(6-5)
周囲を警戒しつつ立ち上がった権蔵が刀を抜いて近寄っていく。
カラスを威嚇して追い払いながらそばによると、それは間違いなく仰向けに転がった死体だった。
だが、それはすでに無残にもカラスにつつかれ、目がくぼみ、表面の皮膚を剥ぎ取られ肉や骨が露出した吉三郎の残骸といった方が正しい姿だった。
戦国の世に来て死体を見るのは何度目だろうか。
もちろん、見慣れるなどということはない。
まして、戦場の死体よりもむごい状態だ。
俺は吐き気を必死にこらえつつ、目をそらさなかった。
これがこの世界の現実なのだ。
令和の世の中では日常の中に人の死はほとんど存在しない。
だが、ここでは目をそらしても逃げることなどできない日常なのだ。
権蔵が素早く死体をあらためる。
ぼろ布となった着物は血に染まって固まっている。
「姐さん、見てください」
裏返して背中を調べた権蔵が着物を引き裂いて示したのは背中に刺さって体内に残った矢と鏃だった。
「吉三郎は弓矢でやられたのかい?」
「毒が塗ってあったんでしょう」
「いったい誰が?」
美月の質問に、権蔵が俺を見上げてつぶやいた。
「旦那を狙ってるんでしょう」
俺を?
「こんな雪山にただの山賊が出るわけありませんよ。通ることを知っているやつを待ち伏せていたんですぜ。それに、山賊が毒まで使うとは思えませんし」
権蔵の言うとおりだろう。
「だから、誰なんだい?」
美月が詰め寄るが権造は首を振るだけだ。
「それは分かりませんよ、姐さん。武田か、それとも……」
「今川に情報が漏れたか?」と、俺が思いついたことを口にしてみたが、やはり権造は首を振るばかりだ。
「分かりませんよ。ただ、敵がいることは間違いない」
伊那谷はこの時点で武田の勢力圏と言っても、完全に服属したわけではなく、地元の国人の中には別の勢力とつながりの深い連中もいるだろう。
そういった連中がたとえば今川などと手を組んで妨害してくることはあるかもしれない。
「吉三郎に預けた手紙は?」
権蔵は首を振った。
「ありませんね」
内容については、大筋をぼやかして記しただけだから読まれても構わないのだが、吉三郎が織田家の使いだということは知られてしまったことになる。
まったく、何が戦国最強の軍師だよ。
情けないほど間抜けな失態だ。
頭上の木の枝から、追い払われたカラスが俺たちを威嚇してくる。
「旦那、長居は無用だ。ここを離れましょう」
「遺体はどうするんですか?」
「しゃあねえですよ。俺たちゃ盗賊だ。どうせ野垂れ死にだって常日頃から覚悟してますよ」
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