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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

幽世隔離

作者: 続けてるゆっくりと

 その世界は幽世と呼ばれていた。

 どこまでも果て無く自然が広がり点々と町が存在している。

 ここには魔法があり魔物がいた。

 そんな大きな世界での一欠片の日常。



 その日は少し風の強い曇り空だった。

 都市へと続く道中の町の一つ。

 無精ひげを生やした男、ヨヤミが旅支度をしていると扉の向こうから歩幅の小さく軽い足音と元気な声が響いてくる。


「主殿! あるじーどのー!」


 借りている宿屋の入口のドアを勢いよく開き、和傘を持った褐色肌の小柄な少女が飛び込んできた。

 風を纏い部屋の物をかき乱す彼女はさながら小さな嵐の様で、彼女が動くたびに風が吹き準備のためにテーブルに並べていたヨヤミの旅道具が風に煽られて床に転がる。


「騒々しい、少しは静かに入ってこれないのかリウ?」


 リウと呼ばれた少女は青い三白眼の瞳を輝かせ、短くさらさらとした黒髪と上質な生地の着物の袖を揺らしてヨヤミのもとへと駆け抜けてきた。

挿絵(By みてみん)

「依頼でする。町の外に湧いて出たダンジョンの探索、報酬の額もよかったからきっと喜んでもらえると思って!」


 彼女の巻き起こした風でナイフなどの金属品や保存食、日記帳や重たい薬瓶などはとどまったが、汚れた用紙が数枚床に落ちた。

ヨヤミが洗って乾かしていた水筒も風で倒れ音を立てて床を転がった。


「依頼の受け方を教えたとはいえリウ、勝手に依頼を持ち帰ってくるのやめてくれないか。あるいは一言相談があると助かるのだが?」


 落ちた道具を踏まないよう気をつけて飛び跳ねながら、彼女は手にした羊皮紙をテーブルの上に叩きつけた。


「そうは言いましても、もう持ち帰ってきてしまいましたでございまする!」


 用紙にはナイフで切ったような鋭く美しくバランスの良い墨筆で書かれた文字列と町の統治者の承認を示す印の押されている。

 それを見てため息をつくとヨヤミは特別な力を持った依頼書を取り内容に目を通す。

 軽く目を通しただけでも他の文字よりすこし力の入った筆跡の戦闘と探索の文字が目につき、ヨヤミはゆっくり額に指を置いた。


「どこかへ行こうにもなぁ、まだこの間の戦闘で損傷した武器が帰ってきてはいないんだぞ。武器が治るまで借りた剣も、それほどいいものじゃない」

「ですがずっと町にこもっていると、吾輩の体がなまってしまいまする!」


「はぁ、午後は探索ギルドでの依頼のついでに薬代を浮かそうと薬草取りにでも行こうと思っていたのに」

「でももう一本剣はありまするよな?」


「刀身を半分折った剣を使えと? 次振るったら根元から折れるかもしれないあれを使させる気か?」

「あれは修理しないのでありまするか?」


「あれは都市でないと直せない、作り方が極めて特殊だからな」


 散らばった汚れた用紙の拾った一枚の人相書きを見て尋ねる。


「この老人は誰でする?」

「都市からの依頼の仕事で俺が探している人だ。非常に強力な魔道具を持って都市を出ていった、その魔道具の回収と彼を連れ戻せって依頼だ、お前と出会う前からの依頼だ」


「この人とは知り合いでするか?」

「昔少しお世話になった程度だ。このあたりに来た情報はあるが、そこから先は行方不明で情報を集めようとしていた。この町から先は大きな街もないし、少し情報を集めないといけない。それはさておき、俺の仕事のことはいいから、壊した扉を戻してこい」


 リウは散らかした部屋の片づけを始め落ちた用紙をテーブルの上に戻し、彼女が帰宅時に蹴破り外した扉を元の位置に戻す。


「おっとと」


 蝶番から完全に外れていたため、手を離すと扉は支えを失い床へと倒れそうになった。

慌ててリウは支え直す。

 慌てて倒れそうになる扉を支え直すと彼女は再度枠にはめ直し、腕に巻いた透き通るような水色の石のはめ込まれた腕輪をかざした。

 すると装身具に埋め込まれた結晶体が水色に光り、一度は外れた扉が元の様に開閉する。

 それを見て彼女は一つ頷いてヨヤミの片付けの手伝いにもどった。


「魔素結晶石を使った魔道具は本当に便利でするなぁ、壊れてもちょちょいだ。もっと使いたい、他に壊れたものは無いでするか主殿?」

「それだって、ただじゃないんだぞ。貴重な憂鬱属性の高純度の魔石を無駄使いするなよ。俺は魔石がなければ魔法が使えないんだから。回復、修復の力を持つ憂鬱属性はただでさえ値が張るというのに」


 水筒を置き光を失った腕輪を大事そうに撫でるリウ。

 親指ほどある水色の石は修復を司る魔石。


「この魔石は吾輩が見つけたものでする。何に使うか吾輩に決める権利があると思うのだが、違いまするか?」

「そうでございまするな。さて仕方ない、持ってきてしまった以上依頼はしっかり受けないとな。それで場所と時間はいつだ?」


 集合日時を確認しようと依頼書を再度手にするとヨヤミはリウが答える。


「今日の昼時でするな、場所は西門前」

「なに! すぐじゃないか! まったく……準備をしろ、といっても俺の装備は……」


「まだ修理中でするな? あるいは使用不能でする」

「……あの借りた装備で戦うしかないか。今日は厳しくなるぞ」


「その分、吾輩が働きまするよ」


 ヨヤミは手にしていた依頼書をテーブルへと置いた。

 全く、俺を困らせる怪物めと内心で毒づき彼女の額を指先でツンと押し、ヨヤミはテーブルに広げていた道具を鞄に詰め込んでいく。


「リウ、ふらふらと歩き回らないようトランクを持っていろ」

「荷物運びは吾輩に任せるでございまする!」


 立ち上がるとヨヤミは壁にかけてあった汚れ古びたコートを纏い、その上からくたびれた外套を羽織ると荷物を詰め込んだ鞄を背負い依頼書を手に持ちリウを連れて部屋を出る。

 和傘と剣を持ちトランクの中に押し込むと小さな影がトランクを抱えてヨヤミの後を追う。


 宿屋を出て町に出る。

 町は町をいく人々の楽しそうな声で溢れかえっていた。

 町が管理する魔石の鉱脈の質が良いのか、腕のいい職人の撃つ槌の音と景気のよさそうな商人の陽気な売り文句が響き合い活気に満ちた町。

 ちょうど昼時、屋台や飯処などから鼻腔をくすぐる香りがそこかしこから流れてくる。


「ったく、これから食事へと行こうと思っていたのに」

「ダンジョンで美味そうなのを見つけたら。吾輩が食べまするよ。この姿でもゆっくりと消耗してゆくゆえ」


「昼食の話だ。それと誰かに見られたらシャレにならんから駄目だ」

「人は面倒くさいでするなぁ。空腹は辛いのでするよ」


「さて、確認しておくぞ。依頼は新たに見つかったダンジョンの探索」

「うむ」


「探索者であれば町に属していない旅人でも参加は自由。探索中に拾った魔石は各自で持ち帰り可、この依頼でのおもな報酬はこれだな。発見は昨日町周辺の土地で薬草採集に来ていた探索者による報告。ダンジョン近くで中から出てきたと思われる強力な魔物との接敵、戦闘はなく生息する魔物の生態系と強さ、性質は不明」

「でする」


「このあたりは小さな地脈だからダンジョンの深さはそうないと思うが、ああやるならちゃんと準備をしたかったな」


 ヨヤミはジトリと睨みつけると彼女は笑顔で返す。


「申し訳ないでございまする。お金に工面していた故、お役に立てるかと思った次第で!」


 町の外に出るための門に向かっていると遠目からでも門の前に大勢の人が集まっているのが見えた。

 まだ始まってはいないようだったが、ヨヤミは少し勇み足で進みリウもそれを追って小走りで向かう。


「おおー、人が多いでする。5,60人くらいいそうでするな?」

「新しいダンジョンの探索なら、大きな魔石が転がっている可能性もあるからな。探索者たちが一攫千金のチャンスに集まってくる。個人営業なら全員、町と契約しているギルドなら非番のメンバーも駆り出されてるだろうな」


 ことが始まるまで二人はさりげなくその集団へと合流し、その集団の隅で待つ。

 集まっている探索者たちをリウは一人一人品定めをするように小さな瞳を動かす。


 門の近くで集まっている誰もが、剣一本と傘一本しか持たないヨヤミたちより良い防具や武装を持っていた。

 彼女の視線は集団から少し離れた場所に集まる完全武装の者たちへと止まった。


「主殿、よい魔石の力を感じる向こうの統一された灰色い装備の人たちは?」

「この町の自警団か騎士団だな。あの装備の色や傷み具合がバラバラで古いのも混じっているな。ああいう寄せ集めたような装備なら、騎士団から古くなり払い下げられた装備を身に着ける自警団の方かもな」


「そこに違いはありまするか?」

「自警団は街に拠点を置く探索者たちが話し合って作った町で一番大きな武装組織で、町での探索者のもめごとをいさめたり、魔物から町の防衛活動だな。騎士は都市から装備を貸し与えられて数年おきに装備の行進もされる、騎士は都市に所属し依頼で町に派遣された魔物の戦闘に特化したものたちだ」


「なにか違いが、どちらも魔物と戦うのであろう?」

「まぁ、わかりやすいのは装備の質だな。騎士は金のある都市に雇われ各地から集まる良い質の魔石や鉱石を使った武器や防具を持ってきていて、単純に強いんだが装備に対して実力が伴っている奴が少ない。自警団は周辺の魔物の種類を把握していて土地勘もあり、装備の質の関係で正面からのぶつかり合い以外に強い」


「なら騎士の装備をした自警団は強いと?」

「そう思うのも普通だが、戦い方ってのがあるからそうとも言えないんだよ。よく見てみろ、自警団の装備は着色している色こそ統一してはいるが頭から足先までじゃない。足りない箇所、特に刃こぼれなど消耗しやすい武器は実費でそろえているため武器がみんなバラバラだろう、装備が違うことで幅広い種類の魔物に有効的な手が取れる」


「ほう」

「騎士の戦い方は騎士団内で型としてある同じ剣技を使って訓練をしている。それゆえ使う武器は皆同じで、装備もまとめて同じ工房に発注できる。高性能で訳す一括で手に入るそれはメリットなんだが、武器が同じで同じ戦い方しかできない以上、極めて異例な魔物の相手は苦手としている」



「騎士は強くないのでするか?」

「いいや、強くても弱くても、小型でも大型でも特異な魔物、どんな敵にも対処できるよう考えられた型のある剣術は実際強い。ただ装備がどうしても装備を場所に合わせて変えられず、相手に対して過剰になりがちで戦闘になるとどうしても自警団の方が効率もよく継続戦闘時間も長い。一長一短だ」


「人間は難しいでするな」


 集合時間にはまだ少し時間があったようで、二人が到着してからさらに20人ほど増える。

 周囲の人間たちとは別の雰囲気を纏た赤肌の大男や額に角を生やした猫背のものたちも集まりはじめ、100人に届こうとする人数が武装し一か所に集まっていることで事情を知らない野次馬が遠巻きで何事かと話し合っていた。


「肌の色、角や爪の変わった人もおりまするな。外の世界は知らないことがまだまだ多いでありまするな!」

「低品質の暴食魔石を持ってダンジョンに潜り、体の魔素吸収能力がまに合わず体に強い魔素を吸った際に起きる奇病、亜人病だ。あまりじろじろ見るな」


「了解でする、まだまだ知らないことが多いでありますなぁ。……はて、何やら良い匂いがしまするなぁ」


 いつの間にかに近くには探索者用の道具を取り扱う屋台や露店が店を連ねていて、ヨヤミたちのそばにいた何人かがふらっと露店へと向かって行くのを見て二人も店の存在を知った。


「店なんかいつの間に、流石商人は鼻が利いているな。俺らも足りないものを買い足しに行くか」

「甘味が欲しいでありまする、あれは心を満たすもの故」


「売っていたらな」

「わぁい」


 二人がしゃがみこんで露店に並ぶ薬品の入った小包を見ていると、同じ露店に地近寄ってきた探索者たちの会話が聞こえてきた。


「白の英雄がお忍びでこの町に来ているという話だったが、ここにはいないのか?」

「らしいな。戦闘ギルドの筆頭探索者。都市から貸し渡される業物の剣、一度見たかったんだがな」


「でもよぉ、どうしてお忍びなんだ? 英雄様って言ったら都市が認めた最高レベルの実力者だろ?」

「なんでも、公にはできない都市の密命で動いているって噂だ。戦闘ギルドは盗賊や犯罪者を処理する対人戦専門のギルドだからな」


「なんだよ噂かよ、うさんくせぇ」

「でも白の英雄がいるって話は本当らしいぜ、町長達が話しているのを聞いたってやつから聞いたんだからな」


「又聞きかよ、なおさらうさんくせぇ」


 会計を終え小包を買うとヨヤミはその場を離れようと立ち上がる。

 話すのに夢中だった男たちの目の前にヨヤミは現れる形となって、ぶつかりはしなかったが彼らを驚かせてしまい話していた男たちに目を付けられた。


「なんだ貧相な装備だな、本当に探索者か? 武器はどうした?」

「見たことない顔だな、旅人か? これから未開のダンジョンの探査を行うってのにそんな装備じゃ、運悪く黒曜級の魔物が現れたら一撃だろうよ」


 酒の匂いがし男たちをよく見れば顔が少し赤みを帯びている。

 探索者二人はヨヤミの身に着ける装備を見たあと、隣にいるリウを見てから顔を上げ頬を掻き困った顔をするヨヤミの顔を見る。


「路銀の足しにでもしようと漁夫の利目当てでの参加なら邪魔だから帰んな」

「探索ギルドで薬草の調達の募集がかかっていたぞ、そっちへ行ったらどうだ?」


 二人が酔っていることに気が付きすぐにヨヤミたちはその場を離れようとするが、顎に傷のある男が肩に腕をかけてきたためにヨヤミは相手をしなければならなくなった。


「まぁまぁ、戦いは武器の性能だけで決まるってわけでもないだろうよ。それに、そんな状態で行く気なら、それこそ他の人間に迷惑をかけるぞ?」

「言うじゃねぇか。なら一手、お相手願おうか?」


 足取りはしっかりしているが酒のせいで少し気が大きくなっているようで、声はどことなく大きく、その声を聞きつけ野次馬も集まりはじめて目の前の露店の店主は嫌な顔をしている。


「いやいや、俺たちが戦うのは魔物であって人同士じゃないんだから。それに無駄な怪我をしたくない」


 挑発的な態度であったがヨヤミは相手をせず肩に乗せた腕を払いのけてその場から去ろうとした。


「へっ、装備だけじゃなく魂も貧相なやつだ」


 男たちはそれだけ言うと興味を失ったようで絡んできた腕をヨヤミの肩から外しその場から去ろうとする。

 面倒ごとを避けられ溜息をつくと、我慢できなかった連れが去り行く探索者の背中に声をかけた。


「おい、主殿をばかにしたな!」


 下方からの声に背を向けていた男たちは振り返り声の聞こえた下を見る。


「何だチビ? このヘタレの連れか? ははは、子連れで探索者とは。いい服着させてもらってるじゃないかお嬢ちゃん。娘には不自由させないように自分がボロを着るとは泣かせるねぇ」

「主の悪口は、吾輩が許さないぞ!」


「何だよ、変な喋りの嬢ちゃん。誰がどうするって?」


 彼女は飛び上がり男の顎に拳を叩きこむ。


「このガキッ!?」


 よろけた男が顎を押さえてリウを睨めつける。


「剣は抜くなよ、面倒ごとが大きくなる」


 相方の男に言われて顎に傷のある男は無意識に手に掴もうとしていた獲物から手を放す。


「こんなガキ相手に使うかっての。俺は3級探索者だ、問答無用で斬り捨てる鬼じゃねぇ。加減はしてやるよ」


 そして武器を相方に乱暴に押し付けるとリウに向かって大股で歩み寄る。


「あぐっ。よくもやってくれたな!」

「主殿に謝罪するでござりまするか?」


 小さな体はちょこまかと動き2発ほど男の腹や腰に拳を当てる。

 男は後ろにふらつくも、倒れはせずむきになってリウを追う。


「やはりガキだなぁ!」


 やはり手足の有利で彼女は大振りの蹴りにバランスを崩されて転び、それ以降は男が優勢だった。

 加減された一撃にもかかわらずとどめとばかりの一撃で、小さな体は蹴り上げられ宙を舞いどさりと落ちる。

 倒れた体に追撃はなく男は早く立ち上がってリウにかかってこいとヤジを飛ばす。


「地上では力が出ず勝てないでする……主殿ぉ」


 彼女が地面に大の字に倒れている姿を見てヨヤミが前に出る。

 見かねて顎に傷のある男の前に出る。


「今度はパパが娘のかたき討ちか? 娘がやられないと動けないなんてとんだ親だなぁ」


 すぐにヨヤミは小さな包みを懐から取り出す。


「すまない、連れが迷惑をかけた。今回はこれで事を納めてくれないだろうか」

「あ?」


 顎に傷のある男はヨヤミが懐に手を入れたことで一瞬怯むも、差し出された小さな包みを受け取り中身を確認すると男は鼻を鳴らした。


「一応彼女は4級探索者だ、俺もそこそこ戦力にはなる。向こうに付いたら邪魔はしない」

「4級探索者だと? このガキがか? まぁいい、初めからこうしていれば痛い目を見なくていいものを。親ならちゃんと教育しておけよ」


「ところで、さっきの英雄について話していたよな? 黒の英雄について何か知らないか?」

「黒? 白じゃなくてか? 何十年か前に東の都市を救った英雄だったか。もう老齢の爺さんだと聞いてはいるが、それがどうした?」


「知らないならいいんだ、引き留めて悪かった」


 男は鼻を押さえて連れとともに門へと向かって去っていく。

 野次馬たちも去っていき起き上がったリウは小さな腕を振ってヨヤミに訴えかける。


「どうして、仇を取ってくれないのです。主殿」

「相手に殺意がないのとお前が勝手に飛んでいったからだ。お前が迷惑をかけたときのための小銭を用意しておいてよかったぜ」


「でもぉ……」

「でもじゃない。まったく余計な出費かけさせて。揉め事を起こさないが同行する条件だったはずだったが」


 気まずそうな顔をし彼女はそっと耳を両手で塞ぐ。


「気を付けるでございまする」

「その言葉、ここに来るまで何度聞いたか」


「吾輩、4級の探索者なんでするな?」

「ああ、お前を連れて歩くのも大変だから探索者として俺の紹介と金で買った。正式な手続きは都市に帰ってからだが」


「お金というのは何でも変えて便利でするな」


 門の方角から一際は大きな声が聞こえ集まっていた探索者を一か所に集めている。

 すると今まで露店や屋台をぶらぶらとみていた探索者たちが門の前へと向かって行く。

 二人も門の前に向かうと町を囲う壁の横に作られた舞台の上、灰色の装備で身を固めた自警団に警護され舞台に上がる初老の男性の姿が見えた。


 初老の男は一度頭を下げると口を開く。


「皆よく集まってくれた。この町に住む者、たまたまこの町に立ち寄ってくれたものそれぞれいるだろう。急な呼びかけにも関わらずこれだけのものが集まってくれたことに感謝をのべたい」


 決して声を張っている様子ではなかったが、その声はこの場にいた皆の耳に届く。

 ヨヤミが魔道具の効果だろうと思っていると、そばにいるリウには声が聞こえていないようで何とかして話を聞こうと耳を精一杯傾けていた。


「集まってくれたのは皆も知っての通り最近発見されたダンジョンのことである。このダンジョンが脅威となるか、我が町を潤す富となるかの見定めをしていただきたい」


 周囲を見渡し男の声が聞こえているのが印の押された依頼書を持っているからだと気づきリウにも用紙の端を握らせる。

 短く話を終えて初老の男性は舞台を下り去っていくところだった。


 軽い挨拶があった後は自警団たちの案内で、門をくぐり町を出て人や車両の通る街道を外れ山道へと入る。

 道なき道を枝や岩にマーキングされた塗料を目印に鬱蒼と茂る森の中を進んでいく。


「なぁ主殿?」

「どうした。何か見つけたのか?」


「いいや、違うそうではないでする。あの老人が言っていた脅威と富とはなんでございまするか?」

「ん、ああ。文字通りだよ、ダンジョンは濃密な魔素の影響で魔石を生むと同時に引き込まれた魔物を急速に成長させる力がある。弱い魔素なら魔物を急成長はしないから人の手で管理できる、言った通りダンジョン内では質の良し悪しは別だが魔石が取れるからな」


「ということは。脅威とは、人の管理できない強い魔物が出るということでするな」

「そういうことだ。濃い魔素で魔石の数も質も比べ物にならないが、強力な魔物がこんな町の近くにうようよと現れるようになったら誰も寄り付かなくなる。ここにいる探索者たちは命知らずも混じっているが平均的に4級程度だろうな」


「それが何か関係あるのでするか?」

「ほとんどの探索者は5級未満。都市の付近ならなんてことはないが、ここにいるものたちが苦戦するようならすぐにこのダンジョンは潰されるだろうな」


 獣道すらないような道なき道だったが何度か誰か通ったようで、顔にかかるような邪魔な枝葉だけは斬られていた。

 そして案内された先に見えてきた不自然に盛り上がった地面。


「見えて来たぞ、あれだ。あれがダンジョンだ」


 盛り上がった地面の周りには外側でなく内側へと向かって棘のついたバリケードが囲んでおり、その周囲に仮設の拠点としてテントが立てられていた。

 先に来ていた数名の自警団が戦闘態勢で地面の盛り上がりを監視している。

 地面の盛り上がりをぐるりと回り込むと、膨れ上がった地面は熟れた果実のようにぱっくりと割れていてそこにダンジョンの入口が見えた。


「それでは中のことはよろしく頼んだ」


 亀裂の前で道案内をしてきた自警団たちと別れ、そのまま休むことなく探索者たちはダンジョンの中へと入っていく。

 他の警戒していた自警団たちに手を振られリウが手を振り返す。


「灰色の自警団、あいつらはついてこないんでするな?」

「彼らはダンジョンに入ろうとする薄影級の魔物や、ダンジョンからあふれ出てくる魔物を倒すのが仕事だから外を守っていて中には入ってこない。彼らは装備はよかったが実力は5級以下の探索者の集まりだろうな」


 ダンジョンの通路幅は小さな建物なら飲み込めてしまえそうなほど、傾斜に強弱のある下り坂を下り奥に進むにつれ外の明かりが差し込まなくなり、次第にダンジョンは暗みを帯びていく。

 それでも壁面や床などが淡く光っていて一定量の光量が保たれており、壁や天井、仲間の姿を明かりがなくても確認することができた。


「ダンジョンというのは一つ一つが違うのでするな、吾輩の知るところとは全く違うでする」


 光る壁や床の付近に小さな色のついた薄透明な結晶体が生えている。

 ダンジョン内に入りトランクの中から武器を受け取り、トランクを持つ役を変わりリウは傘を開いて嬉しそうにくるくるとまわす。


「危ないから戦闘以外は振り回すなよ、人が密集しているんだから」

「わかっていまする」


 先を進む金色の探索者の手には片手に収まるサイズの箱型の機械が握られており、針が文字盤の上で揺れている。


「乳白色の白壁のダンジョン、平均的な鍾乳洞タイプだ。魔素の濃度はどうだ?」

「魔素濃度2,35。通常値だ。暗くなってきたな、いつ戦闘になってもいいように魔光灯を出せ」


 先を進む探索者たちの会話。


「前を行く人は良い感じの魔石の匂いがするでするな」

「おそらくは2級以上の探索者だろう。装備も見た感じかなりいいやつだ、町の最高戦力として雇われている自警団なのかもな。彼らが今ここにいる中で一番強い探索者だろうな」


「おや、主殿は?」

「武器がないだろ、俺は今回まともに戦えない」


 何人かが持ってきたランタンに黄色い魔石を放り込むと黄金色に輝きだし辺りを照らす。

 ランタンの光を受け探索者たちの装備する武器や防具が金色の光を纏う。


「主殿は照らさないのでするか?」

「片手でトランクを持っている俺にランタンまで持てってか? 俺らは2人しかいないのに片方が支援に回ってどうするよ」


「それも通りでするな」


 ダンジョンに潜った当初は一本だった道は枝分かれを始め、迷路のように入り組みだした。

 奥へ奥へと進んでいると奥へと続く太い一本の道の両脇に、人一人通れるくらいの道が上や下に向かっていくつも見える。

 そして入口が見えなくなってしばらくは白く滑りやすい岩肌だったが、急に足元の感触が柔らかいものに変わりだす。


「環境は苔か、誰かその辺を焼いてくれ。反応を見たい」


 金色の探索者たちの言葉に後方にいた一人の探索者が手を前にかざす。

 すると指にはめ込まれた指輪が緑色の輝きとともにそこから炎が生成され、皆から離れた個所に火球を放つ。

 閃光とともに緑色の炎が巻き上がり、光の瞬きが消えるとシュウシュウと音を立てて苔が黒く焼かれていた。


「毒煙なし、反撃もなし、吐毒苔や粘質苔では無いか、すまないありがとう。では奥へと進もう、数値も基準値のまま。おそらくは脅威はないだろう、ここからは自由探索だ。俺らはこのダンジョンの核を探しに更に下層を目指す。各自、自分の班ごとに分かれて魔石の回収や魔物の素材を集めてくれ」


 その一声で今まで同じ方向に歩いていた探索者たちは、何人かで別れて行き別々の通路へと消えていく。

 彼らはそれぞれ持参した鞄から採掘道具を取り出し、壁などに生える結晶体を回収し始めた。


「バラけてしまったな、どうしまする?」

「脅威度がさほど高くないと判断されたんだ。ダンジョンの形状や立ち込める魔素量、草や苔などのダンジョン内の環境生物からしてここは低脅威度、皆で固まって動く必要はないと判断された」


「脅威度が高いとどうなりまする?」

「魔素量が多いと、一番わかりやすくてさっき言った強い魔物が生まれたりするな。あとは定期的に通路などの構造の変わるダンジョンだったり、魔素天候があったりするな。魔素天候は溜まった魔素がダンジョン内に雨などを降らせるんだ。あとはダンジョンな環境生物か、簡単に言えばトラップや魔物化する植物がいる場合だな。毒素や瘴気を吹き出したり、スライムや食人花とかだな。いればいるで素材になったりするから悪くはないんだがな」


「あつめた素材は何に使うのでするか?」

「持ち帰った素材はギルドが買い上げダンジョンの調査のために鑑定された後商人に売却する。その後は加工して販売する街の産業になったりするな。さっきさらっと言っていた粘質苔なら接着剤やコーティング剤とかだな」


「ちょろまかしたりできそうでするな?」

「魔石程度ならな。別に売らずに自分で所持してもなんの罪はないが、ここにいるのは皆金が見えてだろうから、金になりそうならすぐ売ると思うぞ。脅威度の少ないダンジョンからはありふれた素材しか取れないからな。持っていても嵩張るだけだ」


「みんなが魔石や素材を持っていったら、このダンジョンは何も残らなくなってしまうのではないのでございまするか?」

「魔石は地脈から吸い上げた魔素がダンジョンによって結晶として生み出されたものだ。今日ここにある魔石すべてを拾って行ってもダンジョンが地脈の上にある限りまた生み出されるし、その魔素や魔石を食べに魔物が集まりその魔物についていた植物の種が魔素の影響下で魔物化していく。ダンジョン内生態系はうまくできているんだ、ダンジョン内にその生態系を片っ端から壊す者がいない限りはな」


「それは申し訳ないでございまするな」


 和傘をくるりと回しリウは苔の地面を飛び跳ねる。


「それなら吾輩らも先を進まないとな主殿、お金が必要なんでするよな。さぁ、よい質の魔素結晶石を探すため探索するでするよ」


 更にダンジョンの奥へと進み枝分かれしている道の一つを選ぶ。

 幾つかはすぐ行き止まりだったり他の道と繋がったりしていたが、進んでいるとダンジョンの先に背中に無数の胞子嚢を積んだ巨大ネズミを見つける。


「主殿、魔物を見つけたでございまする!」


 向こうもこちらに気が付いており牙や爪を立てて見せ威嚇行動をとり、動くたびに背中のコブから白っぽい煙が吹きあがる。


「あの胞子吸うなよ、暴食属性の魔法だ」

「ぼうしょく……ええと魔素の吸収だったか。用語を覚えるのも苦でするなぁ。っと、そうではなく微量とは言え吾輩は力を奪われるのはまずいでするな」


 手近な石筍を砕き、砕いた石を拾い上げるとリウの手首に巻いたバンドが紫紺色に輝きだす。


「頭を潰せ、頭蓋より背中の胞子嚢の方が価値が高い」

「了解でする」


 そして手にした石も同じように紫っぽく輝きだすと、リウはそれをソォイと掛け声とともに石を投擲した。

 投げられた石は音を立て鼠の頭部を貫き、その大きな体は赤い噴水を上げて倒れた。


「よしよし、軟弱軟弱。余裕で行けまするな。魔石さえ魔法さえ使ってよければ負けはしませぬ」

「さて、では魔石と非活性化した胞子嚢を回収するか」


「吾輩が無防備な背中を守るでするよ」

「人が多いから魔物の見逃しはないだろうし、横取りしようとする悪質な探索者もいないだろが任せた」


 ヨヤミが倒した魔物の解体をしていると別の通路から戦闘音が聞こえ彼女が傘を構える。


「……主殿、あれは負ける気がするでする」

「他人の獲物を捕るのは揉め事になる、向こうからの要請を待て」


 暴れる魔物相手に探索者たちが魔法を放ちながら後退しており、爆炎が立ち込める通路の奥から人の倍ほどの背丈のある巨大な長く太い鎌のような爪を持つ四本腕の魔物が現れた。


「誰か、戦いに加わってくれ!」

「おれの4等級の魔石を使った魔法があまり通じない、こいつただの魔獣じゃないぞ!」

「おそらくは黒曜級の魔獣だ! 包囲しろ! 一斉に叩く!」


 近くにいた探索者たちが集まり魔物を囲む。

 戦う探索者たちの大声で響くような声を聞いていたリウは声の方向を向く。

 そして通路の向こうで戦う彼らの姿を見てリウはヨヤミに振り返った。


「ふむ黒曜? その言葉、何か町でも聞きましたな?」

「強さに合わせて大雑把に薄影、暗闇、黒曜、奈落、深淵の階級分けされているんだ」


「特殊な用語は難しくてわからんでするなぁ。あれは強いか?」

「弱くはないって部類だ」


「なら油断は出来ないでするな」

「俺らも行くぞ。救難要請を受けたなら無視はできない」


「ほい来たでする!」


 探索者たちは武器を構え一斉に斬りかかるが、振り回す剛腕に探索者たちはいとも簡単に弾かれる。

 よろけたところに追撃を受けて長い爪に突き刺され探索者はダンジョンの床に鮮血を撒く。

 負傷した探索者にとどめを刺そうとする魔物の頭に走ってきたリウの飛び蹴りが直撃し、怪物は仰向けに倒れた。


「今のうち、負傷者を後ろへ下げるでございまするよ!」

「馬鹿、一人で前に出るな!」


 リウと入れ替わりヨヤミは魔物と対峙する。

 起き上がりがてらに大振りに振られた強力な一撃をリウは飛び跳ねて躱す。

 攻撃が外れたことに動じることなく魔物は次の攻撃へと移り、長い爪片腕の一本を地面に突き刺し、体を捻じっての振り回し、多い腕を器用に順番よく動かして暴れまわる。

 その連撃をリウは躱し傘でいなし防いでいく。


「よっと。悪いが、力任せの攻撃は予備動作が大きくてな、今から攻撃しますよって教えるもんだぜ。閃剣奥義・天狼一閃」


 リウが魔物の気を引いている間に迫ったヨヤミが、スッと大きな体の懐に潜り込むと静かに剣を喉元に突き刺した。

 そして傷口から白い光が漏れると光を増幅させ魔物の頭部を切り落とす。


「や、やるじゃないか。子連れ」


 倒した怪物を見て顎に傷のある探索者が近寄って来て、倒した魔物を確認する。


「よぉ、酔いはさめたか? 合流が遅れた分多くの攻撃パターンが見れたからな、あとから来た物の特権だ」


 魔物の攻撃を受け負傷した探索者たちは、応援できた探索者の魔道具の放つ回復属性のある緑色の光に包まれながら薬瓶に入った液体を傷口へとかけられていた。


「助かったぜ」


 顎に傷のある探索者が近寄ってきて頭を掻きながら感謝をのべる。

 ヨヤミは首を失った魔物を顎で指す。


「分け前はどうする? 通常の規定通りでいいか?」

「あんたが一人で倒したんだ、全部もってけ」


「いいのか? 助かる、金が要りようなんだ」

「い、いや。さっきは悪絡みして悪かったな」


 魔物の解体を始めると立て続けにダンジョンの奥で響く轟音が聞こえてきた。

 低級な魔石を使った魔道具では起こせないような大きな衝撃波を浴び、その場にいた全員が固まり音の方向を向く。


「どうなってるんだ、このダンジョンは」


 その場にいた全員の視線の先、ダンジョンのさらに奥から現れる大型の魔物。

 探索者たちは善戦しているようでヨヤミたちが手を貸す事態にはならなかったが、向こうでも負傷者が出ていた。


「主殿! まだ来まする!」


 傘を回してリウは叫ぶ視線の先には、今しがた倒したものと同じ魔物が顔をのぞかせた。


「さっきは怖気づいちまったが今度は倒す。仲間の治療費を稼がないといけないんでな」

「おう、手を貸すぜ。今度は俺が囮をしよう、そのすきに頼む」


 武器を構えなおした探索者の後に続いてヨヤミも走り出す。



 ヨヤミや他探索者たちが魔物と戦っている頃。

 深層を目指して先行した金色の探索者たちは、道具などを駆使してダンジョン内をうろつく魔物を回避して奥へと進んでいく。


「奥に行くにつれ暗くなってきたな、壁面光源も弱まったダンジョンの奥が見えない。まるで闇が壁を作っているようだ」

「ランタンの光量を強めろ、不意打ちにも備えられる。この辺の魔物、大型化している暗闇級……いや、漆黒級はありそうなのもいるな」


金色の探索者たちは武器を構え暗闇を照らす。

 足元の苔の絨毯は成長しくるぶしのあたりまで伸びて床一面に広がり、草原にも似た光景を生み出していた。


「ダンジョンの危険度が深層に向かえば上がるっていうのは珍しくないが、ここまで露骨なものか? ここまで濃くてなぜ上層に影響が出ていない。これだけの濃さ、この浅さなら地上にも魔物化の被害が出ててもおかしくないだろ?」

「それを確かめに行くんだ。核のある部屋には魔素の濃度を操るような知性ある奈落級の魔物がいてもおかしくない、そしたら俺らで倒すぞ」


 黄金色のランタンの光を強めると彼らの装備した武器や防具の纏う金色の輝きが強くなる。


「待て、何か気配がする」

「見た感じ何もいないようだが? まだ暗いな……。視覚妨害か視認阻害の魔法か何かかもしれない、それらしい魔物を倒すぞ」


 武器を構え互いの背を預け円陣を組む。

 手にしていた小さな箱の針が大きく振れ始めギギギと警報音が鳴り始める。


「なんだ! 魔素の高濃度警報だと!?」

「急激に魔素が濃くなったのか! 魔素が魔道具で吸収しきれていない、魔素濃度60まで吸える高級品だぞ! 原因はなんだ!」


「奥からか? 濃度86,4何だこりゃ!?」

「異常な数値だ。長時間居座れば亜人病にかかるな、探索はあきらめよう。戻って報告を。見かけた探索者にも注意喚起を、奥に入ってはいけない! 都市に連絡を、討伐ギルドと探索ギルドの高ランク探索者を派遣してもらえ! 俺らだけでこの奥には進めない」


 それ以上ダンジョンの奥には進まず金色の探索者たちは来た道を引き返し始める。

 刹那、突然現れた白色の炎がダンジョンの壁を、床を、天井を滑るように移動してきてそして逃げる彼らを飲み込んだ。

 炎がすべてを灰に替えたのち、彼らを囲んでいた闇はずるりと壁からはがれ上の階を目指して移動しはじめた。



‐‐



「今、少し揺れたな」


 倒した魔物の体を解体しているとヨヤミはふとそんなことを思う。

 ともに戦った探索者が魔物の体内から魔石をくり抜き、水筒の水で魔物の血液を洗い流す。

 そして鞄やトランクといった形をした圧縮空間の魔道具の中に魔石や素材を入れていく。


「どこか他で戦ってるやつが広範囲魔法でも撃ったんだろ?」


 探索者はナイフやみのとハンマーを使って素材を剥ぎながら会話する。


「先に進んでいった探索者を追うか?」

「いいや、ここにいる魔物ですらこの強さだ、追いかけて行けば足手まといになる」


 素材として回収できるものを取り尽くすと、持ち帰れない魔物の残骸に白い炎を放つ。

 魔素の塊と化した魔物の肉を他の魔物が食し成長させないため、飛び散った血液にも白い炎を撒く。

 白い炎を巻きながらヨヤミはともに戦った探索者に話しかけた。


「そういや、仕切って先頭を歩いていた、彼らは強いのか?」

「ああ、この町唯一の2級の探索者だ。あいつらも自警団なんだが流石に未知数のダンジョンの調査には駆り出されたようだ。本当は白の英雄にも協力を仰ぐ予定だったらしいが、町に来たらしいという噂しか手に入れらなくて、彼らだけがダンジョン内に潜ったってことはどうやら町の方でも見つけられず協力は頼めなかったらしいな」


「……そうか、それは残念だな」

「ああ、噂に聞く深淵級の魔物、果ての地の地脈竜と戦った鎧と剣を一目見てみたかったんだがな。まぁ、こんな小さな地脈で問題なんて起こりようがないけどな」


 ダンジョン内に一陣の風が吹く。

 それと同時にダンジョンの壁が発する微弱な光が不安定に強弱をつけて点滅を始めた。

 小走りで傘を持ったリウが戻ってくる。


「主殿! ダンジョン内の魔素の流れがおかしい、ひどく不安定になっておりまする」

「今度はなんだ」


「わからぬが、吾輩はこれに似たものを知って……でも、なんていえばいいかわからないでする」


 首を傾げ両手を広げて何かジェスチャーをしようとして諦めるリウ。

 荷物をまとめ他の探索者たちもこの場を去る用意を済ませる。


「ここで深層にむかった2級探索者を待つか?」

「質の悪い魔石をちまちま集めてても良いいが、黒曜級の魔物を倒した時点で十分だ他と合流し決めよう。数匹なら囲んで叩けるがわらわら来られるとどうしようもなくなるぞ」


 他に意見のある者はと尋ねると探索者たちは首を振り、他の探索者たちとの合流を目指し歩き出す。


 ダンジョンの奥から雷のような音が響き、音の方角へと走っていけば他の探索者たちが大型の昆虫型の魔物と戦っていた。

 複数の足に平たい体、先端の膨れ上がった長い尾は体の上へと延び、尾の先端が頭の上に来ている。


「甲冑戦蠍か……この大きさなら奈落級の怪物だ。このダンジョンおかしいぞ、決して大きくない地脈でこの脅威度の魔物が発生するなんて」


 顔を青くする探索者の横でリウはじっくりと魔物を観察する。


「カッチウセンソ。ふむ、よい魔石を抱えておりそうでするな」

「リウ、くれぐれも正面から飛び掛からないように」


「正面から行くとどうなりまする?」


 彼女の答えは答えを聞く前にすぐにわかることになる。

 雷のような音とともに魔物の首を擡げた蛇のような尾から亜音速で礫が放たれ、戦っていた大きな体をした赤肌の探索者が原形をとどめることなく爆ぜた。


「わぁお、理解した」

「行くぞ、早くしないと彼らが全滅する」

挿絵(By みてみん)

 トランクを持ち直し剣を抜き放つとヨヤミはリウの後を追って巨体へと立ち向かっていく。


「お、俺らは……」


 4本腕の魔物を倒した探索者たちも地響きを立てて歩く巨体を目にし尻込みする。


「変に見つかるとかえって厄介だ、隠れるか逃げろ」


 他の探索者に注意を向けていた甲冑戦蠍のそばにリウが辿り着く。

 彼女の振り下ろした傘で尾の向きが変わり直後地面に向かって礫が放たれる。


「危ないところであった。発射の直前、紫色と黄色の光が見えましたな」

「硬化の傲慢と増幅の強欲の魔法反応だ」


「魔法の同時使用でするな。空気か何かを増幅して硬化させた塊を飛ばす、という感じでするかな」

「連射しないところを見ると、体内にある魔力で撃てるのは一発限り。後はダンジョン内の魔素を吸っての魔力の回復頼みってところか」


「ならば次を撃たせなければよいのでするな!」


 背後に回り込みリウは体に向かって傘を振り下ろす。

 さらに力を籠めると傘は赤く輝き魔物の外骨格の殻に亀裂が走る。


「硬いでする、攻撃がほとんど通じぬ」

「だがダメージを与えていないわけではない」


 一撃を与え巨体の背中から降り着地すると同時に魔物の尾がリウに向く。


「あっ……」


 劈く音がこだまし巨体の尾から礫が放たれる。

 傘を盾にし彼女が粉々になることはなかったが勢いよく弾かれ苔の床を転がるリウ。


「痛い、手がジンジンするでする……」


 開かれた傘は紫色に輝いており、魔物から放たれた礫を弾き返していた。

 しかし全くの無傷というわけでもなく、礫が当たったであろう場所の傘の骨が何本か折れぶらついていた。


「吾輩の大事な物なのに、よくもやってくれたでありまするな」


 手首に巻いた腕輪を笠に近づけ魔石が水色に輝くと、折れた傘の骨が何事もなかったかのように修復されて行き彼女はそれを振りかぶって飛び掛かる。

 彼女が派手に転がり注意を引いているその間にヨヤミは、魔物へと近づき背中に乗ると次の攻撃のためにリウを追っている尾の付け根に剣を振るう。


「閃剣奥義!」


 剣は関節部に深く食い込み、ヨヤミがさらに力を籠めると関節部の内側から白い炎が噴き出し尾が千切れた。


「天狼一閃!」


 そのまま剣を深く殻の中に突き刺し、より強く魔力を籠め白い炎を内側から燃え広がらせ魔物の体全体が白い炎に包まれる。

 対象に能力を付与する怠惰の魔石から剣を通して相手の体を破壊する純白の魔力から放つ技、天狼一閃。

 リウがその白く燃える体に再度攻撃を行うとガシャリと魔物の体が崩れた。


「倒したな?」

「でする。この感じ、魔石も燃えてしまったようでするな? よい匂いがしたのでそれなりに良いものだった気もしまする」


「仕方ない、今の装備じゃ最短で倒さないと強度が持たない、ただでさえ怠惰属性で強度を落としていっているのに」

「それもそうでするな」


 外骨格の隙間に差し込んでいた剣を引く抜くと、ヨヤミの持つ武器の刀身はドロリと溶けており固まりながら砕けていく。

 借り物の剣を壊してしまったことで大きくため息をついた。


 中身を焼き払い外側だけとなった外骨格を、もともと戦っていた他の探索者たちとわけあいトランクの中にしまうと今後について話し合う。


「もう散々だ、仲間が死んだ、ここから脱出しよう。ここは、やべぇ」

「俺も賛成だ、もう充分魔物は狩って素材を集めた。このままここで戦えば俺らも命まで落としかねない、調査は任せて俺らは外で待ってようぜ」


 並の探索者では手こずる黒曜級の魔物だけでなく、比較的上位の探索者でさえ苦戦する奈落級の魔物まで現れたことでいよいよ探索者たちは顔を見合わせる。


「ああ、魔物の強さが異常だ。上にいる連中に知らせないと」

「ここより下層に降りて行った奴らはどうする? 他のところに行った他の奴らは!」

「奥に奴らはこの町でも指折りの探索者だ、自力でなんとかするだろ。深層まで奴らを探しに行く前にこっちが死ぬぞ。そんなことより自分らの命の方が大事だ」

「魔道具でダンジョン中に注意喚起しながら戻ろう、そうすれば探索中でも逃げ出したことにはならなかったはずだ」


 先ほどの戦闘での負傷者の応急処置をすませてその場を離れようとしていて、あちこちで回復効果のある水色の光が周囲で光った。

 そんな光にうっすらと照らされリウはヨヤミのそばに立ち方を握っていて、彼女の三白眼の小さな目はダンジョンの奥を見ている。


「また何か来るでありまする」

「嫌な感じだな、まだ何か危険な魔物が居る感じだ」


 ダンジョンの奥を警戒していると、赤い揺らぎを放ってこちらへと向かってくる壁や天井に動く影が見えた。

 皆迫ってくる影に距離を取りその場を離れたが、負傷し逃げ遅れた探索者が何かを浴びて悲鳴を上げ溶ける。

 液体は粘度を持っており探索者を飲み込んだ後はプルプルと震える塊となった。


「今度はなんだ!」


 液体の振ってきた天井を見れば黒い靄のかかった何かが這いまわっている。

 弱体化を付与する白や魔素吸収をする赤い斬撃が何かがはい回る天井へとむけて放たれるが黒い影には躱されてしまう。

 それを見てヨヤミは武器を構える他の探索者に忠告する。


「あの靄は認識阻害だ、相手の正しい認識が出来なくなる。ここは俺たちが何とかする、引け」

「何だと、お前はどうするんだ!」


「時間を稼ぐ、ここでみんなやられちまったら意味がないだろ。いったん引いて表で待機している自警団に報告をしてくれ」

「……わかった」


 荷物を担ぎ去っていこうとする探索者をヨヤミは気まずそうに呼び止めた。


「ああ、待った。悪い、一つお願いがあるんだが」

「何だ?」


「武器を貸してくれないか? さっきの戦闘で壊しちまったんだ、無傷で帰せるかわからないが……」

「くれてやるよ、武器一本で命が助かるならな。魔物の素材売って新しいのを買うさ」


 この場を離れていく探索者たちをヨヤミとリウは見届ける。

 受け取った剣を素振りし重さや使用感覚をヨヤミが確かめていると、天井を這いまわる黒い影を視線で追いかけるリウが呟く。


「囮にすればまだ安全な戦いようもありましたでしょうに。さて、ここに残ってこれから何をするのでする?」

「戦うだけだよ、いつも通り一人で」


「今は二人でするよ! シシシッ」


 笑っていたリウが気配を感じその場から飛びのく、するとボトリと音を立てて先ほどまで彼女のいた場所に人ほどある何かが落ちてきた。


 そこには黒い影がいて、シュウシュウと音を立てて地面が溶けている。

 借りた剣に白い炎を纏い黒い靄に向かって斬撃を飛ばすと黒い靄が白い炎に焼かれて晴れていき、靄の下から透明感のあるテカリを持った灰色の体をした魔物が体を現す。


「酸虫蛇だ、触れるな纏った暴食の魔法でなんでも溶かされるぞ」

「なに!? 器用に服だけを溶かして主殿を欲情させねば!」


 リウは冗談めいたように言うが場の空気が凍っているのを感じ取り、無言で彼女は天井から落ちて来たものに向き直る。


「冗談でするよ!」

「その服、最高級の生地と最高峰の技師によって作られ目玉が飛び出るほどの高額だったことを忘れたようなら。もう二度と高い服は買わないぞ」


「おおっとぉ、この命に代えてこの服は守りまする。さてそろそろ体も温まってきたので、吾輩、緑の力使いまするよ」


 更に二匹、黒い靄に包まれた魔物が現れた。

 傘を開きリウはくるりと傘を回すと青い小さな瞳はヨヤミを見る。


「主殿、すこし大きくなるだけの許可を。戦う分には問題はないのでするが服が大事な故、流石に余裕がなくなってまいりましたございまする」

「わかった、だが無茶はするな」


 息を吐くとリウの小さな体が緑色の霧に包まれる。


「さて、燃費が悪くなると主殿が頭を痛めるから順繰り行きまするよ。服を守りながらというのは良いハンデだと思いまするか?」


 緑色霧はすぐに霧散し現れる胸部臀部と着物からはみ出そうになる肉を持った、褐色の背の高い成人女性が現れた。


「この体は力は出るが、小さい体に慣れてしまい動きづらいんでするよなぁ」

挿絵(By みてみん)

 スッと手を払えば着物が黄色い炎に包まれ布地が伸びて行き、彼女の伸びた身長に合わせる。

 伸びたサラサラの髪を手櫛で整えながら首を鳴らし腕を回すと、彼女は手にした傘を振り回し魔物へと向かって走り出し艶やかな声で吠えた。


「さぁ、かかってくるがよい! この姿は、主殿のお許しがなければなれないのでするからな!」


 黄金色の光を輝かせ空中で一回転しての彼女の一撃は、黒い靄の取れた酸虫蛇を叩き潰す。

 すかさずヨヤミが残る二匹に白い炎を灯して黒い靄を取り払うと、同じようにリウがとどめを刺していく。

 床に生えた苔の養分となった3匹の残骸を見てリウは言う。


「ふぅ。警戒したものの、そこまで強くはなかったでするな。服を着なおさないと帯がきついでするなぁ。あ、増幅で帯も伸ばせばよいのか」


 動き回って乱れた服装を整えながらリウは顔を見る。


「何か考えている顔をしておりまするな?」

「酸虫蛇は一定数魔素を吸うと身を削って下位の眷属を生む。サイズからしてあれが黒曜級なら一緒に暗闇級の酸虫蛇が追従していないとおかしい」


「と言いますると、これは? これが? 生み出された眷属でするな? もっと上これの親がいるということでするな主殿?」

「かも知れないということだ。奥に進む必要がありそうだ、もしかしたら……」


「コクヨーキュウというものより上がいる可能性があるということでするな」

「ああ、さっきのやつらが眷属だとしたら親は奈落級、さっきの甲冑戦蠍と合わせて二匹目だ。これが思い違いならいいんだが嫌な予感がする」


「吾輩も同感でする」

「いくぞ」


 ダンジョン奥へと向かって歩き出すと奥から吹く風に立ち止まり首を傾げるリウ。


「どうした」

「魔素が濃いでする。異常なほどに心地よいほどに、気味が悪いでするな。吾輩が極力周囲の魔素を吸いまする離れませぬようお願いしまする」


 大きく深呼吸をしてリウはダンジョンの奥の方を向く。


「さっきの戦闘以降、魔物がまったくいないな」

「おりますが何かから隠れておりまする。この感じ、ここはまるで巣でするな……」


「頂点に立つ魔物が統率する階層、か」

「上にいた魔物も、この階層から追いやられたのかもしれませぬな。眷属を生み出したものはダンジョンの核に集合しているのだろうか」


「濃度の濃い魔素を吸って成長を続けられても困るが、他の魔物を追いやって外に出て町に被害が出るのもまずい。原因を調査するだけにする気だったが……ダンジョンを潰すのも視野に入れる必要がある」

「でするなぁ」


 傘を差しリウが先を歩き魔物を探す。

 ヨヤミは彼女の後を追い戦闘に備える。


 探索者の装備の擦れ合う音も戦う声も魔物の息遣いも聞こえなくなり、ただ下へと向かって通路を進んでいるとふいにリウは立ち止まった。


「人がいまする。さっきの金色の人の一人だと思われまする」


 ふらふらと足に力がなく今にも倒れそうな人影が歩いてくる。

 それは装備もほとんど壊れ、命一つで逃げ出してきた探索者の姿。


「に、げろ……ここから……すぐに……」


 一人生き残った探索者がヨヤミたち二人を見つけ弱弱しい声を絞り出す。

 それと同時に探索者の後ろダンジョンの奥から明るく煌々とした赤い壁が迫ってくるのが見えた。

 赤色の壁は探索者を飲み込みさらにヨヤミたちへと向かってくる。


「リウ!」

「主殿!」


 傘を開き黄金色に光らせると迫ってくる白く眩い壁から身を守るリウ。

 ヨヤミは剣を振るって魔素赤い斬撃を飛ばし、迫ってくる赤い壁を両断する。


「おいおいおいおい、どんな威力の魔法だよ」


 攻撃を絶えた二人は白い炎の壁の迫ってきたダンジョンの奥に視線を置いたまま合流した。


「ダンジョンの壁、幅いっぱいまで達していたでありまする。ビックリでするな」


 ボロボロだった探索者の影はなくダンジョンの壁がシュウシュウと音を立てて焼け、ひび割れたダンジョンの壁の一部が崩れる。


「魔法にある程度耐性のあるダンジョンの壁を分解し崩落させるほどの火力か」

「また傘が壊れてしまった、治さないともう一度は持たぬでする」


「治るまでこっちに来ていろ」

「了解でする。少々お待ちを」


 リウはヨヤミのもとへと駆け戻り手に巻いたバンドを水色の光を光らせ、柄と骨だけが残った傘を元の形に復元していく。


「今のはこのダンジョンの主のものだと思われまするか?」

「わからんが、これほどの力を持った魔物がそうほいほいと居ては欲しくねぇな」


 黒い靄を纏った魔物が大挙して押し寄せてくるのが見え、修復中の傘をくるりと回しリウは武器を構える。


「さぁさ、お客さんでするぞ! こちらはもう少しかかりまする」


 黒い靄、魔力の流れを操る憤怒の魔法で姿を包む認識阻害の魔法で、姿を隠してはいるが酸虫蛇の群れと思われるそれらは二人を取り囲む。


「天井も壁もどこを見ても黒一色の靄、まるで闇の中にいるみたいだな」

「主殿、先ほどの攻撃で壁が脆くなっておりまする」


「ああ、最小限の攻撃でなんとかしよう」

「認識阻害は嫌いでする、しっかりと攻撃対象が見えないのでするから空振りが多くて。ただでさえ体を大きくすると使う魔素の消費が激しいというのに」


 傘に黄金色の光を纏い、剣に白い炎を纏わせると二人は黒い靄の塊に挑む。

 取り囲む黒い影たちはドロリとした溶解液や赤い炎を吐き、それらを躱しながら倒す。


「容易くこ奴らを倒せはするが、吾輩攻撃するたびに過剰に力を消費しておりまする」

「わかった、お前はなるべく力を温存しておけ」


 戦いながらダンジョンの奥へと進んでいると辿り着く大きな空間にでる。

 今までの通路も建物が入りそうなほど十分と広かったが、その空間は小さな村程度なら飲み込めるほどの部屋。

 部屋内は平坦ではなく大きな溝でデコボコとしており、膝下ほどまで成長した苔の草原がさらに奥から吹く風によって波打つ。


「この先が、最深部でするな。核の位置はもう少し先の部屋でありまする」

「てっきり、親も出迎えてくると思ったが」


 襲ってきていた最後の酸虫蛇を剣で斬り裂き一息つく。


「それらしいものは影も形もないでするな?」


 飛び散った魔物の肉片から離れた場所まで移動し、おおきな岩の上に座り休憩をとる。

 いつ魔物に襲われてもいいよう手の取れる位置に武器を置き、背中に背負った鞄から小さな包みを取るとリウに渡す。


「魔物と戦ったわけだが、リウまだ眠くはないか?」

「まだ全然戦えまする。でもここから出るころには瞼が重くなるかもしれませぬ」


「ならさっさと行こうか。この奥に進む前に食べておけ、その姿で動いて疲れただろ」

「ほぉぉ~、甘味!」


 生唾を飲み込みながら受け取ると包みをほどき、黒っぽい塊を見て目を輝かせる。


「よーかん!」


 リウは塊を両手でつかんで頬張った。


「もう一つある、残りはここの主を倒したらな」

「わぁい!」


 トランクをおろし背負った鞄から薬瓶を二本取り出し、その一本をリウに渡す。

 それを見たリウは口を開けたまま固まる。


「疲労回復剤だ」

「薬草煮詰めた渋いやつでするよねぇ?」


「甘味に会うだろ?」

「ぬぅぅ……」


 薬瓶の中身を飲み干し少しの間体を休めたのち二人は、さらに奥へと向かって行く。

 そして辿り着く最奥の部屋。

 天井には針山のような棘だらけの巨大な結晶体が生えていて、虹色に煌めき陽光にも似た強く眩い輝きを放っていた。


「あれがこのダンジョンの核だな」

「あれを壊せばダンジョンが死ぬんでするな。ほぉ、この部屋は魔力がすごく濃いでする」


 そして輝く結晶体の下で蠢く大きな影。

 他と同じように黒い靄に包まれていて、その姿は生きている闇の様。


「奈落級ともなればこれほどでかくなるのか」

「上質な魔石の匂いがしまするなぁ!」


 核の下にいる巨大な怪物のそばに一つの人影が見えた。

 背筋が伸び背が高く大きな体は衰えを感じさせない、皴だらけの顔に口もとに白髪を蓄えたローブ姿の男。

 男の手には黒く輝く杖が握られており声を聞いて、ダンジョンの核へとむけられていた杖をおろす。


「聞き覚えのある声。誰かと思えば白の君ではないか、どうしてここに?」


 落ち着いたしゃがれた声が黄色光を伴った魔法でダンジョン内に響く。

 老人は落ち着いた口調で話しながら強く握った震える手で杖をつき二人へと向かって歩く。


「あなたを追って来たんだよ、黒のご老人」

「そうか、すでに目を付けられていたのか。残念だ、もう少しだったのに」


「なぜ追って来たか、心当たりはあるか?」

「私が持ち出したこの杖だろう? それともこの私、黒の英雄の失踪自体が都市から追ってくる以来の対象だったか?」


「ご名答だ。そうだな、地脈の不安定化で都市同士の足並みが揃わない今、どこぞに亡命してもいらない火種になるからな。杖を取り返しできればあんたを連れ戻して来いって話だ」

「どちらも断れば、君は仕事を始めるのか」


 杖をついて歩くだけの老人。

 ただそれだけで強い威圧感を放っており、リウが臨戦態勢を取る。


「主殿、あれは何者でするか?」

「黒の英雄、半世紀前に都市を襲った深淵級の魔物を排除し名を馳せた英雄だ。手に持つ杖の名は禍露、変異を効果とする憤怒属性に特化した、英雄と呼ばれる者だけに貸し与えられる魔法武器の一つだ」


「憤怒の魔石、魔素で対象を強化したり弱体化させる魔法でするな。吾輩と同じでする」


 トランクの持ち手を握りなおし、まだ遠方にいる老人へと向けゆっくりと剣を構え問いかけた。


「それで、黒の英雄の爺さんこれはどういうことだ? このダンジョンが異様な魔素に満ちているのは変異の力のせいか!」

「ああ、小さく大したことのないこのダンジョンをこの杖の力で成長させた」


「それだけで、ここの魔物たちは奈落級まで育ったわけだが、これは都市の規定で立派な犯罪だとわかっているよな?」

「十分に育った魔物たちのいるダンジョンの核を破壊することで、魔獣が外にあふれ出すスタンピード。かの雪の都市との戦いでは散々苦しめられた手だ」


「それと爺さんその魔物、あんたはなぜ襲われない?」

「こいつか? こいつは魔素不足で弱っていたところを拾い、この杖で力を分け与えここへと連れてきた。いわば支配下に置いた眷属のような物だよ、魔物の使役術は専門ではなかったのだが意外とできるものだな」


「そんで拾ったそいつを、そこまででかくしてどうするつもりだ? 何を企んでいる?」

「私が深淵級の魔物を倒してはや半世紀、最近は日々力の衰えを感じるようになってきてしまった。もう私の時代の終わりの時も近い」


「あんたは都市に多くの貢献してきた、望めば安泰な隠居生活もできただろう」

「死んだように生きて何の意味がある。私は、再び脚光を浴びたいのだよ。脚光を浴び皆に賞賛される、半世紀前のあの時のことをいまだに夢に見る」


「それとそいつに何の関係がある?」

「こやつに町を襲わせる。ここだけではなく他幾つかの町をな。そして都市が危険度判定を行う頃に私がこいつを倒す、他の英雄と会わないようわざわざ地方まで来たのだが追手が白の君とはついていない」


「襲わせる? その眷属をか?」

「親を引き立ててくれる親思いの子だ。ほら起きなさい、お客さんが来たよ。食べてしまいなさい」


 黒い靄を纏った巨大な影はのそりと起き上がり杖を持つ老人のそばへと寄る。

 ヨヤミたちは向かってくる巨体に武器を向け、剣に白い炎を溜め始めるとリウは閉じた傘を握って怪物を見る。


「主殿は援護をお願いしまする!!」

「まて、今阻害魔法を払う!」


 ヨヤミは振りかぶり、剣に纏った白い炎の斬撃を飛ばすと巨大な体を覆う影を払う。

 認識阻害の魔法に隠れていた姿が現れ頭には無数の触覚と目玉、後頭部から背中に向かって鋭く伸びた黒い角がヨヤミたちの目に入る。

 黒黒とした血管や葉脈のようなものが浮き出た透明感を持った灰色の巨体、その小さな丘のような長い巨体には腕も足もなく、鰭のような物が何枚も張り付いていて一枚一枚がはたはたと独立して動く。


「なに、だれ? だれ?」


 無数の食指が絡み合った口がどうなっているかわからないが、巨体が言葉を発すると頭から延びた無数の目が二人を見た。


「龍化している! リウ、もうそいつはただの魔物じゃない!」

「主殿これは!」


 呼ばれてリウはヨヤミの隣を離れて巨体へと向かって走り出す。

挿絵(By みてみん)

「深淵級だ!!」


 広い部屋のどこからか嗄れた声が響く。


「私の力でダンジョンの核を成長させた。高濃度の魔素の中で急速に成長したこやつは強い自我と知性を得た。まぁ、早すぎて成長した肉体に精神は追いついていないがな」


 無動作で巨体の体から延びた太い触手が傘を広げ身を守るリウを突き、彼女をダンジョンの壁まで吹き飛ばす。


「リウ!」

「生きておりまする!」


 姿は見えないが壁の近くで緑色の光が強く輝いていて名を呼ぶと返事が返ってくる。

 巨体は向こうが透けて見える4対の鰭のような羽根を広げた。

 その巨体からすればとても小さく飛べるような羽根ではないが、だがそれでもヨヤミたちからすれば大きく広げた姿は威圧感があった。


「だれ、なに? だれ、だれ?」


 羽根の一枚一枚に赤い光が灯り、ゆったりと羽ばたかせると同時に無数の光弾を飛ばしてくる。


「ごはん、ごはん? あそぼ、あそぼ!」


 飛来する光弾の速度は決して早くはなくヨヤミとリウは苔の草原を駆け抜け躱す。

 赤い光弾は着弾した個所の床などに生える苔を瞬間的に枯れさせ塵にした。


「攻撃が激しすぎて、近寄れませぬ!」

「魔力を使わせ枯渇させたいが、無理だろうな」


 近寄ろうとすれば集中的に狙われリウに向かう光弾の量は多く、彼女は常に走り回って躱し続けている。

 戦場の真上、天井で輝き続ける巨大な魔石。

 その光を一番近くで浴びる巨体の体の両端が内側から盛り上がったかと思うと、突然盛り上がった体が裂けそこから漆黒級の酸虫蛇が出てくる。


「眷属召喚だと!? これは、ダンジョンの核が邪魔か……、あれがある限りこいつらはあのでか物の体内から湧き続ける」

「増え続けるのでありまするな。心地よい光でするが、壊すのであれば吾輩が壊しに行くでありまするか? ちょっと手間取るかもしれぬができないこともないでございまするよ」


「核は俺が行く。あのでかいのの相手を任せる、あれは放ってはおけないからな。核は天井は高い位置にあるが、黒の英雄相手に隙を見て破壊する!」

「わかりましたでありまする!」


 ヨヤミが無数に飛ばしてくる赤い光弾を躱している間に、20匹ほどの酸虫蛇に囲まれる。


「主殿、近寄れませぬ!」


 うっかり仲間に攻撃を当てないように巨体の放つ赤い光弾はリウだけを狙うようになり、よけ続ける彼女はどんどん巨体から離れていく。


 戦闘の間に床や壁からはがれた転がる魔石をいくつか拾い光を灯す。


「よし、黄色の魔石か! 閃剣奥義・憐憫彗星!」


 ヨヤミは剣先に増幅の属性を持つ黄色い光をまとわせ回転斬りを行う。

 剣の通った後に残った黄金色の軌跡が少しすると膨れ上がり周囲のものを薙ぎ払う。

 酸虫蛇たちの包囲を突破しヨヤミは別に戦うリウと合流する。


「すみませぬ、無駄に消費を。核の光があるといえ、まだ離れているうえ」

「こっちはいい、あれの相手任せていいか」


「もうひと段階だけ、今のままでは厳しいでする」

「お前に任せる、深淵まで育ったこいつをこのまま放置はさせられない。ここなら人も来ない、好きに暴れろ」


 彼女の体から稲妻が走り鋭く爪が伸び指先が黒々とした鱗でおおわれていく。

 耳の後ろあたりから背中へと向かって鹿のような枝分かれした角が二対生え、尻には細く長い黒い鱗で覆われた蜥蜴の尾が伸びてきた。


「わかり申した。シシシ、行きまするよ!」


 尻尾を左右に振り両手の拳を合わせると三白眼の小さな青い瞳は他の何よりも大きい巨体を見据え、ニィッと笑って怪物へと飛び掛かる。


「あそぼ、あそぼ! おいしそう、おいしそう!!」

「この姿、主殿はあまり好いてはくれませぬゆえ早々に決着を。シュルルル……、かかってくるがいい。吾輩が今ここで深淵より奥底へ沈める」


 転がる石をいくつか拾い上げ黄金色の光を纏わせると、振りかぶって大雑把に投擲し赤い光弾を放つ羽根を貫く。

 鰭は千切れてもその巨体に当てても肉を貫けない、だが攻撃を受け巨体は波打たせ痛がり身を丸めた。


「大きいと狙いやすいでするな」


 羽根を破壊され光弾を放つのをやめたかと思うと口元が膨れ上がる。

 そして白い炎を吹きだす。

 逃げ場のない通路ではなく広い部屋の中、広範囲ではあったが二人はその攻撃の範囲から飛びのき避けた。


「おおぅ、多彩でするな!」

「深淵級にしては単調な方だ! まだ技を隠していると思え!」


 怪物の体が小刻みに震えたかと思うと膨れ上がり背中から、黒と青の光とともに先ほどよりさらに大量の酸虫蛇を生み出した。


「また眷属召喚でするか、倒してもきりがないでするなぁ」


 吹きかけられる溶解液を躱し黒く細長い尻尾をくるくるとまわしリウはため息をつく。

 巨体の奥にいる老人はヨヤミに問いかける。


「その貧相な装備はどうした? 君の武器は使わないのか、都市から借り受けている名高い鎧は? 都市から渡された神剣、天星は? 最後まで、あの亜人病の少女に戦わせるきなのか?」

「ああ、あの剣か。あれはここへ来る途中、あんたを追っている最中に折れたし鎧も壊れた」


「壊れた、だと? 神剣がか、鎧がか? ならどうやってこの深淵に達した魔物を倒すというのだ? すでに龍化を済ませておる、ここへ何しに来た」

「ここに来たのはただの偶然だよ。あんたを追って不慮の事故で装備を壊し、その修理費やその他もろもろを工面するためにここへ来た。こんなでかいのと会う気なんてなかったんだよ、俺の専門は魔物ではなく人なんだからな。本当にあんたは運が悪く、俺は悪事を働く前にあえて幸運だった」


「だが、そんな装備で何ができる! そんな安物の低級の魔法武器で!」

「でも、強さってのは武器の性能だけで決まるってわけでもないだろうよ」


 剣身に赤い炎を纏わせ一気に放ち、押し寄せる酸虫蛇を薙ぎ払う。


「新月の帳! ったく、きりがないな」


 自らの体内にある魔所を燃料に松明のように燃え灰となって崩れ落ちる魔物たちを飛び越えヨヤミは老人のもとへと向かう。

 酸虫蛇の群れの奥に移動しローブを着た老人は杖をかざす。


「私を守れ! 行け、奴を倒せ! 戦闘ギルドは、人と戦うのが本業で魔物のあいては不得手だ、畳みかけろ!」


 老人の杖が黒く輝き光を受けた酸虫蛇が一回り大きくなる。

 しかし大きくなってもヨヤミの振るうの剣の前に斬り裂かれ灰色の肉塊となった、


「黒の英雄は確か、魔法戦だけでなく近接戦も行けたはずだったが、時というのは残酷だな」

「五月蠅いぞ、若造が!」


 ヨヤミの振り下ろした一撃を老人は黄金色に輝かせた杖でいなし、付近の酸虫蛇を盾にして後ろに飛び赤い光弾を放つ。

 さらに杖を高く掲げると埋め込まれていた魔石が黒く光り、そばにいた酸虫蛇が先ほどと同じように内側から膨れ上がり大きく育つ。


「我ら英雄が必要とされる意味を君は知っているか。世界の異常、その軋み撓みの弊害、いずれ来るとされる終焉。それらを食い止めるために我らはいる」

「同じようなことをどこかで聞いたな、都市のお偉いさんが行っていることはわからないな。関係もない、俺はただあんたのように力を間違った方向に使おうとするものを止めるだけだ。世界がどれだけ広かろうと、俺はここでできることをするまでだ」


「我らは世界を救うために悪夢から抜け出せないこの世界、幽世に呼ばれたのだ!」

「そのあんたが世界を壊そうとしているじゃないか! あんた自体が脅威になろうとしている!」


「私は英雄だ、英雄なんだ。お前を殺し、私は賛辞賞賛喝采、再び脚光を浴びる!」

「あんた止め、俺はいつも通りの日常に戻る!」


 取り巻きを排除し再び老人と剣を杖で弾き打ち合う。

 何度か剣と杖を打ち合うも勢いに押され後退する老人。


「ぐぬぅ、流石に年に体ついてはこないか。だがまだぁ、深淵級の魔物のがいる限り!」


 老人の攻撃と息を合わせて酸虫蛇が飛び掛かる。

 溶解液や赤い光弾を、トランクを盾にして避けながらヨヤミは老人の攻撃も弾き返す。

 激しい撃ち合いと度重なる魔法の使用、ついには耐えきれなくなってヨヤミの持っていた武器が折れる。


「ここまでか、流石に無茶が過ぎたか」

「ふぅ、はははは。現役の英雄の相手はちと辛いな。だが、どうした強さは武器で決まる決まらないとか言っていたな? 丸腰で戦うか?」


 ヨヤミはトランクを持ち上げて見せる。


「まだこいつがあるだろう。意外と奥の手を隠しているかもしれないだろ?」

「武器だけでなく、その余裕も砕いてやる」


 それでも老人の周囲の魔物は排除された。

 盾となる魔物を失った老人の背後で巨体が圧倒され後退する。


「ぎゃぁぁぁぁぁああ!!」


 悲鳴にも似た絶叫を上げダンジョン内が大きく揺れた。


「何だと!? 圧倒しているだと、深淵級だぞ!? なぜたった一人に、あ奴は新しい英雄か!? いいやそうは見えん、角も尾もある、亜人化している。あいつはなんなんだ!」


 振り返り自らが使役する巨体が恐れ狂している姿を見て、老人が驚愕した声を出しリウの方を見る。

 彼女は傘から赤い斬撃を飛ばすと慄く巨体に大きな一文字を描く。


「ぎゃぁぁぁああああああああああ!! いたい、いたいよ」

「空腹は辛いでするよな。でも悪いが、時間がないのでございまする」


 更に一撃、赤い斬撃が飛んできて新たな一線を引いた。

 弱った深淵級の巨大な酸虫蛇は老人の方へと目玉を向ける。


 無数の瞳に移る老人の姿。

 その手に握られる高純度の魔石のはまった杖、禍露。

 巨体の口元に着いた無数の食指がそよ風でも吹いたかのようにふわりと揺れる。


「おなかすいた」

「なに?」


 巨体の放った一言。


 それは一瞬の出来事だった。


 黒の英雄は何が起きたかもわからず、抵抗もできずに稲妻のような速さで伸びて来た食指に捕らえられ口の中へと放り込まれる。

 飲み込み再びリウの方を向くと内側から光りあふれ出す黒い稲妻。

 巨体の灰色の体が波打ち背中から無数の棘が生え、無数の目玉のついた首が二つに避けて行き分かれる。


「今度は何が起きておりまするか?」

「杖の高純度魔石を取り込んだ」


「するとどうなるのでするか?」

「漆黒属性の変質、龍化が進む、それだけだ」


 黒い雷が収まると巨獣の双頭は別々に吠え、連なった牙で手当たり次第にダンジョンの壁や床を砕き始め食指が口へと運び始めた。

 透明感のある灰色の体にダンジョンの壁にもよく似た乳白色の鱗が形成されていく。


「こいつ、ダンジョンを食ってるのか」

「まだ成長をしていまする」


 取り込んだダンジョンの素材を変質させ頭にも兜や嘴に似た殻を作り出す。

 柔らかい体を鱗で包み、殻の隙間から目玉を伸ばし二人を捕らえる。


「これ以上、成長させるな」

「わかっておりまする」


 白い炎の斬撃で支援しリウが傘を振りかぶり巨体へと走り、怪物は向かってくるものに向かって口に含んだものの一部を吐き出す。

 巨体からすれば小さくとも飛んでくるのは人の頭より大きく、素材はダンジョンの床や壁面だったもの。


「あそぼ、あそぼ!」

「ごはん、おなかすいた、ごはん」


 飛来物を黄金色に輝かせた傘で撃ち落とすも二つの首から交互に絶え間なく放たれる攻撃に、ついには弾かれ壁に叩き付けられた。

 彼女の飛んでいった先には荒い鑢のように棘が並ぶ大きく育った魔石が広がっていた。


挿絵(By みてみん)

 リウ目掛け魔物は巨体に見合わぬ素早い動きで追従しダンジョンの壁、床に生える魔石、起き上がろうとするリウをまとめて飲み込む。


「リウ!」


 飲み込まれる寸前にリウは手にしていた傘を、武器を失ったヨヤミに向かって投げたが届かず落ちる。

 彼女を飲み込み頭を上げると深淵級の魔物はただ一人となったヨヤミに無数の目を向けた。

 巨体だけではなく、あたりには黒い靄を纏った酸虫蛇たち。

 警戒するようにゆったりとした動きで迫ってきていたが、突然巨体が体を捻じる。


「いたい、いたいよ!」

「ぎゃぁぁぁああぁぁ!!」


 その体が膨れ上がり体を突き破って現れる血のように赤黒い鬣、燃えるように赤々と揺らぐ瞳、黒い鱗に長い体をした蛇竜。

 頭の後ろからその背にかけて伸びる鹿の様な二対の角に、プルプルとした灰色い肉に乳白色の鱗の生えた肉片をぶら下げる。

 蛇竜は巨体に巻き付き締めつけながら角から周囲へとむけて稲妻を放ち、双頭の一方の首元に噛みつく。


「よくも、よくも主殿が買ってくれたお召し物を!!」


 噛まれていない方の首がバチンと音を立て嘴で蛇竜の体に噛みつき返す。

 蛇竜の方が小さいとはいえ、地響きを伴い取っ組み合う二匹の巨獣。


 二匹が動くたびに乳白色の鱗が割れたガラスのように砕け雪のように舞い降り注ぐ。

 裂けた体が緑と青い光を放って再生し、その背からは絶えず黒い靄を纏った黒曜級の酸虫蛇が生み出され続けている。

 生み出されたそばからリウに取り付き溶解液を吹きかけ黒い体を溶かそうとし、暴れる二匹の巻き添えを食って大きな体の下敷きとなって潰されていく。


「核が、邪魔か。少し待ってろ!」


 ヨヤミは近くにリウが使っていた傘を見つけそのもとへと走り出す。

 途中で襲ってくる酸虫蛇を黄金色に光るトランクで殴りつけ強引に道を作る。

 ゼラチン状の消化液が白い鱗片とともに飛び散り周囲の苔などを溶かし湯気とたてていて、飛び散る鱗と立ち昇る湯気を天井の巨大な魔石が照らし空間内に淡い虹がかかる。

 床に散らばる溶解液を踏まぬように躱しながらトランクを頭の上に掲げて盾して傘のもとへと駆け寄ると、足元に白い火柱を何本も作り出し自分と酸虫蛇たちを分断した。


「閃剣奥義・夜天明星」


 少し後ろへと離れるとヨヤミは壊れかけの傘を強く握り、腰を落とし突きの構えで力を溜める。

 黄金色の光が傘に灯り色が濃く光の量が増えていく。


「もういっちょ、閃剣奥義・水面鏡月!!」


 十分に光が強くなると黄色い輝きを纏った剣で突きを放つ。

 放たれた波動が天井に生える巨大な光る結晶体へと当たり、巨大な魔石は砕け散り光の雨となって降り注ぐ。


「壊したぞ、そいつを仕留める。あの大技をできるかリウ!」

「もちろんでする、主殿!!」


 ダンジョンの核である巨大な魔石が砕けると部屋の明かりが暗くなった

 同じようにダンジョン全体の光量が一段階落ちる。


「閃剣奥義・夜桜回廊」


 突進とともに放たれる無数の黄金色の斬撃が蛇竜の体に着弾すると同時に四方に花開き、赤と白の細かい斬撃へと変わった。

 黒い竜にまとわりつく酸虫蛇が次々と斬り裂かれていき、体から引きはがされて落ちていく。

 体が軽くなり締め付けを解くと蛇竜は無数の目が揺れる頭に向かって大きく口を開く。


「吾輩の必殺、神器破砕砲!」


 蛇竜の口から黄金色の光線が放たれ殻で覆われた双頭の首が一つ吹き飛ばし、過剰だった威力分がダンジョンの壁を貫く。

 すぐに失った首を再生しようと、残った首が時間を稼ぐために白い炎を吐いて暴れだす。


「閃剣奥義・天狼一閃!!」


 巨体の足元まで接近しヨヤミが割れた白い鱗に足をかけその体に傘を突き刺すと、突き刺した傷口から白い炎が噴き出しそこからさらに傘を深く抉りこむ。

 蛇竜はそのタイミングで巨体から離れ、傷口から吹き出すその炎は怪物の体を内側から焼き捥がれた頭からも白い光が噴き出した。

 薄暗い部屋内に白い炎が輝く。


「一日に三本も壊しちまったな」


 無理をした傘を巨体から抜く。

 引き抜かれた傘は、白い炎で分解され細かな破片となって手元から消えていく。


「はぁ、武器の破損に高価な魔石の大量消費、戦利品のほとんどは破壊したり焼き払っちまって、出費ばかり増えて今回も報酬はあまり残りそうになさそうだ」


 飲み込んだ杖を探すためヨヤミは頭部を失った怪物の体を、鱗を掴みなんとかしてよじ登ろうとする。

 しかしその体が痙攣し波打ちビクンと動き出す。


「仕留めきれなかったのか」


 頭を失った巨体から離れ武器を失いヨヤミはトランクを開く。

 そして布で巻かれた一本の剣を取り出す。


「リウ、時間を稼いでくれるか! 仕方ない、完全に折れるかもしれないが天星を使う」

「わかったでありまする」


 痙攣を繰り返し首を再生させようとする巨体に蛇竜は青い光線を吐いて、首なしの体を細かくしていく。

 それでも怪物は何かの拍子に一気に体の失ったを再生させはじめた。

 蛇竜の攻撃も意にも返さずみるみる失った個所を再生させていき、二つの頭部が首を擡げる。


「おなかすいた」

「いたい、おなかすいた」


 瞬く間に元の大きさを取り戻した双頭の魔物はそばにいた蛇竜に噛みつく。


「リウ!」


 撒かれた布を剥がし、鞘から刀身が半分折れた剣を抜き放つ。

 黒い光を放ち双頭の怪物は膨大な魔素を放つ剣を持ったヨヤミの方を向く。


「だれ、だれ?」

「いただきます!」


 剣先の折れた剣を握るヨヤミへと向かって食指を伸ばす。

 黒い光を刀身に収束させるとヨヤミは攻撃を躱し大きく剣を振りかぶる。

 瞬間的に収束した黒い光で刃渡りが折れた剣先を補うように伸び、向かってくる双頭の片方へと斬りつけた。


「断罪、果ての天星!」


 斬りつけた個所から一瞬で双頭の巨体は黒い炎に纏われる。

 黒い炎は意志を持つかのように形を整え一つの黒い球体へと形を変え、そばで戦っていた蛇竜はその大きな火球から身を引いて離れていく。

 強力な一撃を放ったヨヤミの持つ剣は根元から折れてしまい、それを見てため息をついて肩を落とす。


「剣、折れましたな主殿」

「やっぱり折れたか……これもう修復不能なんじゃないか。都市にはなんていうべきか、普通に話して信じてもらえるか。何か証拠になるものがいいんだが」


「一番は倒した相手の死骸を持ち帰るのが一番でするよな」

「そうだが、死骸なんてないだろ。他に目撃者もいないし、参ったな」


 火球の黒い炎が次第に小さくなっていき、最後には花火のように大きく弾けてフッと消えると、離れたところに黒の英雄が持っていた杖、禍露が地面に落ちてくる。


「終わったか」


 薄暗くなったダンジョンの最奥には散らばる白い鱗片と魔石、それと静寂だけが残った。

 傷だらけになったトランクからランタンを取り出し、同じくトランクから取り出した魔石の入った小瓶から黄色い魔石を一つ取って放り込む。

 ランタンの中で放り込まれた魔石が輝き、黄金色の明かりが辺りを照らした。


「で、ございまするな。明かり戦いが終わってからつけるのでありまするか?」

「魔道具だが普通の明かりとしても使えるからな」


 杖を回収したヨヤミのもとへと、長く伸びた木の枝のような4本の角や黒髪についた灰色い肉片を取りながらリウがひたひたと鱗の生えた裸足で歩いて来てくる。

 地面まで伸びる長い髪を鬱陶しそうに引きずりながら一糸まとわぬ黒髪褐色肌のリウは、ヨヤミのもとまで来て俯いた彼女はさらに深く頭を下げる。


「暴れすぎたでありまする。長時間暴れてしまい、本来の姿から人へと戻るための魔力が足りず……これ以上、姿が戻れませぬ。それと、それと申し訳ないでする、大事な……服を……」


 来ていた外套を彼女へと渡し頭からかぶせた。


「魔物の姿でいられるよりかはましだ。ひとまずこれを着ていろ、裸でいられるとこっちが困る」

「すみませぬ。お見苦しい姿で。しかし本当に主殿は小さい方がお好みでするな?」


「誤解があるな。小さい姿でいてほしいのは、お前を持ち運びやすいからだ。飯の後や夕刻になるとぐっすり眠るお前を担ぐのに、成長した状態だと荷物になる。ただでさえ鞄とトランクを持っているのにもう一人抱えなきゃならないんだからな」

「シシシ、面目ない。まだ、人の生活のリズムに慣れていない故。必要だったとはいえダンジョンの核を壊してよかったのでするか? 魔物が外に出るんでするよね?」


「ダンジョンから魔素が抜けるまで数日あるし、深層ほど魔素は残り続けるから一度魔物は深層にとどまるからそれまでは魔物もここにいる。小さいダンジョンで出口も一つ、修理から戻った装備を身に着けて俺が都市からの応援が来るまで出口で待ち構えていれば済む話だ」

「そのころには吾輩も新しい服を着て戦いまする」


 外套に袖を通しリウは床に転がる魔石の破片を拾い集め始める。


「とりあえず失った分の魔素を魔素結晶から補充しませぬと……おおう」


 魔石を拾っていたリウは何かも見つけその方向へと歩いていく。


「主殿、これ」

「ああ、お前の時と同じ俺じゃ倒せない敵につかった天星の理を断つ力だ。俺が剣をうまく扱えれば折れることなんてなかったはずなんだがな」


 ヨヤミのもとへと戻ってきたリウは、そのわきに白髪と赤い目をした小さな少女を抱えていた。

 白い少女は双頭の怪物の戦闘ではがれた鱗を齧っており、ダンジョンの壁由来の硬いはずの鱗がバリバリと音を立ててかみ砕かれていく。


「おなかすいた」


 手にした鱗を食べ終えると白い少女はそういってリウの持つ魔石の方へと手を伸ばす。


「この子は、どうするでありまするか?」

「放っておけばまた魔物に戻る。連れていくしかないだろう。食費に服、また勉強もさせないとか……頭が痛いな」


「吾輩も手伝いまするよ」

「間違ったことを教えないかも不安だ」


 力を失った杖をトランクへとしまうと、ヨヤミはランタンとトランクを持ち立ち上がり出口を目指して歩きだす。


「さて。外に出たら、こいつとリウのその姿なんて言うか。外には自警団や冒険者が陣を張って待っているだろうし誰にも見つからず出れはしないだろうな」

「やはり衣服を着ていないのはまずいでございまするよねぇ」


「角と尾の話だ、亜人病のせいにしたとしても身長はごまかせない。元の姿に戻るまで、しばらくは負傷したとしてこのトランクの中に隠れていてもらうか。それなら服も調達できるしお前の姿を見られずに済む。狭いが後でこの中に入ってもらうぞ、二人で」

「当然この子もでするよね。持ち運ぶ際はあまり揺らさないでほしいでございまする。それと、それもそうですが、それよりも大事なことがありまする」


 白い少女も一糸まとわぬ姿でヨヤミは再度トランクを開け、自分の着替え用のシャツをリウに渡し着させた。

 大人用の服は少女には大きすぎ、シャツの裾が膝ほどまで垂れる。

 拾った魔石を口元へと持っていくリウがその手を止めヨヤミの隣を歩く。

挿絵(By みてみん)

「忘れないでほしいでする!」

「何か忘れているか?」


 手にした魔石を一気に口の中に放り込みリウはヨヤミと反対側を向いて、彼女の頭から背中の方へと延びる角を彼の背中に背負った鞄にぶつける。


「その、そろそろ約束の……よーかんを頂戴したいでございまする。失った力からするととても足りないのでするが、甘味は心も満たしてくれる故」

「ああそうだったな。両手がふさがっているから自分で取ってくれ」


 トランクとランタンで手がふさがっているヨヤミの背負っている鞄を開け鱗の生えた腕を突っ込み手探りで包みを探す。

 そしてリウは鞄から包みを取るとすぐに封を解く。

 大きく口を開け甘い香りのする黒っぽい塊を頬張ろうとするが、口に入れる寸でのところで手を止め数歩先へと回ってヨヤミの顔を覗いた。


「主殿、一口食べまするか?」

「今日にどうしたんだ?」


「吾輩。主殿と出会う前は常に空腹でございましたでするが、最近は心あまり空腹でない故。一口だけ、分けてあげまする」


 菓子を小さくちぎり三つに分けるとリウはヨヤミと白い子に渡す。

 ランタンの金色の光に照らされて三人は出口へ、なんてことの無い日常を目指して歩いていく。


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