」


会計を済ませ、外に出る。

夜風が頬を撫でる。真菜は振り返り、手を振った。

「また学校でね、美由紀ちゃん」

その声は甘く、けれど背中には冷たい余裕が漂っていた。


ポケットの中の瓶が、冷たく光る。

まだ終わらない。

次は、必ず飲ませる。

笑顔を剥がし、その喉に屈辱を流し込む瞬間まで――。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ