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金銭的な問題

 アルバ島を目指すに当たって、わたしにはどうしても必要なものが二つあった。

 その一つがお金だ。


 聖祭でわたしが着けていた宝冠は王都の質屋でオーウェンが換金してくれたんだけど、急いでいたのでじっくり鑑定してもらう暇もなく買い叩かれ、しかも王妃に謁見するためのドレスも買ったので、手持ちはすっからかんになってしまった。

 でも、エルフの住むアルバ島へ行くのなら、そこへ向かう旅費が必要だ。道中の食費も宿代もかかるし、港で船も手配しなければいけない。


 そこでわたしは、古今東西、若者がお金に困ったときに頼る場所へ向かうことにした。


 実家である。


 とはいえ正面からメレディス家の敷居をまたぎ、親に金の無心をするつもりはなかった。

 なにしろ大聖女の憑代という名誉の役目をほっぽりだし、聖騎士と逃走し家名を汚して、あらぬ噂を立てられている不肖の娘なのだ。弟のイドリスだって激怒していた。

 のこのこと帰って「お小遣いちょうだい」なんて言おうものなら、お母さまに首を絞められるだろう。


 だから、わたしは王都にあるメレディス家の広大な敷地内に《転移術》で忍びこみ、誰にも見られないようにこっそりと、自室にある貯金箱を持ち出そうとしているところだった。


 庭に広がる、まるで森のような木立に隠れ、樹木の手入れをする庭師や、ごみを捨てに来たメイドの目を逃れながら、少しずつ屋敷へと近づいて行く。

 わたしはここの令嬢なのに、なんでこんなコソ泥のような真似をしなければならないんだろう……。

 いきなり屋敷内に転移すると、両親や馴染みの使用人たちに鉢合わせする可能性があるから仕方がないとはいえ、ちょっと悲しい。


 わたしは大きな木の影から顔を出し、きょろきょろと辺りを見回した。

 ……よし。あの厩舎までたどり着ければ、もう屋敷は目前だ。


 そしたら使用人の使う出入り口から中へ入り、全速力でわたしの部屋へ駆け込み、貯金箱を持って《転移術》で脱出する。「リネット」は真面目に勉強や修練に打ち込んできて、ほとんどお金を使うことのない子だったから、お小遣いはかなり貯まっているんだよね。公爵令嬢なので、その額も普通のお小遣いとは桁違いだ。


 周囲に人影がないのを確認して、わたしは木から厩舎へと走った。

 ……やった! 誰にも見られなかった!


 はず、だったのに。


「…………貴様、ここで何をしている……?」


 地の底から響くような恐ろしい声が、厩舎の()から聞こえてきた。




「…………まあ、イドリス。ごきげんよう」

「はあっ!? ごきげんがいいわけあるかっ!! 誰のせいであんなド田舎の別荘から延々馬を走らせて帰る羽目になったと思ってるんだ!!」


 笑顔を作って振り向くと、たった今帰り着いたらしい旅装のイドリスが、怒りをぶちまけてきた。


《不死森》で、いきなりイドリスと従僕たちをその近くにあるメレディス家の別荘に転移させ、そのまま放置してしまったから、彼が怒るのも無理はない。

 だけど、怒っている理由はそれだけじゃないようだ。

 イドリスはいきなり剣を抜くと、その鋭い切っ先をわたしに向け、真っ赤な顔で詰問した。


「貴様…………《金獅子》を捨て、厚顔にもその異母兄である《黒雷》に乗りかえたという話は本当かっ!!?」

「へっ!?」


 寝耳に水だった。

 いや、乗りかえるも何も、最初からどこにも乗ってなんかいないんだけど……。


 だけど、思い当たるふしはあった。

 王宮でわたしは《黒雷》ブラッド゠ヴァラ・クラドックに誘いをかけた。単にルーのお母さんについての話を聞きたかったからなんだけど、あれだけの衆人環視の中でそんなことをしたら、噂好きな宮廷人のこと、あっという間に話が広まるのは当然だ。

 わたしもつられて赤くなりながら、否定した。


「ち、違うよ。それは誤解で……ブラッドには、ルーのお母さんについて話を聞いただけ!」

「……では、まだ聖祭の是非を問い、わが家の汚名を雪ぐつもりはあるんだな?」

「もちろん! そのために、お金を取りに戻ってきたの」


 わたしは急いでこれまでのことを説明した。

 イドリスはようやく剣を下ろした。

 だけど顔は歪んだまま、苦々しげにわたしに吐き捨てる。


「貴様、公爵令嬢としての自覚はあるのか? 立て続けに男爵家の子息どもと噂になるなど……もうまともな結婚は絶望的だぞ!」

「心配してくれるの? ありがとう、イドリス!」わたしは感激してぎゅっと弟の手を握った。

「違うっ!! 呆れているんだっっ!!」イドリスが即座に振り払う。「大体、貴様は思慮が足らなすぎる! そんな軽率なことばかりして、メレディス家の名声は地に落ちる一方だ!!」

「ご、ごめん……以後気をつけます」


 イドリスは一ミリも信用していない目でわたしを見ると、剣を鞘に入れ、両手を腰に当てて宣言した。


「駄目だ。貴様を自由にさせておくと、ろくなことにならない。よって、今日からはぼくが貴様を監視する!」

「か……監視って……」

「ぼくも忙しいが、これもわがメレディス家のためだ。ありがたく思え」

「うん……ありがとう。それじゃあ早速だけど、アルバ島に行くから、家からお金を取ってきてくれる? 念のためイドリスの手持ちも全部持ってきてね」

「ぼくは貴様の金づるかっ!!??」




 お金の問題も解決して、ついでに着替えや小物も取ってきてもらい、おまけにイドリスの二人の従僕までついて来てくれることになった。持つべきものは優しい弟だ。


 だけど、アルバ島へ行くためにはもう一つ、どうしても必要なものがあった。

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