親愛なるあなたに、悪意を込めて!
「悪いが、僕は君のことを愛していない」
アスタリア帝国に足を踏み込んだその日、私たちは結婚式を迎えた。
私たちというのは、今この目の前に立つ男と、私、ロゼッタ・フォン・システィーナのことだ。
その日の夜、私よりも二つ上の夫となった人は、静まり返った寝室で二人きりになった途端、私を愛していないと言い出した。
私のピンク色の髪とは似ても似つかない銀髪の髪に、サファイヤのように輝くマリンブルーの瞳が綺麗な人。
大国アスタリア帝国第一皇子ルイス・ド・アスタリア。
彼は、聡明でいて、勉学だけでなく剣術にも優れており、完璧という言葉がこれほど似合う人間は他にいないと言い切れるほどの人だった。
あえて欠点を挙げるとすれば、それは彼の母親が皇帝の側室だったということ。
皇帝の正妻である皇后には、実の息子であるウィリアム第二皇子が居た。皇后は、自身の息子であるウィリアムを皇太子にし、未来の皇帝にしようと企んでいた。邪魔者である、ルイスを排除して。
ヴィヴィアン皇后陛下。侯爵家の令嬢として生まれた彼女は、侯爵令嬢という身分だけでは飽き足らず、女性として最高権力である皇后へと成り上がった。
そして今、彼女は自分の息子を皇帝とし、皇帝の母親になろうとしている。
彼女以上に欲深い人は、きっと他にいないだろう。
「今後も、君を愛すことはないだろう」
「……そうですか」
まあ、当然よね。私だって、この結婚で夫から愛されることになるとは考えていないわ。
私と彼の結婚を後押ししたのは、ヴィヴィアン皇后だったと聞いた。皇后と敵対関係にある彼が、私を警戒するのは至極当然のことだ。
私の育ったシスティーナ王国は、それこそ経済には恵まれていたが、歴史が浅い成金王国。それに比べ、アスタリア帝国は大国と呼ばれるだけあり、歴史も経済力も他の国とは段違い。
そんな偉大な大国の第一皇子との縁談の話が、成金王国の落ちこぼれ姫の私に来たと聞いた時は一体何事かと思ったが……。
まさか、皇后の嫌がらせを受けた可哀想な皇子様だったなんて。
そんな混雑とした状況で、私のことを愛せという方が無理な話だわ。
「僕はソファーで寝る。君は長旅で疲れているだろうから、ゆっくり休んでくれ」
「……分かりました」
私たち夫婦に用意されたベッドはとても広く、一人で眠るには自身の熱が布団へ中々広がっていかない。
だけど、そんなことも気にならないほどに私は疲れていた。
普段は中々外へ出してもらえなかったのに、突如結婚を言い渡され、何十時間も馬車に揺られやっとアスタリアに着いたかと思えば結婚式に、お披露目パーティー。私の体力は、とっくの昔に限界を超えていた。
冷たい布団を抱きしめながら、目を瞑る。
私が寒いということは、ソファーで寝ているあの人はもっと寒いのではないだろうか? そんな疑問が一瞬思い浮かんだが、すぐに気にならなくなった。
夫は私のことをちっとも愛していないし、私もまた彼を愛していない。
だから私がするべきことは、皇子妃として完璧な妃を演じることだけだ。
♢♢♢
「ください……ですか……システィーナの姫!」
「ううん……」
「まったく、いつまで寝ているつもりだ?」
誰? 私のことを呼んでいるのは。
これは男性の声? うーん、私の使用人に男性は居ないはずだけど……。
「ううん……誰ですか……?」
目を擦りながら、意識をはっきりとさせようとする。
ぼやける視界の中で見えたのは、輝く銀色の髪。その美しい銀髪は、カーテンの隙間から差し込んでいる光に照らされて、鬱陶しいほど煌めいていた。
「君は自分の夫の顔も分からないのか」
まだ寝ぼけている私の耳に届いた『夫』という言葉で、私はようやくハッとした。
もう一度目を擦り、目を見開いて前を見る。すると、目の前にあった水色の瞳と目が合った。
その美しい瞳を見れば、私に話しかけている相手が一体誰なのかすぐに分かった。
「ご、ごめんなさい!」
昨日より何トーンも低くなった声色と、少しだけ雑になった口調に混乱してしまう。
「その、昨日までのあなたとまるで違うものですから……」
逆に、声だけの情報であなただと気づく方がおかしいでしょ?
……そう、言い返したくなったが、ぐっと堪えて目の前の男に笑顔を向けた。
「勘弁してくれ。僕は自分の部屋の中でまであの面倒なキャラを通すつもりはないさ」
「面倒なキャラ、ですか……」
キャラだと言い切るところを見ると、私の前で猫を被るつもりはないらしい。
親同士が決めた政略結婚だと言っても、一応は夫婦となったわけだ。その点では、私を妻と認めてくれているのだろうか。
「どうした? 幻滅でもしたか」
「……そんなはずないではありませんか」
腹立たしい薄ら笑いを浮かべながら話す夫の様子を見ていると、その姿が何故か自分と重なった。
幻滅というより、あの完璧だと名高いアスタリアの皇子にも裏があったということへの驚きの方が大きい。いや、この人も私と同じ人間なんだという安堵と言った方が正しいか……。
「はっ、システィーナの姫君は流石だな。ここには君と僕しかいないんだ、遠慮することなんてない。心配しなくとも、僕はもうすぐこの宮を離れることになるから君はすぐに自由になれるだろう」
ルイスの言う離れるとは、北部戦争への出征を指しているのだろう。
ヴィヴィアン皇后は、自分の子供であるウィリアム王子を皇帝にしようとしている。だからこそ、邪魔者のルイスを戦地へと送ることにしたのだろう。それも、新たに隣国から妻を迎えた十日後に。
皇后が第一皇子を蔑ろにしている。その事実は、システィーナ王国にまで噂が届いていた。つまり私の両親はその噂を知った上で、私を嫁がせたということ。
親の都合で振り回されるのはもううんざり。そこだけは少し、あなたの気持ちが分かる気がするわ。
ヴィヴィアンはルイスが戦場で死ぬことを本気で願っているのだろう。わざわざ彼が生き残った場合の保険として私を用意するくらいだ。もしかすると、皇后は何か罠を仕掛けているかもしれない。戦場は、いくら皇族といえど簡単に命を落とす場所だから。
「私は、一日も早くあなたが帰ってこられることを願っていますわ」
心の奥底では捻くれたことを考えていても、それを表に出すことは許されない。彼に逆らえるような立場ではないことくらい重々承知の上だ。
「上辺だけだとしても、そんな戯言を言うのは君くらいだろうな」
そう呟いた彼の顔は、少しだけ寂しそうに見えた。
私と同じ、王族という恵まれた身分で生まれてきた選ばれた存在のはずなのに、自身の親によってその身を利用され、国の利益のために扱われる。
彼と私の育った環境はどこか似ている。だからこそ、彼の考えていることが少し分かるような気がした。
♢♢♢
「僕が留守の間、よろしく頼むよ」
大勢の人々が見守る中、ルイスは私に笑みを向けた。初めて会ったあの日のように、完璧な王子スマイルを。
銀色の髪が陽光に煌めき、彼の青い瞳はどこまでも澄んでいて、まるでこの瞬間だけを切り取れば絵画のように見えた。
ほんと、憎たらしいほど絵になる男ね? そんなことを内心考えながら、こちらも負けてられるかと、システィーナ王国仕込みの完璧な姫スマイルを返した。
演じることは慣れている。人々の注目が集まる今、夫を愛する献身的な妻を演じることこそがこの場における私の役割だ。
誰があなたの帰りを心待ちにしているものですか。できることなら、ずっとここへ帰ってきてほしくないくらいよ。
戦地へと向かう夫に対し、このようなことを考えてしまうなんて私はなんて捻くれているのだろう。
それでも、この国で上手くやっていくためには面倒なことはできるだけ避けたいのだ。皇后の座には、さほど興味はないし、継承権の争いごとに巻き込まれるだなんて絶対に嫌。
皇帝や皇后が集う、この地獄の空気から抜け出したかった私は、戦地へと向かう夫を最後まで見届けたいと皇帝に頼み、了承を得た後、すぐに自室へと向かい、テラスから身を乗り出して外を眺めた。
ここからは、城を後にしていくルイスと騎士団員たちの姿がよく見えた。
暫くボーっととしながらその光景を眺めていると、ルイスはまるで野生の勘でも働いたかのようにこちらに振り返り、私を見た。勘違いなどではない、確かに目が合った。彼のマリンブルーの瞳と、私のローズピンクの瞳が。
そして、彼はひときわ目立つほど手を上げると、私に向かって敬礼をした。
……一体、これは何のつもり?
私はルイスに気づいていないフリをして、それを無視した。
何が君を愛することはないよ。そんなの、こっちのセリフだわ!
愛していない男が戦場でどうなろうとも、私からしたらどうだっていいこと。死のうが生きようが、どうだっていい。
そんなわけで、私は戦地へと向かっていった夫を想い、涙を流す日々を送る……なんてことはサラサラなく。
「ああ~、アスタリアの皇宮って最高……!」
私は今日も、アスタリア帝国での生活を満喫させていただいていた。
「喉が渇いたわ、何か飲み物を持ってきてくれるかしら」
「かしこまりました」
「甘いものが食べたいの。ケーキを持ってきてちょうだい」
「すぐにお持ちいたします」
ふと周囲を見渡せば、私の周りには大勢の使用人。私の言葉にすぐさま反応し、誰もが二つ返事で従う。
システィーナではいつも制限された生活を送っていたから、こんなにも自由で快適な日々は私にとってまさに天国そのものだった。
アスタリア最高! 皇子妃最高!
だけど、その幸せはそう長くは続かなかった。
「ねえ、ちょっと? 私の部屋に飾ってある花が枯れていたんだけど」
「……そうですか」
不貞腐れたようにそっぽを向いたメイド。
そうですかって……まさかそれだけ?
「貴女たちは忙しいから、気づかないこともあるわよね。それじゃあ、今から新しいものを生けてくれるかしら?」
ここで怒るほど私は心が狭くないの。ニッコリと笑顔を浮かべて、もう一度優しい声で頼んでみる。しかし、それでもメイドの機嫌な顔は変わらなかった。そのうえ、大きくため息までついた始末だ。
「私たち皇宮に仕える使用人は忙しいのですよ。傍で見ているというのに、そんなことすら分からないんですか?」
メイドは私に向かってそう冷たく言い放つと、こちらの返事も待たずにその場を去っていいった。まるで、「お前などに仕える気はない」とでも言うように。
私はまだ、彼女に下がっていいという指示を出してもいないのにだ。残された私は、その後ろ姿を呆然と見送ることしかできない。じんわりとかく、嫌な汗というものに私は拳を握って耐えた。
どうして今の今まで気が付かなかったのかしら……。
近頃、見覚えのない使用人たちが増えているような気がしていた。まだここに来て日が浅かったから、ただの気のせいかと思っていたけど、まさかヴィヴィアン皇后が自分の息が掛かった使用人たちを送り込んでいたのかもしれない。
使用人を増やすなんて話、一度だって聞かされていない。仮にもこのサファイア宮の主人であるルイスが居ない今、管理は妻である私に全て任されているのに。
さては、小国の姫である私が偉大なる皇后陛下に逆らえないとでも思って好き勝手やっているのかしら? ……まあ、その通りだけど。
数日前、メイドたちがコソコソと噂話をしているのを盗み聞きした時に知ったことだが、今アスタリア軍は敵軍に押されてしまっているらしい。その時は、まあ、大変ね~くらいにしか捉えていなかったけれど、よくよく考えればかなりまずい状況なのでは?
アスタリア軍が敵軍に押されている。その情報によって、使用人たちや貴族たちの頭から、ルイスが生きて帰るという考えがほとんどなくなってしまったのだろう。
皆、彼が戦地で死んで帰ってくると思い込んでいる。
つまり、その妻である皇子妃の私になど媚びを売る必要がなくなったというわけか。
ルイスには剣術の才能もあると聞いていたから、帰ってくるなと悪態をついていても、どうせすぐに勝利を収め、すぐに帰ってくるものだと思っていた。
なにせ、私の夫は完璧な人なのだから。
しかし、彼が戦死するとなれば話は別だ。そうなると私の立場だって危うくなってしまう。今は皇子妃でも、皇子が死ねばただの異国の邪魔者。第一皇子が死んで、第二皇子の即位が決まれば私は確実に皇宮から追い出されてしまう。
貢女として嫁いできた私にとって、システィーナ王国まで無事帰ることができるかなんて分からない。それに、あのお母様が私を優しく出迎えてくれるはずが無い。多分、いや、確実に殺されるわね。
こうなったら、何か策を考えなければ……!
「ロゼッタ妃、そろそろ皇子様にお手紙を書かれてはいかがでしょうか?」
そう日々考えていると、メイドのエリーが声をかけてきた。
この子は比較的私に親切に接してくれる子だった。親切といっても、他のメイドから蔑ろにされている私を哀れんでいると言った方が正しいかもしれない。
ただの使用人に哀れまれることになるなんて。ああ、もう最悪。
「手紙?」
エリーは私の問いに対し、「はい」と答えると、シンプルなデザインの便箋と移動石を私に手渡した。
――移動石。それは、基本的貴族や皇族が手紙のやり取りで使われることのある魔法のかけられた魔法道具だ。とても高価なもので、中々手にすることができない品。
ルイスが皇宮を去ってから、サファイア宮の予算はヴィヴィアンからの圧で格段に下げられてしまったから、まさかこんな高価なものを渡されるなんて思ってもいなかった。
しかし、改めて手紙を書けと言われても困る。私と彼は長い時間を共にしたわけでも、親密な関係な訳でもない。ただ、婚姻を結んだ夫婦というだけだ。
建前上、戦地へ行っている夫に手紙の一枚も書かないというのは世間的に印象が悪い。だから突然手紙を書けと言い出したのだろう。
でも、私をちっとも愛していない男が私の書いた手紙を見るとも思えない。
……そうよね、私の手紙を、彼が読むことはないのよね?
それなら、少しくらいこの不満をぶつけても許されるのではないか。
「確かに、手紙をだしてみるのも悪くないかもね……」
私は傍に置かれた羽ペンを持ち、スラスラと文章を連ねていく。思っていたことを、全てぶつけるように、感情的な文章を書きだした。
彼に読まれることのないこの手紙に、想いを。いいえ、悪意を込めて。
【親愛なるあなたに、悪意を込めてこの手紙を書きます】
♢♢♢
ルイスが死ねば、私の居場所は無くなる。周りの態度で、その事実を日に日に実感してきた。
【皇后陛下からの嫌がらせが日々増しています、どうにかしてください。私は、あの大蛇に絞殺されるために遥々アスタリアまで嫁いできたわけではありません】
【近頃、何故か第二皇子が毎日のようにサファイヤ宮に来られるのです。どうにかしてください、あなたの弟でしょ? はっきりいって、めんどくさいのよ!】
【皇帝陛下はどうしてあんなにも無口なのかしら? 先日、皇帝と皇后、第二皇子と私で晩餐会が開かれたの。その空気ったら、本当に地獄だったわ。あなたは普段からあの中に居たの? 信じられない、本当にもう嫌になっちゃう!】
何度送っても、返ってくることのない返事。
それでも私は何通も彼に手紙を出した。
彼からの返事が欲しかったとか、自分の想いが届いて欲しいとか。そんなことではない。
ただ、書き始めているうちに自分の鬱憤を文字に起こしてみると、気分が少し楽になるということに気づいたからだ。
彼が私の手紙を読むことは無い。それを良いことに、私は日記のような感覚で日ごろの不満を手紙に吐き出していった。
♢♢♢
「おい、ロゼッタ!」
「ウィリアム皇子……」
ずかずかと、許可も出していないにも関わらずサファイア宮に入り込むウィリアム皇子。
使用人たちめ。あれほど私が許可するまで、中には誰一人居れるなと言ったのに。ウィリアムがここへ来ていることすら私は聞いていないわよ!
その上、夫が不在の状態で私の自室に男性を通すだなんて、信じられない。いくら皇后の息子だからといって、とんだ横暴状態じゃない。
「なんだロゼッタ、どうしてそんなにみすぼらしい服を着ているんだ?」
突然押しかけてきたにも関わらず、その上この男は私の着ている服にまでケチをつけた。
「ウィリアム皇子、何度も申し上げておりますが私のことを名前で呼ぶのはお辞めください。そして、この服はお客様をお迎えする予定が無かったため着替える暇が無かったのです」
頭の悪い人間でも分かるように丁寧に分かりやすく説明したが、ウィリアムは「ふーん」と何一つ分かっていない顔で返事をした。
「まあ、いいじゃん! 一緒に飯でも食べようぜ!」
やはり、この男は話が通じない。
拝啓ルイス…。
アンタの馬鹿な弟を、どうにかしてください。
♢♢♢
私は悩んだ。悩みすぎて、頭がおかしくなってしまうのではないかと思うほどにまで。
近頃、ウィリアムの態度がおかしい。何かと理由を付けては私に会いに来るし、距離もどこか近いような気がする。
もしかして私に好意があるのでは?
一瞬、そんな考えが浮かんだが、すぐに消えた。何故なら私は既に結婚している。それも、ウィリアムの実兄の妻だ。この世のどこに兄の妻に手を出そうとする人がいるのか。
そんなことを考えながら日々を過ごしていたある日、部屋の掃除をしていたはずのエリーが声を漏らした。
「ろ、ロゼッタ妃! これは……!」
仕事中の彼女が私に話しかけることはとても珍しく、声のする方へ視線をずらすとそこは部屋に備え付けられているテラス。そこは、ルイスが戦地へ旅立った時に私が彼を見送った場所。
エリーが指さした先に合ったのは、光と共にふわりと浮いている手紙だった。淡い緑色の光。それは移動石の魔法が放つ光だった。
移動石なんて高価なものを使って私宛に手紙を送ってくる人間。相手が誰なのか、すぐに分かった。分かりたくなくても、勝手に頭がその相手を分かってしまったのだ。
「嘘でしょ? まさか返事、来ちゃったの……?」
すぐに窓を開けて浮かぶその手紙を手に取ると、その光は弾け飛び消え去った。
まさか、ルイスがわざわざ手紙の返事を送ってくるなんて。
あの夜、私のことを愛さないなんて偉そうに言ってきたものだから、頭のおかしい奴なのかもと思ったけど、わざわざ返事を書くなんて意外と律儀な人なのね。
……というより、返事が来たということは彼が私の手紙を読んだということ? それはかなりまずいのでは?
恐る恐る手紙を開き、美しい字で書かれた手紙を読む。
【ごきげんよう、ロゼッタ妃。お元気にしておりましたか?】
怒りの感じられない丁寧な文章に、安心した途端。
すぐ下の文に目が入り、思わず「うっ」と声が漏れた。
【沢山のお手紙、ありがとうございました。一つ残らず、全て拝見させていただきました。多忙のあまり返事を書くのが遅くなったことをどうかお許しください。】
【ロゼッタ妃は想像よりずっと、お茶目な方のようですね。】
この一文を見ただけで、全てを察した。
これは、私のことを馬鹿にしているのだ。
「まさかだけど、私が途中で気づいて送ってこないように返事をわざと書いてなかったんじゃないでしょうね?」
不満は浮かぶものの、あの手紙を書いたのは私だ。何も彼に言い返すことは出来ない。怒りと焦りで震える手を落ち着かせて、まだまだ続く手紙に目を通していく。
【あの人を大蛇と呼べる君なら、少しくらい言い返してみてはどうかな?】
「は、はあ……? なんなのよ!」
【噂では、システィーナの天使だと称されるほど美しく可憐で純粋無垢なお姫様だと聞いておりました。ですが、噂は違っていたようですね】
「エリー、すぐに新しい便箋を持ってきてちょうだい」
「……ロゼッタ妃?」
「ルイス・ド・アスタリア。ははっ、好き勝手言ってくれるじゃない……」
手に持っていた手紙が、力いっぱいに握ったことで紙からクシャリと音がした。
♢♢♢
それから私たちは何度も手紙を交換した。いつしかそれが、私たちのコミュニケーションの一つとなっていた。移動石は使用すれば一秒もかかることなく届けることができる。いずれ、彼との手紙のやり取りは三日に一度のペースにまでなっていた。
【メイドから聞きましたが、現在アスタリア軍は押されているようですね? 一国の皇子が戦地へ向かっているというのに、一体どういうことなのでしょうか?】
【システィーナのお姫様はか弱いだけでなく、戦地の状況すら耳に入っていないとはとても心配ですね。そんなことでアスタリアでやっていけているのでしょうか? 君がこの手紙を送った時点ではアスタリア軍が優勢になっていたはずです】
そんな悪態をついた文章を送り合うにつれて、いつの日か他愛のない会話もするようになった。戦地で手紙を書く彼の姿は、宮殿で優雅に過ごす私には想像もできない。
ヴィヴィアンからの圧に耐え、ウィリアムからの謎の好意に耐え、私を見下す使用人たちの元で暮らすちっとも幸せとは言い切れない日々で。彼との文通だけが、唯一心が許せる時間となっていた。
♢♢♢
「帝国の月、ヴィヴィアン・ド・アスタリア皇后陛下にご挨拶申し上げます」
ドレスの裾をつまみ上げて、優雅に礼をする。無礼のないよう慎重に。
「来たわね、システィーナの姫よ」
「お呼びでしょうか。皇后陛下」
夫が戦地で苦労しているにも関わらず、私が悠々と呑気に暮らしていたからバチでも当たったのかしら? 顔を合わせる度に嫌味を言ってきていたにも関わらず、どうして突然私を呼び出したのかは分からない。恐れを表に出さないように必死に微笑んだ。
「皇后陛下、私をお呼びでしょうか」
ほんの少し震えが混じりながら、声に出す。ヴィヴィアン皇后の紅玉のような瞳が、私を射抜く。相変わらず、何を考えているのかまったく分からない人だ。
ヴィヴィアン皇后は真っ赤に彩られた爪を口元に寄せ、不敵な笑みを浮かべた。
少しわざとらしかっただろうか。皇后が私との話題に出し、嫌悪感を現した呼び方をするのはルイスだけだ。私はそれを分かった上でとぼけたフリをして見せたのだが……。
「随分仲が良いみたいね?」
低い声のトーン。目を伏せ、私を睨みつけるその真っ赤な瞳はまるで人間の生き血のようだ。
私を品定めするかのように見るヴィヴィアン皇后の姿が、システィーナ王国に居る私の母と重なって見えた。
そういえば、あの人も機嫌が悪いとよく私を呼びだしたことだ。国王である父の愚痴を聞かされ、私を跪かせて、我を忘れて怒鳴るお母様の姿は今でもすぐに思い返すことができる。
真っ赤な口紅を塗った口を大きく開いて、ヒステリックに私に怒鳴り散らかす。年老いた肌を隠すようにして、白い白粉を顔にはたいて。
皇子妃としてかなり良い生活を送らせてもらっていたから、つい忘れてしまっていたみたい。こんなことじゃダメね、私。
彼も……私の夫も、私と同じ思いをしていたのかしら?
取りあえず、今はこの目の前の真っ赤な大蛇に集中しなくては。お母様への扱いは兄妹たちの中でも私が一番得意だったの。ヒステリックなおばさまへの扱いは慣れているんだから。
「妻として、戦地で戦う夫に手紙を送ることは当然です」
私が微笑を浮かべたままそう告げると、ヴィヴィアン皇后は不満げに眉をひそめた。
「本当に、それだけかしら?」
一体、ヴィヴィアンは私からどんな言葉を求めているのか。
足を大胆に組み、長く伸びた髪を指先で通す。
皇后の髪をだらしなく降ろしたヘアスタイルは、四十代初めの貴婦人の中では珍しいものだった。そのヘアスタイルがますます母と重なった。
「皇后陛下、第一皇子は私がアスタリアに嫁いできてからたった十日間で戦地へと向かわれたのですよ? その間、私たちは夫婦の務めも果たしておりませんし、正直に言って親しき関係とは到底言えませんわ」
「では、なぜ手紙のやり取りを?」
「私にだって立場というものがあるのです。戦地で戦う夫が居ながら、手紙の一つも寄越さない冷血な女だと噂になっては困ります」
この女の前で下手に嘘をついたとしても、きっと簡単に見抜かれてしまうだろう。
数多くの聡明な貴人たちを前に戦い、皇后という座まで上り詰めたような人だ。
ヴィヴィアン皇后が捕食者なら、私は被食者。獲物に飢えた猛獣の前に差し出された、健気な子ウサギは私よ!
そんなふざけたことを考えながら、私は笑顔を作り続けた。
「そう……それなら良いのよ。安心したわ」
ヴィヴィアンは満足げに頷くと、気を緩めたように背もたれに寄りかかった。
安心したと言いながらも、ヴィヴィアンの表情は何かを企んでいるように見えた。
そして、次に皇后が発した言葉は、私の想像を超えたものだった。
「貴女、第一皇子と婚姻を離縁しなさい」
「……はい?」
突然の皇后からの命令に、私は自分の耳を疑った。困惑する私を気にも留めず、皇后は構わず話を続ける。
「貴女は、わたくしの若い頃によく似ているわ」
私はあまりにも信じられない言葉の登場に、数回目をぱちぱちと瞬きさせて、動揺を露わにしてしまった。
胸の奥では、鐘が鳴り響くように警鐘が打ち鳴らされていた。
一体、私とあなたのどこが似てるっていうのよ? 私のピンク色の髪は、自分でも気に入っているくらい甘くて可愛らしい色。それに比べて、あなたの髪は血を被ったみたいな鮮血の赤。似ているだなんて、冗談じゃない!
「貴女は一体誰の味方なのかしら」
誰の味方か。その質問は、この国の次期皇帝候補であるルイス皇子とウィリアム皇子を指しているのだろう。第一皇子側か、第二皇子側か。それは私やヴィヴィアン皇后だけでなく、貴族たちもが必死になって動いていることだ。
どちらに付けば、より多くの利益を得ることが出来るか。
その質問だと、第一皇子ルイスの妻である私はルイス皇子側だと答えるのが筋だろう。しかし、問いかけている人物はウィリアム皇子側の裏ボスのような女だ。
ならば、ここだけは嘘で隠すことなく、素直に……。
「私は……私だけの味方です」
怖気づくことなく、真っ直ぐに彼女を見つめて言い放った。
「あら、何も貴女にメリットの無い話ではないわよ? あの小僧と離縁して、第二皇子と結婚なさい」
さも当然のこととでも言いたげに微笑むヴィヴィアン皇后陛下。
この女は、本気で言っているのだろうか。
「そう。だったら、その考えは今すぐにでも変えなさい。ウィリアムがわたくしにお願いをしてきたのよ。あの子ったら、随分と貴女を気に入ってしまったようなの」
ウィリアム第二皇子からの必要以上な好意は感じていた。だがそれは、単なるライバルである兄の嫁に対する興味本位なものかと思っていた。しかし、皇后が言うにはそうではなかったようだ。
「それはとても光栄ですわ。ですが、私の一存で決められることではありません。それに、私は第一皇子に嫁ぐとしてシスティーナより参りました。ですのではたして私の両親がそれを許すでしょうか」
遠回しに断りをする私を気にもせず、皇后は「それなら問題ないわ」と食い気味に話をかぶせてくる。
「……そう。でも、貴女がわたくしに付くのなら、それ相応の対価をあげるわ。それこそ自分のためになるとは思わない?」
「対価、といいますと?」
「わたくしが後ろ盾について差し上げると言ってるの。アスタリアで生き抜くために、それがどれほどの意味を持つか、まだ分からないのかしら?」
皇后は優しく微笑みながら、言葉の刃を差し出してくる。
手を取れば、庇護という名の鎖。拒めば、背後から刺される未来。それを分かっていて、彼女はこの提案をしている。
だけど、ヴィヴィアンが私の味方になる。それに一体、何の価値があるっていうの? ルイス皇子と違って、この女の生まれはたかが侯爵家。大した生まれでもないくせに、一国の王女であった私に命令をしているの?
「皇太子になれない出来損ないの皇子よりも、未来の皇帝となる我が息子。第二皇子ウィリアムの方がよかろう?」
第二皇子ウィリアムが皇帝になるためには、第一皇子のルイスが命を落とすか、ルイスが自ら王位継承権を破棄すると宣言することしかない。
皇后は、ルイスが戦地で死ぬことを疑ってすらいないんだ。だから第一皇子の妻である私に、第一皇子はもうすぐ死ぬから第二皇子と結婚しろと言っているのね。
「少し考える時間をいただけますでしょうか? なにせ私も、アスタリアに来てから日が浅いものですから」
「何事にも判断を下すにおいて慎重なのは良いことだわ。けれど、いつまでも保留にできるものでもないのよ」
「肝に銘じておきます。ヴィヴィアン皇后陛下」
ヴィヴィアン皇后の彼女の薄っぺらい笑顔が消える。その場を取り繕うために頭を下げると、私はゆっくりと皇后宮を後にした。
皇后の言葉が頭の中で何度も再生される。ルイスが戦地で命を落とすことを見越して、既成事実を作り、私をウィリアムの妻として取り込もうとしているのだろう。
ふざけないでよ。腐っても私は、あの人の妻なのよ。
廊下を歩きながら、自分の置かれた状況を再確認する。現在の私の立場はとても微妙だ。ルイスが生きて帰らなければ、私の地位は確実に危うくなる。
でも、だからといってヴィヴィアン皇后の手のひらで踊らされるつもりは無い。
♢♢♢
「おい、ロゼッタ!!」
「ウィリアム皇子……?」
ずかずかと、許可も出していないにも関わらずサファイア宮に入り込むウィリアム。
使用人たちめ。あれほど私が許可するまで中には誰一人入れるなと言ったのに、ウィリアムがここへ来ていることすら私は聞いていないわよ。
その上、夫が不在の状態で私の自室に男性のウィリアムを通すだなんて信じられない。いくら皇后の息子だからといって、とんだ横暴状態じゃない。
「なんだロゼッタ、どうしてそんなにみすぼらしい服を着ているんだ?」
突然押しかけてきたにも関わらず、その上この男は私の着ている服にまでケチをつけた。
「ウィリアム皇子、何度も申し上げておりますが私のことを名前で呼ぶのはお辞めください。そして、この服はお客様をお迎えする予定が無かったため着替える暇が無かったのです」
頭の悪い人間でも分かるように丁寧に分かりやすく説明したつもりだが、ウィリアムは「ふーん」と何一つ分かっていない顔で返事をするだけ。
「まぁいいじゃん、一緒に飯でも食べようぜ!」
やはり、この男は話が通じない。
ああ、私の夫よ。
あなたのバカな弟を、どうにかしてください……。
♢♢♢
【アスタリアの食事はとても美味しいですね。ですが、どうしてこんなにも量が多いのでしょうか? いつも食べきることに必死になってしまいますわ】
【システィーナ式の食事を口にしたことが無いから何とも言えないが、皇子妃である君が無理をしてまで食事を口にすることはない】
【お言葉ですが、あなたは私の状況を分かっていないからそのようなことが言えるのです。近頃は何故か第二皇子がサファイア宮までわざわざ来て、一緒に食事をしようと来られるのです。ただの貢女の私が皇子からの申し出を断り、その上食事を残すことが許されるとでもお思いですか?】
【ウィリアムはあの皇后の息子なだけあって、かなり強引なところがあるからな。僕は彼に嫌われてしまっているから、君がウィリアムに好意を持たれていることには羨ましく思うよ。まぁ、僕だったら耐え切れないけどな】
【あなた、それは私を馬鹿にしているでしょ? 私は本当に困っているのよ!】
悪態を吐くときもあれば、アスタリア帝国とシスティーナ王国。お互いが育った国の話をすることもあった。
ルイスから送られてくる文章はいつだって冷静沈着で、それでいてどこか腹立たしく感じる文章だった。私は感情のままに返事を送って、それをまた彼にからかわれる。それの繰り返し。
私とルイスは、数えきれないほどの手紙のやり取りをした。もちろん、戦地にいる彼からの返事の数は、私の送った手紙よりもずっと少なかったけれど。それでも私は、彼から送られる手紙をいつも心待ちにしていた。唯一、仮面を被らずにいられる貴重な時間だったから。
しかし、今日届いたルイスからの手紙の内容は様子がおかしかった。
【もしも、僕がこの戦地で命を落とすことになったら。君は未亡人となり、皇后の手により修道院にでも送られることになるかもしれない】
「ふん……よく分かってるじゃない?」
いつもの余裕たっぷりなあの腹立たしさを感じられない、どこか普通じゃない様子。
【だが、僕が生きている間なら、皇子という立場を使い婚姻を破談してシスティーナ王国に戻れるように手配できる】
「……え?」
システィーナ王国に帰れる? 私の生まれ育った、あのシスティーナに。
……それも、悪くないかもしれない。きっと、それは私にとって最善の選択だろう。
いい加減、ここにはうんざりしていたの。私に偉そうに命令する皇后にも、兄の妻である私にしつこく付きまとうあの第二皇子にも。皇后に虐められている自分の息子を気にも留めない意気地なしの皇帝にも。いつも私を見下しているただの使用人たちにも。
私を誰だと思っているのよ。私は、システィーナ王国の姫なのよ。
腹が立っていたの、本当に。みんなみんな私をバカにして。この場所を去れるなら、願ったり叶ったりだわ。
だけど……そうなればあなたはどうなるの? あなたはずっとこの環境で生きてきたのでしょう? たった十八歳という若さで戦場に送られて。対面の状態では数えられるほどしか会話が出来てなかったけれど、一年間も手紙を交わして、情が湧かないほど私は冷酷な人間ではないの。
「この際何だっていいわ。私に対しての怒りでも何でもいいから、さっさと勝って帰って来なさいよ」
一度他国へ嫁いだ私が今更母国に帰ったところで歓迎されることはない。
だったら、夫であるあなたが帰ってきたらいいだけじゃない。
早く、早く帰ってきて。あなたと言い争いをしている時の方が、ずっとマシだわ。
♢♢♢
【あなたが死ななければ良いだけのことでしょ?】
【それが分かっているなら、さっさと戦争に勝って、早く帰ってきてください】
「……勝手なことを言ってくれるな」
美しく整った筆跡からは到底想像もできないほど、ぞんざいで強気な物言いの手紙。しかし、そこに綴られた素直ではない気遣いがどうしようもなく胸に沁みる。
「おーいルイス! お前、さっきから何をそんなにニヤニヤしてんだ?」
突然、後ろから肩に肘を置かれた。振り返らずとも声で分かる、腐れ縁の男。
「近頃嬉しそうに見ているその手紙は一体何なんだ? わざわざ移動石なんて高価なものまで使って……ハッ、まさか愛人か?! いやぁ、お前も隅に置けないな!!」
「どうして愛人になるんだ……。この手紙は、僕の妻からさ」
あっさりと否定されたアレックスは、驚きに目を丸くした。
「妻っていったら……あのシスティーナから嫁いできたっていうお姫様のことか。だけどお前、結婚してすぐ戦地へ来たんだからお姫様とはろくに話もできていないんだろ?」
「ああ、そのシスティーナのお姫様のことだよ」
「なんだよルイス。お前、そのお姫様に惚れ込んじまったのか? まあ、無理もねぇか。お前はずっと皇后に制御されて、まともに令嬢と話もできなかったもんなぁ……。神聖なるシスティーナ王国の美しくお淑やかなお姫様の虜になっちゃったってわけか」
軽口混じりに肘で突きながら囁くアレックス。だがルイスは返事の代わりに小さく笑みを浮かべ、呟いた。
「お淑やかな、お姫様ね……」
その言葉に「なんて?」と聞き返すアレックスだったが、その声にルイスが返事をすることは無かった。代わりに、指先に残る手紙の感触を確かめるように視線を落とす。
「僕の妻は、噂に聞いていたよりもずっと面白い人なのかもしれないよ」
「あ? なんだそりゃ」
「そろそろ行こう、アレックス。さっさとこの戦争を終わらせて僕らの国に帰ろうじゃないか」
急に立ち上がったルイスに、アレックスは驚いたように目を見開いた。
「おいおい、どういう風の吹き回しだよ。あんだけ皇后に会わなくて済むって喜んでいたのは他でもない、お前じゃないか!」
思い出したように声を張り上げるアレックス。しかしルイスは肩越しに振り返り、薄く笑っただけだった。
「そうだったかな」
飄々とした声色の裏で彼の胸中に灯っていたのは、たったひと言の文。
「早く帰ってこいと、言われてしまったからな」
♢♢♢
「ロゼッタ妃!」
バンッと大きな音が鳴り扉が開くと、そこに立っていたのはメイドのエリー。
「そんなに慌ててどうかしたの?」
普段は大人しいエリーが興奮気味に息を荒げる様子を見ると、只事ではないようだ。
私の問いかけに、エリーは息を一気に吸い上げると、目を見開いて答えた。
「皇子様が、ルイス皇子様が……戦争に、勝利したそうです!」
持っていたティーカップが手からすり落ち、パリンと音を立てて砕け散った。
「……それ、ほんとう?」
私の口から零れ落ちた言葉は震えていて、声を出すのがやっとなほどだった。
彼が、私の夫が、あの北部戦争に勝利したというのか。
ルイスが帰ってくる。その報告を聞いたのは、彼が皇宮を発ってから一年間が経ってからのことだった。
♢♢♢
朝もやの晴れた大通り。城門の前から広場にかけて、ぎっしりと市民が集まっていた。人々は首を伸ばし、まだかまだかと兵の帰還を待ち望んでいる。
やがて、遠くから軍鼓とラッパの音が高らかに響き渡り、地面を揺らすような馬蹄の音が近づいてきた。城門をくぐったのは、鎧に身を包んだ兵士たち。陽光を浴びて磨き上げられた鎧兜がまばゆく輝き、列を成して進むその姿は戦場の荒々しさではなく勝者の誇りそのものを映していた。先頭を進むのは、凱旋を果たした帝国の第一皇子。ルイス・ド・アスタリア。
馬上の彼は高く掲げた軍旗を風にはためかせ、堂々たる気迫を漂わせる。群衆は歓声を上げ、花びらを撒き、勝利の帰還を祝福した。
そう。今日は、長きに渡って国のために戦った英雄たちを称えるべく、凱旋式が開かれたのだった。
宮殿の正面には玉座を模した壇が設けられ、皇帝と皇族、そして高位の貴族たちが並んで兵を迎えていた。
第一皇子が戦争に勝利を収めた。その話を聞いた皇帝陛下は大喜びで、この盛大な凱旋式を開いた。ヴィヴィアン皇后やウィリアムは今頃、顔面蒼白になっていることだろう。
しかしここに、皇太子争いなど関係なく第一皇子の帰りを焦っている者が居た。
それが、私だ……。
今更すぎるかもしれないが、彼と直接会うと考えた途端、急に焦りが襲ってきた。
やっぱり、まずかったわよね? 貢女として嫁いできた私が皇子であり次期皇帝候補になった彼にあんな暴言を……。
どうしよう、どうしよう、と慌てる私に流れる時間が止まってくれるはずなく、その時はやってきた。
「ロゼッタ妃、是非とも妻である貴女様が一番にお出迎えしてあげてくださいませ!」
エリーはとびきりの笑顔を浮かべ、後方へ下がっていた私の背中を押した。
ああ、もう! 覚悟を決めるのよ、私!
そう心の中で強く決心し、一歩前に出る。
「お、お帰りなさいませルイス皇子殿下」
気まずさのあまり、視線を下に落としたまま前を向くことが出来ない。視線の先には、目の前まで来たであろうルイスの足先が見えた。
「皇子の帰りを、心待ちにしており……きゃっ!」
震える声を必死に抑え、出迎えの挨拶をしている途中。突如、私の身体は抱きしめられた。
ちょっ、はあ?! なんでこの男は私に抱き着いてるわけ?!
アスタリア帝国の貴族たち、ましてや皇帝や皇后が見ている前にもかかわらず、ルイスは私を抱きしめた。
こんな異常行動をするなんて、やはりあの手紙のことを怒っているのか。まさか、ここで私を皇族侮辱の罪で処刑するつもりなんじゃ……。
「あの、皇子?」
私を強く抱きしめたまま、何も言わない彼に恐る恐る声をかけてみる。しかし、それでもルイスは黙り込んだままだった。
「えっと……」
「……やっと、帰ってこれた」
やっと放たれたルイスの言葉は、確かに震えていた。この場に居る大勢の人々にはけして聞こえていない、私にだけ聞こえる小さな声。
どう返事をするべきかと悩んでいると、その沈黙を破ったのは皇帝陛下の一声。
「皇子と皇子妃は夫婦にも関わらず、戦争のせいで共に時間を過ごせていなかった。しかし、彼らは戦場に行っている間も手紙のやり取りを欠かさなかったと聞いた。これほど美しき夫婦愛はあるだろうか!」
ふ、夫婦愛って……。
大声で呆れるようなことを言い放った皇帝陛下に呆れつつ、どうして手紙の交流をしていたことを皇帝が知っているのかが気になった。あのヴィヴィアン皇后がわざわざ伝えるはずないし、私とルイスが文通を行っていたことは誰もが知っていることではない。
他に、私とルイスが文通を行っていたことを知る者は……。
皇帝から視線をずらすと、こちらをニコニコと笑顔で見ている者が居た。
私の専属メイドであり、手紙を書けと勧めてきたエリーだ。
あ、あいつだ……!
まさか皇帝陛下、あの手紙の内容を見ていないわよね? 移動石を使ったから、恐らく第三者の目には入っていないはず。そうでなければ、頃私は皇族不敬罪であの世に行っているはずだから……。
「皇子は妃をとても大切にしているようだな。これは、我がアスタリア帝国とシスティーナ王国にとっても喜ばしいことだ」
自身の顎を触りながら、満足そうに微笑む皇帝陛下。
「……皇子?」
ちょっとちょっと、何か返事をしなさいよ。
私が声をかけると、やっとルイスは私の身体を離し、彼のサファイアブルーの瞳と目が合う。
「まあ、なんですか皇子! 皇帝陛下がお声をかけられているというのに、返事の一つもしないなんて!」
「は、母上の言う通りです!」
ヴィヴィアン皇后とウィリアムは、揚げ足を取るかの如く必死に声をあげる。
彼らは今、この場にいる誰よりも焦っていることだろう。ヴィヴィアン皇后はウィリアムに「お前が皇太子になるのだ」と言い聞かせてきていたし、それをウィリアムもまともに受け止めていた。
しかし、ルイスが無事帰ってきた今、皇帝は長年の悩みであった北部戦争に勝利を収めた息子を寵愛するだろう。そうなれば、いくら皇后からの後ろ盾があるウィリアムでも、次期皇帝になることは難しい。
「口を閉じろ皇后、第二皇子。構わん、第一皇子も長い戦で疲れておるのだろう。まずはゆっくりと休むがよい」
皇帝の一声で、ヴィヴィアン皇后とウィリアムはすぐに黙り込んだ。皇帝陛下が、ヴィヴィアン皇后とウィリアムを注意したところを見たのは、初めのことだった。今までルイスに関心を見せた素振りは一度だって見たことがないのに、そこまで憎き敵を打ち取った息子が愛おしくてしかたなくなったのかしら。
「お気遣いいただきありがとうございます、陛下。……行こう、ロゼッタ」
彼らのことなどまるで気にしていない様子で、ルイスは私に優しく話した。
行こうと彼に手を差し出されては、私に残された選択肢はその手を取ること。それだけしか残されていない。
「はい……」
きっと今出た私の声は、アスタリア帝国に来てから一番と言っても過言ではないほど恐怖に震えていたはずだ。
お願いだから処刑だけは勘弁して……!
なにせ、自分の生死がかかっているのだから。
♢♢♢
「ロゼッタ妃、早くご準備を」
「エリー……私、どうしても行かないとダメかしら……」
「ダメですね」
「そ、そうだわ、体調不良ってことにしましょう!」
「皇子妃が体調不良となればきっと医者を呼ばれてしまうでしょう。そうなると仮病だとばれてしまい、その後の対応の方が大変かと思われますが」
「はあ……それもそうね……」
ルイスが皇宮に帰ってきてから、アスタリア皇宮の全てが変わった。
皇帝陛下は凱旋式だけでは飽き足らず、ルイスのために七日間にも続く大きな宴を開いた。
もちろん、それを見た皇后はひどく激怒した様子だった。当然と言えば当然なこと。ずっと皇子たちの継承権争いにだんまりだった皇帝陛下が、自分の息子であるウィリアムではなく、側室の息子を可愛がりだしたのだ。冷静ではいられないのだろう。
肝心のルイスとは、あの後すぐに帝国騎士団の人たちが彼を強引に連れて行ってしまってから、今日の今日までまともに話をしていない。
内心助かったと心から思ったことは、ここだけの秘密だ。アスタリア帝国の救世主となった彼に、ただのお飾り妻である私は中々会う機会などない。まぁ、私が避けているっていうのもあるのだけれど……。
「分かりました。それでは途中参加ということにいたしましょう。皇子妃は体調不良にもかかわらず、夫の祝いの日のために必死の思いで身支度を済ませ、途中からパーティーに参加された。これなら、誰も文句は言えません」
「エリー! あなたって時々生意気だけど、中々良いこと言うじゃない! よし、それで行きましょう」
「……お褒めにあずかり光栄です、ロゼッタ妃」
というわけで、私は優秀なメイドのエリーの提案に従い、既に会場に到着していた貴族たちの目を盗み、無事にパーティー会場の裏にある静かな庭園へと抜け出すことができたというわけだった。
ここへ来るまで、沢山の令嬢たちと会ったがルイスたちの姿は見られなかった。どこか別室で話でもしているのかしら。
例えば、私と彼の、離婚の話とか……。
会場を去る時、背後からは幾つかの令嬢たちの話し声が耳に入った。彼女たちの話題は、私がシスティーナに帰る日が近いのではという疑惑や、ルイスが帰ってきたのに私が遅れてパーティーに現れることへの不満だった。
そして、その中で最も不快だったのは「皇子妃とウィリアム皇子は不倫関係だ」という噂。
本当、人の気も知らないで好き勝手言ってくれるわよね。
暗がりの中で冷たい風が私の頬をかすめる。春物仕様の薄いドレスが風に触れて、身に沁みる寒さが肌を刺した。
春とは言え、まだまだ夜の冷え込みは厳しい。そういえば、私がアスタリア帝国に嫁いできた日も春なのに寒かった覚えがある。結婚式や、お披露目パーティー。疲れていて、ベッドの中で……。
「探したよ」
遠い記憶を思い返していたその瞬間、背後から突然声がかかった。
「僕の妻は、こんなところに隠れていたんだね」
「ど、どうしてこちらに……」
振り向くと、そこには私が今最も会いたくない相手――ルイスが立っていた。
驚きのあまり声が震える。いつからそこに居たのか、声をかけられるまで全く気が付かなかった。
「会場で君の姿が見えなかったから。懐かしいな、僕も幼いころはあの女から逃げるために何度もここへ来たよ。……ところで、君はここで一体何をしていたんだ?」
にっこりと優しげな笑みが私に向けられる。その笑顔は初めて出会ったあの日と変わらない完璧な笑顔。いや、笑顔の方が逆に怖い。
「少し風に当たろうと思って、散歩をしていました」
「へえ? 声をかける少し前に君を見つけたが、その時は立ち止っていたように見えたのだが……もしかして、君は歩かずとも散歩ができるのか? それは是非ともご教示いただきたいくらいだ」
「……今は休憩中です」
必死になる私と違い、ルイスは楽しそうにクスクスと声を出して笑っている。一体、何がそんなにも面白いのか私には分からない。
「笑わないでください」
「ああ、すまない。君があんまりにも可愛らしいものだから」
「なっ……!」
彼は頭でも打ってしまったのだろうか。それとも、戦地での環境があんまりにも過酷だったから中身が完全に変わってしまったのだろうか。そうでなければ納得できないほど、明らかにこの雰囲気の全てが異様すぎたのだ。
「……戦場はお辛かったですか?」
「そりゃあ、今までの人生で経験してきたどんなことよりも辛かったさ。あの大蛇に泣きついて、皇太子の座ならウィリアムに譲るから帰らせてほしいと願いたいほどにね」
「どうしてそうしなかったの?」
別に、特別そこまで興味があったわけではない。会話の流れ的に、質問してみようかなと思った……ただ、それだけの話。
ああ、こんなことなら令嬢たちと上辺だけのつまらない世間話をしている方がマシだったわね。
庭園でルイスに捕まった後、すぐに逃げようと適当に言葉を選んでみたが、結局私よりもずっと口の上手い彼に流され、こうして庭園に置かれたベンチに横座りして話をしていた。
「そうなれば、君は今ここにいないだろうな」
ルイスは少し寂しげな声でそう呟くと、ゆっくりと私に向かって腕を伸ばし、その手は優しく私の頬に触れた。驚きとともに、彼の手の温もりが伝わってくる。
どうしてあなたは、こんなにも愛おしそうな目で私を見つめるのか。
久しぶりに彼の姿をきちんと見た。実に一年ぶりだ。
背丈が少し伸びているように感じる。顔立ちも、あの時よりも更にかっこよく成長している。
「アスタリアでの生活はどうだ? 僕が居ない間、何か苦労はなかったか?」
「それなら沢山お伝えしたではありませんか」
「それは手紙でか?」
からかうように言う彼に少し腹が立ち、「そうですよ」と不満げに答えると、彼はまた軽く笑った。
手紙の話題を出したくなかった私はあえてそれを避けるようにして話していたのに、彼の方から出されてしまった。
「なるほどな。君がどうして僕を避けるのか不思議に思っていたが……そうか、あの手紙のことを気にしていたんだな?」
「……やっぱり怒っていらっしゃるのね」
「僕が怒る? どうして」
「だって私は、あなたにあんなにも失礼な態度を……」
「へえ? 失礼だと自覚していたんだな」
ルイスの目がわずかに細められ、からかうような笑みを浮かべる。
「そうですよ、分かっていましたよ。分かった上で、私はあなたに手紙を送っていたのですから!」
「君は本当に面白いな、ロゼッタ。自分で失礼だと思いながら、あんなにも僕に言いたい放題だったのか」
「それは……」
顔に熱が上っていくのを感じる。
初めは、手紙を書いていた時はどうせ読まれることはないだろうという考えで思うままにペンを走らせていた。けれど後々彼がそれを読んでいたと知り、手紙の返事が届いた後も私は変わらず自分をさらけ出した手紙を書き、彼に送り続けた。
ああ、穴があったら入りたい……。
あんなにも無礼な言葉を並べたのだから、何を言われても仕方がない。どんな処罰を受けたとしても、私はそれを受け入れるつもりだった。
「どうして僕が怒ると思うんだ?」
ルイスが身を屈めて、私の顔を覗き込む。その視線はあまりにも真っ直ぐで、思わず目を逸らしてしまう。
「そんなの当然でしょう? 戦場で命をかけて戦っているあなたに、皇子であるあなたに……ただの皇子妃である私が、あんな無礼な言葉を送りつけたのだから……」
「それは違うよ、ロゼッタ。あの手紙が僕にとってどれだけの救いになったか、君には分からないだろう。君のその飾り気のない言葉で僕に向き合ってくれたことが、どれだけ嬉しかったか」
夜空に漂う春の冷たい風が、彼の低く柔らかな声に吸い込まれていくように感じた。言葉の一つ一つが、私の胸の奥深くを静かに揺さぶっている。
「戦場は本当に過酷だった。誰かを信じることも出来ず、自分の正しさを疑うこともある。だが、そんなときに君の手紙を読むと不思議と気持ちが軽くなったんだ。君が僕に怒ったり、不満をぶつけることで、僕は自分がただの人間であることを思い出せたよ」
彼の言葉を、私はただ黙って聞いていた。胸の奥に広がる感情を、どう言葉にすればいいのか分からなかったから。
「怒るどころか、君に感謝しているんだよ。僕を皇子ではなく、一人の人間として見てくれる君に」
そう言うと、ルイスはまた優しく微笑んだ。
その笑顔を見た瞬間、心の中で長い間閉じ込めていた感情が少しずつ解けていくのを感じる。
「私は……」
言葉を紡ごうとしたとき、ルイスの手が再び私の頬に触れた。その温もりが、春の冷たい風を忘れさせるかのように暖かく。
「それに、着飾った君よりも本性を現した君の方がずっと可愛らしかったしね」
「……最悪だわ……」
私の言葉に、ルイスはただ笑っていた。
先ほどから彼が何度も見せるその笑顔は、皇族らしい仮面を被ったものではなかった。見ていて、さほど嫌な気分にならないもの。それどころか、その笑みを見ているとこちらまで、自然と口角が上がってしまう。
「ロゼッタ・フォン・システィーナ様」
私の旧姓を呼ぶ声が、真摯な響きを帯びている。
「君が居たから、僕は生きて帰ってこれた」
いつの間に用意していたのか、彼の手元には小さな箱があり、わざわざ地面に膝を突いて、それを私に差し出した。
「どうか、僕の妻になっていただけませんか?」
その言葉と共に、ルイスは持っている方とは反対の手で箱を開いた。 大きなダイヤモンドが真ん中に置かれており、繊細でシンプルな装飾が施された指輪。
「……何を言うのよ。私は、既にあなたの妻ではありませんか」
静かにそう言いながら、私は彼の真摯な眼差しから目を逸らすことができないでいた。
ルイスの言葉には矛盾があった。だって、私は既に彼の妻なのだから。
今からちょうど一年前。私たちは政略結婚によって夫婦となった。
だから私は彼の妻だし、彼は私の夫だ。どうしてルイスがこんなことを言い出したのか、私にはまるで理解が出来ない。
結婚式を終えた後、彼が私に向かって言い放った「君を愛することはない」という言葉は、いつまでも私の頭に残っていた。だからこそ、彼が膝を地につけ真摯な表情で結婚を申し出る姿に戸惑いを隠せなかったのだ。
私たち王族にとって、愛は贅沢品。親が選んだ相手と国家の繁栄のために結婚する。それが私たちの宿命。
それなのにどうして突然妻になってくれなんて言い出したのか。この国で今一番と言っても過言ではないほど名誉を得たあなたが、私に跪いてまで頼むことではないはず。
「ああ、そうだ。君は僕の妻だ」
「分かっているなら、どうしてそのようなことを仰るのですか」
「君を愛していない。そう、あの日君にかけた言葉がずっと心残りだったんだ」
今から一年も前の話を覚えているはずがないと思っていたのに。彼もまた、私と同じようにあの日の出来事を覚えていた。
「だから今改めて君に伝えたい。君を、愛していると」
そう告げる彼の声は暖かく、サファイアのように光る瞳には嘘偽りのない誠実さが宿っていた。
なんなの……? 愛している? 私のことを? 急に、どうしたっていうのよ。私を愛すことはないと言っていたのは、あなたの方じゃない。
私の頭に、今までため込んでいた不満が流れ込む。
慣れない地で、顔見知りが一人も居ない土地で、私がどれだけ不安だったか。
それなのに唯一心を許せると思っていた夫から、君を愛すことは無いと言われた私の気持ちがあなたには分かる? どれだけ辛くて、寂しかったか。
不安で、寂しくて、怖くて。それでもシスティーナの姫として恥ずかしくないように、必死になって頑張ってきたのよ。あなたに、私を愛してるという権利なんてない!
だけど、私の目を真摯に見つめて、柄にもなく緊張しているのか垂れ気味の眉をギュッと吊っている彼の顔を見ていると、そんな怒りも簡単に去ってしまった。
「仕方のない方ですね」
小箱を掴むルイスの手に、下から手を添えるようにして触れると、ピクリと彼の手が揺れる。
「いいですよ、あなたの妻となって差し上げます。私のことを愛している、あなたの妻に」
私の言葉に、ルイスは暫く何も言わず私を見つめた。
その顔は何を考えている時の顔なのか。私はまだ、彼のことをちっとも知らないから分からないけど。
「仕方がないでしょう。私だって、自国に帰りたくないと思ってしまうほどあなたを愛してしまったのですから」
これが私の答えだということに変わりはなかった。
何を考え、何を行動しようと構わない。惚れた弱みというものは恐ろしいもので、あなたが例えどんな選択をしようとも笑顔で受け入れ、付いていけてしまう気すらした。
人を愛するということがどれほど過酷で辛いものなのか、私は重々承知しているつもりだ。
しかし、それでも私は愛してしまった。
この先、私たちにどんな結末が待っているのかは分からないけれど……あなたの傍に居るためなら、地獄に落ちたって構わないと思えてしまう。
「ロゼッタ」
ルイスは安堵したかのように微笑むと、優しく私を抱きしめたのだった。
連載版を作りました。この後のルイスとロゼッタの話が読めます!!
細かい部分まで加筆し、あまり登場させてあげられなかったウィリアム第二皇子も登場します。
プロフィールから跳べますので、よければそちらもご覧いただけますと幸いです!
少しでも面白いと思っていただけましたら下にある☆マークから評価をお願いいたします。いいね、レビューもお持ちしております。
感想が何より嬉しいので送って頂けますと幸いです!




