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大聖女は聖騎士をさらって逃走しました  作者: 岩上翠
第三章

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二度目の聖祭

 転移した先は、王都の大聖堂のど真ん中だった。


 大聖堂では、まさに聖祭の真っ最中のようだった。

 あのときと同じようにずらりと居並ぶ、王侯貴族に聖職者、聖騎士団。

 そして祭壇の上には、供儀の聖騎士と、大聖女の憑代と、司祭。


 ―――違うのは、あのときよりも参列者の数がだいぶ少ないということ。

 たぶん国外や田舎へ逃げ出した人も、多くいるんだろう。


 そして、大聖女の憑代をつとめているのがわたしではなく、イソルデ゠ケリ・エドニェットだということだ。




 いきなり礼拝堂の通路の真ん中にオーロラの光が現れ、わたしがそこから飛び出してきたので、その場の全員が度肝を抜かれたようだった。


「……あ、あなたは……リネット゠リーン!!」


 グレナ伯母さまが、恐ろしい唸り声をあげる。

 でも、わたしはそれどころではなかった。

 わき目も振らずに祭壇の上を凝視して、状況を確認する。


 供儀の聖騎士―――ルーは、あのときと同じように目隠しをされ、やはり目隠しを着けた大聖女の足元に跪いている。

 彼は、人々のどよめきと伯母さまの叫びを聞くと、わずかに顔を上げた。

 ―――生きてる!


「よかった、間に合った……!!」


 すぐにルーの元へ駆け寄ろうとした。

 だけど、一瞬で視界が銀と青で覆われ、またたく間に床へ押し倒される。

 聖騎士たちが束になって、わたしの手足を押さえつけたのだ。

 お、重い……! かれらの体重に甲冑の重みが加わり、ぺしゃりと潰れてしまいそうだ。

 わたしは必死に叫んだ。


「放して! お願いです、王妃さま、話を聞いてください!」


 グレナ伯母さまから返ってきたのは、冷ややかな声だった。


「……なぜわたくしが反逆者の話など聞かなければならないのです? あなたは厳粛な国事に、二度も横槍を入れた。これは到底許されないことです。当然、相応の覚悟はできているのでしょうね?」

「聖祭の邪魔をしてしまったことは申し訳なく思っています! ですが、生贄の儀式をしても、その効力は数年しかもたないのです。代わりにエルフの大公と協力して、エルフの魔法の力で大聖女エルベレスを[浄化]することができます! お願いです、どうか聖祭を中止して―――」




「なりません」




「…………え?」


 わたしは耳を疑った。

 なりません、って言った……? 嘘でしょう?

 でも、王妃は冷淡な声音を礼拝堂全体に響き渡らせながら、わたしが必死に整えたエルフとの協力体制をばっさりと切り捨てる。


「われらの王国を守るためにエルフと協力する? とんでもない。そんなことをすれば、かれらを増長させる理由を与えるだけです。断じて許しません。そもそも、国が混乱しているのは邪神となったエルフのせいなのですよ? それを鎮めるのはかれらの責任です。供儀の効力が数年ならば、数年ごとにエルフを捕え、供儀として捧げればいいだけの話でしょう。わたくしたちに、あの者たちへの借りを作れとは……あなたは本当に、見下げ果てた貴族令嬢だこと」

「……なにを……言ってるのですか……?」


 どうしてわたしは王妃を話のわかる人だなどと思っていたんだろう。


 数年ごとに供儀を殺す? 古代エルフの末裔たちを? ロータヤたちを? 人間のためだけに?

 千年前にこの国を侵略者から救ったのは、エルフなのに?

 そのエルフを人間が裏切ったから、だからエルベレスは邪神になってしまったのに?




「リネット! いい加減にしろ! 今は大事な儀式の最中だというのがわからないのか!?」


 もう何年も聞いていない、お父さまの声がした。

 わたしは床に押しつけられていて顔は見えないけど、いつもは日和見の彼が、とても怒っているのはわかる。


「リネット、あなたがこんなに愚かな娘だとは知りませんでした! すぐにここから立ち去りなさい。さもなければ、親子の縁を切ります!」


 同じく怒気を含んだお母さまの声。

 もしも親子の縁がわたしたちの間に存在するなら、今だけは、ほんの少しでも、(わたし)の味方になってほしかった。

 だけどそれは、無理みたいだ。


 祭壇からも、聞き覚えのある声がした。


「……ねえ、リネット゠リーン。もう出て行ってくれない? あなたの出番はもうないの。役立たずのあなたは、大聖女の憑代をとっくにクビになっているのよ? あとはわたくしが立派に役目を果たすわ。あなたは卑怯にも大聖女の理力を横取りしたんでしょうけど、わたくしはそんなことをしなくても、この儀式をきちんとこなしてみせるわ。だから、もうこれ以上みんなに迷惑をかけないで。さっさと消えて」


 イソルデは甘ったるい声で、とても不愉快そうに、そう言った。

 だけどその言葉からは、彼女には大聖女の理力が発現しなかったことがわかり、それが彼女を一層不愉快にさせているのだともわかる。


 大聖女の憑代候補は数人いた。その中でもイソルデは特に熱心で、ずっとわたしに対抗心を燃やしていたから、リネット(わたし)が選ばれたときには本当に悔しそうだった。

 大聖女の憑代になるのはとても名誉なことだ。

 だから彼女は、二度目の聖祭でついに憑代に選ばれて、とても張り切っていたんだろう。

 ルーを地下牢から彼女の屋敷へ移したのも、たぶん「寛大で親切なエドニェット家」という世間の賞賛がほしいからというのと、生贄の聖騎士が地下牢で瘦せ細ってしまったら儀式での見栄えや体裁が悪いから、なんだと思う。


「リネット」も最初はそうだった。ルーに会ったこともない彼女にとって、供儀の聖騎士はただの記号のようなもので、それを大聖女に捧げることに何の躊躇いも抵抗もなかった。


 だけどリネットの体に転生したわたしは、前世でルーの声を聞いていたから、ルーを知っていたから、見殺しにすることはどうしてもできなかった。


 ―――もしもそれで、ここにいる全員を怒らせるのだとしても、どうしても。




 誰かがわたしに近づき、小さく囁いた。


「……もう気が済んだだろう。儀式が済むまで大人しく見ていろ。今なら謹慎程度で済むだろうが、これ以上騒げば、下手すれば国外追放になる」


 ブラッド゠ヴァラ・クラドックの声だった。


 彼は本当は、本心では、弟を死なせたくないんじゃないかと思っていた。

 だけど、もしそうだとしてもどうにもならない。

 今この場でブラッドが助けてくれる可能性はゼロに等しい。

 なぜなら彼はわたしの両親と同じく、社会的地位のある大人で、はなからルーの死を既定路線として受け入れていて、わたしの行動を単なる子どもの気まぐれのように思っているからだ。

 彼には、この場の全員を敵に回して弟を助けるつもりなど、さらさらないのだ。


 ようやく思い知った。

 この大聖堂の中に大勢いる人間の内、わたしの他には誰一人として、ルーを助けようと思っている人はいないということを。

 たとえ、その手段があるとしても、だ。




 わたしは目を閉じた。

 ぽろりと一粒の涙がこぼれ、静まり返った大聖堂の中、その雫が落ちた音が聞こえた。




「…………いや、リネット。それは断る」




 それまで一言も喋らなかった人物が言った。


 大聖堂の中の人々が一斉にそちらを見る。


 わたしも必死で顔を上げた。




 跪いていたルーが立ち上がり、目隠しを剥ぎ取った。




「……貴様、そこを動くな!」


 ブラッドが険しい声を出す。


「兄上こそ、彼女から離れてください」


 そう言ってルーがこちらを向き、両手を組み合わせる。

 聖騎士たちがいちどきに剣を抜く。


 ルーは歌うように唱えた。


「[かのひとを護る障壁を与えたまえ]」


 ルーが両手を外側へ向けると、わたしの周りの聖騎士たちが、見えない力に弾かれたように一斉に吹っ飛んだ。


 たちまち悲鳴が上がり、貴族たちが後ずさる。

 王妃が叫んだ。


「何をしているのです! その供儀も反逆者です! すぐに捕えよ!!」


 ブラッドと数人の聖騎士が立ち上がり、ルーに突進した。

 けれど、ルーが彼らに手をかざす方が早かった。


「[私に仇なすものが来ませんよう]」


 たちまちブラッドたちは足がすくみ、それ以上動けなくなってしまった。


 わたしは初めて目の当たりにしたルーの魔法の威力に、ただただ呆然としていた。


 ルーは、そんなわたしの方へ悠然と歩いて来て、まだうつ伏せのまま動けずにいたわたしの前で膝をつき、しっかりと目を合わせて、言った。




「君と一緒でなければ、私はどこへも行かない」




 ここには誰一人わかってくれる人はいないと思い知ったとき、わたしは目を閉じて、《感応術》でルーに呼びかけていた。


〈ルーだけでも、ここから逃げて〉と。


 だけどルーはそれを断り、彼が七つ使えるという魔法の内、おそらく[結界]と[忌避]を使って聖騎士たちを斥けて、今、わたしの目の前にいる。




 相変わらず、心を奪われるほどきれいな翡翠色の瞳がそこにあって、わたしをじっと見ている。

 わたしは体を起こした。


 こんな状況なのに、なぜか笑顔がこぼれてしまう。

 たぶん、普通の精神状態ではないのだろう。


「……それじゃあ、一緒に行こう?」

「喜んで」


 ルーはわたしの背中と足の下に腕を入れ、ひょいと抱き上げた。


「[私に天翔ける双翼を与えたまえ]」


 ふわりとルーの体が浮き上がって、見えない翼が羽ばたく。


 うわ……空を飛んでいる!!


 大聖堂の床が、呆気に取られた人々が、ぐんぐんと遠ざかっていく。


 目を見開いた王妃も、腰を抜かしてへたり込んだイソルデも、青ざめたわたしの両親も、苦虫を嚙み潰したような表情のブラッドも、聖騎士団も、呆然とする司祭も、貴族も聖職者たちも、みんなみんな小さくなっていって。


 わたしたちは大聖堂の丸屋根の、地震でガラスが割れたらしい窓から外へ出て、王都の上空を高く高く舞い上がった。

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