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森の中で

 眩しい太陽が、広葉樹の葉っぱの間を縫って、森の道に降り注ぐ。

 それはわたしの腰に差した黄金の宝剣にも反射して、時折きらきらと光った。

 ティモさんの家を出るとき、ルーが二階の壁から抜いてきて、わたしに渡してくれたものだ。


『これは大聖女の剣だから、君が持っていた方がいい』


 生贄の儀式のための剣を持ち歩くなんて縁起でもないし、そもそも剣での戦い方なんてわからないし、持っていても重いだけなので置いていく気満々だったんだけど、ルーがそう言うならと持っていくことにした。あの声で何か言われると、わたしはどんなことでも即座にOKしたくなってしまう。


 抜き身の剣を手に持って出かけようとするわたしを見て、ヘッレさんが物置から、子ども用の剣帯と革の鞘を出してきてくれた。それは宝剣にぴったりで、腰に佩くと、これから冒険に行くぞという気分が盛り上がり、なんだかわくわくした。




 小鳥のさえずりがあちこちから聞こえる森の道は、爽やかな木の匂いがして気持ち良く、先頭をティモさんとルーが歩き、時折ルーがこちらを振り返って、遅れてないか確認してくれる。ルーも念のためにと、ティモさんから借りた長剣を腰に佩いている。

 何度目かに振り向いたとき、ルーがわたしに言った。


「あまり離れないで」

「うん、わかった」


 そう返事をしながらも、わたしは見慣れない野花や、視界の隅を横切るリスや、珍しい木の実やまつぼっくりに、いちいち感動しながら歩くのをやめられなかった。


 完全に遠足気分だった。

 遠足。前世で憧れていたけど、入院してたり当日の体調が悪かったりで、結局ほとんど参加できなかった遠足。まさかこんなところで叶うなんて。

 わたしの背中にはヘッレさんが持たせてくれた、水と昼食とおやつの入った背嚢(リュック)もある。

 準備は万端だし、体調はいいし、天気も良くて、景色は最高だ。

 数歩先には、一緒に歩く仲間もいる。


 ふふ、楽しいなあ。

 あっ、アゲハ蝶だ。どこに行くのかな?


 ――――――正直、わたしは浮かれ切っていた。

 ひらひらと舞うアゲハ蝶に目を奪われて足を止め、先を行くルーたちから、だいぶ距離が空いてしまったことにも気づかずにいたら―――。


 突然、後ろから羽交い絞めにされた。


「!!!!」


 誰かに口を布で押さえられ、道の脇の茂みの中に引きずり込まれる。


「手を縛れ。喋らせるな。術を使わせるな。《転移術》が使えるそうだが、それで逃げられたら厄介だ」


 聞き覚えのある声がした。

 正確にはわたしではなく―――「リネット」の記憶の中にある声。


「……! …………!!」


 さるぐつわを噛まされ、後ろ手に縛られて、わたしは更に道から離れた場所へ引きずられて行った。

 そうしてしばらく移動した後で、草地のような場所に乱暴に転がされる。


 顔を上げると、二人の従僕をしたがえて仁王立ちしていたのは、わたしがよく知っている人物だった。

 イドリス゠ウェイン・メレディス。

 わたしと同じ、銀色の髪と紫色の瞳を持つ、まだ十三歳の、メレディス公爵家の嫡男。




 わたしの、弟だ。




「……貴様…………よくも……よくも、わがメレディス家の名に、泥を塗ってくれたな……」


 憤怒に燃えるような目で、地べたに転がるわたしを見下ろす。


「…………っ、…………!」


 さるぐつわを噛まされているわたしは、弁明しようにも謝ろうにも、何も言うことができない。

 イドリスは一歩足を踏み出し、血走った目でわたしをにらみつけたまま、剣を抜いた。

 

「わかっているのか!? 貴様のせいで、父上と母上がどんな目に遭っているか……! 使用人どもにまで嘲笑われ、五大公爵家としての地位も評判も、今や地に落ちた! 国王陛下の信頼も失った! メレディス家次期当主としてのぼくの将来も真っ暗だ!! すべて、すべて……貴様の責任だっ!!」


 ―――わかってる、その通りです!

 それはそうなんだけど、ちょっと、わたしの話も聞いて……!!


 イドリスは怒りにぶるぶると震える手で握りしめた剣を、振りかざした。

 二人の従僕は彫像のように表情を変えず、激怒する主人と地面のわたしを交互に眺めている。

 ルーとオーウェンは、今頃、わたしがいなくなったことに気がついていると思うけど、近くに姿は見えないし、声も聞こえない。

 イドリスは荒い息を整えると、貴公子然として背を伸ばし、わたしに剣の切っ先を突きつけた。


「……だからぼくは、第一級の咎人として、貴様の首を陛下に献上する。これは貴族としての義務であり、メレディス家の安寧のため。今さらぼくを恨むなよ」


 わたしの釈明を聞く耳は持たないらしい。

 イドリスは言いたいことは言い終わったようで、剣を両手で握り直し、しっかりとわたしを見据えた。


「………………覚悟っ!!」




 けれど、その剣をわたしに振り下ろすことは、できなかった。


 後ろに立っていた二人の従僕が、イドリスの体を押さえつけていたからだ。

 両脇から、がっしりと。


「なっ……!? 何をしている、お前たち!! は、離せっ!!」


 イドリスが必死にもがく。

 だが、いくら足掻いても所詮は十三歳の子どもだ。大の男二人に押さえつけられていては、身動きが取れない。


「……もう……イドリスって、昔から人の話を聞かない子だったよね。人にはそれぞれ事情があるんだから、これからはせめて、理由を聞いてから断罪しようね?」

「!!??」


 ぼやきながら立ち上がるわたしに、イドリスは目が飛び出そうなほど驚いていた。


「おっ……おっ、お前…………なんで……っ!!?」


 わたしの足元には、ゼリーのようにぐにゃりと溶けたさるぐつわと縄が落ちている。それを見たイドリスは、信じられないという風にわなわなと唇を震わせている。


「馬鹿なっ! そんな……以前の姉上には、理力など欠片もなかったはず……それが……こんな、こんな容易く、詠唱もなしにだと……!?」

「そう。今のわたしは、大聖女の法術をすべて使える。これは、法術の五、《変異術》。物体の性質を変えられる」

「……で、では、こいつらも……!?」イドリスがひきつった顔で従僕たちを見る。

「法術の三、《傀儡(くぐつ)術》。一定時間、他人を意のままに動かせる」


 自分でも驚いていたけど、呆れるほど簡単に理力が使いこなせるようになっていた。昨日の《転移術》みたいに、一度使うと、しばらくは使えなくなる、なんていうこともなさそうだ。

 《変異術》は、自分の掌に触れている部分の布や縄に「溶けろ」と思うだけで溶けたし、《傀儡術》も、従僕たちの目を見て五秒で術がかかり、思うままに動かせた。


「…………そんな力を持っていながら、なぜ……っ! この……反逆者がっ!!」


 イドリスの紫色の瞳に、怒りというよりも、むしろ悲愴な色が浮かんだ。

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