(8-8)
◇
一五六一年七月。
十四年早い長篠の戦いの後、水野信元は一族の当主として騒動の責任を取る形で出家した。
主筋に当たる松平家では、作兵衛信康に生まれていた男子を養子として送り込み、水野家を支配することとなった。
これはもちろん、後ろ盾となっている織田家の意向である。
意外にも、水野家の家臣たちはまったく抵抗することなく、信康が侍女に産ませた赤ん坊を新しい当主として受け入れた。
まったく関係のない人物が当主となることに少しは不満が出るかと思っていたが、案外あっさりしたものだった。
武士の忠義とはなんなのか、令和の俺にはよく分からないが、令和の世で言えば、社長が誰に交代しても社員には何の関係もないというところなのだろうか。
給料がもらえればいいわけだし、なんなら戦を命じない案山子でもいいくらいなのかもしれない。
こうして三河に絶大な影響力を持っていた名門を一族に取り込んだことで弱小領主に過ぎなかった松平家の支配は盤石となった。
また、今川義元亡き後の遠江はこれもまた松平がおさえ、信康は岡崎から曳馬城へと本拠地を移し、浜松城に名を改め、改修工事を始めた。
すでに俺は浜松の商人たちと交渉した経験があったので、松平家に引き継ぐのは難しくはなかった。
駿河の今川家はすでに家督を譲られていた氏真が名実ともに正式な当主となったが、今回の合戦で譜代の家臣や二万の兵を失い、もはや風前の灯火であった。
伊豆方面からはかつて同盟を組んでいた北条が侵入を繰り返していたが、それを撃退する力はなく、今川氏真は織田信長の元へ恭順の意を表しに自ら清洲に来訪した。
広間にておこなわれた会見で織田家の重臣たちに囲まれながら氏真は信長にあっさりと頭を下げた。
「駿河の国を差し出しますゆえ、織田家の庇護の下に、今川家の存続を認めていただけないでしょうか」
織田家の重臣たちがざわめく。
これまでさんざん苦しめられてきた今川の当主が降伏し、領土も差し出すというのだ。
完全勝利と言っていいだろう。
「ほう、我が織田家の傘下に入りたいと?」
長年苦しめられてきた名門が頭を下げてきたことに内心喜びを隠せない信長だが、あえて渋い表情で氏真をにらみつけている。
それに対して氏真は開き直ったようなすがすがしさを見せていた。
「我々にはもはや駿河一国を守る力も残っておりませんし、わたくし個人にもこの乱世を乗り切っていく才能も覚悟もございません。しかしながら、駿河の領民達を苦しめることもまた望まぬことでありまする。先代義元までのいきさつはあれど、織田家の庇護の下で領民たちの安寧を願うことが今のわたくしにできる精一杯の選択かと思いまして」
「ふむ、殊勝な心がけ……」と、織田信長がニンマリと笑みを浮かべる。「と、言いたいところだが」
急に真顔になった主君の様子に、ざわついていた広間の空気が凍りつく。
「その方の責任を問わぬわけにはいかぬな」
それはそうだろう。
戦いの指揮を執ったのは今川義元だが、そもそも、俺を美月の盗賊団に襲わせたのは氏真だ。
さらに、甲斐国からの帰路で水野信近をけしかけ操っていたのは義元かも知れないが、当主である以上、氏真も知らぬとは言い逃れはできないだろう。
とはいえ、個人的な恨みをここで出すわけにもいかず、俺は黙って成り行きを見守っていた。
感想・ブクマ・評価ありがとうございます。




