根本的な問題
エルフの住むアルバ島へ行くためには、人間の目からは隠されているその島を見つけなければならない。
だから、どうしても人間以外の目が必要だった。
たとえば、獣人の目のような。
それに、アルバ島は遠い。
ここ王都コルヌアイユから西に向かい、本島を横断するようにして《不死森》も抜け、その先にある港町ダナッドへ行き、そこから船でアルバ島を探すのだ。
この国の治安は、良くはない。スリやひったくりの被害は日常茶飯事だし、気をつけていない方が悪いという風潮だ。それに、ごろつきや山賊、海賊もうようよしている。
イドリスの従僕、ジュストとヒューはどちらも二十代の男性だけど、貴族のお屋敷勤めをしている位なので二人とも上品な優男風で、どちらかといえば頼りない。
女と少年と従僕二人で旅をするのは、いくらわたしが大聖女の法術を使えるとはいえ、少々危険だ。
だから、屈強な用心棒がいれば安心だった。
たとえば、聖騎士のような。
そんなわけでわたしは十聖の一人、《灰燼》オーウェン゠ロイド・ブレイニーに同行を頼むことにした。
「おいおい、本気でエルフの島へ行こうってのか? ルーを助けるために? 俺はてっきり、あんたはとっくに《黒雷》に乗りかえたもんだとばかり思ってたぜ」
「乗りかえてないっ!!」
イドリスと従僕をつれてぞろぞろと大聖堂内にある聖騎士団本部を訪ねたら、オーウェンにまでそんなことを言われたので思い切り否定した。
通路を歩く他の聖騎士たちにもやけにジロジロと見られたり、通りすぎてから小声で噂話をされている気がする。聖騎士なら俗世間の噂話なんかせずに、清貧でいてください……。
オーウェンは参ったな、という風に頭を掻いた。
「……あんたももうわかってるだろう? 大聖女エルベレスが復活しちまったら、この国にどんな災厄がもたらされるか……聖祭が失敗してからのここ数日だけで、でかい地震が十回、大嵐が二回起き、その結果の建物倒壊や堤防決壊の対応に、俺たち聖騎士までが駆り出されてるんだ。これ以上の被害を出さないためには、ルーの血でエルベレスを封じるのが最善なんだよ。それに俺は聖祭で有給を使っちまったから、アルバ島くんだりまで同行するのは無理だ」
現実主義のオーウェンにとっては、それが本音なんだろう。たとえルーが親友でも。
だけどわたしは絶対に諦めないと決めたんだ。
そのための布石なら、もう打ってある。
「違うよ、オーウェン。最善の手段は古代エルフの力を借りて邪神を[浄化]することだし、オーウェンの有給なら、もう増やしてもらった」
「…………は? 何言って……」
わたしはにっこり笑った。
「聖騎士は上の命令には絶対服従なんでしょう? 多くが石造である聖教会は、相次ぐ地震で建物への被害が広がっている。修復にはお金がかかるよね? そのお金をメレディス家の名前で寄付したら、大司教さまは、喜んでオーウェンの身柄を貸してくださったよ」
オーウェンはぽかんとして、わたしの言葉を聞いていた。
横ではイドリスが苦々しげにわたしをにらんでいる。
オーウェンに会う前に、わたしたちは大聖堂にいる大司教さまに会ってきた。
聖教会のドン、大司教さまは、温和そうな白髪のおじいちゃんだ。
忙しいはずなのに、アポなしで面会に来たわたしたちにも、嫌な顔一つせずに時間を取ってくれた。
そのとき、「寄進」という名目で、わたしたちメレディス家の姉弟から、さりげなく多額の現金をお渡しした。いわゆる袖の下だ。
同時に「世間話」のふりをして、オーウェンをアルバ島に連れていきたい旨をほのめかした。
話の分かる大司教さまは、にこにこ笑って許可してくださったっけ。
……と、わたしは「根回し」という貴族の基本技を駆使したことをオーウェンに婉曲に説明した。
聖教会の頂点である大司教さまがゴーサインをくれたんだ。文句はあるまい。
意外にも、オーウェンは愉しそうに笑った。
「はははははっ!! なんだよ、手際のいいやつらだな!」
「えへへ……じゃあ一緒に……」
「いや、まだだ」
てっきりもう承諾かと思っていたら、急に真面目な顔をされる。
「なあ、そもそも、ルーはこのことを知っているのか?」
「………………まだ言ってない」
「だろうな。大司教よりも、あいつ本人に聞いてみるのが先だと思うが? それで余計なお世話だと断られなければ、俺も付き合ってやるよ」
わたしが言葉に詰まっていると、イドリスが呆れた顔でにらんでくる。
「は? 貴様、これだけ金を出させておいて《金獅子》本人の同意を得ていないとか、ありえないんだが?」
「いや、でも……」
「ほら、さっさと聞けって。今ここで。大聖女さまの《感応術》使えば一発だろ?」
オーウェンにもせかされ、イドリスにも怒られ、逃げ場がない。
わたしはもごもごと言い訳した。
「い、今って……だって、そんな、人に見られてたら恥ずかしいし……」
「「いいからやれっ!!」」
二人に同時に叱られて、わたしは騎士団本部の通路のど真ん中で、ルーの心に語りかけることになった。




