憂鬱な朝
あの業火の日、私の人生は焼失してしまった。
それから十年後――
光が眩しくて、私は目を覚ました。
目元をこすりながら重い体を起こす。
窓の外を見ると、雨でも降りそうな曇り空は気持ちも暗くさせた。
「曇り……」
晴れていて欲しかったな。
今日は入学式だというのに、少し憂鬱な気分になる。
「おはようございます。お嬢様」
声のする方を見ると、ベッドの横に黒髪の青年が立っていた。
普通なら驚きそうな光景だが、私にとってはいつもの光景で呆れるしかなかった。
紅い瞳に、すっと通った鼻筋、赤いネクタイ以外は黒色で統一された執事服。左胸には我がライデンシャフト家の家紋が刻まれている。
「えぇ。おはようウィル。……ところでなぜあなたは私の部屋にいるのかしら?」
「それはあなたの執事ですから」
「うん。答えになってないわね」
ウィルは満面の笑みで私を見ている。
「はぁ、そんなにニッコリされても困るのだけれど。……ウィル、私は着替えるから部屋から出て行ってくれるかしら?」
「何故でしょう?執事たるものお嬢様の着替えをお手伝いするのは当然です」
「普段はメイドのフィーが担当でしょう。それに私は自分のことは自分でしたいの。フィーにもこの前から身の回りのことは自分ですると言っておいたから」
「そんな?!それでは、私は何を糧に生きればよいのでしょうか」
「普通に仕事をなさい」
他愛のない会話をしながら疑念が浮かんだ。
私が目を覚ました時に見た光は何だったのだろう。
外は曇っていて、この部屋にいるのはウィル一人。ウィルが光を当てる理由は分からないし、気のせいだったのかな?
「ウィル、さっき私に光を――」
コンコンと部屋のドアがノックされ、私の言葉が遮られる。
「失礼します。こちらにウィルが――いますね」
眼鏡をかけた執事長のハルベリトが部屋に入ってきた。
どうやら、ウィルを探していたらしい。
「今日は大事な日なんだから迷惑かけんじゃねぇよ。シルウィアお嬢様、ご迷惑おかけしました」
「ハル、待て。私には着替えを手伝うという使命が――」
「ほら早く行くぞ」
ハルベリトはウィルの首根っこを引っ掴み、そのまま部屋を出ていく。
「聞きそびれちゃった」
気のせいだろうし、気持ちを切り替えて朝の支度をしましょうか。
ベッドから立ち上がり、着替えや髪のセットなど朝の身支度を済ます。
私はふと考える。ウィルは何故、私を慕ってくれるのだろう。
ウィルをこの屋敷に雇ったのは私らしい。
けれど、私には幼い時の記憶がない。
知りたい。私は私の過去を、私の罪を知りたい。
十年前の業火の日に記憶とともに焼き尽くされてしまった全てを知りたい。
「いつもいつも、どうしてお前はシルウィア様の部屋に入るんだ!」
下の階からはハルベリトの怒鳴り声が聞こえる。
仕方ない。早く降りてあげましょう。
私が部屋を開けるとハルベルトの声は聞こえなくなった。
「お説教は終わったのかしら」
昔、この屋敷は別館だった。
本館は十年前に炎で焼かれてしまい、今はこの屋敷が本館になっている。
階段を下り、左の突き当りに食堂がある。
食堂には二枚の大きな扉がそびえ立ち、扉の横にはウィルが立っている。
お互いに目を合わせ、数秒の沈黙の後にウィルが口を開く。
「お食事のご用意が出来ております」
「いや、何故ウィルがここにいる?さっきまでお説教食らっていただろう」
「ああ、ハルベリトの事でしょうか。彼なら眠っていただきました。私からお嬢様を引きはがすからです」
ハルベリトは剣術指南役として優秀だ。そのハルベリトを、あの短時間に倒すことが出来るウィルに恐怖を覚える。
「君は恐ろしいね。いつか死人が出そうだな」
冗談で言ったつもりだが、彼は真剣な顔つきになる。
「死人を出そうとも私はお嬢様が無事ならそれで構いません」
ウィルの心からの言葉だった。
真剣な顔になっているウィルの頭を撫でる。
「君が私を想ってくれることはありがたいが、そこまでされる価値は私にはない」
「そんな事は……」
ウィルはシルウィアの方に顔を向けると、悲しそうに笑う表情を見て言葉が詰まる。
「お嬢様はまだ、あの日の事を……」
私はそのまま、食堂に入っていく。
振り返りはしなかった。
「おはようございますお嬢様」
食堂に入ると、メイドのイヴが深くお辞儀する。
白髪の髪がたなびいて、女性の私でも惚れてしまいそうになる。
ウィルとの会話が聞こえていただろう。
それでも、平静を装い彼女はクールな顔で私を見てくれる。
「えぇ。おはようイヴ」
だから、私もいつも通りに振る舞う。
長机の一番奥に料理が置かれており、その場所に腰掛ける。
その席以外に料理が置かれている場所はない。
私は一人っ子であり、両親も業火の日に死亡したらしい。
けれど、両親の死体は見つかっておらず、どこかで生きている可能性があることを、私は信じている。
それだけが、私の心が折れなかった希望だ。
私が席に着くと、ウィルとイヴが横に立つ。
目の前にはパンと魚のフライにかぼちゃのスープにサラダが並べられている。
「おいしい。ライムはまた腕を上げたのね」
「それを聞けばライムも喜ばれることでしょう」
素直に零れ出た言葉にイヴは微笑む。
食事を終えて、口元を吹いているとウィルが口を開く。
「お嬢様、緊張しておりませんか?」
「緊張?」
「スピーチの事です。新入生代表の挨拶をするので緊張しているのではないか心配でして」
先ほどの会話の続きではないことが分かり少しほっとする私がいる。
「あぁ……それなら心配ないわ原稿はすべて覚えているもの」
「……努力家ですね。流石お嬢様だ。」
声はウィルからではなく、食堂の入り口から聞こえた。そこには、頭を擦っているハルベリトがいた。
「ハルベリト、あなた大丈夫なの?」
「大丈夫ですよ、お嬢様。手加減していますから」
「君に聞いていない。ウィルの手加減など信用できないわ」
「そんなお嬢様……」
ウィルは力なく地面に手を付ける。
そんなことは気にも留めず、再度ハルベリトに問う。
「それで大丈夫なのかい?」
「ん?あぁいつもの事だし気にしなくても大丈夫っすよ」
ハルベリトは私に笑顔を向ける。
「それは出来ない。私は君達の主人だ。君達の安全を守るのは当たり前の事だ」
しくしくと後ろで声が聞こえた。お嬢様と言いながら、ウィルが泣いている。
落ち込んだり、泣いたり忙しいやつだ。
「お嬢様がそんなにも私の事をしくしく……」
「君ではなく君達だ。勝手に都合の良いように解釈しないでくれ」
「無事なら、それで良い。私はそろそろ行くよ」
ウィルの馬鹿な行動で緊張が解けたのか、私の足取りが少し軽いように感じる。
部屋に置いているバッグを取り、玄関に足早で向かう。
外には学校に向かうための馬車が止まっており、周りにはウィル、ハルベリト、イヴの三人が見送りに来ていた。
「ありがとう皆。他の人達にも頑張るって伝えておいて」
イヴが了解しましたと会釈しながら言う。
ウィルは何も言わずに私を見つめていた。
駄々をこねると思ったけれど、入学式に遅れないよう執事として、少しの礼儀はあるようでホッとする。
振り返って屋敷を見る。
「では行ってくるわね。ウィル、絶対について来ないでね」
ウィルに目で訴えかけるように忠告する。
馬車に乗り、手を振ると、そのまま馬車は進み始める。
屋敷が少しずつ見えなくなるのを横目で見送る。
「学園は寮制だから、もうここには当分帰ってこれないのね」
お母様行ってきます。私は成し遂げます。お母様の悲願を必ず。
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お嬢様が乗った馬車が見えなくなったところで隣にいたイヴが口を開く
「これからどうするの?」
「当然行きますよ。お嬢様の下へ」
「……さっき嬢ちゃんには努力家って言ったけど、お前はそれ以上だからな」
突然の事で、ウィルは驚きを隠せなかった
「ハルが褒めるなんて驚きですね」
「俺はお前を高く見てるよ」
なんて恥ずかしい事を言うんだと思ったが、期待されているのなら、それに応えようと思う。
「それでは、行ってきます」
そう言うと、イヴはスカートの裾を軽く上げ、カーテシーの如く綺麗にお辞儀をする。
「ご武運を祈ります。お気をつけて」
「承知いたしました。必ずや母君の願いを叶えて見せます」
ウィルは胸に手をやり、力強く言った。




