王妃グレナ2
王妃の勧め通り、ルーとオーウェンもカップを持ち上げ、お茶を飲んだ。
わたしもなんとなく、同じようにお茶を飲む。
伯母さまがわたしを見た。
「ところでリネット゠リーン」
「はい」
「あなた、お付き合いしている殿方はいるの?」
ルーが突然、げほっとむせた。
わたしたちが驚いて視線を向けると、「……失礼しました」と言ってハンカチで口元を拭く。ルーもきっと、慣れない王宮で緊張していたんだろう。
わたしは伯母さまに目を戻すと、きっぱりと答えた。
「いいえ、そのような方はいません」
「そう……」
伯母さまはちらりとルーを見た。
さっきむせていたから、心配しているのかもしれない。案外優しい方なのだろうか。場を和ませようと、あんな質問をしてくる位だもんね。実は、そんなに怖い方じゃないのかもしれない。
伯母さまは再びわたしに尋ねた。
「では、リネット゠リーン」
「はい」
「あなたの好みのタイプの殿方は?」
ガシャン! と音がした。
見ると、ルーが手を滑らせてカップをソーサーに落としてしまったようだった。
割れてはいないようでよかった。みんなに見られたルーは耳を少し赤くして「…………失礼しました」と非礼を詫びた。
わたしは気の毒になった。いつもはルーは誰よりも優雅なんだけど……でもこういう失敗って続いちゃうものだよね。緊張していると特に。
伯母さまがわたしに目を戻す。
オーウェンもにやにやしてわたしを見ていた。
ルーもなぜかとても真剣な顔で、わたしを注視している。
…………そ、そんなに見なくても…………! ていうか、なぜ今その話? グレナ伯母さま、もしかして結構その手の話題が好きなの!? 少女趣味だから!?
わたしはみんなに見られてもじもじしながら、口を開いた。
「わ……わたしの、好みのタイプは……」
なんだろう、この罰ゲームみたいな展開は。
伯母さまは早くお言い、と目で急かしてくる。
わたしの体温が、急激に上がる。
「………………け、」
「け?」すかさず伯母さまが責め立てる。「なんですか、はっきりおっしゃい」
「け…………………………」
わたしは思い切って言った。
「……健康な人ですっ!!」
恥ずかしいっ! と思わず両手で顔を覆う。
でも、しばらく何の反応もなく、静まり返っていた。
ええー……せっかく教えたのに……?
手を離して顔を上げると、三人はなんとも形容しがたい表情を浮かべていた。
「……リネット゠リーン……あなたの言いたいのは、健康的な殿方、ということかしら?」
せっかく教えた好みのタイプに誤解があってはいけないと、わたしは急いで説明した。
「いいえ、王妃さま。健康な人、です! 風邪とかも滅多に引かないような人がいいです。周りで流行り病が猛威を振るっていても、一人だけピンピンしてるような……」
そう、やっぱり健康が一番だよね!
体が弱いと自分が大変なだけでなく、周りの人たちにも迷惑をかけることは、身をもって知っている。
だからわたしは健康な人に、強い憧れを抱いているんだ。
オーウェンがルーに耳打ちするのが聞こえた。
「……おい、こいつ、馬鹿がタイプだってはっきり宣言してるぜ……」
「ち、違うよ!? わたしは馬鹿な人じゃなくて、健康な人が……」
「……わかりました」
伯母さまは少し疲れたような顔で言った。
わかってもらえたようで嬉しくなったけど、次の瞬間、それは木っ端微塵に砕け散った。
「リネット゠リーン・メレディス。あなたのために、健康で未婚の高位貴族男性を一ダース用意させましょう。あなたはその中から、自由に結婚相手を選んで構いません」
「………………な……何をおっしゃるんです…………?」
結婚相手?
どうしていきなりそんな話になるんだろう?
わたしは伯母さまの言っていることがわからなくて、整っているけれど冷たいその顔をぽかんと見つめた。
そんなわたしに、彼女は厳然と告げる。
「これは王妃としての命令です。あなたの公爵令嬢としての評判は、すでに地に落ちた。このままでは、貴族女性としてのまともな結婚は望めません。けれど、聖教会の教え通り、わたくしが慈悲を垂れてさしあげましょう。あなたはこちらが用意した貴公子の中から、誰でもお好きにお選びなさい。その代わり、この国の存続のために今度こそ必ず、生贄の儀式を行うように」




