禁じられた恋2
三日間馬車に揺られて、また違う馬車に乗り継ぎ、ようやくメルスタとルーはクラドック家の門の前にたどり着いた。
クラドック家の門を叩くと、従僕が出てきた。
メルスタが要件を告げると、今度は執事が出てきた。
それからずいぶん長いあいだ門前で待たされて、やっと応接間へ通されると、出迎えたのはリシャールの妻だった。
応接間へは入らなかったが、このとき扉の後ろでは、ブラッドもひそかに成り行きを窺っていた。父の愛したエルフの女がやってきたと聞き、じっとしてはいられなかったのだろう。
応接間では、リシャールの妻が嫌悪感もあらわにメルスタをねめつけていた。
「あなたが例のエルフですか。魔法を使って人様の夫を奪うなど、さすがは汚らわしい魔物ということね。リシャールはあなたには会いません。今すぐにあなたの島へ帰りなさい」
メルスタは気丈な女だった。
「あなたは嘘をついている。リシャールが私に会いたくないはずがないわ。人間のしがらみにがんじがらめにされて、身動きが取れないだけ。あなただってリシャールのことを愛してなどいないでしょう? 金と地位のためだけに彼と一緒にいるのでしょう? そんなくだらないもののために私たちの邪魔をしないで。早く彼を自由にしてあげて」
「なっ……! た、たかがエルフの分際で、何を偉そうな口を…………!!」
リシャールの妻は顔を真っ赤にした。
一番言われたくないことを、エルフの女などに言われたからだ。
ルーはうつむいたまま、黙って母親の服の裾を引いた。もうやめて、と言いたかったのだろう。だがメルスタは続けた。
「たかがエルフですって? 私はあなたがたにこう言いたいわ。『たかが人間の分際で』と。古代エルフの末裔である私は、どんなに強い呪いでも浄化する力を持っている。あなたはリシャールの財産で遊び暮らす以外、仲間のためにどんな貢献をしているのかしら? もしほんの少しでも、何かの貢献ができると言うなら」
リシャールの妻は憤怒の表情を浮かべた。
それを見て、ルーは今度は声に出して「母さま、やめて」と言った。
その静止はあまりにも無力だった。
すでにリシャールの妻は、烈火のごとく怒り狂っていたからだ。
「……この……悪魔めっ!! そのよく回る舌と邪悪な術で、わたくしの夫を二度も誑かそうというのね!? そんなことは絶対に許しません!! あなたたち、早くこの魔女を追い出してちょうだい!!」
女主人に命じられ、応接間の隅に控えていた執事と従僕たちはびくっと震えた。
魔法を使うという古代エルフの女が恐ろしいのだ。
けれども女主人も同等かそれ以上の恐ろしさだったので、腰が引けつつも、彼らはメルスタを捕えようとした。
メルスタは冷静に彼らを眺め、トネリコの杖を軽く振った。
その途端、執事も従僕も、見えない壁に阻まれるかのように、彼らの立っている数メートル四方の場所から、一歩も出られなくなった。
[結界]の魔法だ。
エルフには生まれつき得意な分野の魔法がある。メルスタの場合はそれが[浄化]だった。けれども他の魔法が使えないというわけではなく、数種類の魔法を使うものもいるし、訓練すればすべての魔法を使えるようになるものもいる。
しかし、エルフは「自然のままに」生きることを好む種族であり、与えられた才能だけでよしとする場合も多く、メルスタも使える魔法は[浄化]と[結界]の二種類のみだった。
だが、目を飛び出さんばかりに見開き、(あの魔女に殺される!!)と恐慌をきたしたリシャールの妻に、そんなことがわかるはずもなく。
リシャール本人が騒ぎを聞きつけて応接間へやってきた。
それは最悪のタイミングだった。
「どうした? 騒がしいな……」
扉を開け、最愛のメルスタと、十年ぶりに顔を合わせた。
「リシャール!」
メルスタは愛する男の方へ駆け寄った。
その背中に、ずぶりと、冷たく硬いものが突き差さる。
リシャールの妻が、深々とナイフを突き立てたのだ。
「……この魔女が、あなたに魔法をかけようとしていたのよ……危ないと思って、それで、わたくしは……」
虚ろな目をして、両手でナイフの柄を強く握ったまま、リシャールの妻が夫に言った。
リシャールは聞いていなかった。
ただ、愛するメルスタが、目の前で命を失ってゆくさまを見つめることしかできなかった。
リシャールに抱きかかえられたメルスタは、最後に彼に息子のことを託して、息を引き取った。
十歳のルーは、その一部始終を間近で見ていた。




