おばあちゃんのあんころもち
おばあちゃんが一緒にウチに住むことになって、あたしは大喜びした。
「母さんを一人にしておけない。誰かが面倒を見ないといけないなら、長男の俺が引き取るべきだろ」
お父さんがそう言うと、お母さんは仕方なさそうにうなずいた。
難しいことはわからないけど、おじいちゃんが死んでから一人で暮らしてたおばあちゃんが、あの古いお家からこのゲンダイテキなうちへ引っ越して来るのだ。
おばあちゃんのあんころもちが、これから毎日食べられるとあたしは期待した。
おばあちゃんの作るあんころもちは、すごくおいしい。
にこにこ優しい笑顔で、てのひらでころころとこねる。
おだんごみたいな小さなおもちを茹でたのを、平べったくしたこしあんの中に投げこむ。
十個投げたら出来上がり。それをそのままひっくり返して、笹の葉にのせる。
つまようじで小さなおもちを探しあてて、こしあんの中から切り離して食べる。
笹の葉の匂いもついて、心がふわっとなる。
何よりおばあちゃんの優しさがこもってて、いつまでも食べたくなる。
これをおばあちゃんは一人で作って300円で売っていた。おじいちゃんはいつも畳に寝転んでテレビを見ていた。
近所にスーパーができたため、売れなくなったことが、うちに引っ越してくる理由のひとつでもあるらしい。
「お世話になりますよ」
そう言って玄関から入ってきたおばあちゃんを、あたしは飛びつくように迎えた。
「いらっしゃい!」
「あら、たまちゃん。これからよろしくね」
そんなにひさしぶりでもないのに、おばあちゃんは歩きかたが危なっかしく見えた。
早速あんころもちを作ってとねだった。でも、難しいようだ。
「商売でやってた時みたいなのは作れないよ? おもちはおだんごになっちゃうし、あんこもよくある市販のしか簡単には手に入らないし」
そう言いながら、次の日作ってくれた。
あたしもおだんご作りを手伝った。
おばあちゃんが作ってくれたおだんごのもとを、教えてもらって手で小さなまるにした。
こねこね。こねこねこね。
だいぶんあたしも上手になった。かわいいまんまるのおだんごが作れるようになった。
それをあんこの中に投げこむのはなかなか難しい。ちょっとやってみたけど、あとはプロのおばあちゃんに任せることになった。
みんなで食べた。3時のおやつに、テーブルに集まって。
やっぱり味は違ったけど、ちゃんとおばあちゃんの優しさがこもってた。
「やっぱり歯ごたえがないね」
「ちょっと粉っぽいわ」
パパとママはそう言って否定したけど、あたしは「おいしいおいしい」って、夢中で食べた。
ヒョーメンテキなものしか見えないオトナとは、あたしは違うのだ。ちゃんとココロが見えるのだ。
友達が四人、遊びにきた。
男子と女子が二人ずつだ。
あたしが呼んだのだ。おばあちゃんのあんころもちは最高だから食べにきてって。
おばあちゃんはちょっと困った顔をした。あたしがアポをとってなかったからだ。
「材料があったかねぇ……」
そう言って探すと、あった! おだんごの粉は残りがまだあったし、こしあんも開けてないのが見つかった。
二人で頑張って作った。あんこの中に投げこむのはやっぱり難しかったから、プロのおばあちゃんに任せた。
そのあいだ友達は、ずっとあたしの部屋でゲームをやっていた。こっちに見にくればいいのに。ゲームなんかよりずっとおもしろいよ。
できたあんころもちを、笹の葉がなかったから、お皿に入れて持っていった。
おばあちゃんは恥ずかしがってついてこなかったので、あたしが一人で持っていった。
みんなはただ「ふーん」とだけ言った。何も言わずにゲームを続けてる子も二人いた。
「さー、どうぞ!」
あたしは自信満々でみんなの真ん中にお皿を置いた。
「これがウチのおばあちゃんのあんころもちだぞっ」
「いただきます」
「いただきまーす」
だれも「おいしそう」とは言わなかった。まあ、ね。見た目はただお皿にあんこが乗ってるだけだから。でもつまようじを突き刺すと、その中からいい硬さの白いおもちが……
あ……。おだんごだった。
「ふーん」
「スーパーで売ってるおだんごのほうがおいしいよ、これなら」
悔しかった。
300円で売ってたやつなら、こんなこと言わせなかったのに。
でもあたしがひとつ食べると、おいしかった。やっぱりおばあちゃんの優しい味がした。
みんなが帰ってから、あたしは泣きながら、おばあちゃんに言った。
「あたし、おおきくなったら、あんころもち屋さんになる! だから作り方、教えて!」
おばあちゃんは困った顔をして笑うだけだった。
でもそれから何回か、一緒にあんころもちを作ってくれた。
今、私は大人になったけど、あんころもち屋さんにはなっていない。
私の中ではおばあちゃんのあんころもちは、いつでもおいしいものだったけど、じつはその味は、お店をやっていた頃からもう、だんだんと落ちていたらしい。
おじいちゃんはいつも畳に寝そべってテレビを見ている人だと私は思っていた。
しかし、あのお餅とこしあんは、後から知ったのだが、おじいちゃんが作っていたものだったらしい。
おじいちゃんの体が悪くなって、亡くなってからは、もうおばあちゃんのあんころもちは、味がすっかり変わっていたのだった。
それでも私はずっと変わらずに好きだった。
気づいていなかったのか、それともおばあちゃんの作るあんころもちなら、何でもおいしいと思っていたのか。
何より思い出の味は、やはり格別なものらしい。