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着替えの時間

 人間と獣人、人間とエルフ、あるいはエルフと獣人との間に子どもが生まれることは、ままある。

 だけど、大抵はあまり歓迎されない。

 ローレンシア王国に暮らすこの三種族の関係は、お世辞にも良いとは言えないからだ。


 それは昨日、広場で、年端もいかないヘイディが、大の男たちに暴力を振るわれていたことでもよくわかる。

 胸が悪くなるようなことだけど、獣人を自分よりも低く見て、傲慢にふるまっていいと思い込んでいる人間は少なくない。


 逆に、エルフはそうした人間を野蛮だと避け、人間の前に姿を現すことはほとんどない。

 それにエルフは見た目がとても美しいから、暗黒街の人間がひそかに捕まえ、闇取引しているという嫌な噂もある。


 エルフと獣人同士は、敬して遠ざけるというか、そもそもあまり関わらないみたいだ。

 獣人はティモさんたちみたいに気さくでフレンドリーだけど、エルフは静謐を好むプライドの高い種族みたいだから、水と油のようなものなのかもしれない。




 この国の種族の相関図が頭をよぎり、ちょっと暗澹とした顔をしていると、いきなりオーウェンがばしっ! とわたしの背中をたたいたので、内臓が口から飛び出しかけた。


「はははははっ! 獣人の血のおかげで生まれつき怪力で十聖にもなれたし、《灰燼》という大層な通り名をもらえたんだから、俺はすごく幸運なんだぜ? あんたにもちょっと分けてやろうか!」

「げほっ、ごほっ……も、もう、十分…………ほんとに力が強いんだね……」

「そうか? 優しく触っただけなんだがな?」


 優しく……? し、死ぬかと思ったんですけど!!

《灰燼》、恐るべし……。


 玄関からティモさんとヘイディの「ただいまー」という声がして、ヘッレさんも加わった三人が食堂へ来た。

 手ぬぐいを首にかけて汗を拭いながら、ティモさんがオーウェンを見て顔を輝かせる。


「オーウェン! 久しぶりだな」

「よう、ティモの兄貴。ヘイディも、大きくなったなあ!」


 立ち上がってヘイディの頭をぐりぐりと撫でるオーウェンを見て、わたしはなんとなくほっとした。

 四分の一が獣人で、四分の三は人間のオーウェンは、ティモさん家族に温かく受け入れられているんだ。


 ティモさんたちとオーウェンのおしゃべりが一区切りついたとき、ルーが口を開いた。


「族長、オーウェン……二人に話がある」


 改まった口調に、ティモさんとオーウェンがうなずき、席に着く。ちゃっかりとヘイディも座った。ヘッレさんは「じゃあお茶を淹れてくるわね」と厨房へ行った。ルーが、ちらりとわたしを見て、今度はわたしから話し出す。


「ティモさん……すみません、わたしたち、嘘をついていました。本当は、わたしは大聖女で、ルーは聖騎士で……二人とも、聖祭から逃げ出してきたんです」




 それからわたしとルーは交替で事情を説明し、生贄の儀式の是非を問うためイニス遺跡に行きたいので、案内をお願いしたいと頼むと、ティモさんは快く引き受けてくれた。


「あんたたちは娘の恩人だし、オーウェンの友人だ。いくらだって力を貸そう」

「何か訳ありだとは思ってたけど、あの聖教会に刃向かうなんてすごいじゃない。あたし、そういう反骨精神、好きよ」


 途中から話に加わったヘッレさんも、わたしにバチッとウインクしながらそう言ってくれた。

 わたしは照れながらお礼を言った。ヘッレさんには姐御肌的なところがあるようで、割と寡黙なタイプのティモさんとはお似合いの夫婦だ。


「……けど、あんたは今日、族長会議があるわよね?」と、ヘッレさんがティモさんを見る。「あたしが案内してもいいけど、午後から近所の奥さんたちと布の染め物する約束しちゃったし……」

「おいおい姐さん、俺のこと忘れてないかい? 俺だってガキの頃はこの森で育ったんだ。イニスの遺跡ぐらい、目隠ししたって行けるぜ」


 オーウェンが親指で自分を差すと、ヘイディが身を乗り出した。


「あたしも行く!」

「だめよ。あんたは学校があるでしょ。早く着替えてきなさい」

「えーっ」


 ヘイディがぷーっと頬をふくらませる。かわいいなあ、とほほえましく見ていると、ヘッレさんがわたしに鋭い視線を向けた。


「そうね……イニスの遺跡へ行くんじゃ、あんたも着替えた方がよさそうね」

「へっ?」

「そんな服じゃ森を歩けないでしょ」


 ヘッレさんに手を掴まれ、あれよあれよという間に別の部屋へ連れてこられて、戸棚からぽいぽいと出した服を何着か体に当てられた。


「……うん。これが良さそうね。ほら、早くそのひらひらしたドレスを脱いで、これを着な」

「え、い、いいんですか?」

「あたしの若い頃の服なの。もう着ないから、あんたにあげるわ」


 ヘッレさんに着替えを手伝ってもらい、髪まで動きやすいお団子に結い直してもらったところで、学校用らしきモスグリーンのワンピースに着替えたヘイディが飛び込んできた。手に何かを持っている。


「わあ、リネット、似合うじゃん! ここの森の女の子みたい」

「そ、そうかな? ヘイディもそのワンピース、かわいいね」


 わたしはちょっと嬉しくなった。こういうガールズトーク、憧れてたんだよね……!


「ありがと。ねえ、これも着けてみて。あたしが作ったんだよ」

「え、すごいね!」


 それは木の実とビーズで作られた髪飾りで、八歳の子が作ったとは思えないような完成度の高さだった。ヘイディは器用にそれをわたしのお団子の結び目にくくりつけてくれる。


 姿見の中を覗くと、そこには本当に、この森に住んでいそうな女の子がいた。


 たぶんヘッレさんの実家に伝わる柄なんだろう、水色の雨の雫のような柄の動きやすそうなワンピースに、毛皮のベストに、革のブーツ。

 銀髪を高く結ったお団子には、かわいらしい木の実の髪飾り。

 ヘッレさんとヘイディは仕上がりに満足したように、鏡越しに笑顔を交わし合っている。


 二人にお礼を言って食堂へ戻ると、談笑していたティモさんとオーウェンとルーが一斉にこちらを向いた。オーウェンがぴゅうっと口笛を吹く。恥ずかしいからやめて。


「なんだよ、大聖女の衣装より全然いいじゃねえか」

「ああ、大きさも丁度いいな」

「はは、どうも……」


 オーウェンとティモさんが口々に感想を述べる。

 ルーもわたしをまっすぐに見て、言った。


「とてもよく似合ってる」


 心臓が、大きく跳ねた。


 …………ルーってば、わたし、その声に弱いんだから……その優しい声でそんなこと言われたら、信じちゃうよ?

 わたしは頬が緩んでしまうのを感じながら言った。


「ありがとう」




 そしてわたしたちは、イニス遺跡へと出発した。

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