(8-9)
「勝家」と、信長は柴田勝家を指名した。
「ははっ」
「その方に駿河一国を任せる」
「なんと、それがしを一国の太守に!」と、柴田勝家が目を丸くしながら氏真に視線を送りつつ頭を下げた。「それがしにそのような大役をお任せくださるとはありがたき幸せにございます」
「氏真殿よ」と、信長は厳しい口調で呼びかけた。「これで良いか」
「異存はございません」
「して、氏真殿はどのようになさるおつもりかな」
信長は相手に進退を決めさせようというのだ。
「それにつきましては」と、氏真が俺を見る。「明智殿に教えを請いまして蹴鞠の道に専念しようかと思っておりまする」
え、俺?
漫画はパクれるけど、サッカーなんてできないぞ。
そんな事情を知らない信長は氏真の申し出にうなずいている。
「ただし、今川の名は残したいと?」
「はい、それだけはなんとか」
やはり名門の家名に未練はあるのだろう。
俺は前に進み出た。
「お館様、少々ご相談したきことがございます」
「なんじゃ、光秀」
「少しばかり内密に」
「かまわぬ。ここで申せ」
「いえ、なにとぞ、内密に」
信長も俺の様子から悟ったのか、立ち上がった。
「いったん下がるゆえ、みなはこの場にて待機せよ」
家来達一同が頭を下げる中、俺と信長は小姓を伴って隣室へ下がった。
この時代はまだ森蘭丸は生まれていない。
金森長近の親戚の少年らしいが、俺と信長が小部屋に入ると、襖を閉めて縁側で待機していた。
俺は織田信長と二人で向かい合っていた。
「その方の言いたいことなんだ?」
「今川氏真殿を私の配下にしていただけないでしょうか」
竹中半兵衛からも言われていた今川氏真の使い道だ。
「その方の?」と、信長はいったん言葉を切った。「蹴鞠だけでなく、ということか?」
「駿河においたままでは、氏真殿を担ぎ上げて反乱を起こそうとする残党が現れるかもしれません。家名を存続させるのであれば、清洲へ置いておくべきでしょう」
「なるほど一理あるな」
「それに、やはり今川は足利の一族。今後上洛した際に、足利家との交渉役として氏真殿は利用できます」
「あい分かった。光秀、その方の言うとおりにしよう」
「あと、もう一つございます」
「なんじゃ」と、苛立った様子で信長が俺を促す。
「柴田殿が治める駿河国に武田の商館を置いていただきたいのです。すでに三河の港を武田家に開いておりますが、甲斐国に近い駿河の港を明け渡すことが、同盟をより一層強固とすることは間違いありません」
「ふむ。よかろう」
返事はあっさりしたものだった。
「それだけか」
「はい」
「光秀」と、信長が鋭い目で俺を見つめる。「何を隠しておる」
やはり一筋縄でいくはずがないか。
だが、見抜かれているわけではない。
ならば、俺もここは手の内を明かさず、しらばっくれるしかない。
いずれ来る本能寺の日に向けて、自分の味方は多い方がいい。
史実の明智光秀は味方する者がいなくて三日天下で終わったのだ。
使える物は犬の糞でも拾っておくべきだ。
「いえ、わたくしに二心はございません。あくまでも、氏真殿に我々の思惑を知られては交渉がやりにくくなると言う判断から内密にとお願いした次第でございます」
「ふむ、そうか」
信長は自らの手で襖を開け放つと、俺をおいてさっさと広間へ戻ってしまった。
その後ろを慌てて小姓が追いかけていく。
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