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(1-3)

「さすがは明智様。織田家の知恵袋でございますな」


「三河の通商権を得られれば、その先の駿河も視界に入りますね」


 何気なく口にした俺の言葉に惣兵衛の肩がピクリと弾けた。


「駿河の交易はさらにその先の関東へと開けます」


 相手も本音をさらけ出してきた。


 三河は単なる足がかりだが、その第一歩が想像もつかないほどの莫大な利益につながっている。


「ですが」と、惣兵衛はゆるりと首を振った。「もちろん、織田家と今川家の関係上、私どもは三河の通商権が握れれば満足でございますよ」


 ――ん?


 これは使えるかも。


 相手はまだ俺の手の内を読み切っていないらしい。


「もし、今川家との通商が実現したら、どうでしょうか」


「どう……と、おっしゃると?」


 惣兵衛は困惑した表情を隠さず前のめりに俺を見つめた。


「交渉の仲介をできるかもしれないと言ったら」


「まさか」と、背筋を伸ばして膝に手を置き直す。「敵対する今川家でございますよ」


 俺は内心笑みを浮かべていた。


 相手が驚くということは、その切り札に効果があるという(あかし)だ。


 俺は懐から短刀を取り出した。


「私は個人的に今川家の当主氏真殿と面識があります。この短刀は今川家から拝領したものです」


 実際に俺がもらったのは氏真の鞠で、この短刀は本多忠真から譲られたものだがそこまで手の内を明かす必要はない。


 俺には『隼ストライカー瞬』という秘密兵器もある。


 正式に織田家に仕えるようになってから、時間を見つけてはパクリ漫画を描きためてきたのだ。


 もうほとんど高校選手権編が書き終わるところだ。


 いつでも氏真に見せにいける。


「これはまさに今川家所用の長船(おさふね)」と、惣兵衛はしげしげと短刀を眺める。「しかし、織田家の明智様が今川家と交渉してもよろしいのですか」


「もちろん、お館様の許可は得ますよ。ご心配はいりません」


「大丈夫なのか、おぬし」と、秀吉も渋い顔をしている。


 経緯を知らぬわけでもあるまいし、ずる賢さと臆病さは紙一重だ。


 ただ、秀吉は俺が信長に推薦した関係で、どうしても俺と一心同体に見られてしまうのも仕方のないところだ。


 俺がしくじれば秀吉に迷惑がかかるし、その逆もまたしかりだ。


 とはいえ、俺は別に不安になど思っていなかった。


 信長はむしろ敵との交渉役に使える俺を今以上に重んじるだろう。


「寧々さんのためにも、迷惑はかけませんよ」


 俺たちは惣兵衛に商人たちへの手配を頼んで城へ帰ってきた。


 清洲城の御殿は改装され、広間が簡素な板敷きから畳の座敷に変わった。


 俺と秀吉が縁側で信長を待っていると、柴田勝家がやってきた。


「おう、二人ともご苦労」


「これは柴田様」と、俺たちは二人並んで平伏した。


「堅苦しいことは抜きだ。早速だが明智殿に話がある」


「私ですか?」と、俺たちは柴田勝家と座敷へ入り、向かい合って座った。


「例のデイブという南蛮商人だがな」


 ――デイブ・スミッシー。


 桶狭間に織田軍が奇襲をかけるという情報を今川に密告した張本人。


 そのせいで今川義元を討ち漏らし、俺は裏切り者と疑われ、天下統一へのシナリオを変更しなければならなくなったのだ。


 俺は柴田勝家に頼んで、得体の知れない南蛮人の行方を調べてもらっていた。


「どうも尾張の国内にはいないらしい」


 曖昧な調査結果に落胆したが、表情には出さないでおく。


「最後に姿を見せたのは?」


「馬に乗った南蛮人が東海道を西へ向かったという目撃証言を得たが、それがデイブであるという確認は取れていない」


「そうですか」


「すまぬな。この程度のことしか分からず」


「いえ、ありがとうございます。尾張にいないことが分かっただけでも収穫でしょう」


「うむ。関所や港には手配書を回してあるので、今度来訪した際にはすぐに知らせが届くようになっておる」


「戻ってきますかのう」と、秀吉が上司の前にもかかわらず、両手を突き上げてあくびをする。「明智殿を陥れようとして逃げたのであれば、もしかすると、もう()(もと)にもおらんのかもしれませんな」


「デイブの本国イギリスに帰ったと?」


 俺のつぶやきに二人がため息交じりにうなずく。


 ――そうだろうか。


 損得勘定で義理を曲げる狡猾な南蛮商人が尻尾を巻いて逃げるとは思えない。


 思案しても仕方のないことだが、警戒を怠るべきではないだろう。



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