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と、そこへ小姓が姿を現した。
「お館様のお成りでございます」
柴田勝家、羽柴秀吉、そして向かい側に俺が座り、織田信長を出迎える。
覚醒した真・織田信長は最近ますます筋骨隆々、立派な髭もつややかに、威厳に満ちた目でにらみをきかせながら座敷に現れた。
「お館様にはご機嫌麗しゅう」と、柴田勝家が挨拶を述べ、俺たち三人は平伏した。
「かまわん、面を上げよ」
信長いつも単刀直入に話を進めたがる。
秀吉がまず伊勢屋との会合の内容を申し上げた。
「ほう、関銭の免除とな」
「は、拙者、そのような内容を勝手に約束してはならぬと明智殿に釘を刺したのですが」
秀吉は自分に火の粉が降りかからないように予防線を張っている。
「おもしろい。誰もやらぬことこそ、躍進の鍵。うまくいくというのなら、任せてみるが良い」
「よろしいのですか」と、虚を突かれたような秀吉が慌てて口を塞ぐ。
そういう確認の言葉も信長が嫌う無駄の一つだ。
「やってみなければ分からぬことをやらずに悩んだところで是非もなし」
合理主義の権化とも言える魔王は前へ進むことしか考えていない。
だからこそ、俺みたいな未来人を信用してくれるわけだが、こんなにうまくいっていいのかと、その点だけは不安になる。
俺のおかげで出世したといっても秀吉はおもしろくないだろうし、古参の家臣たちには、出しゃばりの新参者は目障りだろう。
ただ、今のところは柴田勝家が俺の後ろ盾になってくれているのでなんとかなっている。
「お館様」と、縁側に侍女が姿を見せた。「お市様がお茶をお持ちいたしました」
「おう、それはすまぬな」
「兄上様には梨もお持ちしました」と、侍女を引き連れたお市様が座敷に入ってくる。
妹の姿を見た途端、厳めしさがあっさり失せ、まるで膝の上で猫でも撫でているかのように場が和やかさに包まれる。
「遠慮するな、皆も食え」
「ははっ。頂戴いたしまする」
俺たちは侍女に差し出された茶をすすり、茶菓子の饅頭を口に放り込んだ。
信長はお市様が差し出した梨をシャリシャリと音を立てながらひょいぱくひょいぱくと頬張っている。
「まあ、お兄様、そんなに口に入れたら喉に詰まりますよ」
ごもごもと汁を飛ばしながら何やら反論しているが、何を言っているのかはさっぱり分からない。
覚醒した真・織田信長も、妹の前ではうつけに戻る。
隙を見てチラとお市様が俺と視線を合わせてくださる。
あの牢屋での誓いの口づけ以来お市様との進展はないが、時々俺の屋敷に忍びの心結がやってくる。
季節の着物などを贈ってくださるのだが、関係が表沙汰になるのを恐れているのか、直接顔を合わせる機会はこうした信長との面会の時に限られている。
『お市様とのお約束は忘れたことはございませんとお伝えください』
心結は『なんでおまえごときが』と、俺のことを嫌っているらしく、『姫様はあくまでも大願成就のためにあなた様を頼っているのですから、邪な心など抱かぬように』と、いつも釘を刺していく。
今、この座敷でも侍女の一人として控えているが、ずっと俺に蔑むような視線を送ってくる。
俺ごときがお市様と視線を交わすことすら気に食わないんだろう。
だが、俺の心にはつねにお市様との約束がある。
魔王の天下を転覆させるために俺は魔王を利用するのだ。
俺は茶菓子の礼をするように見せかけてお市様に軽く頭を下げた。
柴田勝家が信長と話を続けるということで、俺と秀吉は先に御殿を退出した。
「おぬし、今川との交渉についてお館様に申し上げなかったな」
「ああ、そうでしたね」と、俺はしらばっくれた。「それほど急ぐ話でもありませんから、また次の機会に」
「まあ、そうじゃな」と、秀吉がげっぷをする。「まずは松平との交渉をせねばならぬしのう」
「いそがしくなりますね」
「まったく、昼はお館様のため、夜は寧々殿にもご奉仕せねばならぬし、体が持たぬわい」
寧々さん以外にも進んでご奉仕するくせに……。
白い目で見下ろしていたら、秀吉が俺の脇腹を小突いた。
「おぬしにも女子を世話してやろうか」
「結構です」
「なんじゃ、男がいいのか」
俺は苦笑を浮かべながら首を振る。
「心に決めた人がいますから」
――俺の心に本能寺。
俺はお市様のために生きているんだ。
二人で屋敷に戻ると、足音を聞きつけたのか、寧々さんが勢いよく戸を開けて顔を出した。
「サル、お帰り」
「おう、なんじゃ」
「精のつくウナギをもらったの」
含みのある笑みを浮かべる寧々さんの色気に当てられて俺はそっと自分の屋敷に入った。
一人きりでこんな時代にやってきたけど、寂しさを感じることはない。
俺の軍師人生は順調に進んでいた。
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