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大聖女は聖騎士をさらって逃走しました  作者: 岩上翠
第三章

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あなたを愛してる

 ブラッドは結婚をあっさりと承諾した。


 わたしの両親には既に手紙でルーと結婚したい旨を伝えてあり、二つ返事でオーケーをもらっている。

 かれらは今をときめく話題が大好きであり、今まさに王都ではエルフの株がうなぎ上りだった。そこへ来て娘の婚約者が古代エルフの末裔とあっては、さぞ社交の場でも鼻高々だろう。


 けれど、ブラッドがこうも簡単にわたしたちの結婚を認めるとは思わなかった。しかも「夕食の用意もしてある」などと似合わないことを言い、自分は晩餐の用意のために一度席を外し、応接間を出た。

 ……まさか、ここで再び山盛りの食事を出してフードファイトさせて、「残したら結婚の許可を取り消す」とか言い出すつもりじゃないよね!?


「……どうしよう、ルー……さっき、寄進でもらったアップルパイを八切れ食べちゃったから、もしもアップルパイが出てきたら食べ切れないかもしれない……で、でも、結婚のためにがんばるから……!」

「八切れ……それはもうホールでは……? いや、それより、アップルパイは結婚とは何も関係ないから、そんなに心配しなくてもいい」


 青ざめておろおろするわたしを、ルーは優しく慰めてくれた。

 ソファに並んで座り、頭を撫でてもらっていると、気持ちが落ち着いた。

 ルーの翡翠色の瞳を間近に見て、急に、わたしたちは双方の当主に認められた正真正銘の婚約者なのだという実感が湧く。

 ルーもそれを意識しているのか、いつも礼儀正しく取っている距離が、いつもより近い。

 黙って見つめ合っていると、その距離は、さらに近くなった。

 ルーの手が、わたしの頭から頬に下りてきて、少しずつ顔が近づいて……。


「はっくしょん!!」

「馬鹿、なんで我慢しない!?」

「で、出ちゃうものは仕方がないでしょ!」


 ソファの裏から、とても聞き覚えのある声が聞こえた。それも二人分。


 おそるおそる、ルーと一緒にそちらを見ると、イドリスの銀のタマネギ頭とヘイディの白い頭が、ぴょこっと飛び出した。

 どちらも顔が真っ赤だ。

 ……ええ、わたしもそうでしょうけどね!!


「な……何してるの、そこで……?」


 わたしが尋ねると、イドリスが腕を組み、赤い顔のままふんぞり返って叫んだ。


「何してるの、だと!? それはこっちの台詞だ! 結婚前の男女が密室で二人きりで何をしている!!??」

「イドリスったら、野暮だなあ。そんなの決まってるじゃん」

「ヘ、ヘイディ!? 君はまだ八歳だろう!!?」

「はははははっ! 獣人の子どもは、お堅い貴族とは違うんだよ! なあ、ルー? エルフもそうだよなー?」


 ばん! と、クローゼットが開いて、そこから今度はオーウェンが出てきた。

 ものすごいニヤニヤ顔で。


「なぜお前までいるんだ、オーウェン……」


 ルーが両手で頭を抱えこむ。

 オーウェンの登場を合図に、カーテンの中や本棚の角や観葉植物の裏から、次々に体格のいい聖騎士たちが現れた。

 こ、こんなに隠れてたの!?

 オーウェンが両手を広げ、満面の笑顔で叫んだ。


「サプラーイズ!! 婚約おめでとう!!」


 みんなが、おめでとう!! と唱和する。


 これは……まさかの《黒雷》ブラッド゠ヴァラ・クラドックによるびっくり企画ですか!?

 あっさりとブラッドが結婚を許可してくれた意図が、ようやくわかった気がする。その後すぐに、そそくさと姿を消した意味も。




 あなたは意地悪なんですか、優しいんですか、どっちなんですか、お兄さまっ!!??




 ……とはいえ、みんなにお祝いしてもらうのは嬉しいものだった。

 その後の立食形式の夕食は大変美味しく、わたしも十聖の方々に紹介してもらい、なんだかんだでその夜はなごやかに更けていった。


 ルーは終始、聖騎士の人たちに囲まれ、もみくちゃにされ、冷やかされ、祝福されていた。

 いつになく少年のような笑顔を浮かべるルーを隣で見ながら、わたしもずっとにこにこしていた。

 彼がこんな風に、他の聖騎士の人たちと仲良くしている姿を見るのは嬉しい。それに、忙しい十聖が職務の合間を縫って駆けつけてくれたというのはすごいことだ。


 ルーがこうして仲間と笑えるのはオーウェンの存在も大きいということも、わたしはその夜改めて知った。良くも悪くもカラッとした性格のオーウェンは大抵のことは笑い飛ばしてしまうし、そのくせ、聖騎士たちの集団の中でわたしが浮かないよう、イドリスやヘイディも招くという配慮までしてくれたらしい。出来る人だ。


 ブラッドも、さりげなくイドリスやヘイディに話しかけたり、かと思えば仲間の聖騎士たちに酒を注いで回りながら軽い冗談を言って笑わせたりして、怖いだけでなく大人の気遣いを持ち合わせている人だとわかる。

 わたしはブラッドにお酒を注がれなかったけどね! というか、ブラッドが近づいてくるとルーがすごい勢いでわたしの持っている杯にお酒をなみなみと注ぐので、その機会はなかった。ちなみに十六歳はこの世界では成人しているので、お酒は飲める。でも、こんなに注がれたらさすがに酔っちゃうからね!?


 本当にちょっと酔いそうだったので、わたしはみなさんに「ちょっと失礼」と断って、バルコニーへ出た。

 バルコニーの手すりにもたれて夜風を浴びていると、頭がすっきりとしてきた。

 外はもうすっかり闇に覆われ、星々が瞬いている。

 この夜空のどこかにエルベレスとアーレンディルがいるのかな、とぼんやり見上げていると、肩にふわりと何かがかけられた。


「星を見ているの?」


 ルーが隣に来て、あの銀と青の聖騎士の上着を肩にかけてくれた。

 うわあ、星空の下で好きな人に上着をかけてもらえた上に二人きりなんて、こんな贅沢な時間を味わってしまっていいんだろうか。しかもわたしとルーは、さっき婚約が成立したばかりだ。ドキドキしながら答える。


「う、うん……あの、ありがとう……上着」

「どういたしまして。寒くない?」

「すごく温かい」


 むしろお酒とときめきと上着の相乗効果で、全身が発熱し過ぎて熱いくらいだ!

 だからなるべくときめかない話題を振ってみた。


「お兄さんがこんな風に祝ってくれるなんて、思ってもみなかったね」

「……そうだな。私も驚いた」

「正殿でルーたちが邪神になったエルベレスに襲われたときも助けてくれたし、きっと本当は、ルーのことを大事に思っているんだよ」

「……兄は……気が強い女性が好きなんだ」


 ぼそっとルーが呟いた。


 ん? 気が強い女性? わたしはブラッドがルーを大事に思っていると話していたのであって、ブラッドの女性のタイプを聞きたかったわけではないのだけど……気が強い女性……?? ……うん、そうか。あのお兄さん、そんな感じがするよね。自分も強者のオーラをむんむんと放っているし。

 あ、だから、気が弱いわたしに、以前ルーは『金輪際兄と会うな』なんて言ったのか! わたしまでお兄さんにいじめられないように!


「……気が弱い……? いや、そうじゃなく、君は既に兄にかなり気に入られているから、今回のことも……」

「え? わたし、気に入られてたの!?」


 びっくりしながらそう言って、何かがおかしいことに気づく。


 しまった、という顔をして、ルーが口を手で覆った。


「…………ルー、わたし今、《感応術》使ってなかったよね……?」

「……使ってない」

「じゃあ……どうしてわたしの考えていることがわかったの……?」


 ルーは観念したように一つため息を吐くと、わたしに向き直った。


「リネット、君に伝えていなかったことが一つある……これは常にではなく、時々なんだが……私には、君の心の声が聞こえることがあるんだ」


 一拍置いて、わたしはのけぞりながら叫んだ。


「…………ぇええええええっっ!!??」

「すまない……もっと早くに言うべきだったが、なかなか言う機会がなくて……」

「……え、ちょっと待って? わたしの心の声って、たとえば、どんな……?」


 ルーは目をそらし、頬を赤らめて答えた。


「……たとえば今日、朗読会の後に大聖堂の裏で私と会ったとき、君は……『今日の疲れが吹き飛んだ。好き』……と思ってくれた」


 確かに思いましたーーーっっっ!!!!


 いや待ってそれってどうなの、恋する乙女の心の声が相手にだだ漏れだった!? 結婚目前にして最大のそのサプライズいらないんですが!!??

 ……っていうかこうやって考えてることも全部伝わっているの!? それはさすがに恥ずかしくて死にますが!!!??


 羞恥に悶絶していると、彼は気まずそうに言った。


「……本当にすまない……おそらくエルベレスが言っていたように、君と私の魂の形が似ているため、元々思念が通じやすいのだと思う。加えて君は特に感情豊かだから……だが、君が思っていることすべてが聞こえるわけじゃないんだ。たまに、君が強く思ったことの断片が聞こえてくる程度で……だから最初は、私の勘違いかと思っていたんだが……」

「…………うん……もういいよ……嫌われてなければそれで……」わたしはうつむいてボソボソと呟いた。

「私が君を嫌うはずがない!」


 強い口調で言われ、驚いて顔を上げる。

 ルーはわたしを見つめ、真摯に語りかけた。


「私は……生い立ちのせいで、ずっと他人を信じることができずにいた。エルフに対しても、人間に対しても、常に自ら線を引いて生きていた。だが君は……君だけは違った。余計なことなど何も考えず、いつもまっすぐに私と向き合ってくれた。私が何者であるかなど気にせずに、素直に私の身を案じ、私を信じてくれた……私は君の純粋な心に救われて……いつの間にか、どうしようもないほど恋に落ちていたんだ」


 わたしに自分の気持ちを伝えようと、ルーが真剣に話してくれているのがわかる。


 だから、わたしの心の声がだだ漏れだった件も、それはそれで良かったのかもしれない、と思えた。

 やっぱり恥ずかしいけど……!

 でもそれでルーが救われたと言ってくれるなら、まあいいか。


 まだちょっとぎこちないけど、わたしは笑顔を浮かべた。


「うん、わかった」


 ルーもほっとしたように微笑する。


「君なら、すぐに心の声もコントロールできるようになると思う」

「な、なるかな?」

「……ああ、きっと」


 今、一瞬間があったよね!?


 うう……ポーカーフェイスのルーが羨ましくも憎らしい……わたしの心の声を聞きながら、いつも眉一つ動かさず涼しい顔をしてたなんて……。


 星明かりの下、上着を脱いだシャツ姿のルーはいつもと違って清艶な雰囲気を漂わせていて、わたしよりもずっと大人に感じた。

 ふと、むくむくといたずら心が湧いてきた。

 ルーを見上げ、心の中で、ある一つのことを強く思う。


 それはどうやら聞こえたらしい。

 はっとしたようにルーがわたしを見て、大きく目を見開いた。

 その頬がたちまち赤く染まる。

 そしてそのまま、呆然と立ち尽くしている。


 やったあ、ポーカーフェイスを崩したぞ、とわたしが喜んだのも束の間。


 流れるような動作で、ルーはさりげなく窓に背を向けて、その長身でわたしを隠すようにして、両手でわたしの頬に触れて、上を向かせて、顔を寄せて。




 口づけをした。




 初めての口づけは、蕩けるように甘く、長かった。

 ときめきと酸欠で失神しそうになったわたしを、ルーはそつなく抱きしめ、倒れないように支えてくれる。


 ……はい。すみません。完敗です。


『キスしてくれる?』 


 と、心の声でルーを挑発するなんて、わたしには早過ぎました!!




 だけど、満天の星の下で静かにルーに抱きしめられていると、ただ何もかもが幸せで、すべてが愛おしくて、わたしは懲りずに心の中で強く思った。


 好き。大好き。ルー、愛してる。


 数秒後、ルーはわたしの頭にキスをして、囁いた。


「リネット、私も心から愛している」




 ああ、今、こんなに滅茶苦茶に幸せなのに、これからルーと結婚していつも一緒にいられるなんて、わたしは信じられないほど幸運だ。


 結婚したら、朝も夜もルーと二人で過ごして、昼間は働いて、たまにどこかへ旅行したりするのかな。

 アルバ島へは行くことができたから、今度は他の場所へも行ってみたい。まだ二人で海へ行ったことがないし、山もいいな。大陸へ渡って壮大な景色を見るのもいいかもしれない。オーウェンとロータヤも誘ってみよう。


 一緒にやりたいことがたくさんあって、数え切れないくらいだった。

 二度目の人生をルーと生きられることが、奇跡のように嬉しい。




 顔を上げると、ルーは星空を背に、わたしを愛おしそうに見つめていた。

 

 その瞬間、他のことはもう何も考えられなくなって、わたしたちはもう一度キスをした。

最後までお付き合いいただき、誠にありがとうございました!

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