《灰燼》
「とうとう見つけたぞ、《金獅子》っ!!」
男の叫びと同時に、ルーが素早く立ち上がる。
わたしはパニックを起こしかけていた。
ルーは丸腰だ。唯一の手持ちの武器であるあのなまくらな宝剣は、たぶんまだ二階の壁に突き刺さっている。強そうなティモさんも出かけているし、ヘッレさんは女性だ。そしてわたしの使える術は、基本的に接近戦には向かないものばかり。
一方、相手は既に抜き身の大剣を構えて、ルーに突進している!
「ルー……!!」
逃げて! とわたしが叫ぶより先だった。
ルーと、その甲冑の男が、がっちりと抱擁したのは。
「…………は?」
「《灰燼》オーウェン゠ロイド・ブレイニー! どうしたんだ、こんな朝早くから!」
「何言ってんだ、ちっとも早くねえよ。相変わらず寝起きが悪いと見えるな?」男は親しげにルーの髪をぐしゃぐしゃと撫で回した。「お前が命拾いして《不死森》に逃げてきたって聞いたんで、会いに来てやったんじゃねえか!」
「そうか…………心配をかけたな」
ルーは乱れた髪のまま、目を伏せた。
それから、呆気に取られているわたしに気づいて、笑顔でこちらに向き直った。
「リネット、彼は十聖の一人、オーウェン゠ロイド・ブレイニー。オーウェンが通った後はすべて跡形もなく滅ぶことから、《灰燼》とも呼ばれている」
「ははははっ!! それほどでもないけどな!!」
オーウェンが豪快に笑う。
長身のルーよりも更に背が高い。体も声も大きな人だ。聖騎士、ということが引っかかるけど、わたしたちを捕まえに来たわけではなさそう。なにより、ルーがこんなに嬉しそうな顔をしている。
オーウェンがわたしの方へ近づいてきた。
「あんたが噂の大聖女さまか。俺の親友が世話になったようだな」
「あ、いえ。こちらこそ」
噂ってなんだろう。
昨日、生贄の儀式から逃げ出したことが、もう噂になっているのかな?
でもこの世界には電話もテレビもないのに―――聖職者同士は《感応術》で交信できるとはいえ、早すぎない?
「ふーむ」
「……な、なんですか?」
オーウェンがあごに手を当てて、わたしを値踏みするように眺める。
わたしも戸惑いながらも、オーウェンを観察する。
切れ長の赤葡萄色の目に、くっきりとした鼻、よく笑う大きな口。
かなり整った顔立ちで、快活そうな好青年といった風貌だ。
そのオーウェンがわたしに言った。
「……絶世の美男子である生贄の《金獅子》と一瞬で恋に落ち、『この愛は不滅なり』と叫びながら王侯貴族と聖騎士団全員をカエルに変えて、《金獅子》をさらって逃避行をかました情熱的な大聖女さまにしては、なんつうか、思ったより、普通だな?」
その噂、めちゃくちゃ尾ひれがついてるよ!!?
わたしは彼への「好青年」という評価を即座に撤回した。
「オーウェン……」ルーが呆れたように尋ねる。「まさか、信じてないだろうな?」
「半信半疑だったが、実物の大聖女さまを見ると、どうやら眉唾ものらしいな」
「う、嘘です、嘘! カエルになんかできないし!」
「『この愛は不滅なり』っていう決め台詞は? ああ、『人の恋路を邪魔する者はカエルにおなり』っていうのも聞いたな。本当はどっちだ?」
「どっちも言ってない!!」
赤くなって否定すると、はははははっ! と笑われた。
か、からかわれている……?
「オーウェン、いい加減にしろ」
ルーがたしなめると、オーウェンは笑いながらわたしの隣の椅子を引いて座った。
その姿を見て、ふと、あの聖祭で大聖堂を埋めた人たちの中に、オーウェンの姿がなかったことに気づく。
祭壇のすぐそばに居並んでいた聖騎士たちの中にも。
彼の話す大聖女の噂も、全てが伝聞だ。
「……オーウェンは、聖祭には出ていなかったの?」
ルーとオーウェンが同時にわたしを見た。少しだけ、視線が硬い。
オーウェンが吐き捨てた。
「俺はそんな悪趣味なものは興味ないからな。休暇を取って、こっちの実家に帰ってたんだ」
尋ねてしまったことを後悔した。
オーウェンはルーのことを「親友」と言っていた。親友が生贄として殺されるところを見たい人などいないだろう。
気まずい空気を払拭するように、オーウェンが兜を脱ぐ。
現れた頭部に、わたしは目を瞠った。
ティモさんやヘイディのような、真っ白の短髪。
だけど、頭の上にシロクマのような丸い耳はない。
ローレンシアの人間で、生まれつきの白髪に赤葡萄色の目を持つ人はいない。
それは白獣系の獣人の持つ特徴だ。
大柄で、声も大きくて、気さくな人柄もそう。
オーウェンはまるで、半分、獣人になりかけて止まったような―――。
わたしの考えていることを見透かしたように、オーウェンが、少しだけ柔らかい口調で言った。
「俺のばあさんが獣人だったんだ。だから、実家もこの《不死森》にある」
おばあさんが獣人だった。
―――つまり、オーウェンには四分の一だけ、獣人の血が流れているのだ。