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奥の座敷に通され、俺が早速用件を切り出すと、惣兵衛が腕を組んでうなった。
「ふうむ、石灯籠ですか。石の枠の中に提灯を置く。そうすれば風でも消えないと」
「石灯籠の設置は織田家がおこないます。その維持管理を街の者たちに頼みたいのですが」
「雨や嵐の日はそもそも使えませんね。夜中に急に降ってきて紙が濡れたらすぐに破れて使い物にならないのでは」
「竹籠で補強するのはどうでしょうか。資材は織田家の負担で」
「できないことはないでしょうが。それによる利益はどれほどのものでしょうか。そもそも夜中に多少の明かりなどあっても役に立つとは思えませんよ」
俺は惣兵衛の言葉の裏に隠れた本音を感じ取っていた。
商人の動機は利益だ。
利益がないことには協力できないと言っているわけだ。
「街道筋にも同様な石灯籠を設置します。たとえば荷物の運搬が一日一往復だったのが二往復になるだけでも莫大な利益になりましょう」
「商売はそう単純ではありませんよ」
相手の抵抗は計算済みだ。
「その維持管理をおこなう契約に参加した商人には関所の通行税を免除するというのはどうでしょうか」
「ほう」と、惣兵衛の口元に笑みが浮かんだ。「明智様はお武家様とは目の付け所が違いますな」
関所の通行税は戦国大名の収入源だ。
だが、それは一方で商人たちの負担であり、経済発展の障害だ。
為政者は自分たちの利益を最大化することばかり考えていて、全体の利益をないがしろにしてしまいがちだ。
学校の歴史で学ぶ程度の知識でも、ヨーロッパの専制君主や織田信長に倒された旧来の支配者の失敗はどれも同じだ。
「待て待て」と、秀吉が横から口を挟む。「そのような約束、お館様がお認めになると思っておるのか」
「それは問題ないと思いますよ」
自信を持って答える俺を秀吉がうさんくさそうに眺める。
「何の根拠があるんだ。おぬし、後で責任問題になっても、わしは口添えなどしてやらんぞ。せっかく出世したのに、寧々殿のためにもこんなことで放逐されてはかなわぬからな」
「ご迷惑はかけません。俺の責任で話を通しますから」
史実でも織田信長は関所を廃止して税を免除することで商業を発展させている。
俺はただそれを自分の考えのように先取りさせてもらっているだけだ。
惣兵衛が俺たちの顔を交互に見つめる。
「わたくしどもといたしましては、明智様のご提案が織田家のご意向というのであれば、馬借の連中にも話してみようと思いますが」
惣兵衛の申し出に、「まあ、仕方あるまい」と、秀吉も黙り込む。
「ありがとうございます」と、俺は頭を下げた。「お館様への説得は私が責任を持ちます」
惣兵衛も畳に手をつく。
「せっかくお越しいただいたついでに、こちらからもお願いがございます」
「なんでしょうか」
「このたび、織田家と三河の松平家の間で同盟が結ばれたそうでございますね」
「はい、敵の先鋒だった松平家がこれからは織田家の防壁となります」
「そこでなんですが」と、惣兵衛が力士のように膝をたたく。「私どもを松平家にご紹介いただけないでしょうか」
商人の狙いは正直で、行動にためらいがない。
新しい商機を見いだせば、躊躇なく手を伸ばす。
「東方への交易はこれまで松平家の水野様を通して三河商人への仲介をおこなう程度にとどまっておりました。しかしながら、今後は松平家と直接取引を行うことができれば、我々も儲かりますし、その分織田家への上納金も増えることでしょう」
こっそり賄賂をもらう秀吉にくらべたら、堂々と利益を主張する態度はむしろすがすがしい。
「分かりました。早速松平家へ書状を送りましょう」
織田家にとって悪い提案ではないので俺は受け入れた。
そもそも、今の松平家は俺たちが立てた影武者だから、話を通すのは簡単だ。
交渉のカードに役立つなら、使った方がいい。
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