魔法1
「あなたは何も心配する必要はありません。そこにいる金髪の聖騎士と共に、生贄の儀式を完遂するだけでいい。その後の貴族としてのあなたの幸福はわたくしが保証しましょう。それから、生贄の聖騎士の死後の名誉も」
グレナ伯母さまが―――王妃が、つらつらと言葉を並べる。
「……ま、しょうがねえよな。元々そうだと決まっていたことを、改めてやるってだけだ。なあリネット、ルーにとっても、その家族にとっても、大聖女の供儀になるっていうのは最高に誇らしいことなんだぜ?」
オーウェンがもっともらしくわたしに語りかける。
「リネット……私は供儀になることに、なんの躊躇いも憂いもない。そのことで君が心を痛める必要はないんだ。オーウェンの言う通り、これは聖騎士の最高の名誉なのだから」
ルーがわたしの好きな声で、わたしの聞きたくないことを言う。
わたしは大人の嘘が見抜ける。
これは嘘だとすぐにわかる。
もう何も聞きたくない。
背を丸めて耳を塞いだわたしに、誰かが触れた。
びくっと体を震わせ、それでも耳をきつく塞いだままのわたしの両手を、その人は無理矢理耳から離した。
「しっかりなさい、リネット゠リーン! それでも公爵令嬢ですか!!」
「…………だって、伯母さま……」
今にも泣き出しそうな情けない顔をしたわたしの両手を掴んだまま、伯母さまはすぐそばの椅子に座る。それから威厳を持って話しだした。
「よくお聞きなさい。これは無意味な儀式でもなんでもない。なにも、伊達や酔狂で聖騎士を殺すわけじゃない。供儀にはとても重要な意味があるのよ」
「…………大聖女エルベレスに捧げるんでしょう? でも、エルベレスはそんなことをしろなんて、一言も言ってなかった! わたし、イニスの遺跡で見てきたんです!! エルベレスが書いた聖典の原書だって、ここにある!!」
「リネット゠リーン。あなたは勘違いをしている」
「勘違いなんてしてません! わたしは《共振術》で、千年前のエルベレスの中に入って……」
ほんの少しだけ声を柔らかくして、伯母さまがわたしに言う。
「違うわ。そういうことじゃないの。そもそもエルベレスは大聖女と呼ぶべき存在ではなかった」
「………………え…………?」
伯母さまはちらりとルーたちの方を見た。
彼らの前でこれ以上話すべきかと考えているんだろう。
だけど、その心配は無用だったみたいだ。
ルーが伯母さまに、その続きを話す。
「……エルベレスが人間ではなく、エルフだったから……でしょうか」
わたしは穴の開くほどルーを見つめた。
何を言ってるんだろう。大聖女がエルフ?
そんなこと、ルーは今まで一言も言わなかったのに。
伯母さまはうなずき、今度はオーウェンに視線を移した。
「あなたは、どれだけのことを知っているのかしら?」
オーウェンが慌ててカップを置き、先生に指された生徒のように答える。
「聖戦後、掌を返すように人間に疎まれ、恐れられ、迫害されるようになったエルベレスは、その仕打ちに怒り、邪神となりました」
伯母さまが、またうなずく。
オーウェンが、まるで知らない人のように思える。
わたしは呆然としていた。
この人も、ルーも―――本当に、わたしを子ども扱いしていたんだ。
こんなに大事なことを、王宮へ登城する前にわたしに教えてくれなかったなんて。
エルベレスがエルフで、邪神?
それなら、彼女が聖典に何を書いたとしても、聖教会に取り合ってもらえないのは当然じゃないか!!
ルーが、憐れむような視線をわたしに向けた。
「すまない、リネット。なるべくなら、このことは君には言いたくなかったんだ。君は『大聖女』の憑代だから……」
「…………うん」
ルーがやんわりと言葉を濁して謝罪し、わたしは目を伏せてそれを受け入れた。
他にどうすればよかったのだろう?
こんなにも、わたしを傷つけまいと気遣ってくれている人に対して。
―――本当は教えてもらった方が、何倍も良かったけれど。
伯母さまがわたしを見つめて、その先を話す。
「当時のローレンシアはまだまだ未熟な国で、人々をまとめる偶像が必要だった。侵略者たちから人々を救ったエルベレスは、その役に最適だったの。あまりにも強大な力を持っていたために、一部の人間たちからは恐れられていたけれど。
初代国王はエルベレスをイニス神殿に隔離し、無垢な人々を導くための聖典を書かせた。彼女は国王の言う通りに聖典を書き終えた。
けれど、その後、人間たちは彼女を謀って殺そうとした。それだけならまだしも、彼女が愛したアーレンディルまでもが彼女を裏切った。怒り狂ったエルベレスは邪神と化し、人間を滅ぼそうとした。
困り果てた人々は、かつて彼女の恋人だったアーレンディルを生贄として差し出し、怒りを鎮めた。
そうしてエルベレスは眠りについたの。千年の間、アーレンディルの死を悼む。けれど、その後、今度は間違いなくこの国を滅ぼすと予言して」




