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剣姫の初恋

作者: あるる

大分・・・ 長い短編です。

 その会話が聞こえてしまったのは、本当に偶然だった。



「ったく、イングラシアの剣姫は度し難い!」



 自分に対しての発言が聞こえ、思わず気配を消して隠れてしまうと、続きが聞こえてきた。



「全くだ、女のくせに剣など持って可愛げもない!」


「あんな汚れた奴が同じ学園にいるのがおかしい。蛮族は辺境に篭っていればいいものを!」



 聞きなれた、男性陣による私への不満と文句だ。イングラシア辺境伯の剣姫と呼ばれる私は女だてらに剣を振るい、魔法で敵兵や魔獣を屠ってきた。

 確かに戦いの場は血なまぐさいし、お世辞にもきれいだとは言えないが、私は辺境を、国境(くにざかい)を守る者だ。我が家の勤めに誇りを持っているし、後悔をした事はない・・・ が、流石にここまで批判されると気分は、良くない。

 去ろうとした私の耳にまた彼らの会話が聞こえてくる。



「だが、令嬢の髪は艶やかで美しいぞ?」


「おいおい、本気か?

 あの血のように赤い髪、まさしく敵兵や魔物の血で染まったようじゃないか!」



 ゲラゲラと下品に笑う5~6人の中に、銀髪が目に入ると同時に揶揄を肯定する言葉が聞こえた。

「信じられない」「嘘」「まさか」そんな言葉がぐるぐると頭の中を回り、先ほどまでの冷静な感情とは打って変わって動揺で表情が保てないのを自覚するのと同時にそっとその場を離れた。

 みっともなく見えないように、気をつけながらもほぼ走るのに近い速度で馬車乗り場へと向かう。


 その後のことは、正直あまり覚えていない。

 母や侍女、果ては夜王宮での仕事を終えて帰宅された兄さえも心配して来てくれたが、私は現実を受け止めるので精一杯で周りが見えていなかった。大丈夫、心配しないで欲しいとなんとか伝えたはずだけれども、益々心配な顔をさせてしまった。

 翌日からは熱が出てしまい、学園を休まざるを得なかった。



 熱で朦朧としながら、心は領地である辺境の景色を思い出していた。

 我が国の北東に位置する、高い山と広大な森に囲まれた領地は豊かな自然に溢れている半面、魔獣による被害も少なくなかった。

 同時に豊かな我が国を羨む隣国の監視と、嫌がらせでしかない威力偵察の小競り合いがあり、決して平穏な地域ではないが私も家族もあの土地を愛している。

 冬は寒さが厳しいが、夏は過ごしやすく実りも豊かで、領民もみな逞しく優しい。あの人々を守れるのであれば、私は敵兵や魔獣の血で汚れるのも厭わなかった。今もその気持ちは変わらない。


 この手で、剣で、魔法で必ず領地を、国を守り抜くと誓ったのは12歳の頃だ。兄は魔法に優れたが、剣は苦手だったため私が前線に立った。我が家の騎士たちと共に父上に鍛えられ、小隊を任せられたのもその頃だった。


 小隊を持ってから1年後、13歳となった私は貴族の務めとして王立学園へ入学する事となった。

 辺境ではほぼ活かす事なかった淑女としてのマナーをようやく使う事になり、不安な気持ちを抱えつつ母と共に王都にて過ごす事になり、生活が一変した。

 知識として理解はしていたものの、思った以上に王都において婦女子が剣を取る事は忌まれたのは心底驚いたが、仕方のない事であるし、構わないと割り切っていた。いや、割り切ろうとしていたんだ。・・・やはり、自分を否定する言葉を毎日聞かされるのは辛かった、それでも私は私を曲げたくはない。

 そんなジレンマの中でも剣は鍛錬をさぼるとあっという間に腕が落ちるので、私は人の少ない早朝に鍛錬を行っていた。



 そこで、あの方と出会った。



 一通りの素振りの後、型を繋げて剣舞のように動いていた時、拍手が聞こえ横を振り向くと長い銀髪を無造作に結った美しい男性(ひと)が居た。

 驚いた私は礼をして、急いで移動しようとすると・・・



「とても美しい型だった。また見に来てもいいか?」



 驚いて振り向くと、彼の方は優しそうな笑みでこちらを見ていた。

 私はどぎまぎしつつも、「あなたが見ていてご不快でなければ」と答えるのは精一杯だった。


 そして、その後週に1~2回見に来られるようになり、少しだけ話すようになった。彼と他愛のない話をするのが、王都に来て初めて見つかった、私の楽しみになった。


 お互い名乗りはしなかったが、私も彼の方も特徴的な見た目から恐らく、と察しはついていただろうと思う。私の鮮やかな赤毛は、我が辺境伯家の色で、兄も父も同じ燃えるような赤だ。瞳は母の翡翠のような緑を私は受け継ぎ、兄は父の夏の空のような青だ。

 そして、彼の方の銀の髪に蜂蜜のような金色の目は、宰相家の色だった。宰相家は三男一女で、私と同年代の男性は二人いるが、彼は次男の方だろうと思う。宰相家の次男は魔法に優れ、最年少で魔法師団に入ったと有名であり、彼が無造作に結っている髪紐には魔法師団のチャームが付いているのだ。


 懸念点は我が家は騎士団よりで、魔法師団とは非常に仲が良くない。いや、潔く悪いと言うべきだろう。

 もちろん宰相家と我が家に接点はなく、むしろ没交渉である方が平和な位だ。父上と宰相閣下もまた非常に相性が悪く、お互い国を思っての言動も全て真っ向からぶつかってしまう。

 そんな事情から、私は彼の方と会っていることを家族の誰にも話していなかった、話せなかった。恐らく、あの方も周りには何も言っていなかったのだろう。私たちは早朝にひっそりと30分ほど会うだけだったが、その関係はあの日までずっと続いていた。


 分かっていた事だ。そう自分に言い続けていたが、私の心は悲鳴を上げていた。

 2日ほど熱が出たものの、3日目には回復して起きられるようになったご、熱の後遺症かどうにも身体が自由に動かない。


「私は・・・ 弱くなってしまったのだろうか。情けない」


 信頼する侍女さえも下げて、一人自室で嗚咽を堪えて泣く私は辺境の剣姫に相応しくない。それがまた悲しくて、悔しくて、でもどう立ち直ればいいのか分からなくなってしまった。

 私は、辺境の剣姫が、こんな弱いなど許されないのに!!と焦り、自分を叱咤するが、初めての痛みには効果がなかった。


 幸いなことに王都のタウンハウスには母が愛用するピアノがある音楽室などがあったので、少し動けるようになったフェリーチェが沈痛な表情のまま月光をテーマとした夜想曲を静かに弾いていた。自分の気持ちのままに、切なく、静かに、優しくピアノの音色が響いている。弾き終わり、小さくため息をついたフェリーチェの耳に小さく拍手が聞こえた。


「相変わらず見事な腕だね、フェリ」


「お兄様・・・」


 兄の瞳は慈愛に溢れ、フェリーチェを気遣っているのが見て取れた。


「俺には、姫の憂いは取れないかな?」


「お兄様・・・ そんな何もないのですよ?」


「そうなのかい? では、姫の笑顔が欲しい俺に付き合ってお茶でもしてくれるかい?」


「ふふ、ええ、喜んで」


 恭しく手を出した兄の手を取り、フェリーチェはエスコートされて中庭にあるガゼボへと向かう。

 初夏の季節で空も良く晴れている、中庭には明るい花々が彩り目に美しく、ガゼボには既にフェリーチェの好む菓子ばかりが用意されていた。

「相変わらずお兄様はそつがない」と思いつつ無意識に微笑む。


 フェリーチェを心配していた屋敷に勤める使用人たちは、大事なお嬢様のお心を慰めるため一丸となっていた。少しでも、お嬢様が楽しめるように、心穏やかになれるように、と。

 焼き菓子もケーキもあまり甘みの強いものが好きでないフェリーチェのため、フレッシュフルーツをふんだんに取り込みつつ、小さめにまとめた宝石のようなプチガトーの数々。


「綺麗、食べるのが勿体ないくらい!」


「料理長の自信作ばかりだそうだぞ?」


「ふふ、私は幸せです。お兄様、みんなも、ありがとう。

 料理長にも私がとても喜んでいたと伝えて欲しい」


 溢れ出る優しい気持ちに、フェリーチェに笑顔が戻る。

「本当に私の好物ばかりで・・・ 迷ってしまう」


「3個でも4個でも食べるといいさ。食べきれない分はまた明日でも夕食の時にデザートで出してもらってもいい。」


「もう、お兄様は私に甘いから!

 では、このチーズケーキはもちろん、マカロンと・・・・・・」


 楽し気にケーキを選んでいたフェリーチェの目に入ったのは、彼の瞳のような蜂蜜を使ったタルトだった。フェリーチェは困ったような笑顔で「もうこれだけで十分です」と、涙の浮かぶ瞳を揺らして言う。


「フェリ・・・」


「さあ、いただきましょう!

 残りは勿体ないのでみんなもいただいてね?」


 空元気だと分かる笑顔で食べるフェリーチェは痛々しく、ジルベルトは見ていられなくなった。


「フェリ、お前が自分から話してくれるのを待っていたのが・・・。

 単刀直入に聞くけど、誰かに嫌がらせでもされているのか?」


「お兄様!・・・そんな、嫌がらせなど受けてなどいません。

 ご存じでしょう? 辺境の剣姫をそんな嫌がらせをしようなどと言う気合の入った方は王都にはいませんよ」


「では、何か傷つくようなことを言われたのかな?」


 その瞬間、ビクリと揺れた肩と瞳の動きをジルベルトは見逃さなかった。


「そうか・・・ フェリほどの淑女に言葉の暴力をぶつけるような奴がいたとわ、な」


「許さん」フェリの耳には届かないが、即座に調査の指示を出しつつ、見つけたら生まれてきたことを後悔させてやる、と殺気溢れる思考を笑顔で隠しつつジルベルトはフェリの言葉を待つ。


「ちが、う・・・のです。私に、直接かけられた言葉ではないのです。

 ただ・・・・・・」


「うん、ただ?」


「わ、わたしは、他の令嬢方と違い血なまぐさく、とても女には見れないとの噂が・・・。

 あの方も・・・ それを否定されなかったのです・・・ふっ・・・うぅ。

 わ、わた、しは・・・イン、グラシ、アの娘として、剣を振るうのも魔法を使うのも、前線に立つのも誇りに思って・・・・・・

 で、でも、愚かな私は夢を見てしまっただけなのです。愚かな・・・ゆ、めを・・・」


 何かを堪えるように、胸を押さえ我慢するように泣くフェリーチェを抱き留め、ジルベルトはフェリーチェを大事に抱きかかえて涙を拭きながら、優しく、優しく話しかける。


「フェリ、フェリーチェ、お前は誰よりも気高く強く美しい、そして優しい。

 俺の自慢の妹で、我が家、我が領の自慢の姫だ。誰にもその誇りを汚される謂れはなく、そしてそんな事許さない・・・。

 フェリの耳にそんな心無い言葉を聞かせた奴らにはしっかりと()()()理解させるから安心おし。

 今は心のままに泣いて、心に溜まっていた悲しみは全部出してしまおう」


 フェリーチェはとうとうバレてしまうと諦観を抱きつつも、大人しく「はい」とジルベルトに答えた。そう、もうこれ以上は無理なのだと、私たちの道はそもそも交わる事はないのだと。その事実がまた、フェリーチェの心を傷つけたが、ここまで来てしまえば今更だった。

 ジルベルトの腕の中でひとしきり泣いたフェリーチェは、そのまま気を失うように寝てしまった。

 そして、辺境の剣姫の密かな初恋は家族に知られる事となる。


 眠ってしまったフェリーチェを寝室まで運び、妹の世話を侍女たちに頼むとジルベルドは調査に走らせた部下の報告を聞きに執務室へと向かい、既に従者が2人報告書を持って待っていた。


「報告を」


「はっ!姫に対する悪意ある噂を流している者の内主犯は3名。

 姫に剣術大会で初戦敗退した伯爵家の三男、同じく剣術大会で2位となった騎士団長の次男。

 そして姫を慕っていると言う侯爵家嫡男に懸想する侯爵令嬢。

 特に侯爵令嬢の粘着は酷いようで、直接間接両方で姫に嫌がらせをしていることが分かりました。」


「その3人への対処はお前たちに任せる。

 フェリの言った【あの方】とやらは誰か分かったのか?フェリはそんなちんけな嫌がらせなぞに負ける脆弱な者ではない」


「恐れながら、確証の取れたものではありませんが、推測で一名上がっております」


 ジルベルトは視線だけで続きを促すと、侍従は報告を続ける。

 曰く、下位貴族の令嬢たちの間で、早朝に鮮やかな赤と銀の髪の騎士に会えると良い事がある。

 その騎士たちは学園の裏、訓練所の近くで見られる事が多いと。


「ほう、銀髪か・・・

 いくつか候補はあれども、やはり彼奴しか居ないだろうな。」


 ジルベルトの脳内には、いけ好かない宰相家の次男が思い浮かんでいた。騎士服を着ているフェリーチェは実に凛々しい。そのフェリーチェと並び立ち、見劣りしないのは彼奴くらいだと。


 ◇ ◇ ◇


 フェリーチェが目覚めた時、外は暗かった。思ったよりも寝てしまったようだ。

 侍女を呼んで状況を確認すると、あれから1日半経っているとの事で驚いてしまったが、侍女からは直前に体調を崩し、あまり眠れても居なかっただからと、とても心配させてしまった。


 大人しく謝罪して、水分を取りつつ兄と母に会いに行く準備をしていると、まだ何かあるのか侍女は微妙な表情をしてきた。

 改めて確認すると、王都に来ていた従兄弟が宰相家の次男と決闘して大怪我を負ったと聞き、準備もそこそこに兄のいる執務室に走って向かった。


 執務室の前で息を整えてノックをすると兄が応えてくれる。


「お兄様・・・」


「フェリ! 目が覚めたのだな、何処か辛いところはないか?」


「いいえ、私のことより、ダンは?ダニエルは大丈夫なのですか!?」


 従兄弟のダンの名前に兄の表情は曇り、眉間に皺がよる。


「もうお前の耳に入ったのだな」


「はい。 ・・・私の、せいですね」


「違う!!!

 アレはダンの暴走だ、寝込んでいたフェリに一片の責任もない!」


「ですが・・・」


「もう一度言う。フェリーチェ、お前に責任はない。

 当主代理である俺の制止も無視して暴走したのはダンだ。相手とも話もついている」


 普段目にしない厳しい兄の視線と態度に、自然とフェリーチェも頭を下げる。


「承知しました。 余計な事を申し上げ、すみません」


「いや、従兄弟の大事だ。ダンは怪我は負ったものの、後に引くものではない。

 明日にでも見舞いに行ってやるといい」


 その言葉にホッとして、夜更けに仕事の邪魔をして申し訳ないと話してから兄の執務室を出る。母にも目が覚めたとの連絡は入れていたので、顔だけ見せて、すぐに自室に向かった。

 先程起きたばかりだが、やはり本調子では無いためかまたすぐに睡魔が来て寝てしまった。


 翌朝、母と兄と朝食を一緒にして、午後に母と共に従兄弟のダンが入院している病院へと向かう。

 ダンはそこかしこに包帯を巻いているものの、元気そうだった。


「ダン、体調はどう?」


「フェリ!! 目が覚めたのか、良かった!!」


 自分の事はそっちのけで、ダンは元気に飛び起きる様子にフェリーチェも笑みが溢れる。


「私よりも、ダンだろう? ・・・傷は、大丈夫なのか?」


「ああ、コレ大袈裟だろう? 魔術の治療でほぼ治ってるんだぜ?

 全く、だっせぇよなぁ・・・ もう話は聞いてるんだろ?」


「お前が宰相家の次男に決闘を申込み、負けたとだけ」


 フェリーチェの言葉にダンはガックリと肩を落として凹んでしまう。

「だよなぁ」とションボリしたダンだったが、振り切るように顔を上げたダンの表情は思ったよりも元気だった。


「フェリ、お前を傷付けた奴は辺境に住む者の敵だ。

 それを大義名分に、オレはアイツに決闘を申込んだ上、情けなくも負けてしまった。しかも負けたオレに向こうから言われたのは、お前への伝言だけだ。

『貴女に瑕はない』だ、そうだ」


「・・・そ、う」


「正直、思う所はあるが、アイツは強かったし、礼を失したオレにさえ寛容だった。

 王都の奴にしてはマトモで、家が宰相家でなければ、フェリの婿にも推せる奴だった」


「そう、私のために、ありがとう。 けど、もう二度とそんな無茶しないで?」


「ああ、母上にも父上にも若にも、物凄い説教喰らったし、ゲンコツは痛かったからもうしねぇよ。

 んで、フェリはどうするんだ?」


「私は・・・ 自分の気持ちが分からない。

 あの方とどうこうなりたいって気持ちは、元々無くて、ただありのままの私を見て下さったのが嬉しくて・・・」


「そうか。 ・・・お前が望むなら、オレたちは反発はしてもきっと受け入れる。

 アイツを望むのは、オレは悪くないと思う。オレには政治なんて分からねーからな」


「ふふ、ありがとうダン。

 あなただけでも、そう言ってくれると嬉しい」


 その後は他愛のない話をして病院を後にした。

 母は複雑な顔をずっとしていたけれども、フェリーチェは敢えて気付かないようにしていた。

 今はまだ、決意も結論も出ていないままで、本題の話ができる気がしなかった。


 そんなフェリーチェを逃がしてくれるほど、辺境伯夫人は甘くなかった。

 帰りの馬車の中で帰宅したらそのまま応接室で話があると釘を刺され、そのままフェリーチェは連行された。

 応接室ではもちろん兄ジルベルトも待っていた。


「さて、現状把握と決意はできたかな?」


 笑みを浮かべつつ、でも決して甘くはないジルベルトも逃がしてはくれない。


「ええ、私のせいでご迷惑をおかけしました」


 そう言って頭を下げるフェリーチェに、ジルベルトは苦笑で答えた。

 状況が分からず顔を上げると、兄はいつの間にか目の前にいて、視線が合うと軽くおでこをつつかれる。


「全く、うちの姫は頑なで頑固だ。

 俺は元よりフェリが誰を慕っても気にはしないよ、まさか宰相家の息子とは思わなかったけどな。

 俺たちを怒らせたのは、フェリを傷付けた、その一点だけだ。そして、大事なのはフェリがどうしたいか、だ。

 俺からはそれだけなのだが、フェリ、どうしたい?」


「フェリ、わたくしからも一言だけ。

 後悔のないようになさい、それだけですわ。

 ちゃんとしっかり考えて、気持ちと理性と情報、全てを確認して貴女が決めた事には反対しません。

 感情のままに動くだけの子供ではないでしょう? ただ、強いて言うなら、わたくしはフェリの話を聞きたいわね」


 そう悪戯っぽく笑う母の優しい気持ちにフェリーチェの目は涙で溢れる。

「まあまあ、フェリは泣き虫さんになってしまったわね」と抱きしめながら笑う母はどこまでも温かだった。


 そして、ぽつりぽつりとフェリーチェは王都での生活は息苦しく、辛かった事から話しだした。


 令嬢同士の話題にも乗りはしても、面白くは無かった。もちろん意味がある事は分かっている。

 流行を把握する事は需要の変化と市場調査になる、噂話の精度の高さも、噂を使った情報戦略の有効さも分かっている。

 ただ全てが迂遠で、分かってはいても馴染めなかった。相手の令嬢方もフェリーチェが苦手に感じている事を理解してしまうため、遠慮がちになり距離が離れてしまう。

 全てが悪循環だった。


 そんなフェリーチェの息抜きが剣の鍛錬だった。その時だけは何にも縛られず、自分らしい自分でいられた。

 そんな素の自分を認めてくれたのが彼だった。


 宰相家であるデュランダル公爵家の次男ルーカス。

 魔法の寵児と呼ばれ、最年少での魔法師団への入団に、小隊長就任。見た目は耽美秀麗、実力は折り紙付き、嫡子では無いが公爵家の子息なので子爵位くらいは貰えるであろう超優良な令息。


 実際彼に憧れる令嬢の数はしれず、だが未だに婚約者はいない。

 そんな人が、令嬢としては異質過ぎるフェリーチェの剣を美しいと褒めてくれた。お互い敢えて確認した事はないが、お互いにどこの家のものかは分かっていた。そして、その後も継続的に向こうから接触して来ては、短いながらも会話をしていた。


「一度、何故私に構うのかと聞いた事があったのです。

 あの方は少し考えてから、『貴女の剣は型に嵌るだけではない美しさがある。悩みがあろうとも、乗り越えようとする力強さも。だから見ていると励まされる』と言って下さいました。

 私の悩みも気付かれていたのだと思いますが、その言葉は私の励みになりました。きっと、あの時から私はあの方に惹かれていたのですが、自覚していませんでした・・・」


「そう、そんな素敵な出会いだったのね。

 ダンからも決して卑怯な事はせず、誠意をもって向き合い、勝ったあとも気にかけてくれたと報告を貰っています。

 立ち会ったお互いの関係者からもね。

 だから、もう少し調べようと思うのよ、わたくしはね」


「母上?!」


「あら、ジルは反対なの?」


「それはっ!!」


「家の関係を置いたら、こんな良い人柄の殿方は得難いのが分かっていても?

 さっきはフェリの気持ちを優先すると言っていたのに、手のひらを反すの?」


 にこやかに言う母に、兄はタジタジになる。それでも、簡単には引けないのだろう。


「公正なのは分かった、だがフェリを傷付けた。それだけでも万死に値する。

 そして、それ以前にフェリの気持ち次第です! フェリに許す気が無ければ関係ない!」


「そうねぇ、フェリはどう?」


「私は・・・ そもそも怒ってはいません。

 あの場は、本当は守って欲しかったけれども、彼の立場を考えれば難しい事も分かっています。

 私が逆の立場だったなら、やはり庇うのは難しかったでしょう」


「そうね。貴女は冷静で良かったわ。それで、貴女の気持ちは?」


「話したいです。あの方の本当の気持ちをお聞きしたいです。

 それと同時にあの方は宰相家の方であり、魔法師団の方でもあるので、辺境が今置かれている不穏な状況を打開するためにも、私は辺境や騎士団と魔法師団のいがみ合いの解決に協力を仰ぎたいと思っています」


「まあ素敵!!

 本当に、貴女は思考が柔軟で好ましいわ。殿方は意地の張り合いばかりなんですもの」


 母の厳しい指摘に兄は直撃を受け、胸を押さえていたが、そんな事には容赦せずに更に言い募る。


「ジルも旦那様も魔法師団と聞けば子供か子犬のようにキャンキャン吠えるだけ。自分たちも魔法は使うし恩恵に預かっている癖に。

 しかも宰相からの指摘もちゃんと読めば真っ当な内容なのに、宰相から、中央からの指摘だとろくに取り合わない。 本っ当に、頭が固くて子供っぽくて、器が小さい反応ばかり。こんなのが相手ではそれは中央の貴族も嫌気がさすでしょう。

 もちろん中央貴族も辺境からの恩恵を忘れ過ぎなのよね、いっそお互いの立場を入れ替えてどちらも死ぬほど苦労すればよろしいのですわ」


 一息にそう言い切ると、スッキリしたのか母は少し冷めた紅茶を飲む。そういえば、母は元々中央貴族で学園で父に見初められたと聞いた記憶がある。すっかり辺境に馴染んでいる母であるが、元々王都に住んでいた中央貴族であるため、どちらも分かる板挟み状態であったことが想像できる。


「母上も苦労されていたのね」と思うと同時に思わず口から出た言葉ではあったが、改めて辺境と中央との諍いを、騎士団と魔法師団のいがみ合いを、どうにかしたいと心から思った。

 自分個人の問題ではなく、今辺境には不穏な空気があり、このままでは不味いことが起きそうな嫌な予感もする。


 そう心が決まると不思議と気持ちも軽くなる。

 傷はまだ癒えてないけれども、あの方と、ルーカス・デュランダル様と話さなければならないと。


 心が決まったからにはじっとしていられない、母と兄に断って自室に戻り、手紙を認める。

 宛先はもちろんデュランダル家で、従兄弟のことで謝罪と個人的にお話したいことがあると簡潔にまとめる。どう見ても女性的な手紙ではないが、これが自分である。


 最悪返信は来ないかもと言う諦め半分、期待半分で待っていた手紙への返事は翌日には届いた。

 どの様な反応か想像が出来ず、ハラハラとして確認した内容は簡潔に3日後なら時間が取れるので公爵家への招待だった。兄はピリピリしていたものの、母は乗り気で先方へ伺う際のドレスや飾りを選びましょう!と侍女やメイドの手で私は着せ替え人形となった。


「今回は時間が無いから仕方ないけれど、次はちゃんと仕立てたいものねぇ」


 と楽しげにしている母を、疲労困憊しているフェリーチェは他人事のように見ていたが、改めて着飾らせられて窮屈だと思う反面、やはり美しい格好をするのは楽しい。

 瞳の色に合わせて、裾は深い緑で、徐々に胸元にかけて新緑の明るいペリドットのような緑へのグラデーションのドレスは赤い髪との相性もよく見栄えがした。ドレス自体は細身のエンパイアで、コルセットの苦手な私にも余りきつくなく過ごしやすい。


 ドレスと飾りが決まり、髪型もある程度決めた後は贈り物だ。

 謝罪とお伺いのご挨拶用なので、やはりここも礼儀を重んじて領地のものと、王都で流行りの菓子などの手土産を準備していたら、公爵家へ行くのは翌日となっていた。


 思えば、熱を出してから既に7日経っていた。

 その間にダンの決闘騒ぎもあり、未だに学園に登校出来ていないが、最優先は宰相家であるデュランダル公爵家との話し合いだ。この話し合いの結果次第では状況は色々変わってしまうが、恐らくそんな決別する事にはならないとフェリーチェは思っている。

 ルーカスはそんな狭量な男性ではないと信じていると言ってもいい。


 ◇ ◇ ◇


 翌日はよく晴れており、約束は昼前なので、朝早くからフェリーチェは侍女たちが遅れないようにしっかりと身支度を整える。長い赤髪はハーフアップにされ、下ろしている髪は軽く巻き、華やかさと淑やかさを出している。

 元より華やかな容姿のフェリーチェなので、アクセサリーはシンプルなものにして、華美にならず清楚を心がけてメイクも行われている。


「まあ!我が家の姫は、今日も自慢の美姫ねぇ」


 と、大袈裟に褒める母から兄へと目を向けると、こちらも優しい笑みで褒めてくれる。


「間違いなく王都で一番美しい令嬢だぞ。

 デュランダルのクソガキも見惚れるだろう・・・ 想像したら腹が立ってきた。

 アイツに見せるのはもったいな・・・」


 バキンと扇で叩かれたとは思えない音と共に、「普段の貴公子然とした態度はどこに行った?!」とジルベルトの頭を叩く母と、衝撃と痛みで床にそのまま沈み込む兄にフェリーチェは思わず目を白黒する。母はこんなに強い人だったろうか・・・。


「フェリ、この阿呆は置いてそろそろ出発なさい。遅れては失礼になりますよ」


「はい」と答え、未だに頭を抱えて悶絶している兄を置いてフェリーチェは馬車へと向かった。まあ、あの程度でどうこうなる兄では無いので良いだろう、と忘れることにしてこれから向かう宰相家に思いを馳せる。


 どんな結論が待っているかは、全く未知だ。

 供にに専属侍女が1人ついているだけだが、何故か不安はなく、ルーカスとどの様な話になるかが楽しみだった。


 王都内での移動なので、30分ほどで宰相家に着き、特に問題もなく中庭のガゼボへと案内された。

 ルーカスはフェリーチェに気付くと、そっとエスコートに来てくれる。


「ごきげんよう、デュランダル公爵令息さま。

 本日はお時間いただき、誠にありがとう存じます」


「いや、こちらこそご足労いただいて申し訳ない。

 さあ、まずはゆっくりしよう」


 席へと案内され、侍女たちがお茶を用意する。その香りにふと心惹かれる。


「良い香りのお茶ですね、とても落ち着く香りです」


「そうか。我が領で最近栽培されているハーブを使っているらしい。

 リラックス効果があると言うのだが、私は単純に香りが好きでな。お気に召していただけたなら幸いだ」


 香りを楽しみ、顔を綻ばせたフェリーチェはそっとお茶に口を付けると、口の中に花の香りが広がり鼻へ抜けていく。

 味も多少癖はあるが、それが逆に良い塩梅で飲みやすい。


「美味しい」と呟くフェリーチェにルーカスもまた嬉しそうに目元を緩めるのに、普段無表情なルーカスしか見たことのなかった公爵家の使用人たちは驚きを隠せない。


「早速だが、フェリーチェ殿と呼ばせていただいていいだろうか?

 私の事はもちろん、ルーカスと」


「はい、どうぞ名前でお呼び下さいませ、ルーカス様。

 そして、此度は我が家門の者が大変な失礼をしてしまい、誠に申し訳ございません。心よりお詫び申し上げます。」


 そう言いながら頭を下げようとするフェリーチェをルーカスが止める。


「既に本人からも謝罪いただいているし、こちらも我が派閥の者が貴女に関してある事ない事大変失礼な事を言い、何の瑕もない貴女を傷つけてしまった。本当に申し訳ない、彼らには改めて辺境の大切さと貴女の献身について良く説いた」


「そのお言葉で、報われます。

 確かに私は令嬢である前に、騎士であり戦士なので野蛮と言われても致し方ないと思っております。

 思って・・・おりますが、好き好んで戦いに身を置いてはいません、それを分かってくださる方がいるので救われております」


「フェリーチェ嬢は一流の騎士だとも聞いているが、同時にピアノの名手だとも聞いている。

 そして嫋やかな貴女がその手に剣を持って戦うことが信じられない気持ちと、きっと戦う貴女もは美しいだろうと、矛盾した気持ちがある。だが、できるなら貴女のその手は剣ではなく美しいものに触れていて欲しいとも。

 そんなことを言ったら、貴女を不快にさせるだろうか?」


「いいえ、まさか!本当に、本当に心から嬉しく思います。

 私を一人の令嬢、女性だと見て下さるのですね・・・」


 頼りなげに眉を下げるフェリーチェにルーカスの後悔は募る。

「もちろんだ、貴女ほどに美しい女性はそうそういない。その優しい心根も含めて」と言うと、薄っすらと涙を浮かべながら「良かった」と小さくフェリーチェも応えた。


「申し訳ございません、あまりに嬉しいお言葉に動揺してしまいました。

 改めて、本日個人的にお話ししたい件について、辺境に生きる者として中央の助力を求めます」


 そう言いながらルーカスを見つめるフェリーチェは、先ほどとは打って変わり力強い光が灯っている。「ああ、これもまた彼女の本質なのだな」と眩しく思いつつ続きを促す。


 ここ半年ほど、魔物の襲撃が増えている事、更にそれに伴い隣国の兵との小競り合いも増えている事。

 あまりに多い魔獣の襲撃と隣国の嫌がらせの偵察や襲撃に、辺境の兵の疲労から怪我などが増え万全な状態を維持できていない。もちろん治療は迅速に行い、休息をなるべく取らせているが兎に角頻度が高過ぎており、討伐に時間がかかる事も増え畑などへの影響も出始めている。

 辺境としてはこれは隣国による戦争の前触れではないかと睨んでいるが、隣国の人間は傭兵ばかりでろくな情報を持ってなく証拠をまだ掴めていない。


「私の家も、家門の者も対応に追われていますが手が足りなくなってきています。

 父より陛下へ訴状を上げていますが、色良い返事はなく、詳細は私は知らされていませんが兄も手は尽くしているようです。

 正直辺境の状況を10日でもいいので見ていただければお分かりいただけると思うのです。

 ・・・ご迷惑をおかけした上で、図々しいとは重々承知しています。監査官という名目でもなんでも結構ですので、辺境の今を見ていただきたいと、宰相閣下へお取次ぎ願えないでしょうか?」


「なるほど・・・ 分かった、私の方でも状況を確認した上で父に話してみよう」


「っ!! 本当によろしいのですか?」


「フェリーチェ嬢が誠実なのは良く知っている。 またこのような場で嘘が付ける人柄でもない事も。

 現場で戦っている貴女から見ても異常だと感じるなら、少なくとも調査は行うべきだろう」


 誠実なのはルーカスの方だと思いながら、フェリーチェは涙をにじませながら「ありがとうございます」と深々と頭を下げるしかできなかった。

 その後は早々に解散し、ルーカスは手土産に対してのお礼と必ず悪いようにはしないと言い、フェリーチェを馬車まで送った。


 フェリーチェは帰宅次第、歓迎されたこと、ダンの暴挙については気にされてなかったこと、フェリーチュエを批判した者たちに対する謝罪を受けたことを報告した。

 最後に、失礼とは思いつつも辺境への助力を願い、宰相閣下へと取り次いで貰えると約束いただけたと。


 兄ジルベルトは複雑な顔をしつつも、何処か安堵しているように見えた。その上で、ジルベルトもまた縁のある騎士団に協力の相談を取り付けるように。母もまた夫人たちから働きかけて貰えるように動くと、それぞれに方針が決まった後はゆっくり過ごした。


 翌日よりフェリーチェは学園に復帰し、現状確認と共に、クラスの令嬢たちに改めて交流を持とうと決心して登園した。

 お昼のカフェテリアはいつも通り混んでいたが、クラスメイトの伯爵令嬢が声をかけてくれた。


「フェリーチェ様、よろしければご一緒しません?」


「よろしいのでしょうか?」


「ええ、もちろん。 わたくしたち、フェリーチェ様とお話ししたいと思っていましたの」


「それはありがたい、ぜひご一緒させていただきます」


 ふわりと微笑むフェリーチェの笑顔に黄色い悲鳴が上がる。

 声をかけてくれた令嬢も顔を真っ赤にしたまま、席を勧めてくれるので誘われるままに席に着いた。


「はぁ、改めてフェリーチェ様はお美しくていらっしゃいますのね・・・」


「本当に、わたくしたちずっと孤高で気高いフェリーチェ様に憧れていましたの。

 でも、フェリーチェ様が心無い噂に傷つかれたと聞いて、許せないと怒りましたのよ!」


「本当に、殿方の嫉妬は度し難いものですわね。フェリーチェ様に剣で負けたからと、こんな素敵な方を貶めようだなんて」


 口々にそう話してくれるクラスメイトの令嬢たちにフェリーチェはビックリすると、恐る恐る「自分が怖くないのか?汚らわしいと思わないのか?」と聞くと物凄い勢いで怒られた。


 彼女たち曰く、

 男性相手でも一歩も引かず、剣を取る姿は凛々しく、美しい上に強い。

 ドレス姿は楚々として所作は美しく、ピアノを弾いている姿は妖精のよう。

 婚約者や本物の王子様よりも王子様らしく、誰よりも淑女で学園の令嬢たちの憧れでありアイドルであると。

 こんな完璧な令嬢がクラスメイトだなんて、憧れと敬愛でとてもじゃないが冷静にお話しすることも難しかったと。


 そんな内容を必死に伝えてくるクラスメイトたちに、フェリーチェは困ったように小首を傾げながら「私はそんな出来た人間ではないよ?」と言うとまた周りからも悲鳴が上がる。


「が、眼福ですわ・・・!」


 そう、最初に話しかけて来てくれた伯爵令嬢、確か名前は・・・


「アリアンヌ嬢、とお呼びしてもいいだろうか? あ、いや、よろしいでしょうか?」


「勿論ですわ!アリアと呼んで下さると嬉しゅうございます!!

 そして、出来ましたら最初の砕けた感じでお話し下さいませ!」


「よ、よろしいので?

 私の普段の口調は男性のようなので、みっともなくは・・・」


「ぜんっぜん、問題ございませんわ!

 むしろ、素のフェリーチェ様が素敵ですもの!ねぇ、そう思いませんかみなさま?」


 アリア嬢の言葉に周りの令嬢たちからも一斉に肯定され、フェリーチェはカフェテリアに来てから圧倒されっぱなしだった。


「ありがとう、もっと早くみんなと打ち解けておくのだったな。

 私に声をかけてくれてありがとう、アリア嬢。お陰で私の視野がどんなに狭かったか分かり、こんなにも素敵なみんなを知ることができた。

 ・・・あ、あの、図々しいかもしれないがいいだろうか?」


 そう、照れて言うフェリーチェに否定できる令嬢はそこには居なかったので、全力で先を促される。


「っ、恥ずかしいのだが・・・

 私は、この王都に友人と呼べる人が居なくて、良ければ私の友人になって貰えるだろうか?

 もちろん、他のみんなも・・・」


「喜んで!!」と言う叫びと、今日一日の中で最大の悲鳴がカフェテリアに響き渡った。


 その日からフェリーチェは多くの令嬢と交流を持ち、王国内の状況を把握すると共に、友人となった彼女たちと学生らしく勉強やカフェでのおしゃべりを楽しめるようになった。


 ◇ ◇ ◇


 それから暫くして、ルーカスから会いたいとの連絡が入った。最近の早朝の鍛錬で会うことが無かったので14日ぶりのことでフェリーチェは少し緊張していた。


 場所はいつも会話をしていた、学園の訓練所の裏の林。なるべついつも通りにしてくれと言われていたので、フェリーチェもいつもの騎士服のままだった。


「やあ、久しぶり」


「おはようございます。そうですね、2週間ぶりでしょうか?」


「もうそんなに経つか、すまないな状況が思った以上に悪かった。

 今詳しくは話せないが、ようやく王宮は状況を正確に理解した。貴女の兄であるジルベルト殿にもご協力いただいて、隣国の目を欺く為に一旦少人数で魔法師団から東の辺境伯領に向かう」


「良かった・・・  本当に、ありがとうございます!」


 そう涙を浮かべて喜ぶフェリーチェに、ルーカスは表情は優れない。


「なにか・・・?」


「・・・突然で申し訳無いのだが、貴女には私と婚約して欲しい」


「ええ?!」


 こんな自分に都合のいい事があるだろうか?と悩んでいると、ルーカスはフェリーチェが嫌がっていると思ったようで、益々困った顔で続ける。


「貴女に失礼なことをした私が相手ではご不満かと思うが、魔法師団を辺境伯領へ向かわせる手っ取り早い理由付けになるので申し訳ないが受け入れて欲しい」


「そんな、とんでもありません! ・・・むしろ私の悪評があなたに迷惑をかけないか、そちらの方が心配です。

 あの、一時的にでも、私と婚約を結ばれていいのでしょうか?」


「こちらこそ光栄で、役得だ。家の確執さえなければ、私はとうに貴女に求婚していた」


「揶揄わないでください」と顔を背けようとするフェリーチェの手を取り、ルーカスは跪く。


「辺境に花咲く美しい薔薇、凛々しくも嫋やかなフェリーチェ嬢。早朝に一人熱心に剣を振る貴女は誰よりも美しく、さながら戦女神のようで私は自分の目を疑った。

 その真っ直ぐな心根も、素直に微笑む様も、令嬢として淑女らしくされている時も貴女から目が離せない。政略ではあるが、私は貴女の愛を希いたい。どうか、私と婚約してくれないだろうか?」


 顔を真っ赤にしながらフェリーチェが小さな声で「不束者ですが、私で良ければ末永く・・・」と答えると、強くルーカスに抱きしめられた。

 そしてフェリーチェと一緒に居るために、二人で中央と辺境の懸け橋になろうと話してくれ、フェリーチェの不安は氷塊していくのを感じながら短い二人きりの時間を堪能した。


 落ち着いた二人は今後について話し合い、早々に分かれて別々に学園へと向かう。

 ルーカスが言うには、今この国を挟む2国に狙われており、片方はイングラシア辺境伯領が面している東のネーガン帝国、もう1国は南の内海を挟んだ向こう側のソル王国である。事の発覚は財務からの報告で数年をかけて輸入品などが徐々に上がっていた事、国内の商会や商人たちから最近隣国との取引が渋いとの報告、そして内海の事故の増加と辺境の襲撃の多さ。


 恐らく陽動の役目を追っている帝国に躍起になっている間に、内海を通じてソル王国が一気に攻め込むつもりなのだと王宮は読み、ようやくその証言を内海で商船を襲った者から掴んだ。

 そして、学園も王宮も2国の手の者が潜んでいることが分かったため、辺境や騎士団と魔法師団が大っぴらに動くことができなくなってしまったので、仲の悪い辺境と中央を結ぶためにルーカスとフェリーチェの婚約が行われるのだと理由付けることとなった。


 密かにフェリーチェに恋情を募らせていたルーカスにとっては正に棚から牡丹餅だったが、フェリーチェには誤解されたくない。そこで先にジルベルトに頭を下げに行き、フェリーチェを傷つけることになってしまった事の経緯の説明と謝罪、そして政略でも自分は心からフェリーチェを思っていることを伝えに行っていた。

 妹可愛さにジルベルトは激怒したが、どこまでも真っ直ぐに向き合う姿勢は辺境の騎士たちにも通ずるものがあり、苦々しくも認めた。むしろ大変だったのは身内である兄と弟だった。


 宰相である父はイングラシア家の事を「直情的で分からず屋で腹の立つ事も多々あるが、陛下の忠実な部下で信頼できる奴らだ」と言い、辺境を始め地方領地貴族と中央貴族のいがみ合いは度を越しているのでちょうどいいタイミングだ、とフェリーチェとの婚約に前向きだった。

 母は、実は辺境伯夫人とは学園で親しくしていたようで特に反対もなく、むしろ彼女の娘ならきっと立派な淑女だろうと喜んだのに対し、兄と弟は野蛮な辺境の蛮族のような女との婚姻など!と言い、ルーカスに烈火のごとく怒られたが、ルーカス以上に恐ろしく、冷静に冷徹に怒ったのが末の妹だった。


 妹にゴミを見るような蔑まれた眼で睨まれ(この時点で二人は戦意喪失していた)、悪意にまみれた噂を鵜吞みにする長兄と末兄が如何に現実を知らず愚かしい事か、学園での成績や評価からその所作の美しさ、剣を持つときの凛々しさと気配りに長けたどんな騎士よりも騎士らしい素晴らしさ、学園に通う令嬢たちの憧れで目標であること、何一つ知らずに令嬢を悪く言う卑小で矮小な殿方が兄だなんて・・・と言われ、妹を溺愛していた二人は再起不能なまでにされた。


 かくしてルーカスとフェリーチェの婚約は調い、王家も祝福する婚約と大々的に発表され国中が大騒ぎになったが、混乱する貴族とは違い平民からは歓迎する声の方が圧倒的に多かった。


婚約発表を行った数日後、学園も長期の休みとなる晩秋にフェリーチェとルーカスは馬を並べて王都が見渡せる丘にいた。


「フェリーチェ、状況はまだまだ危ないが、貴女の事も辺境の地も共に守ると誓う。

 一緒にいさせて欲しい。」


「ルーカス様、ありがとうございます。

 私は可愛げのない女ですが、共に戦える女です。常に隣であなたの背は守ってみせましょう」


「流石、私の戦女神だ」と笑顔で答えると、二人はおもむろに馬で駆け出した。目的は王国の北東、イングラシア辺境領。

 戦火が忍び寄ってきていて、祖国の情勢は不安定だが、二人はお互いがいればきっと打開できると信じ進んでゆく。



王国の歴史書はかく語る。

中期は隆盛を極めたが徐々に中央は腐敗し、地方貴族と中央貴族の間に溝が出来始める。そこを隣国につかれ、混迷に陥るが、辺境と共に手を取った魔法師団の活躍により隣国の野望は潰えた。

その中心となった人物は当時の最年少で魔法師団に入団した小隊長と、辺境伯領の剣姫と呼ばれた二人だったと。




お読みいただきありがとうございます!


最初悲恋にしようかと思って書き始めたのですが、ハピエン好きなので結局ハッピーエンドにしました。

途中大分ギュギュっと詰め込みましたが、需要がありそうでしたら改めて連載でちゃんとを書きたいと思います。

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