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大聖女は聖騎士をさらって逃走しました  作者: 岩上翠
第三章

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森が湖と出会う場所

 わたしを腕に抱きながら王都コルヌアイユの上空を鳥のように飛んで、ルーは時計塔の上に降り立った。


 王都に屹立とそびえる時計塔の屋上からは、王宮や街並みがぐるりと見渡せる。

 だけどそこに立っても、ルーはわたしを抱きかかえたまま、下ろそうとする気配はない。


「あの……ルー……重いよね? ……下ろして?」


 ルーが、わたしにほほえみかける。


「危ないからだめ」


 ……じゃあなんでここに来たんですか!!?


 段々と顔が熱くなってくる。

 さっき空を飛んでいるときは、自然にルーの首に腕を回してしがみつくような形になってしまったけど、その腕をいつ外せばいいのかわからない。

 こんな風に腕を絡めたままで、下ろしてもくれないとなると、この密着した体勢が恥ずかしくなってくる。


 けれどルーは、そんなことはお構いなしにわたしを見つめて言った。


「もう会えないかと思った」

「…………ごめんね。アルバ島では時間の流れが違うって知らなかったから、それを聞いて、もう間に合わないかもしれないと焦って、わたし一人だけで来て……でも何もできないで、結局ルーに助けてもらった……」


 あの場にオーウェンがいたら―――いや、カールスクーガ大公に一緒に来てもらっていたら、もしかしたら、違う結果になっていたかもしれない。

 ―――ううん。やっぱり、そうはならないだろう。

 王妃の言葉を思い出して、わたしは暗澹とした気持ちになった。

 彼女に、エルフと手を取る気は全くなかった。むしろ人間のためにエルフを利用するのが当然と考えているように見えた。

 わたしには結局、何かを変えることは出来なかった。それどころかルーの「名誉の死」を邪魔して叛逆者にさせてしまったし、わたし自身も貴族としては終わりだ。


「いや、君に助けてもらったのは私だ。それも、二度も」


 ルーが迷いなく言う。


「……そうかな……でも前の聖祭のときはともかく、今回は何も……」

「こうして来てくれた」

「……うん」


 でも何も状況は改善していないし、他にやりようがあったかもしれない……と、まだ悶々とするわたしに、ルーが優しく語りかける。


「この聖祭で、私は今度こそ供儀としての務めを果たすのだと思っていた。それが、私が聖騎士になることを望んでいた母のためにもなるのだと、そう思っていたんだ」

「ルー……」

「だが、君が現れて……聖騎士たちに取り押さえられ、皆に弾劾されているのを聞いて、胸が張り裂けそうだった。すぐに助けに行きたかったが、それでも私は動けなかった。このまま私が供儀となり、君は公爵令嬢に戻ることが最善なのだと、必死に自分に言い聞かせていた」


 淡々と話すルーの表情を見て、胸がきゅっと締めつけられた。

 彼は突然わたしに顔を近づけた。


「……それなのに君は、私の心にあんなことを告げてきたんだ…………私だけ逃げろ、だと? 泣いている君を置いて、本当に私が一人で逃げるとでも?」

「あ……えっと、それは……言葉の綾というか……はは……」


 笑って誤魔化そうとするわたしを、ルーは容赦のない翡翠色の瞳で見据える。

 ……怖い。きれいなのが余計に怖い。さっきから心臓がばくばくと跳ねててつらい。

 ルーが、ふっと表情を緩めた。


「その言葉が私を突き動かした。過去ではなく、未来のために生きてみようと……誰かが望む聖騎士としてではなく、自分の望みを叶えるために生きてみようと、そう、初めて思えた」

「……うん、それがいいと思う!」

「私の望みは、君だ」


 いきなり言われて心臓が止まりそうになる。

 ルーは少しも躊躇わずにわたしを見つめ、告げた。


「君が繋ぎとめてくれた私の命を、君に捧げたい。君がいつでも笑顔でいられるように、この命を使いたい…………森が湖と出会う場所で、君と、朝日を見たい」


 痛いぐらいに真剣な眼差しで、わたしの好きなあの声で、そう言われる。

 電撃に打たれたように、全身がぶるりと震えた。

 この瞬間、わたしはルーのことが好きなんだと、彼に恋をしているんだと、はっきりと自覚した。


 ルーが今言ったようなことをわたしにしてほしいし、わたしもルーのために何だってしてあげたい。一緒に何度だって朝日を見たい。




 だけど、同時にこう思った。

 ルーの気持ちは恋ではないのかもしれない、と。




 お母さんの遺志である「聖騎士として生きなければならない」という呪縛から解き放たれた代わりに、今度は二度も命を救われたせいで「わたしのために生きなければならない」と、くびきがすげ替わっただけなのかもしれない。

 あるいは、ルーは優しいし真面目だから、責任を感じて、もう公爵令嬢としては生きていけないであろうわたしのために、そう言ってくれているだけかもしれない。


 もしそうなら、今度はわたしが彼をがんじがらめに縛りつけることになってしまう。そんなことは絶対に嫌だった。




 わたしが口を開きかけたときだった。

 足元が、ぐらりと揺れた。

 地震だ。


 時計塔の古い煉瓦がいくつか地上へ落ち、大きな音を立てる。


「……しっかりつかまって」


 ルーはわたしの体を抱え直すと、[飛翔]の呪文を唱え、屋上から飛び立った。




 *****




 地震がおさまってからルーと二人でアルバ島の大公の屋敷へ転移すると、全員が応接間でそのまま待ってくれていた。


「無事だったか、《金獅子》!! ははははっ! しぶとい奴だぜ」


 オーウェンはがしっとルーと抱き合った。

 ルーも親友に会えて嬉しそうだった。


「世話をかけたな、オーウェン。それからイドリスとヘイディも、ありがとう」

「なっ……何を勘違いしている! ぼくはただ、メレディス家の存続のために愚姉を監視しているだけだ!!」

「ルー、おかえり! 生贄にされなくてよかったね!」


 みんなでルーを囲んでいると、ロータヤが近づいてきた。

 ルーが顔を上げる。

 ロータヤがはにかみながらほほえんだ。


「アルバ島へ戻ってきてくれて嬉しいわ、ルー」

「ロータヤ……ありがとう」

「父も歓迎しているのよ。ね、お父さま?」


 大理石の椅子に腰かけて上からわたしたちを見下ろしていた大公は、娘にそう言われ、むっつり「……ああ」とだけ答えた。

 だけどそれで十分だったようで、ルーは真摯に頭を下げて「感謝します、大公」と礼を言った。




 *****




 カールスクーガ大公によると、大聖女エルベレスが完全に復活してからでないと[浄化]の魔法は使えないそうだ。


 大公はアルバ島全体に強力な結界魔法を張り巡らせている。島を人間の目から隠す、というあの結界だ。

 その結界に、ここ最近、特異な魔力の流れが感知されているという。

 王都コルヌアイユの方角へ向かい、大気中を漂う魔力が、どんどん引き寄せられているのだ。

 それは間違いなく王都の地中で眠るエルベレスへと集積されている。

 魔力を溜めたエルベレスはあと数日で完全復活を遂げ、ローレンシア王国に災いを振り撒きはじめる―――と大公は考えている。


 そうなったときに、わたしは大公をはじめとする五名の古代エルフの末裔たちとともに王都へ転移し、エルベレスを[浄化]してもらう。




 だけどそれまではすることがないので、わたしたちはめいめい自由に大公の屋敷の中で過ごすことになった。

 わたしは部屋に戻ろうとしていたロータヤに声をかけて、屋敷の外へ誘い出した。




「よかったわね、リネット。ルーが無事に戻ってきて」

「うん。ありがとう、ロータヤ」


 屋敷の庭園では、見たこともないような珍しい花々が咲いていた。

 花の合間を歩くロータヤは妖精のように美しく儚げだった……というか、本物の妖精(エルフ)だった。

 その幻想的なエルフが、もじもじしているわたしを見て、くすりと笑った。


「……どうしたの? 何か話があるんでしょう? ……ルーのこと?」

「そ……そうなの。ちょっと、聞きたいことがあって」


 わたしは気になっていたことを、思い切って尋ねた。


「あのね……『森が湖と出会う場所で朝日を見る』って、どういう意味か知ってる?」


 聞いた途端、ロータヤは両手で口元を覆って、目を見開いた。


「まああっ……! リネット、それ……もしかして、ルーに言われたの……!?」


 わたしはこくこくと頷いた。


 やっぱり何か意味のある言葉だったんだ。《感応術》でルーと話したとき、森の中の湖はエルフにとって特別な意味があると言っていたから、もしかしてそうなんじゃないかと思っていたけど。


 だけどわたしは、そこで朝日を見ることがどんな意味を持つのかまでは知らない。


 ……どうしよう、その言葉がたとえば「君とは二度と会いたくない」とか「さっさと帰れ」みたいな意味だったら……!


 だけどロータヤは、わたしの肩に手を置いて、にっこり笑った。




「リネット、その言葉はね……『あなたと結婚したい』という、エルフの求婚の言葉なのよ」




 求婚。




 遅ればせながらルーの言葉の意味を理解したわたしの顔は、火が点いたように真っ赤になった。


 ちょうどそのとき、庭園の外から足音が近づいて来た。


 振り向くと、やって来たのはルーその人だった!


「邪魔をしてすまない。もしよかったら、リネットに見せたい場所があるんだ」

「大丈夫よ、ルー! 全然邪魔じゃないわ! 行ってらっしゃい、リネット!!」


 ロータヤが答えて、半ば強引にわたしをルーの方へぐいぐい押し出す。


「い……行ってきます……」


 わたしはまだ赤い顔のまま、ルーと並んで歩き、庭園を出た。

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