なにかしら
壊れそうなものがあった。それは隠されていたり壊されているようなものではなかった。ただ壊れそうなものであるというだけのものだった。
ひび割れてしまったばかりの器を大事そうに抱えて透明な足をした人間が通り過ぎていった。ここに何がいるのかも知らずに。ここに何がいるかということは大きな問題ではないらしかった。ここから何が生まれるかということは誰の関心も惹かない事項であるらしかった。それならそれで良かった。ただ私はここにいて誰の関心も惹かずに大きな問題ともならずにここに立っている。それはとても私にあっていた。私にしかできない事項だった。
手を伸ばすと天井にぶつかる。あるいは壁に。あるいは床に。あるいは内部と外部を隔てる全てのものに。あるいは私ではない全てのあなたたちに。あるいはあなた自身と私自身の間にあるわだかまりにぶつかって溶けてしまう。
壁が溶けると体が動かなくなる。床が溶けると平気でいられなくなる。天井が溶けると全てを失ってしまう。あなた自身が私自身を溶かす。私があなたたちを溶かし私は私でいられなくなる。いる必要がなくなる。私にはあなたたちの言うことがよく分からないのでそれは既に始まっているのかもしれなかった。
誰がそれを始めたのか。私たちは二人いたように思う。私自身とあなた自身の二人。あなたたちにも同じように私自身とあなた自身がいたはずだ。片方の私自身はどこかに行ってしまってもう片方のあなた自身もいつの間にかいなくなっていた。残ったほうがどちらなのかはもう分からない。ただあなた自身のことを私自身は覚えているし私自身のこともあなた自身は覚えているはずだ。あなたたちがいつの間にか私たちを消してしまったとしても残るのはあなたたちの内の私自身かもしれないのだ。あるいは私たちというのはもう既にあなたたちと同じなのかも。誰にも真似できないように言葉を重ねてきたはずなのにもうとっくの昔にそれはあってあなた自身と共にあった。私自身はそれに偶然気付いただけだとしたら。終わりの合図がやってくる。世界は再び終わりを迎える。