第6章 雪山の死闘(6-1)
諏訪までの道中は雪かきもおこなわれ、武田の護衛もつけられて快適な旅だった。
伊那谷へ入ったところで雪が降り続き、俺たちの歩みは極端に遅くなった。
護衛はなくなったが、それでも武田家の配慮で宿場ごとに連絡がついていたおかげで、道中それなりの便宜を受けることはできた。
街道筋にデイブが伝えたスポーツドリンクで体力を回復し、宿場ではその土地のもてなしを受けた。
俺は馬場信房にスポーツドリンクの配合割合について手紙を書き、武田の家臣に託した。
また、長篠の秀吉と清洲の信長にも、このたびの会談について成功したことを手紙に書いて足の速い吉三郎に先に行ってもらうことにした。
「雪道なんであまり進めそうにありませんが、なるべく早く届けます」
「お願いします」
吉三郎を送り出した日から、雪はどんどん激しくなり、道も分からないほどすっぽりと谷が埋もれてしまうようになった。
俺の脳内モニターに表示される天気予報に寄れば、この天気は三日ほど続くらしい。
遭難しそうな天候で足止めを食らった俺たちはしかたなく宿場で無駄に時を過ごしていた。
この時代には娯楽がない。
そもそも、時間があるなら何かしらの作業をしたりして物を作ったり修理したりして生活の足しになることをしなければならないのだ。
だが、旅の途中の俺たちは体を休める以外にすることがない。
ただだらだらとしているうちに、逆に体がなまってくる。
美月の配下たちは博打を始めたようだが、俺は眺めているだけで参加しなかった。
そんな俺たちから距離を置いて美月は壁にもたれてただじっとしていた。
「退屈ではないか」
俺がたずねてもかすかに首を振るだけだ。
「よけいなことをしなくていいし、考えなくていい。楽だ」
多くは語らないが、盗賊を率いていたときに比べたら、生活の心配をしなくていいとか、捕まったり殺されたりといった命の心配をしなくていいから、ということなんだろう。
三日後、天気予報通り雪がやんだが、道は雪に埋もれていてすぐに出立できるわけではなかった。
昼過ぎに村人の往来で雪が踏み固められ、なんとか出発できたものの、やはり一里(四キロメートル)も進めないうちに日が暮れてしまった。
次の宿場まではたどり着けなかったから、その日は寺に宿を借りた。
寺の住職は飯は出せないという条件で受け入れてくれた。
「何も出せず、申し訳ありませんな。なにしろこの雪で、蓄えも尽きておりましてのう」
いきなり大人数で駆け込んだのだから贅沢は言えない。
逆に俺はいくらかの金を寄付して感謝の気持ちを伝えた。
感想・ブクマ・評価ありがとうございます。




