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短編 52 そらがけ 中編

作者: にょこっち


 今回は三万弱です。


 スポーツ青春物を書いてみたいなー、そんな所からスタートしたのが化けました。化け物です。短編じゃないけど短編にしないと泣けてきます。こいつのせいでどれだけ滞ったことか!


 一日一本。それを目安に短編作ってたんですよ。


 こいつのせいで一月半は止まったわ!


 では中編をどうぞ。




 その日、大徳寺高校は得も言われぬ緊張感に包まれていた。


 五月の連休明けからすぐの事である。


 とある超人気アイドルがこの学校に転校してくる事になった……という情報が生徒達に漏れたのである。


 転校してくるのは、今をときめくスーパーなアイドルである。スーパー『の』アイドルではなくてスーパー『な』アイドルである。


 この情報が一気に生徒間に流れたために『そら部』による集団狂乱事件は騒ぎになることから避けられた。


 スーパーアイドルの名は『天海海月』


 読み方は『てんかいみずき』である。あまみクラゲではない。中々に凄まじい名前であるが、驚くことに本名でもある。


 小学生の頃からモデルや子役として芸能界で切磋琢磨してきた彼女も今年で高校生である。


 歌手としてもデビューしているし、モデルとしても世界の舞台に何度も立っている本当のスーパーアイドルになる。


 容姿端麗にして日本人離れしたプロポーションの持ち主という、まさに勝ち組、ブルジョワジーである。


 でも彼女の実家は普通の乾物屋なので、彼女については何らかの突然変異が起きたのではないかとファンの間で推察されている。


 天海海月は身の丈180センチのモデル体型なスーパーアイドルである。腰の高さは人間か? と思えるようなプロポーションであり、そして何より可愛らしい女の子であるのだ。


 そんなのが学校に来る。


 しかも『全寮制』の学校に、である。


 生徒が興奮しないわけがない。


 転校してくる理由は一切表には出てこないが『引退しちゃうんじゃね?』という憶測もネット空間に飛び交っていた。


 何せ転校先が『全寮制』の学校である。外出は基本的に不許可。家族の慶事など、特別な事情が無ければ出れない『監獄』のような学校なのだ。


 天海海月、芸能界引退。


 そんな嵐を引っ提げて、その美少女は大徳寺高校へとやって来ることとなった。


 ……ひかるちゃんが少女表記なのは仕様である。誤字ではない。





 その日も学校は普通にあった。平日である。


 そら部のものならば大騒ぎした翌日である、と思っただろう。


 主犯なれど、捕縛劇からとんずらしてて無事に逃げおおせたデブと皿洗いに意外な程に苦戦した少女の学校生活が今日も始まろうとしていた。


 空気の読める肥田野君は敢えてその空気を無視して。


 元気娘のひかるちゃんは元々空気が読めないので普段通りに。


 その日、学校は朝から浮わついた空気に包まれていた。教師すらもそわそわと落ち着きのない感じである。


 そんな中でデブと少女が普通なのだ。朝の教室にそれは大層目立つものだった。


「……なんで大空さんはそんな普通なの?」


「へ?」


 異物の中に普通が混ざると逆に目立つ。大空ひかるを普通と称して良いかは別にして。


 昨日から肥田野君をチラチラと気にしているクラス代表の女子があまりにも普通な態度のひかるに疑問を投げ掛けたのだ。


「あのスーパーアイドルが転校してくるんだよ? なんでそんなに落ち着いていられるの?」


 この妄想女子も年頃の女の子なのだ。噂を聞いて舞い上がった一人である。しかし彼女がミーハーなのも当然だろう。まだ高校生である。


 だが今回は相手が悪かった。


 何せあの大空ひかるである。


「私、アイドルとか詳しくないんだよねー。一人だけすっごい好きな人がいるけど、今何をしてるかも分かんないし」

 

「そ、そうなの?」


 いつの間にかクラスのみんなから親しみと哀れみを込めて『委員長』と呼ばれている妄想女子である。人にはそれぞれあるわよね、そう思うくらいには良識を備えていた。


 そして……。


「肥田野君も、どうして反応してないの? だってアイドルでしょ?」


 どうしても気になって彼女は聞いてしまった。妄想女子は手に汗を握りつつ、静かに席に座る肥田野君に聞いたのだ。彼女の中で肥田野君は既に『伝説のジゴロ』である。


 彼の膝の上で委員長はもう何度も泣かされていた。そして何度も甘やかされていた。


 妄想の世界ならそれも……まぁありなのだろう。


 肥田野君はエロスと二次元に熱い男である。アイドルや声優にもその食指は伸びている。これは妄想ではなく、現実の話である。


「……確かに彼女はアイドルなんだが……」


 委員長からの問いかけに肥田野君は微妙な反応を返していた。


 取っ付きにくいデブという印象を持たせる肥田野君であるが、人付き合いに関してはごく普通である。会話も出来ない『コミュニケーション障害』というわけでもないし、意見の相違で人を見下す、ということもしない。


 わりと普通なのだ。


 なので質問されれば答えるし、馬鹿にされれば怒るのだ。


 普通に接する限り肥田野君は普通である。そんな肥田野君が普通の質問なのに煮え切らない態度を取っている。


 それはつまり……。


『もしかして……肉奴隷!? 昔の肉奴隷なのね!? 私の先輩なのかしら。確かにそれなら濁すわねぇ』


 乙女の妄想大爆発である。


 妄想止まない委員長の鼻息がヤバイくらいに荒くなった時、ようやく担任がクラスに入ってきた。


「はーい。みんなおはようー」


 担任が教室に来たお陰で委員長の乙女としての命はなんとか繋がった。周りの女子がフォローに入るのも毎日の事となっていた。


「みんなも知ってるとは思いますが有名人がこの学校に転校してきます」


 担任としても、教室に来て教壇に着くなりこれである。彼女もこの騒ぎを問題視していたのだ。


「他のクラスに転入するから迷惑掛けないようにね。アイドルとはいえ一人の人間。同じ学生になるんだから変な事はしないこと。特に肥田野君!」


 担任は最後に声を荒らげた。


 彼女が受け持つ問題児。女の子でも容赦なく殴り飛ばすという、ある意味で誰よりも公平な生徒へ向けてである。


「……特に何をするつもりもありませんが?」


 肥田野君は正直に答えた。しかし担任は校長や教育委員会からも釘を刺されていた。


「殴るな」


 相手は天下のスーパーアイドルである。それが暴力沙汰ともなれば、もはや一教師に責任を取れる範囲を易々と越えてしまうのだ。


「……それは相手次第になります」

 

 肥田野君は正直に答えた。ある意味で漢である。クラスメート達はその男らしいスタンスにドン引きである。アイドルすら容赦無し。こいつに禁忌はないのか。そんな視線が彼のおデブな肉体にグッサグッサと突き刺さっていく。


 しかしデブは怯まない。


 漢である。


 デブがあまりにも男らしいのでこの人が泣き出すことになった。


「ダメなの! なんか起きたら私が社会的に殺されるの! 多分北海道の離島とかに飛ばされるの! そして一生お局様として島に延々と君臨することになっちゃうのぉぉぉぉ!」


 担任。今朝は朝からウイスキーをロックで六杯飲んでいた。飲まないとやっていられない。今日はそんな気分だったのだ。


「……まぁあれですね。なるべく接触をしないようにします」


「のぉぉぉぉ……お? え? 肥田野君? ど、どこか調子が悪いのかしら? アイドルオタクなあなたがあの天海海月を……なるべくじゃなくて絶対に接触すんなぁぁぁぁ!」


 担任は一瞬騙されそうになった。肥田野君の優しげな言葉にうっかり引き込まれかけていたのだ。


 何度も彼にしてやられた経験を持つ担任である。


 その記憶が蘇り彼女のボルテージは一段とヒートアップしていく。ぶちギレ寸前、むしろキレてるとしか言えない様子だが生徒たちが担任に向ける視線は、ことのほか優しかった。

 

「そんな事を言われましても……向こうから来られたら一目散に逃げろとでも?」


 そんな無茶な、はっはっは。


 肥田野君はそんなニュアンスで言ったのだ。しかし相手は酔っぱらいである。


「逃げなさい」


 教師の目はマジだった。


「……」


 さしものデブも沈黙した。肥田野君としても件のアイドルに接触するつもりは毛頭無い。でもそれはあくまで彼の主張であり、担任を納得させるものではない。ここに来て日頃の行いというものに彼は打ちのめされることになったのだ。


『……怖い。普通に怖い』


 酔った大人のガチ睨みである。まだまだお子ちゃまな肥田野君にはちょっと耐えられなかった。


「頑張ります。先生殿」


 折れた。彼の信念はここで見事に折られたのであった。


「……絶対に殴らない?」


「……イエス アイ ドゥ」


 そう言いながら肥田野君はチラリと自分の脚を見る。太い脚による攻撃は一撃で死ぬ可能性が高い。それを考慮して肥田野君自身が封印していたものだ。


 彼の肉ストレートでも人はぶっ飛んで壁にめり込む。


 パンチよりも遥かに馬力のある肉キックならば……はてさてどんなグロテスクな光景がその場に繰り広げられてしまうのか。


「くっ……キックもダメ! 頭突きもダメぇ!」


 なんだこの全身凶器野郎は! 担任は追い詰められていた。かくなる上はこの身を捧げて彼を抑えるしかないのか。そんな考えが彼女の脳裏に浮かび上がる。


 だが奥の手を使う前に全身凶器野郎は遂に観念した……かに見えた。


「了解であります」


 折れたのだ。今度こそ完全に屈服させたのだ。


 ふぅ。これで一安心。担任の中では彼に後程お菓子を作ってあげる算段がついていた。意外と乙女スキルの高い担任である。


 こうしてすべての問題はクリアされた。教室の空気も弛緩して、ようやく今日のホームルームが始まる、そうクラスのみんなが思っていた矢先。


 この女が手を挙げた。


「先生。まだ肥田野君のボディプレスがあります。どんな強気な女性も二秒で抗えなくなる魔性のボディプレスを忘れるのは危険すぎます」


 委員長からの物言いである。彼女の顔は真剣そのものであった。あまりにも真剣すぎて肥田野君も固まった。


「…………委員長さん? 随分とあなた……詳しくないかしら?」


 担任は大人として、そして女として、委員長の見せるその上気した顔、その蕩けた視線に危惧感を感じた。一見真面目な顔をしてはいるけど……。


『この子……やってるわよね』と。


 教室の空気は弛緩していたのが嘘のように凍り付いた。まさかの委員長攻略済みルートの発覚である。


「冤罪ですぞ!? 先生殿!」


 肥田野君は必死に抗弁した。彼としても何故に委員長がそんなことを言い出したのか意味が分からない。


「そうですよ。でも肥田野君にボディプレスされたらアイドルも堕ちます。必ず」


「……肥田野君?」


 担任の向けるその目は笑っていない。先程の視線よりも五割増しで鋭さの増した視線である。


「冤罪ですってば! 先生殿!」


 本人も肯定しとるやん!


 だが肥田野君に許しが訪れることは……やはり無かったのである。


 



 その日のお昼。


 食堂はとんでもない騒ぎになっていた。


 アイドルが。


 あのスーパーなアイドルが食堂で五目チャーハンを食っているのだ。


 大空ひかるも普通に食堂で五目チャーハンを食べていた。


 肥田野君だけは教室に居残り、運ばれてきた五目チャーハンを食っている。


 つまり今日の献立が五目チャーハンなのだ。


 いつもはみんなが食卓に着いての行儀の良い昼食風景なのだが、今日ばかりは食堂に立っている者の方が多かった。みんな自分の食事よりもアイドル観戦である。


 そして一目アイドルを見ようと周囲に集まりはするのだが肝心のアイドルには声をかける勇気もない。


 なのでアイドルの周囲には、ぽっかりと無人空白地帯が生まれる形になっていた。


 人だかりの真ん中で涼しい顔してチャーハンをかっ込む美少女。


 これが天海海月である。


 ただ者ではない。明らかにただ者ではなかったのだ。


 美少女とは言うものの身長が180センチなので美大女かもしれない。なんとあの肥田野君と同じタッパである。


 だが椅子に座り優雅にチャーハンをかっ込むその姿には確かなオーラが見てとれた。

 

 スーパーアイドルの圧倒的オーラ。


 具体的にどんなものかは全く分からないが食堂にいた全ての者がそれを感じていた。見とれていた。


 ……否。


 一人を除いてである。


「チャーハンうまっ!」


 みんな大好きアホの娘ひかるちゃんである。


 他の生徒達がアイドルに夢中になる中で一人五目チャーハンを男子のように皿を抱えてかっ込むひかるである。


 ひかるも一応女子高生。なのでミーハーな部分も勿論持っている。


 持っているのだが食欲の方が優先された、というだけである。


 アイドル? なにそれ、美味しいの?


 それを地で行くのがひかるである。


 それにひかるの中には、とびきりのアイドルが既に存在している。


 そらがけの天宮翔。


 この少年の『そらがけ』を見て彼女の人生は大きく変わることになったのだ。


 今も彼女の心の中には彼の勇姿が深く刻み込まれている。


 中性的な見た目と可愛いピー(お食事中なので伏せ字)を併せ持つ素敵な王子さま。


 彼女が『そらがけ』を強く望むのはいつか必ず彼と出逢えると信じているからに他ならない。


 大空ひかるは大徳寺高校に『そら部』目当てで受験した女の子である。大徳寺高校は『そらがけ』の強豪校の中で唯一の公立高校。他の強豪校は全てが私学である。


 そうなると『そらがけ』を目指すひかると、ひかるのご両親の経済状況では選択肢が一択である。


 元より彼女は全てを『そらがけ』に懸けていた。アイドルが学校に転校して来ようがそれは決して揺るがない。


 空を跳ぶ。


 そして天宮翔と会う。


 ひかるの一意専心は既に奇跡を起こしているのだが当の本人がアホの娘なので気付くのはまだまだ先になりそうである。


 そして騒がしい昼食は終わり、午後の授業の時間となった。




 放課後。


 またしても体育館での部活時間である。


 前日の騒ぎで多数の部員がお説教部屋に連れていかれた『そら部』である。今日の『そら部』には数名の部員しか出ていなかった。


 広い体育館も閑散として、どこか寒々しさを見せていた。


「そらがけするぞー!」


 そんな事などお構い無し。ひかるはただ一人元気だった。体育館にひかるの元気な声が響き渡る。残響で耳が痛くなるほどに。


「……顧問の先生がいないので今日は自主練です! 各自筋トレしたり走ったりしてください! 以上!」


 先輩とおぼしき者がそう告げた。


 そして僅かにいた部員達は蜘蛛の子を散らすように体育館から逃げていった。


 残されたのはジャージのひかると制服の肥田野君だけである。


「……みんなアイドルに夢中なんだねぇ」


「……ダヨネー」


 体育館に残されたのはジャージ姿のひかると壊れた肥田野君だけである。


 肥田野君は今日一日、針のむしろだった。彼をして、今日の空気は耐え難いものであったのだ。


 漢、肥田野翔。


 己がやったことならば、どんなことでも胸を張って責任を取る所存。


 でも今日のは違った。


 冤罪ですやん?


 ボディプレスなんて誰にもしたことないですやーん?


『あの肉体にずぶずぶと沈んでいく絶望と次第に沸き起こってくる奇妙な安堵感……子供を生める女なら五秒で孕むわ』

 

 と、委員長はみんなの前で力説した。ちゃんと誤解であることも彼女は付け加えた。彼女はみんなが認めた委員長である。そこはきちんとしていたのだ。


『まぁ私の妄想なんだけど……多分そう遠くないよね? ご主人様?』


『遠いでござる! 遠いでござるよ!?』


 漢、肥田野君。何故かござる化。


 これによってクラスメートの視線は『怖いデブ』を見るものから『エロゲの悪役デブ』を見るものへとマイナーチェンジした。


 肥田野君もこれには大ダメージである。


 悪役にも色々ある。でもそれは駄目な奴だ。間違いなく主人公達を絶望に突き落としてバットエンドにしか導かない奴だと肥田野君は確信していた。すごくそれっぽい。


 肥田野君はエロと二次元に熱い男である。その嗜好は基本的に『いちゃラブハッピーエンド』であったのだ。主人公達が幸せな結末を迎えるのを見届け、エンディングの余韻に浸りながら用意していたティッシュで涙を拭く。


 わりと熟練の楽しみかたを肥田野君は嗜んでいた。


 だがしかし。


 己の信ずる道をまさか自分がその手で汚す事になるなんて。


 いや、冤罪ですやーん?


 でも委員長の話を聞くとすごくそれっぽーい! 妄想だけど、それっぽーい! やりそー!


 ……いや、妄想と本人も言ってるから現実じゃない!


 僕は無実だー! でもすごくそれっぽーい! 多分やろうと思えば出来ちゃうかもー?


 ……いや、それは駄目だ。『いちゃラブ』同盟に加盟している自分がダークサイドに堕ちるわけには……。


 と、肥田野君は今日一日精神世界で戦い続けていた。


 己の信念を尊ぶ彼ならではの悩みである。


 今も煩悶とする肥田野君だが、そんなことなどお構い無しな少女が側にいるのだ。


 誰も居なくなった体育館でひかるが悩む。


「ねー肥田野君。自主練って何すればいいのかな」


「……とりあえず部室にあるエア靴を出してみようか。履いたことはあるのか?」


「無いよー?」


「ダヨネー」


 肥田野君はやはり壊れていた。それでもひかるの面倒を見るのは彼なりの誠意なのかもしれない。


『うっへっへ。隙を見て俺の肉体に溺れさせてやんよ! ずぶずぶになっ!』


 とかは考えてない。多分。


 壊れた肥田野君と元気なひかるは部室へと向かうことになった。そら部の部室は体育館の中にある。元は会議室かミーティングルームだったのを改装した倉庫のような部屋である。


 当然ながらドアには鍵が掛かっていた。


 これには肥田野君も絶句である。


 逃げ出した部員達は本当に逃げ出していたのだ。部室に寄ることもなくとんずらである。


 肥田野君は部員とは呼べない部員なので鍵の貸し出しはしてくれない。そして新米というか、まだ正式な部員ですらない大空ひかるもまた鍵の貸し出しは許可されない。


「……柔軟体操でもする? 怪我が一番怖いし」


「私の体は固いぞー!」


 何故か元気なひかるを連れて肥田野君は体育館に戻ってきた。


 デブな肥田野君であるが、基本的に彼は動けるデブであり、柔らかいデブでもある。昔取った杵柄とでも言うのか、彼の運動神経は一般デブのそれとは一線を隔していた。


 その彼から見て大空ひかるは……ぶっちゃけ不安になるくらいに不器用そうに見えていた。


 倉庫からふかふかマットを持ってきて体育館のど真ん中に置いた肥田野君。そこに何も言わずにひかるが寝っ転がる。


 まるで猫のような淀みなさである。


「……大空さんや」


 肥田野君は呆れながら、マットの上でゴロゴロするそれを見下ろしていた。


「このマットすごいふかふかしてるー!」


「……ダヨネー」


 肥田野君、まだ故障中。

 

 今日はあんな騒ぎがあったというのに、この子はどれだけアホの娘なのだろうか。いや、むしろ信頼……いや、何も考えてないだけか。ふーやれやれ。


 肥田野君の結論は出た。


「ちょっと股を開いてみてくれ」


 肥田野君、いきなりの『股、開けよ、おら!』発言である。やはりこいつは伝説のジゴロだったのか。二人っきりの体育館というシチュエーションに彼は酔ってしまったか。これから一気にこの物語はピンクな小説になってしまうというのか。


 当然そんなこともなく。


「はーい! ぬぐっ!?」


「……おい、ほぼ90度で止まってるぞ」


 乙女の股間は開いたのか、開いてないのか微妙なラインでガキッと止まっていた。


「私の体は固いんだい!」


 ガチガチ乙女のひかるが牙を剥く。その固い体はまるでおじいちゃんのようである。


「……固すぎだろう。女性は骨格の関係でそれなりに柔らかいもんなんだが」


「私の体は固いのだ!」


 何故かひかるは自慢気に言い切った。


 股割りも簡単にこなせるデブ、肥田野君。そんな彼であるからこそ、この状態の危険性をよく知っていた。


「体が固いと怪我しやすくなる。少しずつ柔らかくなっていこうな」


 肥田野君、なんか優しいデブにモデルチェンジしていた。ふかふかマットには人形のような感じで座る少女がいる。どんな人が見ても『あ、こいつ体が固い!』と思えるような姿である。


 悪のデブも思わず手を差しのべてしまう固さだったのだ。


「うー……一気にやったらどうなるの?」


「……折れる」


 お馬鹿な事を言い出したひかるのお陰で肥田野君の困惑する頭に以前見たニュースの内容が思い出された。あれは少し前のこと。老人ホームで起きた悲惨な事件の事である。


 老人ホームの介護職員が背骨の曲がったおばあちゃんの背中を無理矢理真っ直ぐに伸ばしたのだ。そしておばあちゃんの背骨は折れた。

 

 意味が分からない事件だったので肥田野君は覚えていた。それも二人とか三人とかでおばあちゃんの背骨ボキーンをやったとニュースに流れていたのだ。


 意味が分からない。本当に意味が分からない。


 介護職員達は勿論逮捕されたがおばあちゃんは……確か死んだのではなかったか?


 背骨を折られたおばあちゃんが死んだから騒ぎになって逮捕されたような気がする。背骨ボキーンに気を取られてそこまでは覚えていないが……この大空ひかるも気を付けないと危ないかもしれない。


 肥田野君は少しだけ覚悟を決めた。


「絶対に無理をするな。柔軟体操を教えるからそれを守りなさい。股関節が壊れたら一生大変だから」


「はーい!」


 こうして肥田野君は本人の了承を受けた上での柔軟体操セクハラに勤しむことになったのである。


 ……遠巻きに二人の様子をこっそり見ていたスーパーアイドルには、そう見えたのだ。


 制服姿のデブがジャージ少女にのし掛かる。少女からは悲鳴が上がる。デブ止めない。少女泣く。デブ止めない。少女キレる。デブ優しく頭を撫でる。少女照れる。デブ再開。少女泣く。


 そんな様子をスーパーアイドル『天海海月』は、じーっと体育館の扉の陰から覗いていた。


 何故か委員長の頭も扉の陰からじーっと二人の様子を窺っている。


 アイドルが上。委員長が下。見事に並んだ出歯亀姉妹である。


「……あれが肥田野翔なの?」


 スーパーアイドル天海海月が呟いた。扉から頭をにょきりと出したままで呟いた。その顔に浮かぶのは驚愕である。信じられないものを見た、そんな顔である。


 デブが少女にのし掛かり悲鳴を上げさせている。


 確かにそれもショッキングな光景ではあるのだが、まともな彼女はあれを『柔軟体操』だと見抜いていた。


 だから驚いているのはそこではない。


 彼女はまともそうな人間に頼んで人を探していたのだ。その結果が今である。まともそうな人間ということで委員長が選ばれたのはただの偶然である。


「あの人が肥田野君よ。やっぱりあなたのご主人様なの?」


「……やっぱりってどういうこと?」


 委員長の意表を突いた質問に天海海月の頭に?が浮かぶ。


「あなたは肥田野君の元肉奴隷……という私の妄想なんだけど……遠くもないよね?」


「遠いわよ!」


 この突っ込みは体育館に響き渡った。デブと涙目の少女が思わず体育館の入り口を見やるぐらいの大音声であった。


 



 そしてこうなった。


「天海海月よ。あなたが肥田野……なの?」


 スーパーアイドルがデブの前にモデル立ちである。二人は同じ身長、同じ目線をぶつけ合う。


「……済まんが俺は君から逃げねばならん。先生殿に脅されているから仕方無いのだ。アイドル仕込みの柔軟体操をこの大空ひかる君に是非とも教えてやってくれ。この子、すげー固い。信じられないくらいに体が固いから」


「えへへー」


「大空さん、褒められてる訳じゃないわ! そこは照れるとこ違う!」


「ではさらばだ」


「あ、待ちなさい!」


 という事になった。肥田野君はものすごい勢いで逃げていった。


 そして体育館にはカチカチ少女の大空ひかる。妄想大好き委員長。スーパーアイドル天海海月だけが残されることになった。


 微妙な空気がそこに生まれていた。だがアホの娘ひかるはそんな事に気付かない。


「二人はどうしてここに来たの? そら部なの? 今日は自主練の日なんだってさー」


 極楽蜻蛉ひかる。ある意味最強の田舎っぺ。スーパーアイドルを前にしてこの態度である。


「私は既に文学部に入ってるから……じゃなくて、大空さんこそマットの上で何をされてたの?」


 今もふかふかマットの上にはひかるがあぐらをかいて座っている。その額には珠のような汗が浮かび、息は上がっていた。委員長にはその姿が事後の光景にしか見えなかった。


 そしてそれを強化するような発言も飛び出した。


「お股をぐにぐにされたよぅ。なんか稼働域を確認するとか言ってたけど、すごく痛かったの! 肥田野君ってドエスなのかなぁ。いつもは優しいのに」


 ひかるは股間を撫でていた。まだ痛むのだろう。乙女としては減点である。


『ああ、ご主人様は流石です! いつもは優しいのに時にはドエス……最高ですわ! でも痛いのは……それもありよね』


 そしてそんな話を聞いてしまった委員長の妄想パラダイスは今日も絶好調である。妄想を現実で補うのも妄想乙女の必須テクである。


 委員長は委員長で幸せに浸っているのだが、もう一人の乙女は苦い顔をしていた。


「あの巨漢がやっぱり肥田野なのね……どうりでいくら探しても見つからないはずよ」


 モデル立ちのまま爪を噛んで悔しがるスーパーアイドル天海海月。彼女はかつて『そらがけ』で大怪我をした経験を持つアイドルである。テレビの企画で『そらがけ』体験をして、その時に事故ったのだ。当時の彼女は小学生。生意気盛りの女の子だった。


 歌もダンスも人並み以上。小学生なのにプロポーションは外人のようなモデル体形。彼女が天狗になるのも無理はない。しかも髪の毛は謎の青色である。


 お前の色素はどうなってやがる。アニメキャラか!


 そんなやっかみも同業アイドルから嫌というほど受けて、その全てを跳ね返してきたのだ。


 そんな彼女が唯一『勝てない!』と思った相手がいる。天狗になっていても、それでも他のアイドルを寄せ付けない真なるアイドル。そう思っていた自分がどう逆立ちしても『勝てない!』と悟ってしまう相手が現れたのだ。


 そいつの名は『天宮翔』


 天界より遣わされし者。


 そして私の王子様。


 ぶっちゃけ惚れたのだ。小学生天海海月は少年天宮君に骨の髄まで惚れてしまったのだ。


 アイドルとして魅せることに秀でた海月ちゃんは少年天宮君の『凄さ』を誰よりも深く理解した。空を華麗に舞うその姿に本当の『天才』を見たのだ。


 そして……彼女は素直になれなかったのだ。


 小学生の頃から天海海月はアイドルとしてちやほやされてきた。それが当然だと思うほどにちやほやされてきたのだ。大人がペコペコと彼女に対してかしずくのも当たり前。だから彼女は取る態度を間違えたのだ。


 その結果……天海海月は大怪我をして半年ほど芸能界から去ることになった。


 彼女が病院から退院したときには、既にこの世界から『そらがけ』と『天宮翔』は消えていた。


 彼女は初めて後悔した。


 自分のしたことでこの世界から『そらがけ』と『天才』が消えてしまったのだ。


 そして天海海月は後悔を抱えたままで仕事に復帰した。芸能界は忙しい世界である。仕事に没頭することで彼女はその罪悪感から逃げたのだ。


 しかし、ふとしたときに脳裏に浮かぶ空を舞うあの人の姿。


 天海海月はやはり諦めきれなかった。


 探偵を雇い『天宮翔』の行方を探すことにしたのだ。


 彼の両親が離婚して名前が天宮から変わっていることを知ったのは彼女が中学三年生の時だった。調査を始めて数年後の事である。


 ずっと『天宮翔』で探していたのにまさかの改名である。どんなに探しても見つからない訳である。


 彼女は今の彼が『肥田野』と名乗り、高校受験を控えていることを知った。


 母子家庭、そして彼と言えば『そらがけ』……となると彼の行く学校はあそこしかない。公立で『そらがけ』をやっているあそこしか。


 ついに目当ての人の行方を突き止めた天海海月はアイドルを辞めることにした。


 全ては彼に謝罪をするために。


 そして何より彼に逢いたいが為に。


 しかし天海海月はスーパーアイドルである。『アイドルやーめた!』と言えばそれで辞められる訳もない。諸々の引き継ぎや何やらで大徳寺高校に来るのに時間が掛かっていた。


 五月の連休明けに転校となったのもそれが原因である。間違っても、どこかのひかるちゃんのように畑に飛び込んで骨折したとかではない。


 天海海月は表向きには『普通の学校生活を経験する』としてしばらく芸能活動を休止する、ということになっている。復帰前提でアイドル事務所は動いているが、天海海月にそんなつもりは毛頭ない。


『やっと逢えた! 私の王子様……様? まぁ現実の王子って見た目はアレだし?』


 天海海月は憧れの君が様変わりしていても心変わりしなかった。彼女は探偵を雇い彼の全てを調べ上げていた。なので今の見た目の事も当然知っていた。


 知っていたけど自分で確かめなければ気がすまないのが海月ちゃんである。


 かつての姿は既にない。昔の彼からは到底想像もつかない姿である。でも彼であるのは確定である。そして彼は自分の事を『見て』会話していた。自分があの『天海海月』だと分かった上で話してくれたのだ。


「……私も『そら部』に入るわ」


 天海海月はやっと掴んだ蜘蛛の糸をガッチリと握って離さない。胸に溢れる喜びに顔がにやけてしまうのを止められない。


 やはりあの男は『そらがけ』を辞めていなかった。探偵からの報告では『そらがけ』から一切の手を引いたとあったが、そんなはずがない。


 実際の所、肥田野君は『そらがけ』目当てでこの学校に来たわけではない。家から一番近い学校がここだっただけ。


 全寮制とか部活が強豪とかは無関係である。


 母親の想いはそこに込められているが。

 

「おー! 三人で頑張ろうね! でも私も入部は出来てないんだよねー。早く『そらがけ』したいんだけどさ」


「……え?」


「今の『そらがけ』は好きになれないけど……とりあえずあなたは柔軟体操の続きをしましょうか。ちょっと固すぎるわよ?」


「私の体は固いのだー!」


 自慢気なひかる。


 困惑する委員長。


 そしてちょっぴり嬉しそうな天海海月。


 この三人の女子高生がふかふかマットの上で地獄の柔軟体操をする事になった。


 委員長もそれなりに固かった。ひかる程ではないにしても。


 絶叫するひかると女子高生っぽい事をしている自分に感動を覚えている海月ちゃん。


 そして依然困惑し続ける委員長。


 三人は仲良くふかふかマットの上で柔軟体操に勤しんだ。

 

 後に『光る海月と委員長』と呼ばれる三人組トリオがここに誕生したのである。


「……私は文学部に……ぐぬぅわ!」 


「あなたも固いわね」


 天海海月は容赦無かった。





 次の日。


 の前に夜のバーである。


 今日も担任はここでお酒を嗜んでいた。今日は絡み酒である。


「で? 新米バーテンダー君。どういうわけなのかな?」


「……向こうから近寄って来たのです。なので逃げました」


 スーパーアイドル、そら部に入る。


 このニュースは夕御飯の時には既に全校生徒へと広まっていた。当然ながら担任の耳にも入る事になる。


 それを聞いたとき担任はこう思ったという。


『……ラッコが私の伴侶になるのね。海草に合うお酒って何かしら』


 来年は北海道の離島でラッコと戯れるのが内定。担任は本気でそう思った。目からはハイライトが消え、机の整理を始める始末である。


 そして彼女はせめてもの復讐として教師権限を使い、犯人を問い詰めることにしたのだ。


『おい、夜になったらバーに来いや』


 そう、バイト通知を出したのだ。


 デブであるが恰幅のよい肥田野君にバーテンダー衣装は、ことのほか似合っていた。未成年なのでシェイカーにはジュースしか入れられないが、そのシェイカー捌きは手慣れているように見えた。


「……とりあえず先生殿にはこれを」


 バーテンダー肥田野がシェイカーの中身をグラスに注いでいく。乳白色の液体が透明なグラスをとろりと埋めていった。


「……ひ、肥田野君? これはなにかな?」


 担任はドン引きした。差し出されたグラスから距離を取る。まさかの……アレ? え、マジで!? 教師に何てものを出すのよ、この子! しかもすごい量よ、これ!?


「ミルクセーキです」


「……うん。バニラの匂いがするわ」


 程よく泡立ったミルクセーキはしゅわしゅわと音を立てていた。


「……で、肥田野君は天海さんとはどんな関係なの?」


 何となく恥ずかしくなって担任は話を逸らした。グラスを掴んで傾ける。ミルクセーキを一口飲んでやはりミルクセーキだと確信する。甘い。とにかく甘い。そして旨い。


 肥田野君がどスケベなのは知っている。でもそれで誰かに迷惑をかけたり嫌な思いをさせた事は一度も無いのもまた事実。微妙なラインのいざこざは結構な数に上るが、それはセクハラ未満と言えるものなのだ。


 例えば……。

 

『○○さん。少し立ってくれたまえ』


『ひぇ!? な、なんですか!』


『いいから立ちたまえ』


『ひぃぃぃ!?』


『よし、座りたまえ。静かにな』


『……へ?』


『……スカートがな。捲れてて……』


『…………見たの?』


『……見た。可愛いと思うが……少し幼すぎないか? 猫さんプリントは』


 ばっちーん!


 そんな事はしょっちゅうである。


 怒るに怒れない。いや、当事者の女の子は怒るのだが彼には本当の意味でのいやらしさがあまりない。でもほら、やっぱり男の子だし!


 そういうわけで自分が勘違いしたのは無理からぬ事である。


 担任はそう位置付けた。


 担任も年頃の女性である。多少のムラムラは仕方無い。絶望に呑まれて生殖本能が全開になっているのも自然な流れではある。


 とりあえず真面目にやって誤魔化そう。


 そう考える担任は大人であった。


「肥田野君を探してた、そんな情報も入ってるの。彼女とは知り合いなの?」


 教師として踏み込めるギリギリ。彼女はそう思った。肥田野君には秘密がある。他の生徒に知らせていない特別な秘密が。それ自体は別に問題にならない秘密である。だから他の生徒には黙っている。学校が容認している公然の秘密という奴なのだから問題ない。


 でも今回のは明らかにプライベートな事だと担任は思っていた。だから聞いていいのか悩んだ。肥田野君の大切な何かに踏み入ることになるのではないか、彼女はそれを危惧している。


「……天海海月……まぁ知り合いと言えるのかも知れません。長い話になりますが……」


 バーテンダー肥田野。やはりこういう場所ではこういう流れがトラディショナル! とばかりに真面目な顔つきで話し始めた。手にはグラスとタオル。やはりバーテンダーにはこれが似合う。


「あ、明日の朝に職員会議があるからあと三十分で部屋に帰りたいんだけど」


 でも担任はそんなの望んでいなかった。自分で呼んでおいて冷酷な女である。やはり大人。えげつない。


「……昔彼女の『そらがけ』体験を担当しまして、結果として大怪我させたんですよ。それが理由で自分は『そらがけ』から引退。当時の『そらがけ』も消滅。彼女は半年入院。そういう関係です」


 バーテンダーは淡々と語り、グラスを磨いていた。


「……そ、そうなの」


 思ったよりもハードな内容がコンパクトに出されて担任は、たじろいだ。


「自分は彼女に恨まれているのかも知れません。小学生の半年を自分が奪ったのです。しかも彼女はアイドルだった」


 バーテンダー肥田野。彼の淡々と話す様子に担任は胸に言い様のない苦しさを覚えていた。


「まさかここまで追いかけてくるとは思いませんでしたが……両足をもがれる位は覚悟してますよ」


「肥田野君……」


 お前はどこの肥田野君なの? と担任がこっそり思っているのは仕方無い。彼はそういう人物なのだから。日頃の行いは大切である。


 肥田野君は嘘を言わない。でもあまりにも真面目な話で逆に嘘臭い。担任がそう感じるのも仕方無し。


 それに彼女は話を聞き終わってから、なにか違和感を感じていた。そして彼女はその何かを見つけてしまった。


「……肥田野君? 彼女が大怪我したのは小学生の頃よね? その頃のあなたも小学生のはずよ。アイドルの『そらがけ』体験講師に子供が抜擢されるなんておかしくない?」


 担任、意外と切れ者である。いくらアイドルが小学生とはいえインストラクターに同じ小学生を当てるだろうか。むしろ小学生でインストラクターはおかしかろう。うん、おかしいわ。


 そう考えたのだ。


「……先生殿。自分の旧姓はご存じですか?」


 ここでバーテンダーの動きが止まった。グラスを拭く手がピタリと止まったのだ。


「……肥田野君、結婚してたの?」


 担任、実はポンコツである。自分でさえまだなのに。そんな驚愕の表情を見せる担任にバーテンダー肥田野は冷静に対処した。


「親が離婚したのですよ。『肥田野』は母方の名字です。小学生の頃は父方の姓である『天宮』を使ってました」


「へー。肥田野君は天宮君だったのかぁ」


 なんか格好いいなあ。天宮かぁ。つまり旧姓だと天宮翔……。


 ここで今度は彼女がビキリと音を立てて固まった。


「……肥田野君。君は天宮翔なの?」


 担任は、まるで油の切れたブリキのオモチャのように首をギギギと動かした。そして目の前にいるバーテンダーをガン見する。頭の天辺からカウンターでちょこっと隠れる大きなお腹まで。


 上から下までギギギである。


「かつては天宮翔でしたよ。今は肥田野翔ですね。ただのぽっちゃりバーテンダーです」


 そう言って何故かジャンプするバーテンダー。お腹のお肉がポヨンポヨンである。


「……君があの『天宮翔』なの?」


 動揺が担任の声を震わせた。


 彼女もまだ若い世代である。三十路手前だが、まだ二十代。『天宮翔』を丁度、生で見ていた世代になる。一番彼が輝いていたときを社会人に成り立ての頃、彼女は見ていたのだ。


「空を駆けるもの……そう呼ばれたのも昔の事です。今の自分はバーテンダーですので」


 ハードボイルドに決まった。


 バーテンダー肥田野はそう確信してグラスを……。


「なんでそんなミューテーションしてんのよぉぉぉぉぉぉぉ! あんた美少年だったじゃないのよぉぉぉぉぉぉ!」


 このあとバーテンダー肥田野はバーで正座させられて閉店まで担任にお説教されることになる。


 彼女も『天宮翔』の大ファンで当時のブロマイドを今もお宝にしている乙女だったのだ。


 仕方無い。仕方無いのだ、バーテンダー。ファンとはそういうものなのだから。



 

 そして次の日。本当に次の日である。



「……みんなー。おはよー」


 朝のホームルームは担任のヤヴァイ顔で始まった。


 昨日の『天宮ショック』と今朝の『肥田野ショック(職員会議)』で今朝の彼女は既に力尽きていた。


 そら部に電撃入部した天海海月と大問題児である肥田野翔。


 これの対処をどうするのか。朝の職員会議は荒れに荒れた。


 そら部に元々居た顧問は逃げ出した。そして警備員である『鉄面皮』に捕縛されていた。どうやら学校から物理的に逃げようとしていた模様である。


 とりあえずこの顧問は近々ラッコに会いに行ってもらう事が職員会議で確定した。教育委員会も認可したので本当に確定である。


 そして新たな顧問を決めるとなって会議は荒れまくったのである。


 こうしてその日、新たな生け贄は捧げられた。


「ひーちゃん」


「……もしかして自分の事でありますかな、先生殿?」


 教壇に立つ女教師は無垢な瞳をデブに向けていた。


「ひーちゃんがなんかしたらわたし……こうしゃからとびおりるからね」


 彼女の瞳は無垢なまま……死んでいた。


「先生殿ぉぉぉぉ! そういうのは反則でありますぞぉぉぉ!」


 こうして対肥田野君用最終兵器『わたちせんせいだもん』が前線に投入される事になったのである。


 生徒達は幼児退行した担任に敬礼を以て哀悼の意を表したという。


 そしてその日の放課後。




「来たわね」


「海月ちゃーん! 今日も股間をぐりぐりするのー?」


「ちょっ!? 人聞きの悪いことを言わないでちょうだい! 確かにあなたの股間は集中的にゴリゴリするけど」


 するんだー。そして何故に私はここにいるのかしら?


 ひかると手を繋ぎ、仲良しさんで体育館に連れてこられた委員長は一人思考の海に埋没していた。既に半ば諦めているが、それでも『何故に私が?』という疑問は消えない。


「今日も体育館には私達だけだねぇ」


「そうね。その方が助かるけど」


 今日も体育館に集まったのはひかると委員長と天海海月だけである。今日はジャージ姿の天海海月が一番乗りであった。二番手がひかると委員長。そして三番目に来たのがこの人である。


「……今日から私が新しい顧問になりました。みんなよろしくね」


「はーい!」


 元気なのはひかるのみ。げっそりとやつれた顔の担任がジャージ姿で体育館に現れたのだ。


 委員長は『うわぁ』と思い。


 海月ちゃんは『ギリ二十代かしら?』と値踏みし。


 能天気なひかるは『先生もジャージだー』とぼんやりしていた。


「はははは。今日からこの体育館はあなた達の独占となりました。綺麗に使いましょうねー」


「はーい!」


 またしても元気なお返事はひかるのみである。


「……あの、先生? 独占とはどういう意味でしょうか」


 委員長は気になった。独占という単語は見過ごせない。担任の笑い声が普通ではないのも見過ごしたらヤバイと感じていた。


「この体育館と設備は四人専用となったのです。他の部員の子達は違う場所で部活動を行います。そっちはそっちで顧問が着くそうですね。うふふふふ」


 担任は笑っていた。嗤うというのがしっくり来る嗤い方だった。


「ほえー。じゃあ……体育館でお昼寝とかしても怒られないのかな?」

 

 尋常ではない教師の様子に天海海月ですら引いているというのに、アホの娘ひかるは特に気にせず、そう宣った。


「うふふふふ。先生は怒りませんわよー。怪我さえしなければ。むしろそれで卒業まで乗りきりましょうねー。うふふふふ」


 嗤う彼女の脳裏には踊るラッコの群れが見えていた。可愛いラッコ達のラインダンスである。まだ自分はラッコ圏内にいる。その恐怖がすさまじい。


「……先生大丈夫ですか?」


 大丈夫ではないのは承知しているが委員長は聞かざるを得なかった。先生が壊れている。明らかに駄目な壊れかたをしているのだ。このままでは何処に行ってしまうのか分からないくらいに自分の担任が壊れてしまっているのだ。内申とかちゃんとしてくれるのかなぁ。そう思うのも仕方無い。女の子はドライな生き物なのだから。


「先生は……大丈夫、大丈夫よ。じゃあこの部活について説明していくわね」


 女教師はいきなり持ち直した。大丈夫かと問われてすぐに正気を取り戻したのだ。やはり大人である。だがその瞳に宿るのは正気ではなく理性でもなく、狂気である。


「はーい! あ、どうせならふかふかマットの上に座って話しませんか?」


「いいわねー。ひーちゃん」


「……らじゃー」


 女教師の背後には黒子が控えていた。床に膝をついている巨大な黒の塊である。


 委員長は気付いていた。天海海月も気付いていた。ひかるも一応気付いていた。


 でもスルーした。


「ここは女の子ばかりなので、お手伝いさんとしてこの『黒子のひーちゃん』を導入します。これは居ないものとして扱うように。良いですね?」


「はーい!」


 笑顔で返事をするひかるに委員長と天海海月はドン引きである。むしろそんな扱いをする教師にこそ、ドン引きである。


 そうこうしてると黒子が倉庫からふかふかのマットを運んできた。


 そして……戦いはいきなり始まった。


「ひーちゃん! 私の靴を脱がすのだー!」


 まず戦端を開いたのはアホの娘ひかる。ふかふかマットに寝転がるや否や、足を高々と……体が固いので膝を曲げる程度に上げて足をプラプラさせたのだ。


「……らじゃー」


 黒子のひーちゃんは床に跪き、マットに仰向けになっている少女の靴を優しく脱がせていく。その様子は、まるでお姫様に仕える執事のようであった。黒子だけど。


 しかし、体育館に黒子が居て少女の靴を脱がせている、という光景はあまりにも異様な光景である。異様過ぎて体育館の時は暫し止まっていた。時が動き出したとき、体育館には大きな声が響き渡った。


「大空さん! 適応力が高すぎよ!?」


 委員長、渾身の突っ込みである。そしてこれが第二ラウンドを告げる鐘の音になった。


「そうよ! 私の靴も脱がしなさいよ!」


 海月ちゃん参戦。トップアイドルが脱がせ発言である。これには事務所が黙っていないぞー?


「天海さんも!? なら私もです!」


 そして委員長も参戦して戦場は乱戦模様となっていく。体育館は混合デスマッチの会場と化したのだ。


「……らじゃー」


 それを黒子のひーちゃんが優しく対応していく。その手つきはまるで赤子を扱う母のよう。二人の乙女はすぐに脱がされてしまった。そして黙った。異性に靴を脱がされるのは意外と恥ずかしい事だったのだ。


「ひーちゃんがモテモテ。先生のも脱がしてね? 優しくよ?」


「……らじゃー」


 黒子のひーちゃんはその日、黒子となって乙女の靴を脱がすという、ある意味で超レアな経験をすることになったのであった。

 

 これなんてエロゲィ?


 そんなことを思いながら。


 勿論こっそりと手についた乙女の足の匂いを嗅ぐことも忘れない。


 ひーちゃんはエロと二次元に熱い男なのだから。



 

 時は少し遡る。部活が始まる前の事である。


 肥田野君は生徒指導室に呼び出しを食らっていた。そして渋々ながら出頭した。


 生徒指導室に到着した肥田野君は、そこで女教師である担任から、とある衣装を手渡されたのだ。


 それは黒装束と黒頭巾。


 デブな肥田野君でも着用可能な巨大な黒装束だった。


「何故に黒子なのですか、先生殿」


 肥田野君は担任から黒子になるよう命じられた。部屋に入るなり、衣装を手渡されて『黒子になりなさい』である。


 やはり壊れてしまったか。


 肥田野君がそう思うのも無理もない。しかし担任は大人だったのだ。


「何が起きてもあなたがシラを切る為よ。いい? ひーちゃん。あなたが問題を起こしたら先生は校舎からダイブします。でもあなたには何の責任も生じません」


 彼女は真顔でそう説明した。決死の覚悟である。肥田野君は担任の姿に特攻兵の気配を見た気がした。次いで戦慄を覚えた。


「……つまり二重の戒めですか」


 肥田野君は担任の本気をそこに見た。彼女は本気で自分を救うために己を犠牲にするつもりである。鳥肌が立った。特に恐ろしいのは精神的に自分を戒めて来るところである。


 責任は生じなくても罪悪感で死ぬやん。一生苦しみますやん。助けてねぇよ、追い詰めとるよ。


 だからそれは反則ですってば。


 でも彼女は止まらない。


「大人は責任を取らなくてはならないの。それが大人というものなの。ひーちゃんに責任は取らせない。それも大人の責任というものなの」


「……」


 そこだけ聞くと立派なんだけどなぁ、と肥田野君は黙るしかない。


「だから……黒子に徹しなさい」


「……らじゃー」


 こうして『黒子のひーちゃん』は誕生した。


 なんとしても極北でのラッコラインダンスを回避するために担任が捻り出した奇策である。


 高校生男子を精神的に縛るという、えげつない戦法。


 相手がまともで信義に厚いほど、それは強烈な戒めとなっていく。


 人の痛みや思いを理解出来る相手には、すこぶる有効である。その反面、元がクズなら全く意味のない縛りとなる。


 肥田野君が『反則ですやん』と言いたくなるのはここである。


『私はあなたを信じてる』


 それを前提にして。


『裏切ったら私、死ぬからね?』


 と脅しているのだ。


「……大人って怖いですね」


 まだまだ高校生である肥田野君は大人の怖さを痛感した。怖すぎてチビりそうである。


「む、ひーちゃんは今後お喋りも禁止です」


「……ご無体な」


「黒子の時だけだから我慢しなさい」


「……らじゃー」


 こうして女教師は黒子を引き連れて体育館へと向かったのであった。




 そして現在。


「ぬぐぅおぉぉぉ!」


「委員長がすごい声を出してるけど平気なの?」


「あなたはこれ以上の声を出してるんだけど……加減は弁えてるから大丈夫よ。柔軟体操だけでも結構ハードな運動なのよね」


「ぐぬぅがぁぁぁ!」


「先生もすごい声だよー!」


「……足つぼマッサージも出来るなんて聞いてないわよ?」


 そら部、本日の活動は柔軟体操と『黒子のひーちゃん』による足つぼマッサージである。


 女教師による精神的圧力を受けたひーちゃんの報復とも言える。だが苦悶する女教師の顔には時として恍惚が混ざる。それを隠すための咆哮だ。


「私は……いいや。うん。すごく痛そうだもん」


 アホの娘ひかるは純真な娘。痛いのは嫌いである。見るからに痛そうな足つぼマッサージから距離を取る。


 だがしかし。


 本当に痛いだけのマッサージならば女教師は『黒子のひーちゃん』から逃げているはずである。


 でも女教師は黒子から逃げようとしないのだ。マットの上でのたうち回っているのに。


「……肝臓が少し疲労しています。お酒を少し控えてください」


「ぐぬぅぅぅ! ことわるっ!」


「……らじゃー」


 黒子のひーちゃんは優しい黒子だった。でも優しさは時に人をダメにする。


 そんな、やくたいも無いことを考えながら黒子のひーちゃんは女教師の柔らかな足裏を攻め続けた。


 ……思ってたエロスと違う。


 そんな現実を噛み締めながら。


「くはぁぁぁ……なんで私はここで柔軟体操してるんだろう?」


 一方こちらは委員長サイドである。ジャージを装備した委員長は体育館の天井を見上げて独りごちた。柔軟体操が一通り終わって爽快な気分なのもそれに拍車をかけていた。


 何故か自分はここにいる。普通の人である自分がおかしな人達に囲まれてここにいる。


 なんで? 私は普通の女の子よ? キャラも濃くないし、委員長だし。


 そんなことを委員長は考える。


 人は誰しも自分の事が一番見えないものなのだ。キャラの濃さでいくと委員長はクラスで三番目になる。


 肥田野君、ひかるちゃん、委員長の順に並んでいる。四位の生徒とはトリプルスコアでぶっちぎりだよ、委員長! というのがクラスの総意となっている。


 委員長は間違いなく変態の一人としてクラスのみんなから認識されていた。然もありなん。


 マットに大の字で横たわる女の子。見ようによっては殺人事件の光景であるが、そんな見方をしないアイドル天海海月は仰向けになって天井を見ている委員長の呟きに反応した。


「柔軟性は大切なのよ? さて、委員長はこれで良いとして……ところでなんの委員長なの?」


「委員長は委員長だよねー」


「……私にも分からないの。何故かみんなにそう呼ばれてて」


 委員長は横たわったまま困惑を滲ませる。


 委員長っぽいという理由で彼女についたニックネームが『委員長』である。クラス委員は他にいる。むしろなんの委員にも着いていないのが委員長である。


 女の子三人が集まり会話に花が咲いていく。一人は天然。一人は委員長。最後の一人はこうした『普通』の会話すらしたことのない女の子である。


 バカ、真面目、この両名の絶妙なバランスのお陰でアイドル天海海月はアイドルではなく普通の女の子として会話をすることが出来ていた。


 ひかるは天海海月をアイドル扱いしない。そもそもアイドルに詳しくないから。


 委員長は天海海月を肉奴隷の先輩として扱っているのでアイドル扱いはしない。勿論彼女の妄想なのだが、そう遠くないよね? と本気で思っている。


 天海海月は素の自分を出せるこの空間に驚いていた。ここでは自分がアイドル天海海月ではなく『ジャージ女子高生』天海海月になれるのだ。


 でも、どうしても引っ掛かる。気になる人が側に居ることが。女教師への足つぼマッサージを終えて、またしても床の上の黒塊となったあの人のことが。


「ねぇ……肥田野……じゃなくてひーちゃんなんだけど……」


 天海海月はついに動き出した。流れに逆らわずにここまで来たが、そろそろ自らが流れを作り出す機と見たのだ。


「うん。先生がダウンしちゃったね。どんだけ痛いんだろう。ううっ怖いよぉ」


「あれはダウンというか……」


 時折びくんと痙攣する女教師……だったものがマットの上に見えていた。ちょっと刺激が強い気もするが、あれは一応医療行為に入るのでセーフなのだろう。多分。


 痙攣する物体に寄り添うように、側で控える黒子のひーちゃん。


 なにこの光景。学校の体育館にあって良いものじゃないよね? そんな光景である。


 だが……堪らなく魅力的な光景にも見える。


「……私もやってもらおうかな」


 委員長が先に流れに乗った。このビッグウェイブは見過ごせない。彼女の決断は早かった。


「ええっ!? すごく痛そうだよ!?」


「痛いから良いの。良薬口に苦し、と言うでしょ」


 そう言った委員長の口は、いやらしく歪んでいた。ニチャァという音が似合いそうな笑みである。


「待ちなさい! ひーちゃんのマッサージを受けるのは私が先よ!」


 出遅れた天海海月もここに参戦。まだ流れに乗る時期だったかとほぞを噛む。


「ええっ!? 海月ちゃんもなの!? えぇ……じゃあ私もやるぅ。仲間外れは寂しいもん」


 そういうわけで、こうなった。



「きゃぁぁぁぁ! バカ! 痛いから! 痛いのよぉ!」


「……生殖系に問題あり。お腹を暖めましょう」


 天海海月は泣かされた。



「ぐきゃぁぁぁぁぁぁ!」


「……呼吸器系に問題あり。大人になってもタバコは絶対に止めとこうな」


 委員長は絶叫した。



「あはははははははは!」


「健康体だ。問題無し」


 ひかるは、くすぐったくて笑いっぱなしだった。


 黒子のひーちゃんによる足つぼマッサージはエロス三割、痛み七割という微妙なラインで終わった。


 この日の部活はこうして過ぎていく。そして部活が終わる時間が来た。


 ひーちゃんがしっとりしてしまったマットを体育館の壁に立て掛けている時の事である。ものすごくしっとりして重くなったのだ。黒子のひーちゃんが興奮してしまうほどに。


「……ちょっといいかしら。ひーちゃん。いえ、肥田野翔……いえ、天宮翔」


「……らじゃ」


 部活終わりである。外からはカラスの鳴き声も聞こえる夕焼け時である。ひーちゃんの興奮は吹き飛んだ。


 女教師と健康娘と委員長は仲良く連れションの旅に出た。


 今この場にいるのは黒子と青髪ジャージ娘の天海海月のみ。


 天海海月はここに二人っきりで話せるチャンスを見出だしたのだ。実は彼女もトイレに行きたくてしょうがない。結構我慢しているのは内緒である。


「……私があなたに会いに来た理由……分かるわよね」


 モデル立ちの天海海月が黒子を睨み付ける。遂にこの時が来たのだ。あの時自分のワガママで未来を潰してしまった被害者へと謝罪するときが。


「……」


 黒子は黙っていた。天海海月はそれを『怒り』だと受け取った。黒子なのが悪かったのだろう。


 黒子のひーちゃんの中では『あー。女の恨みは凄まじいって、かーちゃんにも言われてたっけ。こりゃ死んだかなぁ』と諦めているだけなのだが。


「……言葉なんて無意味よね」


 そう言って天海海月は黒子のひーちゃんに近付いていく。彼女はこれから彼の目前へと移動して土下座するつもりである。


 彼の気が済むまで頭を床に打ち付けての謝罪。たとえ額が割れようと止める気はない。おしっこを我慢しながらであるが、天海海月は本気だったのだ。いや、いっそ漏れても構わない! そんな心意気である。


 だが、そんな事とは露も知らぬ黒子のひーちゃんである。


『アイドルに殺される人生。それもまた男のロマンか』


 ひーちゃんは諦めた。


 今日ここで自分は死ぬ。アイドルに復讐されて、おっちぬのだ。


 でも、叶うことなら最期は女の子に馬乗りになられて死にたい。腹に女の子を乗せて首を絞められて死にたいのだ。


 男のロマンである。


 黒子のひーちゃんは躊躇う事なく床に寝そべった。マットなんて使わない。床に直である。


 そして手招きした。


 ここで顔面踏みつけによる首の骨ゴキャ! はロマンではない。


 黒子のひーちゃんは腹の上を指した上で手招きした。お嬢さん、腹の上にカモン! である。


 これに困惑したのがスーパーアイドル天海海月である。謝罪の土下座をする前に相手が床に寝そべり手招きするという謎の状況である。


 彼女は少し考えた。


「よいしょ」


 考えたけど、とりあえず乗った。手招きされているのだから仕方無い。ぷにぷにするベットに乗ったような感覚が尻に伝わってくる。


「……」


「……」


 乗る側、乗られる側、双方に無言である。


 黒子のひーちゃんとしてはお腹の上に女の子である。お尻の感触は伝わるものの、何より『重い』のだ。お腹に乗ってるのは自分と同じくらいの身長の女の子である。決して軽くはない。


 ぐっふぅ。


 そんな思いで黒子のひーちゃんは耐えていた。そしてお腹に乗ってる天海海月の手を握りしめる。互いに手を握り合う二人。その見た目はラブラブ馬鹿っプルそのものである。


 エロイ……でもこれはキツい。


 ひーちゃんは現実の辛さを知った。エロゲではお約束なのに、と。


 一方、乗ってる天海海月の方はというと。


『……これは……良い』


 極上の立体ウォーターベッドに跨がる感じである。しかもぬくぬく。


 顔が見えないのも……それが良い。


 むしろ黒頭巾で顔が見えないから肌に触れてる感触と温もりに集中出来るのだ。


 触れているのは肌というか尻と太ももなのだが。しかもジャージ越し。


『……脱ぎたいっ!』


 そんな誘惑に天海海月は駆られていた。


 この柔らかウォーターベッド(肉)を素肌で感じたら、どれだけの幸せを私は感じられるだろうか。


 たまんないわ。


 そんな思いで天海海月はぷにょんぷにょんを堪能していた。


 黒い大きなクッションに跨がる青い髪のモデル。


 遠目にはそう見えただろう。


「あー! 海月ちゃんがひーちゃんと遊んでるー!」


 無邪気な子供ならばそう見えた事だろう。


「先生、あれはアウトでは?」


「アウトね。先生これからダイブしてこなきゃ」


 これが正しい反応である。


 トイレから帰って来た三人に現場をバッチリと見られた天海海月は考えた。なんとか誤魔化すか、このまま押しきるか。


 言い訳するにしてもなんとする。


 黒子に跨がりうっとりしていた理由をなんとかこじつけなければならない。


 考えてる間も握りしめた手は離れることがない。どれだけ天海海月はひーちゃんが好きなのだろうか。当のひーちゃんは『ぐっふぅ。たちけて』なのに。


「私もひーちゃんに乗るー!」


「……へ?」


 天海海月は呆気に取られるままに、ひかるに手を剥ぎ取られ黒子から下ろされた。


 強制退去である。


 そしてひかるのターンが始まった。


「とーう!」


「ぐっふぅ!」


 黒子、呻く。

 

「ふぉぉぉぉ!? ひーちゃん温かくて柔らかいよ!? うわぁ……これは気持ちいい……ひーちゃんしゅごい……」


 あのひかるが溶けていた。黒子の上で、ちょっと卑猥な動きをしつつ、人様にはお見せできない顔を見せていた。


 あのひかるが、である。


 人肌ウォーターベッド(立体型)はとんでもない魔力を秘めていたのだ。


「……じゃんけんします?」


「そうね。天海さんはトイレに行ってからにしましょうね」


「くっ! すぐに戻ります!」


 アイドルは綺麗なフォームでトイレへと走っていった。


 これを見送る人型ウォーターベット黒子のひーちゃん。


 ……なんかエロスちゃうで?


 黒子のひーちゃんは思っていた。腹の上で跳ねる女の子である。それはエロスであるはずなのに、エロスというより幼女が無邪気にトランポリンでポヨンポヨンしている感じである。


 ポヨンポヨンと称したが実際には違う。


 五十キロ前後の重りを腹にドカンドカンと打ち付けられているに等しいのだ。気分はまさにパイルバンカー(される側)である。


「ぽにょんぽにょんだよー! ひーちゃんすっごーい!」


 やめ しぬ とま げふ


 思考すらもパイルで片言になる衝撃である。


 そしてその地獄はまだまだ続くのである。


「うふふ。黒子ですものね。だから私が先生でも大丈夫。だって黒子なんだから。ふわぁぁぁぁぁ!? ぬっくーい! やわらかーい! なにこれー!?」


 女教師の建前はあっさりと崩れ去った。


 パイルバンカー(女教師)である。今度のパイルバンカーは少しバージョンアップされて威力が増していた。


 女 教師 でも これ 違う 重い エロ エロ? これ エロ?


 黒子のひーちゃんは腹にパイルバンカーを撃ち込まれながら次第に思考が研ぎ澄まされていくのを自覚した。


 そうか。これが本当のエロスなんだね。ふふふ。僕は勘違いしていたよー。エロスはエロくないからエロスなんだねー。あはははは。女教師の尻、おもーい!


 そうかい? 翔がようやく分かってくれて爺ちゃんは嬉しいぞ。ふははははは。


「では現役肉奴隷……いっきまーす!」


「げふん!?」


 腹に撃ち込まれた新たなパイルバンカー(委員長)で黒子は目を覚ました。


 黒子の中の人である肥田野君は、どうやら夢を見ていたようだ。知らない老人と綺麗なお花畑で談笑する夢である。何となく母親の面影を老人に感じたが、腹に響くパイルバンカーで思考はすぐに散っていく。


「はぁん! こんな! こと! 知らない! のぉ!」


 委員長は目覚めつつあった。妄想女子から現実女子へと。そしてパイルバンカー女子へと。尻でデブの腹を跳ねる新競技がここに生まれようとしていた。


「委員長だめー! ひーちゃんが苦しそうだよ! そんなに高く跳んじゃダメなのー!」


「でも! これが! 私の! そらがけ! なの!」


 違う。違うのに反論すら出来ない黒子のひーちゃんである。今迂闊に口を開けば腹筋が緩む。そこにパイルバンカーを食らえば無事では済まない。既に限界は越えている。多分肋骨にも被害は出ているだろう。

 

「だめー! ひーちゃんの上でお股をぐりぐりするのが一番気持ちいいの!」


 このひかるの発言は恐らく彼女自身も深く考えずに発したものだったのだろう。


 だが女達はこれを聞いて固まった。


「……お、下りますね」


 委員長は冷水を頭から被せられた気がした。自分がやってることはそういうことである。そう突き付けられた気がしたのだ。


「……じゃあ、今日の部活はここまでということにしておきましょう」


 女教師もばつの悪い顔をしていた。冷静になってみれば普通にアウトである。黒子でもアウトである。どう考えてもアウトでしかない。


「えっと……また明日ね」


 トイレから帰ってきていた天海海月は自身の青髪をくるくると手で弄る。誤魔化す時の彼女の癖である。


 そして……。


 そして体育館から女子達は消えていった。ひかるは三人の変わりようにキョトンとしていたが、委員長に手を引かれて体育館をあとにした。


 残されたのはただ一人。


「……エロスって怖いよぉ」


 女尻に恐怖を覚えてしまった半べそ黒子のひーちゃんだけであった。


 しばし床で泣いていた彼はむくりと起き上がるとマットの片付けと体育館の掃除を始めた。


 誰もいない体育館である。


 夕焼けが窓から体育館の中に赤い光を届けてくる。


 黒子のひーちゃんは掃除を終えると辺りに誰も居ないことを確認して黒頭巾を取った。そしてそのむくんだ顔にニヤリと笑みを浮かべた。


 彼はニヤリとしたまま、いそいそと動き出す。誰にも見られていない今この時……彼は遂に本性を表すのだった。

 



 そして次の日、ではなくやはりその日の夜。またしてもバーである。


 この日も担任は新米バーテンダーに絡み酒をかましていた。新米はそういうもの。これも社会勉強なのだー! とひかる化した担任は、しかし早々に静まることになった。


 この日は担任以外にも客がいたのだ。


「……」


「済まんな」


 バーカウンターに座るのは大徳寺高校名物の『鉄面皮』その人である。バーカウンターの向こうにいるマスターからグラスを受け取り、一人静かに酒を嗜んでいた。


 これぞバー。


 これぞハードボイルドである。

 

「ああいうのいいですよね」


「肥田野君もお酒とか興味あるの? やけにシェイカーに慣れてるけど」


 バーテンダー肥田野と酔いどれ教師は『本当のバー』から少し離れた所でこっそりとお話をしていた。


 二人とも何となく場違い感を感じて大人しくなったのである。なので今日はカウンターではなくテーブルに二人して座っていた。バーにはテーブル席もあったのだ。バー自体がほとんど閑古鳥ではあるのだが。


 テーブルにバーテンダーと相席する状況である。なにこれデート? と酔いどれ教師は思ったが黙っていた。テーブルの下でこっそりと新米バーテンダーの手を握りしめているのは女の子の嗜みである。


 つまり普通にデートである。


 新米バーテンダーとしてもこの場のノリで受け入れているが『……おふざけだよね?』と少し怯えているのは内緒である。


「高校生はシェイカーとは無縁よね?」


 もし流行が来てたのなら今時の子供が怖すぎる。今日も彼女のグラスに出された乳白色の液体は甘くて旨かった。こっそり『ひーちゃんエキス』と呼んでいるのは彼女の秘密である。


「シェイカーはミルクセーキ専用です。先生なら知ってますよね。私の体質というか、血のことを」


 肥田野君、まさかの裏設定をここで解放である。やはり普通の人間ではなかったのか肥田野君。たとえデブでも人を殴り飛ばして壁にめり込ませるのは至難の技である。そこには、やはり人外の力が働いていたのだね。


 ということもなく。


「血液型が超珍しい型で滅多に居ないってのは、ここの関係者なら全員把握してるわよ?」


 女教師はそれをよく知っていた。何故なら月に一度、彼女が彼の献血に付き添うことになっているのだから。


 全寮制の大徳寺高校は余程の事がないと外出許可が下りない。それは生徒のみならず、教師にも当てはまる。


 このデブ肥田野、ではなくバーテンダー肥田野は学校側から月に一度の献血(外出)を許可された稀有な例となる。


 ここまでが女教師の知る『肥田野君の公然の秘密』である。


 バーテンダー肥田野は更に細かい説明をしていく。


 肥田野君の血液型はあまりにも珍しい血液型なので彼は小さい頃から献血が許された。特例でそれが許された。それだけ彼は貴重な血液型の持ち主だったのだ。


 彼が珍しい血液型だと分かったのは奇しくもアイドルが大怪我したとき、実の父親から殴られた天宮少年が同じ病院に運ばれて治療された時の事であった。


 この直後に両親は離婚。翔君は母親と暮らすことになる。


 この時、彼はまだ小学生だった。アイドル天海海月の事故は彼女に多分の責任があった。だが翔少年は罪の意識に苛まれる事になったのだ。


 アイドルである事はともかく、女の子に大怪我をさせた。それは少年の心に深い後悔を刻み付けたのだ。


 その罪滅ぼしとして翔少年が選んだのが『献血』だった。


 世のため人のため、その身を捧げる美少年。厚労省が特例として認めたのはそういうことである。


 だがしかし。


 翔少年は小学生である。


 小学生の体では一度の献血で僅かな量しか採れない。それでも必要とする人は沢山いた。彼の血は稀有過ぎて利用法が幅広かったのだ。


 翔少年は考えた。


『埒が明かねぇな。とりあえず太ればそれだけ血が抜けんだろ』


 翔少年は当時から男前過ぎた。


 こうして美少年であった天宮翔は不健康にならない範囲で『肥田野翔』へと変貌していくことになったのだ。


 デブはデブでも血液に問題が出ないレベルでのデブ。


 肥満ではなく『ぽっちゃり』を彼は目指したのだ。


 その結果が今の彼の姿である。顔は無理な肉体改造によって常時むくんだままとなった。不細工なデブである。


 肉体は脂肪と筋肉を見事にサンドイッチさせたハイブリッドボディとなった。ぷにぷにの奥にはガチムチマッチョがお出迎え。人間を殴り飛ばす馬力はこうして生まれたのであった。


 一見すると、ただのデブである。だがその肉体は計算し尽くして作られた鋼の肉体であったのだ。


 そんな彼は『月に1リッターは、いけるデブ』として多くの人を救って来た驚異のミラクルデブとして業界で有名人となっている。


 デブ業界ではなく医療界である。彼は基本的に粗食を好む。昆布をかじっておやつにしていた小学生である。男前にも程がある。


 そんな彼が太るために利用したもの。それが『ミルクセーキ』だったのだ。


「玉子と牛乳でタンパク質を。砂糖でエネルギーを。水分も取れますし。成分はプリンとほぼ同じですが、あれは固めるのに時間が掛かるので」


「……その体はミルクセーキで出来てるのね」


 長々と説明を聞いていた担任は呆れていた。


 なにこの子。男前すぎるわ! と。


 握ったままの手には汗がじっとりと浮かぶ。女教師の体に火が着いたのだ。


 そんな女教師の事情に気付かぬバーテンダー肥田野君。真面目な時は本当に真面目になるのが彼の特徴である。


「病院では『血液製造人間』とか呼ばれますね。とりあえず殴りますが」


「……まぁ……ねぇ」


 担任は複雑な顔をしていた。


 彼が大量に献血していることは知っていた。その血の稀少性の事も知っていた。でも何故献血を始めたのか、その理由までは彼女も知らなかった。


「もうミルクセーキは止めても良いんですが……今、手術を控えてる女の子がいて、まだ予備の血が大量に必要なんですよ」


 そういって自分のグラスを傾けるバーテンダー肥田野。中身は勿論ミルクセーキである。


 その様子を見た担任は……。


 やっぱり男前すぎるわ!


 と、心の中で突っ込んだ。


 彼女は目の前のバーテンダーの背に後光を見た気がした。


 ヤバイ。こいつやっぱりあの『天宮翔』だよ。輝いてるよ。なんだよこいつ。格好良すぎだよぉぉぉ!


 今日はまだお酒を三杯しか飲んでない彼女も素敵な男を前にして、ぐでんぐでんである。


「肥田野君はさぁ、どうしたいの? アイドルとかさ、ひかるちゃんとか委員長とか」


 ぐでんぐでんになった担任がバーテンダーに絡んできた。悪い酔っぱらいの見本のような絡みかたである。


 当然肥田野君の横に移動して彼の体にしなだれかかる。駄目な大人がここにいた。


「……天宮翔は死んだんです。自分は肥田野翔ですからね。彼女達には黙っててください。自分は『そらがけ』に詳しいだけのぽっちゃり。それで良いんです」


 正直女の子の尻に恐怖を抱いてます。そう言いたい肥田野君である。でも、そこはなんとか耐えた。目の前の女教師の尻も漏れなく彼にとって恐怖の対象なのだから。


 とりあえず肥田野君は女教師の手を握りしめてそう言った。気分は結婚詐欺師である。


「よーし! ひーちゃんは私と結婚してラッコとダンスをしたいんだなー? ばっちこーい!」


 担任、男に酔う。いや、ラッコに酔っているのかも。その様子に困り果てるバーテンダー肥田野。欲情した酔っぱらいは青少年でもあるバーテンダー肥田野にはハイレベル過ぎたのだ。


 というか普通に教師と生徒でっせ? 大丈夫なん?


 そんな苦悩が肥田野君から溢れでる。そんな悩む肥田野君に助けが入った。


「……ここは任せな」


 渋い声がした。思わず新米バーテンダーがカウンターを見やる。


 そこには渋いマスターと渋い警備員『鉄面皮』の姿があった。


「子供は部屋に帰る時間だ」


 渋い。とにかく渋い。これぞバーテンダー。これぞマスター。そして警備員『鉄面皮』。彼らが助け船を出してきたのだ。


 でも酔っぱらってる女教師の高笑いがBGMなので全く締まらない。


「きゃははははははは! ひーちゃんお前男前すぎだろぉぉ! きゃははははははは!」


 ……魔女?


 女教師はラッコによって魔女になっていた。そこに色っぽさは皆無である。


「……」


「……」


「……」


 バーに居た三人の男は黙った。そして歴戦の傭兵のように顔を見合わせた。


「きゃははは……あこら、逃げんなごらぁぁぁぁ!」


 男達は逃げ出した。魔女から仲良く逃げ出したのだ。


 この日多くの生徒が夜中に妖怪の高笑いを聞いたという。後に大徳寺高校七不思議に数えられる『笑うラッコ』の生まれた日になった。


 そして次の日。




「ひーちゃん。私は『そらがけ』したいです」


「……大空さん。今の自分は肥田野君で頼む。あと膝に乗るのは女子高生として色々不味いのでは?」


「むー。『そらがけ』させてくれるなら考える」


「そんなん言われてもまずはエア靴に慣れないと」

 

「なら、今日は部室だね!」


「……いや、今日は部室から荷物を搬出するそうだから……まぁそんときにお古を貰えばいいか」


「やったー!」


「大空さん。私もひーちゃんのお膝で癒されたいので交代してください」


「いいよー」


 朝のホームルーム前の教室は今日も賑やかである。予習に勤しむもの、友達と会話するもの、本を読むもの、そしてデブの膝に乗っかりその豊満な体に身を任せるもの。


 実に様々である。


「あふぅ……孕みましたぁ」


 教室がざわついた。しかしその波はすぐに収まった。いつもの事になりつつあるからだ。


「妄想ですぞ! それは妄想ですぞ! 膝の上に乗っても子供は出来ないでござる! 乳すら揉んでないでござるよ!?」


「はぃ……なのでぇ……ご主人様の30ミリ高射砲でぇ……撃ち方よしっ! をしてくださいませぇ」


 これで教室の生徒が8人噴いた。今日は最初からフルスロットルだ。


「よしっ! じゃねぇ! なんで30ミリ高射砲でござるか!?」


「きのう女子会でミリタリー特集をしたんだよー」


「意味が分からないよ!? 今の女子会ってなんなの!?」


 今日も朝の教室は賑やかである。



 更に後半へと続く。




 今回の感想。


 30ミリ高射砲ってなに?


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