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大聖女は聖騎士をさらって逃走しました  作者: 岩上翠
第三章

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邪神復活

 わたしたちはすぐに大公の屋敷に戻った。

 全員をあの応接間に集め、司祭から聞いた話を伝える。

 大公には一足先に事情を伝え、仲間のエルフたちを呼びに行ってもらっていた。

 だからここにいるのは、ルー、オーウェン、ロータヤ、イドリス、ヘイディ、従僕のジュストとヒュー、そしてわたし。


「……王宮には聖遺物としてアーレンディルの遺骸の一部が保管されている。エルベレスはそれを探しているのかもしれない」


 ルーが補足すると、オーウェンがいつも通り軽い口調で言った。


「恋人の遺骸がほしいなら、くれてやればいいんじゃないか? どうせ王さまたちはとっくに逃げ出してるんだろ?」

「うん……王夫妻はすでに馬車で避難したって……でも、王都は大嵐で、安全に逃げられたかはわからないみたいで……」


 わたしが言うと、イドリスが身を乗り出した。


「何をもたもたしているんだ! 早く王宮に残された人を助けに行かなくては!!」

「あたしも行く! 邪神になった大聖女エルベレスを見たい!」

「……えっと、イドリスとヘイディはここに残っててくれる……?」

「「絶対に行く!!」」


 二人同時ににらまれる。

 う……いつの間にこんなに息がぴったりになったんだろう……二人揃うと圧がすごい。

 わたしがたじたじになっていると、ロータヤが助け舟を出した。


「わたしの結界魔法でよければ、お父さまたちがエルベレスを浄化している間、二人を守るわ」

「ありがとう、ロータヤ!」


 ジュストとヒューがおずおずとイドリスに言った。


「私たちは、よければ、ここに残らせていただきたいのですが……」

「当然だ。危険な地に赴くのは貴族の義務だが、お前たちまで行く必要はない」

「「ありがとうございます、イドリスさま!」」

「ねえねえ、じゃああたしも貴族ー?」

「……いや、ヘイディは……邪神を見たいだけだろう……」


 ヘイディがぷぅっと頬をふくらませる。なんだかイドリスに妹ができたみたいでかわいい。


 そのとき、大公が四人の仲間を連れて戻ってきた。

 大公を含めて男性は三人、女性は二人。

 全員が古代エルフの末裔というだけあって、際立って美しい容姿をしていて、加えて、ただそこに立っているだけで並々ならぬ魔力を感じる。

 大公が言った。


「準備は整っている。さあ、君の《転移術》で我々をエルベレスの元へ」

「……はい!」


 みんなを見渡すと、全員が覚悟の決まった表情を浮かべている。

 わたしは腰の宝剣を抜き、大きな円を描いて転移空間を出現させた。


「行きましょう」




 *****




 王宮の正殿の広間に転移したはずなのに、なぜか転移した先には、廃墟が広がっていた。


 あるはずの壁と屋根がない。

 あるのは、瓦礫の山だけだ。

 わたしがつい先日訪れたばかりの壮麗な王宮は、見るも無残に破壊されていた。


 嵐は小休止しているらしく、瓦礫も地面もぐっしょりと濡れているけれど、雨は降っていない。頭上は一面どす黒い雲に覆われて昼間なのに暗く、遠くの空では雷鳴が唸っている。


 それにしてもひどい状況だった。

 あの美しかった正殿も、小離宮も、庭園も、滅茶苦茶に破壊されている。

 石造の建物は爆破でもしたように無惨に崩壊し、庭園や小径は隕石がいくつも落ちたみたいにボコボコで、見る影もない。

 まるでこの世の終わりのような光景だった。


 これが復活したエルベレスのしたことなんだろうか。

 怪我人や死者が出ていないといいけど……。


「ひでえな、これは……」オーウェンが顔をしかめる。

「負傷者はいないか?」ルーが周囲を見回す。

「……エルベレスはどこだ?」カールスクーガ大公が誰にともなく訊く。

「アーレンディルはどこ?」誰かが言った。


 その声がどこから聞こえたのか、みんな、最初はわからなかった。

 あまりに近くから聞こえたからだ。

 そして、気がついたら、声の主はすぐそばにいた。


「アーレンディルはどこ?」


 ふっとそちらを見ると、見ただけで全身が麻痺するような、とんでもない魔力の塊が立っていた。




 それは美しいという言葉では足りないくらい、壮絶に美しく、同時に禍々しい―――イニスの泉でわたしが見た、エルベレスの姿をしていた。


 だけど、そのときよりも何倍も恐ろしいと感じた。


 あのときは、薄紅色の髪にエメラルドの瞳の彼女を見た。

 でも今、彼女の瞳には、ただ漆黒の闇が広がっている。

 それは一目見ただけで、自分もその闇に吸い込まれそうな恐怖を感じるものだった。

 わたしは意識的に顔を背け、彼女の瞳から目をそらした。

 ロータヤが即座にわたしたちの周囲に[結界]の魔法を張る。


「エルベレスの目を見るな! 動けなくなるぞ!」


 瓦礫の影から、誰かが叫んだ。

 見ると、そこから姿を現したのは王の弟君、レイナール殿下だった。

 背後には四名ほどの聖騎士の姿もある。

 常に控えめに王の後ろにいて目立たなかった彼だが、この王宮の一大事にあって、数えるほどの聖騎士と共に邪神に立ち向かっていたようだ。


 聖騎士の中には、《黒雷》ブラッド゠ヴァラ・クラドックの姿もあった。

 レイナール殿下を守り戦っていたのだろう。

 銀と青の甲冑には、あちこちに傷がついていた。


 殿下がわたしたちへ叫ぶ。


「あれは化け物だ! とてもじゃないが人の敵う相手じゃない! 私たちが引きつけておくから、君たちは早く逃げろ!!」


 カールスクーガ大公は不快そうに眉をひそめた。


「……ふん、我々に逃げろ、だと? 物を知らぬ若造のようだ」

「お父さま、王家の方にそのような言い方は……」

「いいのですよ、ロータヤ。カールスクーガはあの若者の十倍は生きているのですからね」


 古代エルフの女性が鼻を鳴らす。

 エルフは長寿と言うけど、それなら彼女は何倍生きているんだろうか……若く見えるけど……。


 エルベレスが腕を一振りする。

 そこから竜巻のような衝撃波が発生し、全方向に襲いかかる!


 たちまちロータヤの[結界]がパリンと壊れ、わたしたちは小石のように吹っ飛んだ。

 飛ばされながら、ロータヤがイドリスとヘイディに素早く[結界]を張り直し、そんな彼女をオーウェンが抱き止めて衝撃から守る。

 ルーも即座に[飛翔]の魔法を使い、飛ばされたわたしをキャッチしてくれた。


「ありがとう、ルー!」


 ルーは優雅に答えた。


「君を守るのは私の役目だ」


 ……ルーったら、こんな時までときめかせないでほしい!


 エルフの方々も、ロータヤの結界がある程度のクッションになったのか、それとも自力で衝撃を回避したのか、さほどのダメージは受けていないようだ。

 でもレイナール殿下たちは瓦礫に激突してしまった。

 イドリスが、急いでそちらへ駆け寄る。


「殿下!」

「……君は……メレディス家のイドリスか? ここは危ない、すぐに逃げろ!」

「ぼくは殿下をお守りします!」


 イドリスは勇ましく剣を抜いた。

 わが弟ながら、根っからの貴族だ。

 わたしも殿下の元へ駆けつけ、《治癒術》で打撲の傷を治して差し上げた。

 術を受けながら、レイナール殿下は、エルフたちを連れて現れたのがわたしだと気づいて、目を瞠った。それから自嘲したように言う。


「……リネット゠リーン……来てくれたのか……君の言う通りだったな。あの邪神に半エルフの《金獅子》を生贄に捧げたところで、一時しのぎにしかならなかっただろう。それよりもエルフたちの協力を得て[浄化]してもらった方が、どれだけよかったことか……いまさら悔やんでも仕方がないが」

「殿下……」

「いや、弱音を吐くのはよそう。君は聖祭であれほど皆に弾劾されたというのに、エルフたちを連れてきてくれてありがとう。微力だが、我々も全力でエルフ(かれら)を守ろう」


 ヘイディもわたしと一緒に殿下たちの元へ来たけれど、ブラッドの姿を見ると、びくっと後ずさった。

 ブラッドは以前、ヘイディの家に侵入し、彼女とその両親を縛り上げたことがある。

 でも、ヘイディはブラッドが手を怪我しているのに気づくと、ハンカチを出して止血してあげていた。

 優しくて、勇気のある子だ。

 獣人たちの住む森が《不死森(しなずのもり)》と呼ばれる由縁(ゆえん)は、こういうところにある。

 獣人は、獣人でも動物でも人間でも、誰かが怪我をしていたり困っていたら放っておけない、優しい心の持ち主だ。森に迷い込んだり、怪我をした人間も見捨てず、丁寧に手当てをして森の外まで送ってあげる。

 だから彼らの住む森は、《不死森》と呼ばれているんだ。




 カールスクーガ大公が、仲間と視線を交わした。

 いよいよ[浄化]を始めるようだ。

 大公が振り向き、ルーに声をかけた。


「君も来なさい」

「! ……はい」


 ルーが大公たちに加わる。


 七つの魔法が使えるというルーは、[浄化]の魔法も使える。古代エルフの血も引いている。だけど大公はルーのことを『あれは半人だ』『異物だ』なんて言っていたのに。


 かれらは厳かに両側のエルフと手を繋ぎ、円を作った。

 そして、[浄化]の呪文を、六人全員で唱えた。




「[かの者の穢れを払い清かな平安を与えたまえ]」




 大公とルーが手を取り合っているのを見て、わたしは胸が熱くなった。


 だけど、エルベレスがかれらに近づき、再び腕を一振りした。

 その直前、ロータヤがさっきよりも強い[結界]を大公たちの周囲に張り巡らせる。

 エルフたちは衝撃を受けながらも、なんとか持ちこたえた。


 エルベレスは怒ったようだった。

 どす黒い瘴気が、彼女の周囲に集まりだす。

 わたしは離れた場所にいるのに、それが鳥肌が立つ位に強力な魔法だということを感じる。

 エルベレスが瘴気の塊を放つために、両腕を振り上げる。

 その真正面にはルーが立っている!


「ルー!!」


 目の前を何か光るものが飛んだ。

 それは聖騎士の剣だった。

 ビュン、と勢いよく一直線にエルベレスに飛びかかる。 

 エルベレスの片腕に剣が刺さり、彼女がうめき声を上げる。剣はみるみる錆びていき、朽ちて消えた。致命傷にはならなかったけど、集めた瘴気は霧散した。

 わたしは剣の飛んできた方を振り返った。

 それを投げたのは、ブラッドだった。


 エルベレスがひるんだのを契機に、殿下たちが一斉に攻撃に移った。

 ブラッドも今度は短槍を掴んで向かっていく。

 イドリスはまさかの先陣だった。細身の剣を握り、一直線にエルベレスへ突進する。……あの子のこんな生き生きとした顔を見るのは初めてだ。


 けれどエルベレスが五月蠅そうに片手を振ると、彼らは散らばった瓦礫と共に、たちまち吹き飛ばされてしまった。


「イドリス!!」


 わたしは思わず悲鳴を上げた。

 ロータヤは[浄化]魔法を唱和しているエルフたちを守っていて、手が回らない。

 イドリスは生身で数十メートルも飛ばされたけれど、うまく受け身を取ったのかやせ我慢なのか、すぐにまた剣を構えてエルベレスへと向かっていく。

 殿下と聖騎士たちも、次々と起き上がっては再び攻撃を開始した。




 その間、エルフたちは集中を途切れさせないまま、歌うような不思議な声音で呪文の詠唱を続けていた。


「[かの者の穢れを払い清かな平安を与えたまえ]」


 ……すると、輪の中心から強い光が生まれ、輝き出した。


 光の筋がうねり、何度も回転しながらエルベレスの方へ向かっていく。

 エルベレスが手を振って追い払おうとしても、その光は振り払えない。


 それはさらに眩しい光となり、とぐろのように彼女を取り巻き、包み込んだ。




 エルベレスは完全に、一本の光の柱となった。




「ヴァア…アア、ア………………ッ!!!!」




 眩しさに正視できない光の中から、エルベレスの叫び声が聞こえる。


 だけど、その光も叫びも、やがて消えた。







 光が消えた後には、小さくうずくまる一人の女性の姿があった。

 先程の邪神とは似ても似つかない、膝を抱えて顔を伏せた、非力そうな女性だった。




「……あれは……エルベレスなの?」


 わたしはルーのそばへ行って、尋ねた。

 彼はとても疲れているように見えた。他のエルフたちもかなり消耗しているようで、何人かは地面に座りこんでしまっている。六人がかりでも、相当体力を消耗する魔法なんだろう。それでもルーはきちんと質問に答えてくれた。


「ああ……[浄化]によって邪神化が解けた今は、無念を残した霊魂の状態だ。あまりに強い思念を残しているため、天に還ることができないのだろうな……」

「……そんな……」


 エルフの方々を見ても、これ以上何か出来ることはなさそうだった。

 ロータヤも、わたしと視線が合うと、悲しそうに首を振って目を伏せた。




 雲はいつの間にか晴れ、暮れかかった夕空に星が瞬きだしている。

 廃墟と化した王宮で、その場にいる全員が彼女を遠巻きに囲み、息を殺して見つめている。

 そんな中で、うずくまったままのエルベレスの声が響いた。


「……アーレンディルは、どこ……?」


 わたしはレイナール殿下に尋ねた。


「殿下、アーレンディルの遺骸はこの王宮にあるのですか?」

「……昔はあったらしいが、千年も前のことだ……私が聞いた話では、いつかの時代の王が縁起が悪いと言って、地下のどこかに埋めさせたらしい……おそらく、もう見つかることはないだろう」

「そうですか……」


 殿下は逆に、わたしに尋ねた。


「リネット゠リーン、無茶は承知で聞くが……大聖女の法術で、あれを……エルベレスの霊魂をどうにかすることはできないか?」

「それは……」


 そうしたいのはやまやまだけど、いくら殿下のお言葉でも、そんな法術は見当もつかない。


 わたしはもう一度、小さくうずくまっているエルベレスを見た。

 彼女の姿からは、もうあの禍々しさも、恐ろしさも感じない。

 ただ、痛い位の悲しみを感じるだけだ。

 ひたすら、愛する《赤毛のアーレンディル》に会いたいと訴える、彼女の悲しみを―――。




 『愛はすべての中で、一番尊いものである』




 ―――ふと、そんなフレーズが頭をよぎった。

 これは、聖典の一節だ。

 エルベレス自身が、下線を引いた―――。




 エルベレスが愛したのは、恋人のアーレンディルだ。

 わたしは―――そうだ、わたしは、彼を見たことがある。

 赤い頭をして、古めかしい鎧を着ていた……あれはどこでだっただろう?


 わたしはふっと隣に立つルーを見上げた。

 そして、思い出した。

 イニス神殿で、ルーと重なるように、アーレンディルの姿を見たんだ。




 ひとつの閃きが生まれ、それはたちまち確信へと変わった。




「……ルー、わたし、エルベレスと一緒に、アーレンディルに会いに行ってくる」

「アーレンディルに? なぜ?」

「エルベレスを、アーレンディルに会わせてあげたい。たぶんそれが、彼女の一番の望みだから」


 わたしは宝剣を抜いた。

 みんながぎょっとした顔でそれを見る。

 剣を持っていない方のわたしの手を、ルーが握った。


「私も一緒に行こう」

「うん! ありがとう」


 オーウェンがぼそっとロータヤに尋ねた。


「霊魂って、転移できるのか?」

「わ、わわわ、わかりません……!」




 確証はないけど、[浄化]されて邪神でなくなった今の彼女なら、連れて行くことができる気がした。

 法術の源は神の(ことわり)の力だ。それなら、神の理の元にある霊魂にも、適用が可能なはず。


 わたしとルーは、うずくまるエルベレスに近づいた。


「エルベレス……アーレンディルのところへ、連れて行くね」


 そう言って、わたしは宝剣をくるりと回した。

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