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(1-8)

「帰路は一人で平気か?」と、書状を懐にしまった心結が俺の目を見つめる。


 無駄に背の高いひょろりとした男だと思われているのだろうか。


「危険を察知する能力は人よりあるから、危なそうなら逃げるよ」


 俺の脳内にポップアップする情報モニターは野犬も察知してくれるのだ。


「おまえに何かあったら私が姫様に叱られるのだ。怪我一つするなよ」


 最初に引き合わされたときは俺のことを『あなた様』と呼んでいたのに、最近は俺をヘタレ男子と見抜いたせいか、『おまえ』呼ばわりだ。


 心配されているのか迷惑がられているのかよく分からない。


「大丈夫だ。今川への使い、頼みます」


 頭を下げて起き直った時には、心結の姿は目の前から消えていた。


 忍びらしいところを俺に見せつけようとしたんだろうか。


 と、その瞬間、背後から羽交い締めにされたかと思うと、俺の首筋に冷たい鉄串のようなものが突きつけられた。


 ――うおっ、マジかよ。


「油断するな。隙だらけだぞ」


 ――なんだよ、心結か。


「わ、分かった。ご忠告感謝します」


 どうやら突きつけていたのは簪だったらしく、心結は無防備に両腕を上げてさらりと髪を結い直す。


 ずいぶん隙のある姿をさらけ出すものだと眺めていたら、表情を読まれてしまったらしい。


「私に何かできるなどと思い上がるなよ」


「そんな勇気はない」


「まったく、こんなひ弱な男のどこが……」


 つぶやきの途中で今度こそ心結の姿は消えていた。


 ふう。


 俺ごときがお市様にふさわしくないのは、俺が一番よく自覚している。


 立派な軍師になって堂々とお市様と添い遂げればいいんだ。


 まあ、史実や未来の知識があれば戦国最強の軍師になるのはそれほど難しくはなさそうだけど、魅力的な男になるのはめちゃくちゃ大変そうだけどな。


 ため息なんかついている場合ではないか。


 どう転ぶかは分からないが、とりあえず戦略としての種は()いた。


 相手の出方次第によってはシナリオを変えなければならないだろうが、それはまたその時だ。


 むろん、離反した松平と引き抜いた織田に対する怨嗟は強いだろう。


 だが、その上でもなお、交渉をおこなうのが軍師というものだ。


 誰も想像しないシナリオを描く。


 俺はそんな大役を覇王信長から任されたんだ。


 高揚する気分を胸に抱き、俺は帰路についた。


 秋らしい穏やかな気候で天気も良かったので、帰りは知多半島を横断して伊勢湾に出て港を視察することにした。


 ちょうど伊勢湾西岸の津島港から入ってきた船が停泊していて、積み荷を下ろしているところだった。


 津島港からの上納金は織田家の大きな収入源で、さらには堺など西方への窓口でもある。


 この知多半島側の港を今川が狙っていたわけだが、このたびの桶狭間で織田家が完全に掌握したことになる。


 よりいっそうの交易の拡大を図る手がかりをつかめないだろうかと、俺は港を散策していた。


 港で一番大きな問屋をのぞいてみると、そこには伊勢屋惣兵衛(そうべえ)がいた。



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