40話 二人の夜
「よし、じゃあお風呂行こう! さっちゃんを綺麗にしてあげる!」
「うん、楽しみだよ」
さっちゃんも分かってくれてる。気持ちは一緒だよ。
無理してないなら断らない、お互いの為に。
……ふふふ、ついに、わたしの快適魔術がさっちゃんに炸裂するよ! 絶対に満足してもらう!
「お母さん、お風呂の準備って出来てる?」
「出来てるわよ」
「ありがとー」
今日は自分で掃除しなさいとか言われない。
さっちゃんがいるとお母さんも無茶を言ってこないのですごい楽だ。
……さっちゃんがうちに住めばいいんじゃない? そうすれば毎日が天国だ。
「……さっちゃん、うちに住まない?」
「……今はまだ無理かな、色々と問題があるから。働き始めたらまた考えようね」
「うん……」
ちょっと残念。
まあ、実際に一緒に住むってなったら、きっと色々な問題はあるよね。
働き始めたら一緒に住めるかな……。
「アリアちゃん、服を脱がしてあげるよ」
「あ、うん……」
さっちゃんに服を脱がしてもらう。
……わたしの為って思ってるけど、ちょっと過保護過ぎない?
お金持ちのお嬢様になった気分だよ。
「わたしも脱がしてあげっよか?」
「大丈夫だよ。私って背が高いから、服を脱がしてもらうの大変だと思う。ありがとう、アリアちゃん」
そっか、わたしがさっちゃんの服を脱がせるってなったら背伸びしても届かない。
踏み台を使えば届くけど、そこまでしたら逆に心配かけちゃうもんね。
「はぁーーー、自分で掃除しないお風呂って最高だね! お金持ちになった気分だよ!」
「……大変だね」
一緒に住むまではいかなくても、ノルマついでにお風呂に入ってもらえばいいんじゃない? お母さんも、さっちゃんの為なら掃除をやってくれるよね。
「毎日一緒に入らない?」
「入りたいけど、そこまでしちゃったらクレアおばさんに迷惑かな。きっと違うところでアリアちゃんにしわ寄せがいくよ」
「……そうだよね……お母さんだもんね……」
お母さんのことだ、お風呂掃除をしないんだったら部屋の掃除とかご飯の準備とか手伝わされそうだ。うん、十分考えられる、やめとこう。
今はさっちゃんとのお風呂タイムのことだけ考える。
このお風呂タイムで恩返しをする! それだけを考えよう。
「さ、座って! 泡洗浄の為に、まずは泡まみれにしてあげる!」
「うん」
石鹸を沢山使って多めに泡まみれにする。
沢山の泡があったほうが綺麗になるし、マッサージ効果も高まるよね!
「よし、準備できたね! 覚悟してねー、さっちゃん! すっごい綺麗になるから!」
「優しくしてね」
「任せて!」
魔術のイメージを思い描く……。
あれ……出来ない? なんで?
……んん? どうして?
「どうしたの、アリアちゃん? 無理しないでね、出来なくても全然大丈夫だから」
「あ、うん。……自分で綺麗にするのとちょっと違うのかもしれない。ちょっと待ってね……」
……なんで出来ないのかな?
自分についてる泡に使ってみると魔術は問題なく発動した。
……この違いって、何かな?
手の泡と、さっちゃんの泡を見比べる。
「あ、わかった……さっちゃん、肩に手を置いても大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ」
「それじゃ……」
手を置いたらちょっとビクッとさせちゃった。
……事前に声かけたよね? 大丈夫?
「今度は出来るから、ビックリしないでね?」
「うん、何時でもいいよ。お願い」
……うん、しっかりイメージ出来るね。
触れてるか触れてないか、その違いだったんだ。
思えば、震える魔術って全部自分に触れてる。
泡に触れてる、お湯に触れてる……。
……よし、やるよ!
「カウントダウンするよー、3、2、1……」
今度はビックリさせないようにカウントダウンする。
くる瞬間さえ分かればビックリはしないよね?
「……ゼロ、泡洗浄」
「ひゃっ!?」
「大丈夫!? またビックリさせちゃった!?」
「ア、アリアちゃん……ん、ちょっと、止めて、ほしいな」
「あ、ゴメン、止め方分かんない……。すぐに止まるから、ホントゴメンね」
「そ、そう、なんだ……うん、大丈夫だよ。痛いとか、苦しいとかじゃ、ないから……」
さっちゃんが震えて我慢してる。
すぐ止まるから大丈夫だと思うけど……。
泡の振動を弱くする方法ってないかな? 魔術的には思いつかないから、物理的にどうにか……。
わたしもさっちゃんの泡にくっつけば振動が分散されるんじゃない?
「さっちゃん、ゴメンね。こうしてれば少しは楽じゃない?」
後ろから抱きしめてあげる。
抱きしめた瞬間はビクッとしたけどすぐに落ち着いてくれた。
……よかった。
魔術で綺麗にしてあげるはずが、ビックリさせて我慢させちゃった。
はぁーーー、恩返しって難しいね。
「……アリアちゃん、止まったみたいだよ」
「あ、そう? ゴメンね、ビックリさせちゃって」
「ビックリしたけど、綺麗になってるし凄く気持ちよかったよ。ありがとう」
「うん」
さっちゃんの泡を流した後は自分の泡洗浄をする。
……もしかして、泡洗浄って流せばすぐに終わったんじゃない?
……この経験は次に生かそう。泡洗浄は流した終わり、うん、一つ賢くなった!
「さあ、次はお湯マッサージの番だよ! もっと気持ちよくしてあげる!」
「も、もっと気持ちいいんだ……」
「うん! 泡洗浄よりも振動が強いから、疲れた体に最高に効くよ! さ、お風呂に入って!」
「……うん」
さっちゃんがお湯に浸かった。
わたしはお湯に手を入れて魔術を発動させる。
「……お湯マッサージ」
んん? なんだか違和感が……。
でも、魔力暴走とは違う感じ……何だろ?
「うん、今度は微弱な振動が所々にあたって丁度いいよ」
「え? あれ? 泡洗浄と比べて気持ちよくないの?」
「さっきのより、大分刺激は弱いかな。気持ちはいいいよ」
おかしいな? 泡洗浄より絶対に気持ちいいはずなのに、何でだろう?
……あ、もしかして。
「わたしも一緒に入るね。……あ、ちょっと狭い」
「前にこのお風呂に一緒に入ったのは、もっとちっちゃい時だったからね」
「お互いに大きくなってるんだね」
「うん」
なんだかものすごく時の流れを感じるよ……。
でも今は、感傷に浸るよりもっと大事なことがある。
「あ、やっぱり凄く弱いね、これ」
「そうなんだ」
このお湯マッサージは不完全だね。
手だけ入れたのがダメだったんだ。全身をお湯に触れさせないと。
「このお湯マッサージは失敗だね。わたしもお湯に浸からないと完全には発動しないみたい」
「……そうなんだ」
「今度は大丈夫だよ、絶対に全身をほぐしきって癒してあげる!」
「……お手柔らかにね」
……浴槽のお湯、全部をイメージして。うん、今度こそ大丈夫、いつもの感覚だ。
「……お湯マッサージ」
「ッ!?」
「今度は成功したよ! これだよ、この振動だよ! どう、気持ちいいでしょ!」
「……ッ」
目を閉じて無言で頷いてる……。
また失敗しちゃった?
「大丈夫? これもすぐに止まるけど、辛かったら出ようか?」
「……」
わたしが手を取って出ようとしたけど、さっちゃんは首を横に振って座ったままだ。わたしは手を取ったまま強く握って上げる。
「辛かったらホントにすぐに言ってね。わたしは気持ちいいだけなんだけど、さっちゃんには辛い思いをさせちゃってるね。我慢しないで、いつでも言っていいからね」
「……ッ!?」
……さっちゃんの顔が真っ赤だ。のぼせちゃったのかな?
獣人さんは暑さに弱いとか? 聞いたことがないよね……。
前に温泉に一緒に入った時は少し熱かったけど、さっちゃんは普通に入ってた。
今日のお湯はあの時より大分温いと思う。
「さっちゃん、のぼせちゃったんなら出よう、倒れちゃうよ……キャ!?」
さっちゃんが抱きついてきた。力の加減が出来てないのか結構痛い。
「さ、さっちゃん、ちょっと……ちょっとだけでいいから、力を抜いてくれと、う、うれしい、かな」
わたしの願いが通じたのか、力を抜いてくれる。
……さっちゃんに本気で抱きしめられたら、わたしって死ぬんじゃないかな?
「……ありがとう、すごく気持ちいいよ。アリアちゃんの優しが私を包んでくれてる。嬉しいよ、本当にありがとう……」
「う、うん。ならよかったよ」
ちょっと大げさ過ぎるよ……。わたしの優しさって魔術越しでも分かるのかな?
でも、さっちゃんの感謝は十分に伝わってくるからそれで満足だよ。
……少しは恩返しできたかな?
「あ、止まったね」
「……」
お湯マッサージは止まったけど、さっちゃんに抱きつかれたままだ。
……うれしいけど、熱くない? 大丈夫?
いいよ……さっちゃんがそうしたいんなら、全てを受け入れるよ。
「……」
「……」
それから5分くらいかな……ずっと湯船で抱き合ってた。さっちゃんが満足するまでずっと。
……これは恩返しだからね、いつまででも付き合うよ。
「……ありがとう。ゴメンね、急に抱きついちゃって」
「いいよ。さっちゃんが喜んでくれるなら何でもするよ」
「うん、私もアリアちゃんが喜んでくれるなら何でもする」
それから少しの間、湯船に浸かりながら他愛のない話をした。
上がった後は当然のように拭きあいっこだ。なんとなく、さっちゃんのしたいことが自然とわかるようになってきた気がする。
……流れに任せてたら自然と着替えさせられたけど、過保護具合にも慣れてきた。
「さっぱりしたねー、あ、次は髪を乾かしてあげるね」
「うん、ありがとう」
わたしはさっちゃんの足元に手をついて魔術イメージを固める。
「アリアちゃん? なにして……」
「……砂漠の風」
うん、イメージ通りにさっちゃんの足元から温風が出て来た。
「凄いね」
「うん、ドライヤーより簡単に乾かせるよ。さ、髪を梳かしてあげる」
「ありがとう。次は私が梳かしてあげるからね」
「うん」
髪を梳かしあって着替えた後はご飯だ。
お母さんが御馳走を用意してくれてるはず。
「今日は久しぶりのお泊り会だからね。お母さんも御馳走を用意してるよ。楽しみにしててね!」
「うん」
リビングに戻ると物すごくいい匂いが一杯した。
……期待以上だね。お母さんをちょっとは見直したよ。
「随分とゆっくり入ってたわね。さっちゃん、顔が赤いけど大丈夫? のぼせたかしら?」
「そうですね、楽しくてのぼせたかもしれません」
「ソファーで横になっててもいいからね。アウレーリア、ジュースでも出してあげなさい」
「はーい」
ジュースを持ってさっちゃんとソファーに座った。
「お母さんも言ってたけど、辛かったら横になってもいいからね」
「ありがとう。横になるほどじゃないから大丈夫だよ」
大丈夫って言うんだからホントに大丈夫なんだろうけど、なにかしてあげたいな。
水タオルで拭いてあげるとか? うーん、ちょっと普通過ぎるね。
もっと、わたしにしか出来ないこと……あ!
「あ母さん、この丸ボウルちょっと借りるね」
「いいわよ。壊すんじゃないわよ」
お母さんはわたしをなんだと思ってるんだろう。
……わたし、食器を壊したことなんてないよね?
「さっちゃん、これ!」
「ボウル? これをどうするの?」
ボウルの中に手を入れて魔術イメージを固める……。
「氷!」
ボウルに10個の角氷を出した。
「これ! 冷たくて気持ちいいと思うから使って!」
「アリアちゃんは本当に凄いね。ありがとう、それじゃあ、頂くね……」
え? 頂くって……。
「うん、冷たくて凄く美味しいよ。アリアちゃんの味がする」
わたしの味って何!? 怖いよ! いや、それよりも……。
「さっちゃん、その氷って食べても大丈夫なの? わたし、手を冷やしてもらおうと思って出したんだけど……」
「そうだったんだ。ゴメンね、美味しそうだったから……。授業では魔術の氷は自然界の物と変わらないって習ったから大丈夫だよ」
「大丈夫ならいいんだ……」
師範代に怒られなければそれでいいよ。
授業で習うってことは一般的なことだと思うし、大丈夫、だよね……。
「……わたしも食べてみようかな」
「はい、美味しいよ」
さっちゃんが氷を手掴みして「あーん」してくれる。
「……うん? これって氷、だよね?」
口に入れた氷は単なる固形物に感じる。冷たさはもちろん、味も何もない……。
氷を口から出して手で持ってみる。
「……なにこれ、冷たくないよ?」
手で持ってみても冷たさは何も感じない。
見た目は完全に氷だし、さっちゃんも冷たくて美味しいって言ってた。
「それ、私の口に入れてみて」
「あ、うん……」
手に持った氷をさっちゃんに「あーん」してあげる。
「うん、冷たくて凄く美味しいよ」
「そうなんだ……」
なにこれ? 冷たさを感じない病気にかかったとか?
……そうだ……これって魔術だ……。
訓練所でのことを思い出す。
焔の炎は手をかざしても全く熱くなかった。それと一緒なんだ……。
「そっかー、魔術だから術者のわたしには何も感じないんだね。ちょっとガッカリだよ……」
暑さ対策で何か出来そうって少し考えたけど、わたしに影響しないんじゃ意味ないね。
……あれ? でも、砂漠の風って温かいよね?
焔の炎が熱くなくて、緩い温風は温かく感じる……この違いって何なんだろう?
……全く分からないね。冷風とか出せれば冷たさを感じるのかな?
前に思い付いた冬の風、それならいけるんじゃない……。
うーん、出来そうだけど、師範代達の許可がないと使っちゃダメだよね。
この氷を何とかした方が手っ取り早いけど、どうしたらいいかな……。
「その氷でジュースを冷やせば、アリアちゃんも冷たさを感じるんじゃない?」
「さっちゃん流石だよ!」
「はい、アリアちゃん特製の氷入りジュース。飲んでみて」
「……うん」
わたし特製ってちょっと恥ずかしいけど、とりあえず飲んでみる。
「あ、すごく冷たくて美味しい……」
「よかったね」
「うん」
間接的だったら冷たさを感じられるんだね。これなら少しは使えそう。
……ん? じゃあ、もしあの時、焔で燃えてる鎧に触ってたら大火傷してたんじゃない?
……こわっ!? 避けて大正解だった!
あ、さっちゃんが氷を平らげてる。よく氷だけをガリガリ食べれるね……。
「ごちそうさま、美味しかったよ。もう一度お願いしてもいい?」
「うん、何度でも出してあげる」
「ありがとう、アリアちゃん」
氷を補充してあげて、また他愛の話をする。
すごい嬉しそうに氷を食べてくれてる。出した甲斐があったってもんだよ。
ときどき「あーん」してあげるともっと喜ばれた。
……恩返しが出来てる、よね。
「準備できわよー、二人とも食べましょう」
「うん」「はい」
……すっごい豪勢な食事が並んでた。
肉料理のオンパレード。野菜はオマケ程度だ。
完全に「さっちゃんおもてなしコース」だ。
さっちゃんは肉系の料理が大好きなのだ。それでいてスレンダー美人さん……羨ましいね。わたしがこの量の肉を食べてたら太り過ぎて動けない体になると思う。
「いつもアウレーリアの面倒を見てくれてありがとうね。これはちょっとしたお礼よ。沢山食べて、元気になってね」
「ありがとうございます」
「堅苦しいのはなしだよ! さ、食べよう!」
「うん」
「「「いただきます」」」
さっちゃんは丁寧に食べていく。
わたしと時々「あーん」しながら食べ進める。
うーん、肉料理ばかりだね……。ひたすら肉だ。どれだけ食べても肉が出てくる。
食べてるのはさっちゃんで、さっちゃんが喜んでるから別にいいけど……。
「アウレーリアには特別メニューの御馳走を用意してるわよ」
「え、どうしたの? 頭でも打った?」
「お母さんはね、アウレーリアには強くなってほしいの。どんな困難にも立ち向かえるようにね」
「お母さん……」
そうだ、お母さんは優しくなったんだ。
わたしの為に心配して色々言ってくれるようになった。
……ありがとう、お母さん。頑張って、どんな困難にも立ち向かえるようになるよ!
「はい、しっかり食べて強くなりなさい」
「は? 嫌がらせ?」
わたしの天敵、茄子料理のフルコースが出て来た。困難にも限度があるよ。
茄子のステーキ、茄子の天ぷら、茄子のお浸し、茄子の漬物、茄子の味噌汁、その他……。よくこれだけ茄子メニューを思いついたものだよ、感心する。
さっちゃんのが大好きフルコースなら、こっちは大嫌いフルコースだ。
これが絶縁状だと言われても納得するよ。
「肉料理ばかりで飽きたでしょ。これを食べてリフレッシュしなさい」
「は? ふざけてんの?」
リフレッシュどころか、今日の幸せ気分が一気に吹き飛んだよ。どうしてくれるの?
「はい、アリアちゃん、あーんして」
さっちゃんが茄子ステーキを切り分けて口に運んでくれる。
「う、ぎぃ、ぎ、ぎ、あー……ん……」
あ母さんめ! これが狙いか!
さっちゃんを利用して、わたしに茄子地獄を味合わせたいんだ!
「美味しい? アリアちゃん?」
「不味い……すごく不味いよ……でも、さっちゃんが食べさせてくれるなら、何でも食べる。わたしの為にしてくれてるって、信じてるから……」
「ありがとう、アリアちゃん。はい、あーん」
「ぎ、ぎ、ぎ、う、ぎ、あー……ん……」
うう、不味いよー、吐きそうだよー。
でも、さっちゃんが「あーん」してくれてるんだ、食べなきゃ……。
さっちゃんの為に……。
「ありがとうねー。アウレーリアの教育が楽になるわ。今すぐにうちの家族にならない?」
お母さん! 良いこと言ったよ! 茄子ステーキ一口目の恨みだけは忘れてあげる!
「前向きに検討します」
「家族になりたくなったらいつでも言ってね。アウレーリアを任せられるのは、さっちゃんしかいないんだから」
「はい、ありがとうございます」
茄子の気持ち悪さがなければ、わたしも大声で賛成したい。けど……吐きそう。
……さっちゃんは「前向きに検討」って言ったよね。それって、さっちゃんがわたしのお姉ちゃんになるってこと?
血のつながったお姉ちゃんは暴力的で性悪女だからいらないけど、さっちゃんのような優しくて強いお姉ちゃんなら大歓迎だよ!
「うぅぅ……さっちゃん……家族になろうね……うぷぅ……」
「……うん、ずっと一緒にいるよ。はい、あーん」
「うぎぃ……あー……ん」
不味い、不味すぎる……なんで茄子ってこんなに不味いの?
……これを栽培してる人は何を考えてるんだろう? 世界の敵だよね。なんで捕まんないの?
「ゴメン、さっちゃん……気持ちは嬉しいけど、もう、お腹いっぱい……」
「そっか、じゃあ後は私が食べてもいい?」
「……さっちゃんに託すよ」
「うん、任せて」
わたしの天敵が次々と消えていく。
……頼もしすぎる。さすが、わたしの一番のお姉ちゃんだよ……。
「ごちそうさまでした」
「綺麗に食べてくれて嬉しいわ。明日の朝ごはんも御馳走を作って上げるからね」
「楽しみにしてます」
「二人とも、今日はもう休みなさい。明日も早いんだから」
「はい。お休みなさい」
「ゆっくり休んでね、さっちゃん」
うん、今日はもう寝るだけ。でも、気持ち悪くて動けないよ……。茄子って絶対毒物だよね……。
「アリアちゃん、部屋に戻ろうか。おぶってあげるから、ほら」
「ありがとう、さっちゃん……」
動けなくなった理由に納得できないけど納得するよ。
さっちゃんがわたしにやってくれることは全てわたしの為だって信じてるから。
毒物を「あーん」してきても信じてるから食べる。理由があるって信じてるよ……。
「ゴメンね、茄子を食べさせちゃって。苦しかったよね」
「いいよ。さっちゃんがわたしに食べて欲しかったんでしょ、だったら何でも食べるよ。わたしの為にしてくれてるって信じてるから」
「うん」
部屋に入って椅子に座らされる。
「ありがとー、ここまでくればもう大丈夫だよー」
「うん、ゆっくり休もう」
夜も20時近い。
……さっちゃんがこんな時間までうちにいるなんてホントに久しぶりだ。
もしも家族になったら、これが日常になるんだよね。
……なってくれないかな、家族に。
「さっちゃん……」
「なに?」
「家族になってくれるの?」
「……なれたらいいなとは思ってるけど、まだまだ先の話だよ。私達はまだ小学生だよ。アリアちゃんに家族がいるように、私にも家族がいる。1人では何もできない子供、それが私達。アリアちゃんと私が家族になるのは、独り立ちして、自分で生活できるようになってからだよ」
「そっか……さっちゃんは色々考えててすごいね……。わたしは目先のことしか分からないよ」
生活のこととか、独り立ちとか、わたしには全然わからない。
ただ「家族になりたい」それだけだ。
朝から晩までさっちゃんと一緒にいる生活、それが出来ればいいなー、くらいにしか考えられない。
「……明日も早いし、もう寝ようか。着替えられそう?」
「……うん、大丈夫だよ」
「まだちょっと気持ち悪そうだね。手伝うよ」
「うん」
さっちゃんに手伝ってもらってパジャマに着替える。
さっちゃんも自分のパジャマに着替えた。
「パジャマに着替えると、お泊り会も本番って感じがするねー」
「うん。だけど明日も早いし、学校もあるから夜更かしは出来ないよ」
「そうだよね……。寝よっか……」
「うん」
明かりを消してベッドに入る。
さっちゃんの布団は床に直置きだ。
「……わたしが床で寝ようか?」
「大丈夫だよ。ここはアリアちゃんの部屋なんだから、アリアちゃんはベッドで寝てて」
「……うん」
目を閉じて寝ようとする。
(今日はすごい一日だったな……)
魔術で2回死んでたかも知れないと聞いたことはビックリだけど、その後の出来事が強烈過ぎて全部吹っ飛んだ感じがする。
……だって、さっちゃんの初号泣からの「死んで」だよ。
物心がついた時にはさっちゃんと一緒だった。
すごく真面目で優しくて、何があってもわたしを心配して助けてくれた。泣かせたことや怒らせたことは一度や二度じゃない。
わたしと一緒にいる為だけに就職を決めて、道場も一緒に行ってくれる。
そして、一緒に強くなってずっと一緒にいると誓った。
(そんなさっちゃんが、わたしに「死んで」って言ったんだよ?)
……あれって、ホントに混乱してただけなのかな?
わたしの知ってるさっちゃんは、絶対の信念があって、それを貫こうとする強い心の持ち主だ。わたしに傷付けられても、わたしを信じてくれると言ってくれた。でも、あの時は何を言っても信じてくれなかった……。
(あれって、さっちゃんだったのかな……?)
姿も声もさっちゃんだったけど、黒いオーラみたいなのが全身から出てたし、明らかに普通じゃなかった。
あの時は殺気かもしれないと思ったけど、殺気ってあんなにハッキリ見えるものなのかな? わたしは殺気の初心者だよ、見えるわけないよね……。
(……幽霊に身体を乗っ取られたとか?)
うん、さっちゃんがわたしに「死んで」とか言うより幽霊の方がまだ説得力がある。覚えてないのも幽霊に乗っ取られてたから。
……辻褄が合う気がするよ。
サユリさんは、さっちゃんがああなった本当の理由をきっと知ってる……。
覚えてないとか、信じてあげなさいとか言ってたし。
幽霊に乗っ取られてるから記憶になくて、幽霊の意思で襲ってきたんだとしたら納得できる。
「……幽霊、か」
「どうしたの、幽霊が見えたの?」
「ゴメン、起しちゃった?」
「ううん、寝付けなかったから大丈夫だよ」
「寝付けない? さっちゃんが?」
さっちゃんはオンオフの切り替えがハッキリできる。
5秒あれば熟睡できるし、物音がした瞬間から100%覚醒する。
「久しぶりのアリアちゃんの部屋が嬉しくて、気持ちが落ち着かないんだ」
「そっか……」
さっちゃんの顔を見るとすごくいい笑顔だ。あの時の笑顔みたい……。
……本物のさっちゃんだよね? 幽霊じゃないよね?
「ところで、幽霊がどうかしたの?」
「……うん」
あの時のことは絶対に話さないって決めてる。
ずっと一緒にいる為に……。
「……わたしが幽霊になったら、さっちゃんの守護霊になりたいな、と思って」
「……私の守護霊にはなれないよ」
「え?」
「私が生きてる限り、アリアちゃんは死なせない。先に死ぬのは私って決めてるから。だから、絶対に私の守護霊にはなれないよ。諦めてね」
死なせない、死ぬ……、どっちもやだよ……。
さっちゃんの為に死にたくないし、さっちゃんの為に死なせたくない……。
……ずっと、一緒にいるんだよね?
「わたしを1人にしないでね……さっちゃんが、いなくなるのはダメだよ、グスッ……」
「ゴメンね、泣かせちゃって。大丈夫、ずっと一緒にいるから……」
「……さっちゃん、人形抱っこして。朝まで離さないで……」
「うん」
ベッドに入ってきてもらい、横向きで抱きしめてもらう。
わたしが寂しくなった時や、幽霊が怖くなった時の特効薬だ。
……落ち着く。いつものさっちゃんだ、幽霊じゃない。
「……もっと強く、さっちゃんの気持ちの分だけぎゅっとして」
「うん」
痛い、すごく痛いよ……。でも、今はその痛みが嬉しいし心地いい。
それだけ、わたしのことを大切に想ってくれてるってことだから……。




