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アルバ島のエルフ1

 ロータヤ、とそのエルフは名乗った。

 商用で、一人で本島へ行った帰りに、嵐に見舞われたのだという。

 彼女を船室の中へ連れて行き、毛布をかけてあげて、なんとなくみんながその周りを囲む。


「そうだったんだ……突然嵐になって、びっくりしたでしょう?」


 美人は大人っぽく見えるけど、案外同い年ぐらいだろうと当たりをつけて、わたしは気軽に話しかけた。

 ロータヤは、少しはにかみながらも答えてくれた。


「ええ、とても。この辺りでは滅多に海が荒れることはないの。だから、あんな小舟でも安全に海を渡れていたんだけど……」

「大聖女エルベレスの呪いのせいだな」船の揺れがいくらかましになり、震えが治まったらしいイドリスが口を挟んだ。「……うちの不肖の姉がこんなところにも迷惑をかけているとは……遺憾だ」

「え?」


 ロータヤがきょとんとした顔をすると、ヘイディがわたしを指さして明るく言った。


「あのね、リネットが生贄を連れて聖祭の儀式から逃げ出したから、大聖女が怒って地震や嵐を起こしているんだって!」

「そ、そうなの? それは……大変ね」


 わたしは「ええと……はい……すみません……」とぼそぼそ謝った。彼女があわや海の藻屑と消えかけたのもわたしのせいだと思うと、いたたまれない。

 それに、そのためにまさにアルバ島へ向かい、エルフの助力を頼もうとしているんだけど、命からがら助かったばかりの人にいきなりそんな重要な件は言い出しにくかった。

 ロータヤは困ったように笑い、「あなたが謝ることじゃないわ」とフォローしてくれた。


 それにしても、ロータヤは感じが良くて話しやすい女の子だった。

 ちょっと恥ずかしがり屋さんな部分もあるようだけど、はにかんだ笑顔もかわいい。それに、とても優しそうだった。プライドが高く気難しい、という一般的なエルフのイメージとはだいぶ異なる。凛とした威厳を漂わせていた、ロータヤの最初の印象とも。


「なあ、ロータヤ。俺たちはあんたたちの島、アルバ島へ向かってるんだ。ちょうど嵐もおさまってきたようだし、ちょっと甲板に出て案内をしてくれないか? どうせあんたも帰るとこなんだろう?」


 オーウェンが気安く頼む。

 不躾なのはいつものことだけど、初対面の女性にこんな口をきくのはどうなんだろう。でも、ロータヤは感じがいいから、気にしないかな?


 と思って横を見ると。


 ロータヤはピンと背筋を伸ばして無表情でまっすぐに前を見つめ、まるで何も耳に入らなかったと言わんばかりに、毅然とオーウェンを無視していた。


 気まずい沈黙が船室を満たす。


 あ、あれ? ……どうしたんだろう……獣人が嫌いなのかな……? でもさっき、ヘイディとは普通に喋ってたよね……?


「……あの、ロータヤ? えっと、アルバ島に帰るなら、方角を教えてくれない……かな?」


 おそるおそるわたしが話しかけると、ロータヤはこちらを向いて別人のように優しいほほえみを浮かべ、「わかったわ」とベンチから立ち上がった。


 オーウェンが頭を掻きながら、もう一度話しかけた。


「島の周りに結界とか、そういうものはないよな? 近づいたら船ごと木っ端微塵、なんてのはごめんだからな」


 ロータヤは瞬時に表情を削ぎ落し、質問をまるっと無視して、オーウェンの横を通り過ぎて甲板に出た。

 わたしはオーウェンの顔を見ないようにして、急いで後を追った。


 たぶん救出のときに、オーウェンがロータヤに失礼なことをしたか言ったかして、怒らせてしまったんだろう。オーウェンなら十分有り得ることだ。




 *****




 それから一時間ほどで、「海の聖女号」はアルバ島に上陸した。

 嵐は過ぎていたんだけど、島には霧がかかっていた。

 ロータヤによると、この霧はほとんど晴れることがないらしい。

 一年を通して霧に覆われている、幻想的な島。

 ここでルーが生まれ育ったんだと思うと、島の土を踏むことが、なんだかとても感慨深かった。


「わたしの家へ来てくれる? 助けてもらったお礼がしたいし……島に人間を連れて来るのには、許可がいるのよ」


 ロータヤは少し言いにくそうだったけど、連れてきてもらっただけでありがたいのに、許可もくれるなら一石二鳥だ。どのみち、偉い人と話す必要もあるんだし、ロータヤのご両親から、この島の首長に会えるよう頼んでもらえるかもしれない。


 ところが、他ならぬロータヤのお父さんこそが、この島のトップである「大公」だった。




「ローレンシアが滅ぶ? それは自業自得というものだ。我々エルフは人間への協力を拒否する」


 会って三分で交渉は決裂した。


「ちょ、ちょっと待ってください! もう少し話を聞いてもらえませんか?」わたしは慌てて言い募った。

「いや、もう話は理解した。娘を助けていただいた礼はしよう。君たちはこの館に滞在してくれて構わない。私の絵画のコレクションも自由に見てくれて結構だ。だが、協力は断る」


 エルフの大公はカールスクーガという名の、長い金髪と水色の瞳を持つ美丈夫だった。

 威風堂々と大理石の椅子に座り、わたしの頼みを一蹴する。

 ロータヤは気遣わしげにわたしを見ている。


 ここはロータヤの住む屋敷の中の応接間、というか、ほとんど玉座の間のようだった。

 花と緑で溢れる庭と地続きの、半分外のような開放的な部屋の中に、一段高い席が設えてあり、そこに立派な大理石の椅子が据え付けられている。

 わたしたちは一段低い場所に片膝をつき、大公に拝謁している。娘のロータヤも同じように、膝をついていた。

 

 わたしは粘った。


「ですが、ルーは……ルー゠ギャレス・クラドックは、この島で生まれた、メルスタさんの息子なのでしょう? このままでは九日後に、彼は聖祭の生贄となって死んでしまいます。そんなことは、同じエルフとして見過ごせないのではないですか?」


 大公の表情がぴくりと動いた。ロータヤもはっと息を呑む。


「……あれを知っているのか。メルスタの息子を…………生贄か。ふっ、野蛮な人間の考えそうなことだ。そんなことをしても、千年越しの邪神となってしまったエルベレスを封じられるのは、せいぜい数年といったところだろうに」


 数年。

 そのちっぽけな数字に愕然とする。

 ルーの命と引き換えに得られる平和が、たったそれだけなんて―――。

 やっぱり絶対に、そんなことをさせるわけにはいかない。


「……古代エルフの末裔は強大な魔力を持っていると聞きました。あなたがたなら、邪神となったエルベレスを[浄化]できるのではないですか?」

「ほう。そこに思い至るとは、君はただ野蛮なだけの人間ではないようだ…………ああ、そうだな。古代エルフの血を濃く有している者は、私を含め五名いる。我々なら、あるいは」

「だったら……!」

「だが、その理由がない」

「……え?」


 大公はわたしを見下ろした。


「君たちを助ける理由が、我々にはない。ルーは確かに一時期この島にいた。だがあれは半人だ。ここでは異物のようなものだった。あれを助けるために我々が動く意味がわからないのだ」


 本当に理解ができない、というような、水色の瞳。

 それは美しいけれど、人間のそれとは、ぞっとするほど異質なものだった。


 イニス神殿で見たエルベレスの美しい瞳と、少しだけ似た―――。


 大公は、もう一度はっきりと告げた。


「我々エルフは、君たちには、協力しない」

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