(6-10)
美月が用足しに行くから俺についてこいと言う。
権造たちはその辺で立ち小便をしている。
女性が用足しをする場に居合わせるなんて、令和の非モテボッチ陰キャ男子には気まずいことだが、闇の中で襲われる可能性を考えると、付き添いが必要なことは間違いないので、俺は自分自身に、何の下心もないのだと言い聞かせながらついていった。
沢の両側には雪が積もっているが、雪の下ではちょろちょろと水の流れる音が聞こえる。
ここなら排泄の音も沢の音にかき消されて、俺も気をつかわずに済むと思ったら、美月が思いがけないことを言い出した。
「あんた、手を出しな」
――手?
俺は自分の両手を眺めた。
「早くしなよ。ほら」と、美月は俺の両手をつかんで引っ張り、自分の股間の下に持っていくと、着物の裾をはだけた。
昔の女性は下着など着けていない。
女の匂いと共に現れたのは、俺が初めて見る実物だった。
月明かりとはいえ、陰になっているから肝心なところは見えない。
いや、見るつもりはない。
タワシみたいに毛が濃くてその奥の部分は隠れている。
思春期男子の本能が食らいつきそうになるが、理性では、目をそらせと鐘を鳴らす。
見たいのに見てはいけない気がするのに見たくて目を背けることができず俺は目をギュッと閉じてごまかした。
「あんた、本当に初めてなんだね」
岩で頭を殴られたように打ちのめされた俺は完全に無の境地へと突き落とされていた。
男の価値が経験で決まるわけではないだろうが、経験のない男が何を言ってもむなしいだけだ。
しばらくしてようやく目を開けることができたが、月明かりに周囲の雪がぼんやりと浮き上がり、俺は美月の股間に手を差し出したまま身動きが取れなかった。
と、その時だった。
――じょろろろ……。
美月の股間から熱い湯が流れ落ちてきた。
俺はそれを両手のひらで受け止めていた。
じょろじょろと降り注ぐその熱い湯は俺の指の間からこぼれ落ち、雪を溶かしていく。
「あったかいだろ」
排尿を終えた美月は股を広げたまま俺を見下ろしていた。
「こういう寒い時にはさ、少しでも体を温められる物は使わないともったいないだろ」
たしかに、凍えていた俺の手は美月の熱でほぐされていた。
「触ってみるかい?」と、美月が尿まみれの俺の手を握ろうとした。
俺は本能的に手を引っ込めてしまった。
触りたい、感触を確かめたい。
自分とは違うそれがどんなものなのか、俺は知らないし、知る以上のことをしてみたいくせに、ヘタレの俺はいざとなったらひるんでしまったのだ。
美月は脚を上げて右足を俺の左肩においた。
俺は月明かりを背にした美月を見上げた。
「生まれ変わったら、あたしを抱いてくれるかい?」
俺は答えられなかった。
ただ、それはお市様への義理とかではなかった。
お市様の顔などまったく思い浮かびもしなかった。
ただ単に、ひるんでいたのだ。
まだ俺の知らない、立ち向かってもかなわぬ大きな存在に押しつぶされそうで、俺はびびっていたのだ。
と、次の瞬間、俺は美月に左肩を蹴飛ばされて雪の上に尻餅をついていた。
せっかく温まっていた手が一瞬で凍りつく。
と、その刹那、俺の頬に熱い滴が一滴落ちてきた。
――ん、雨?
いや、月が明るい。
そもそもこんなにも熱い雨などない。
「さっさと立ちなよ。行くんだろ」
美月が腰を折って俺の胸ぐらをつかみ上げ、無理矢理立ち上がらせると、俺から顔を隠すように先に歩き出した。
俺はうなだれながら美月の後ろを歩き、権造たちに合流した。
「姐さん、行きますかい?」
「ああ、入道、走れるかい?」
「大丈夫っす。行けます」
「よし!」
権造を先頭に、俺たちは再び走り始めた。
会話をする余裕がないのが救いだった。
すべてお見通しだろうに、誰も俺と美月の微妙な空気など触れようともしなかった。
生き延びるために、俺たちは夜の雪道をひたすら走り続けた。
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