(8-6)
馬場信房の軍勢が退却する今川軍の行く手を阻んで突撃を試みる。
その横からは飯富昌景の赤備えが灼熱の溶岩の如く浸透していく。
「おい、光秀!」と、秀吉が銃を抱えた俺の背中を叩く。「俺たちも行くぞ」
「いや、しかし……」
重すぎる荷物のせいで走り出せずにいると、俺からこの世に一つしかない銃を奪い取って配下の雑兵にぶん投げる。
「そんなもの置いていけ!」
肩を突き飛ばされ、秀吉と一緒に俺も乱取りが始まった戦場に駆け込んだ。
そこらじゅうで組み伏せられた敵兵の首が落とされ、鎧や刀を剥ぎ取って自分の物にした兵たちが城へ戻っていく。
「こら、おまえら、敵はまだ残っておるぞ!」と、秀吉が走りながら笑い出す。「目の前に金が転がっておるのにそんなので満足するのか!」
もはや流れは止められない。
確定した味方の勝ちに張り詰めていた気持ちが緩み、俺も笑ってしまった。
笑うと体が楽になる。
無数に転がる屍を乗り越え、いくらでも走って行けそうだ。
一度笑い出すと止まらない。
夏の青空に美月の顔が思い浮かぶ。
権造たちも笑っている。
俺の目からは涙があふれ出す。
笑え、叫べ。
復讐を成し遂げても誰一人かえってなど来ない。
泣こうと笑おうと何も変わらない。
笑え、叫べ。
荒くれどもが巻き上げて目に染みる土埃も吐き気のする血の臭いもすべて俺にとっては現実から切り離された夢でしかなかった。
――ウオオオオオオオォ!
今川義元の本陣に駆け込んだ俺たちは旗本勢をなぎ倒し、一直線に大将に向かって突撃した。
「明智殿!」
馬場信房もそこにいた。
「義元は?」
「あれだ!」
馬上から突き出された槍の向こうに白化粧にお歯黒の今川義元がいた。
「サル、逃がすな」と、今度は俺が背中を突き飛ばす。
「おう、囲め囲め」と、ニヤつきながら秀吉が槍を振り回す。
背後には飯富昌景の赤備え軍団が回り込んでいた。
もはやこれまでとあきらめの表情が浮かぶ旗本たちの中で、ただ一人今川義元は装束を脱ぎ、刀を抜いて大粒の汗を散らしながら奮戦している。
さすがは海道一の弓取り、足利源氏の名門、その気概だけは認めよう。
だが、ここまでだ。
槍を構え義元に突っ込んだが、いなされたくらいで俺はあきらめなどしない。
肩からもろともに捨て身の体当たりを食らわせると、白粉と香と汗の混ざった匂いに包まれ、一瞬、体が浮遊した錯覚にとらわれる。
「いいぞ、光秀!」
気がつくと俺が地面に仰向けに転がされていた。
――空が青い。
俺の横で義元を踏みつけた秀吉が槍を突き立てていた。
やったのか。
「ぐふぉっ……」と、虚空をつかみかけた手がくたりと地に落ちた。
それが今川義元の無念の最期だった。
「みなの者聞けい! 織田家家中羽柴藤吉郎秀吉、今川義元を討ち取ったり!」
うおおと地鳴りのような歓声が上がる。
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